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第4話 厄災を抑えるのが私の役目


「今日はこちらにいらしたのですか。シオン様」


 今日は午前の授業が始まる時間ぐらいから、雨が降っていました。まるで私の心を映したようですわ。


 そして雨の日のお昼は、図書館にいらっしゃることが多いのですが、今日は何故か学園の敷地内にある池の側のガゼボにいらっしゃいました。

 お昼休みは二時間ありますので、流石に今日は冷えてしまいますわ。


 傘を畳んで、水気を切ってガゼボの中に入ります。やはり壁が無いので雨を含んだ風が入ってきますわ。

 一応ここは池の側ですので、腰の辺りまで壁がありますが、そこから屋根までは大きく空間が取られ、天気のいい日は開放感に溢れていていいのです。

 しかし、今日は雨が降っておりますので、風が吹けば冷たい雨が中に入っていました。


「シオン様。今日の昼食は室内に移動しませんか?」


 このような状況でもいつもと変わらず、本に目を落としているシオン様に声をかけます。


 私の声に反応したシオン様は顔を上げ、ニヤリとした笑みを浮かべ、赤い瞳を細めながら言ったのです。


「今日はここの気分なのだよ」


 いつもと違う濁ったような低い声に私は身構えました。どうして、今日なのですか?

 最近は大丈夫だったではありませんか。


「そうですか。ご気分でも悪いのですか?」


 私は尋ねながら、少し距離を開けて、シオン様の隣に座ります。


「いいや、とても気分がいいのだよ。お前、朝から態度がおかしかっただろう?」


 その言葉に肩がビクッと揺れてしまいました。私はいつもどおりに朝食をお届けにいきましただけですのに……何かおかしな行動を取ってしまっていたのでしょうか?


「クククッ。こいつに揺らぎが見えたから、ちょっと突けばこの有り様だ。母親殺し、そのうちあの婚約者もその手にかけるのだろうって言ってやったら……」

「黙りなさい!」


 私は身体を横に向け、素早く右手を突き出し、シオン様の胸ぐらを掴みます。

 すると、更にニヤニヤと笑ってきました。


「本当のことだろう?」

「聖女様を殺したのは、この国に厄災をばら撒いた貴方です!」


 そう、この国は二十五年前に未曾有の危機に陥っていたのです。国中に瘴気が溢れ、人々が生きていくのもままならい状況だったのです。


「ヴァリトラ」


 私はそのモノの名を呼びます。するとシオン様の姿で楽しそうにクツクツと笑い始めました。


「それは仕方があるまい。我を身の内に封じるなど愚かしいことをした故だ。それは我も、もがき苦しむだろう?」


 聖女様の死は噂されているように、シオン様がお生まれになったことがきっかけではありません。


 そもそも、この厄災を倒しきれず、聖気の檻という聖女様の身の内に封じるしか手立てがなかったと、お母様から聞いておりました。


 ただ誤算が、その厄災を身に宿したままシオン様が生まれてきてしまったことです。聖女様の聖気の檻が血によって封じ続けなければならないものであるなら、シオン様には聖属性の素質がある方を伴侶に迎えるべきなのは必然的。

 私の想いなど、捨てられるべき存在。


 でも、今はまだ私はシオン様の婚約者です。


 そして貴方との約束は守りますよ。


 私は袖口の縫い合わせのところから一本の細い針を取り出します。それを素早くシオン様の首に打ち込みました。


「相変わらず無粋な女だな」

「私はシオン様の婚約者ですので、貴方と話すことは何もありません」


 私が言い切る前に赤い瞳は閉じていき、体から力が抜けるように倒れていきます。


 慌てて首の針を抜き、小さな穴が空いた首元を押さえながら、シオン様が倒れ込まないように抱え込みます。


 これは私にしか使えない強引な技です。


 ようは人としての機能を奪えば、あの厄災もシオン様の身体を自由にはできなくなるという対処療法ですわ。


 お母様の血筋であるグランディールの一族は毒属性を持つ一族です。ですから王家の闇を担っているということもあります。

 そして王家の血筋には毒無効の能力があるのです。


 まぁ、その昔神から加護を与えられたかなんとかという文献を読みましたが、どこまで本当かわからない時代の話でしたね。


 ですから、私はシオン様に昏睡させる程の猛毒を打ち込み、今は毒無効の能力で解毒中です。


 この王族の血の能力があるからこそ、シオン様の婚約者に命じられたというのもあるのでしょう。


 特にコーディアール神教国の者共は、シオン様を魔王の化身だとかいい腐って、何度も毒殺をしようとしてきたのです。

 そんな愚かしい奴らには私の毒で殺して差し上げましたけどね。


「うっ……」


 あ、シオン様の意識が戻ったようです。


「シオン様。シオン様。封印を強めてください」


 また、あの者が表に出てくる前にシオン様に呼びかけます。


「ヴィオラ……この状況はなんだ?」


 シオン様が焦点がまだあっていないのか。黒い瞳をゆらゆらと揺らめかしながら聞いてきました。

 この状況。それはもちろん……


「シオン様を抱きしめて差し上げているのですわ」


 こういうときは、堂々とシオン様を抱きしめることが許されるのです。この時を堪能しないという選択肢などありえません。


「いや、そういうことではなくて……そういうこともだが」

「封印が弱まっていたようですわ」


 私がそういうと、シオン様は私を突き放つように身を起こして距離を取りました。

 はぁ、私は大丈夫だと何度も言っておりますのに。


「シオン様。私は怪我なんてしておりませんわよ」


 にこりと笑みを浮かべて、両手を広げて見せて、どこも怪我をしていないアピールをします。

 聖女様がいらした頃はよかったのですが、まだ五歳だったシオン様では上手く封印することが出来ずに、何度もあの厄災が顔を出すことがあったのです。

 そのたびに、周りに被害が及んでしまったことから、シオン様は人と距離を置くようになってしまわれました。


 本当にあのヘビはいらないことしかしません。ああ、ヴァリトラと名は神話時代に存在したモノから名をとったそうです。


 その神話時代の話によりますと、姿はヘビの化け物で昼でも夜でも殺せず、濡れているものでも乾いているものでも殺せず、鉄でも石でも木のいずれでも殺せないという神話級の化け物の名だそうです。


 もう謎解きですよね。


 ですから、人の身に封じるという手段をつかったのでしょう。


「それよりもお加減は如何ですか? 頭が痛いとか気分が悪いとかありますか?」

「いや、ない」


 はぁ、それは良かったです。毎回この手段を使うときは、内心ビクビクしていますの。


 絶対に毒が無効化できるとは思っていますし、毒は意識を失う程度に抑えるものだとわかっていますが、目を開けなかったらどうしましょうとか、私のことを忘れていたらどうしましょうと思ってしまいます。


 シオン様が目を開けた瞬間に『お前誰だ』なんて言われたら、号泣する自信がありますもの。


「それよりも私を褒めて欲しいですわ。シオン様」


 私はシオン様にズズズっと近寄っていき、きちんと対処できたことに対してご褒美をおねだりします。

 だって、あのヘビ本当にムカつきますもの、あることないことをシオン様に言って……まぁ、私ほど嘘つきはいませんわね。


「……今朝はどうしたのだ?」

「え? なにかありましたか?」


 褒めて欲しいと言いましたのに、別の質問がきてしまいました。しかし、私自身なにをヘマをしでかしたのか、自覚はありません。


「いや……泣きそうな顔をしていたから……」


 そのことに、ドキッと心臓が揺れ動きます。私、そんな顔をしてシオン様の前にいたのですか?


「はぁ、恥ずかしいですわ。今日のお昼のサンドイッチを何にしようかと考えていましたら、寝不足になってしまって、あくびを噛み殺していたのですわ。勘違いさせてしまってすみません」


 何事もないように、私の口からスラスラと嘘がでてきます。

 私は泣いてなどおりません。だって、私はまだシオン様の婚約者としてここにいるのですもの。


「ふふふっ。ですから、今日はカツサンドにポテトサラダサンドとタマゴサンドですわ」


 すると、シオン様から大きなため息が吐き出されてきました。


「またアイツの口車に乗せられてしまった」


 封印していても、ずっと最適な状態が保たれているわけではなく、心の不安定の隙間を縫って、声をかけてくるのだとお母様から聞いたことがあります。

 たぶん、今回は私のミスですわ。無意識に昨日言われたことに、心を囚われていたのでしょう。


「シオン様。あんな嘘つきの言葉なんて信用しなくていいのです。全てが嘘なのですから」


 自分が言った言葉が、自分に突き刺さってきます。そうです。きっと真実を知ればシオン様は私のことを軽蔑することでしょう。


「それよりも、シオン様!」

「なんだ? ちょっと近いぞ」

「当たり前です。褒めてもらうために近づいているのですから! 今回はチューで良いですよ! チューで」


 私は身体を斜め前に傾けて目をつむります。たぶん、今回もデコピンが飛んでくるでしょうが、それも私にとってはご褒美です。……それもまたいつも通りで、最後としてはいいのです。


 すると、唇にふにっと柔らかいものが触れました。思わず目を開けると、シオン様のどアップが!


 予想外の出来事に身体を引いてしまいました。


「は? え?」


 なぜ、今日に限って……いつも悪ふざけだと、スルーされますのに。


「なぜ、泣くんだ」


 え? 私、泣いています?


「驚き……過ぎて?」


 すると、シオン様の方に身体が引き寄せられてしまいました。


「ヴィオラに泣かれると、どうして良いかわからなくなる」


 こ……これはもしや、シオン様からギュッと抱きしめられています?


「我が人生に悔いなし」

「……何を言っているんだヴィオラは? これから共に人生を歩んでくれるのだろう?」


 その言葉に私は答えず、にこりと笑みを浮かべます。私がどのような大嘘つきでも、この言葉に返すことはできません。


 だって、未練ができてしまうではありませんか。


 明日到着するという第四王女という存在を、サクッと消してしまえばいいと思ってしまうではありませんか。


 そして帝国の誘いに乗るしかなくなってしまうではありませんか。


 この未来は誰も幸せにはなりません。

 強いて言うのであれば、帝国の一人勝ちです。


「シオン様。遅くなりましたが昼食に……」


 しましょうと言おうとして、こちらに複数の者たちが向かってくる足音が聞こえてきました。

 忍んでくるというより、隊列を組んで歩調を合わしている歩き方です。こんな馬鹿げた歩き方をするのは、騎士の者たちですか。


 そして時間切れという意味です。


 雨が降ってるというにも関わらず、全身フルプレートアーマーで身を包んだ者たちの姿が十人ほど確認できます。


 目的地はここであるかのように、まっすぐこちらに向ってきます。


「近衛騎士? なぜ学園にいるんだ?」


 シオン様の疑問は最もでしょう。本来なら、王族の警護に準ずる者たちだからです。


 その騎士たちはガゼボの手前で立ち止まり、その中で上官であろう人物が一人、前にでてきました。


「シオンクラウス・アスティル公爵令息様。国王陛下より登城の命がくだされました。速やかにご同行を願います」


 言葉は丁寧ですが、拒否権は無いと言っているも同然です。


「申し訳ないが、もう少し時間をくれないか?」

「速やかにご同行を願います」


 シオン様は昼食をとる時間を確保しようとしたのでしょうが、それすらも許されない感じがひしひしと感じます。

 自分たちだけで、王族を守っていると勘違い野郎たちが、そこにいるだけで虫唾が走りますわ。


 しかし、従わないといけないのでしょう。あの男は腐っても国王なのですから。その命には従わないといけません。


「シオン様。これをお持ちください」


 私はサンドイッチが入ったバスケットと、傘を手渡します。


「移動中にでも食べてください」

「それならヴィオラも一緒に……」

「サルヴァードル伯爵令嬢には同行の許可は下りておりません。それからそのような物を王城に持ち込まないでいただきたい」


 は? そのようなもの?

 私が、シオン様の為に作ったサンドイッチをそのようなものですって?


 私はシオン様から離れて、フルプレートアーマーを身に着けていれば相手は萎縮するだろうと思っている勘違い野郎共の前に立ちます。


 いくら見下されようが、私の苛立ちは収まりませんわよ!


「私がシオン様の為に作ったものを王城に持ち込むなですって? 私は国王陛下よりシオン様の婚約者の命を賜っているのです! 言っておきますが、この食材は全て王城の食料庫の物を使用しています。それを持ち込むなということは、王城の食料庫に問題があると言うことになりますわよ!」

「え? 今までの物も全て王城の食料庫から持ってきたものだったのか?」


 はっ! 思ったより近くからシオン様の声が!

 ふぉ! すぐ背後に立っているではありませんか!


「シオン様のためなら、このヴィオラ。料理長を脅して質の良い食材を用意させましてよ」

「王城の?」

「はい!」

「料理長を脅して?」

「はい!」


 ふふふっ。あの料理長、夜な夜な試飲だといって、高級ワインを飲んでいるところを現行犯で捕縛してやったのです。

 それ以来、よくしていただけていますわ。


「そういうことですので、食材には問題はありません」


 と言いながら、騎士たちの方に振り返りますと、前に出ているに騎士の肩が震えていました。なんですか? その笑いをこらえているという感じは。


「ぷっ! 失礼。それで良いから、ご同行を願おう」


 凄く吹き出していますけど、そんなに面白いことは言っていませんわよ。


「ヴィオラ。どのような用件か知らないが、すぐに戻って来るから今晩の夕食も頼む」

「はい! わかりましたわ」


 恐らく今晩は王城から戻ることはないでしょう。

 私は息をするように嘘を吐きます。


 そしてシオン様は騎士たちの方に向かおうと私の側を通り抜けます。が、思わず私は手を伸ばしてしまいました。


 シオン様を引き止めてしまいました。


 ああ、なぜ手が動いてしまったのでしょう。


 この行動に意味なんてありませんのに……いいえ、一言だけ言わせてください。そう、一言だけ。


「シオン様。大好きです」


 嘘を吐き続けてきた私のただ唯一の心からの言葉。


「ああ」


 シオン様はそう言って私の頭を撫でて騎士たちの方に行ってしまわれました。そして雨の中に消えてしまわれました。

 が、なぜ未だに上官と思われる騎士がいるのですか!


「サルヴァードル伯爵令嬢」

「はい」

「いいえ。姉上」


 騎士の者はそう言って、フルフェイスを取ってその容姿をあらわにしました。


 金髪金眼のあの男によく似た青年。


「姉上。長い間のお勤めご苦労さまでした。お聞きしているとは思いますが、このあとは辺境の地の任務についていただきたい。移動手段は用意しておりますゆえ」

「王太子殿下が自ら動かれることですか?」


 そう、騎士に扮していたのはこの国の王太子。あの男の第一子と世間上ではなっている者です。


「キア第一王女である姉上が自ら動かれている案件で、私が動かないわけにはいきません」

「死んだ第一王女が抜けていますよ」

「私の姉上は一人しかおりません。次の任務が終わる頃には迎えの者を向かわせますので、春ぐらいを目処に完了をお願いいたします」

「王太子殿下が頭を下げることはありませんわよ」


 何故か第一王子だったころから、私のことを慕ってくれている弟。立場であれば弟の方が上ですから、私には頭を下げる必要などありません。


「それでは失礼します。ああ、そう言えば……」

「なんですか?」

「シオン殿が持っておられた物を私もいただいてもよろしいでしょうか?」

「……まぁ? リカルド。貴方の為に作ったわけではありませんよ」

「それは残念です。しかし、これなら大丈夫そうですね。レオ。あとは頼みましたよ」


 王太子殿下が後ろを振り返ると、そこには黒い外套をまとい、雨に濡れたレオが立っていました。


 私にも迎えがきましたか。


 王太子殿下はすれ違い様にレオの肩を叩いて、もと来た道を戻っていきました。


「姫様。お迎えにあがりましたよ」

「レオ。その前に泣いていいかしら?」

「どうぞ、雨の音が全て消し去ってくれることでしょう」


 私は泣いた。子どものように泣いた。雨の音を消してしまうほど泣いた。

 そして、泣きつかれて眠ってしまった。



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