第3話 私の役目の終わりが告げられる
「本当にバカップルですね」
「あら? レオ、褒めてくれるの?」
「褒めていませんよ」
私とレオは闇に紛れるような黒の外套をまとっています。そして、ここは寮の側にある雑木林の中にいます。
私は木の幹に身体を預け、油紙の包を開け、その中から固くなったパンを取り出して齧る。
中には乾燥した果物と木の実が混ぜ込まれています。これは栄養食というものです。
美味しくはないですが、お腹いっぱいになると眠くなってしまいますので、効率よく栄養を取るための物です。
「あの……」
「なに?」
「食べながらでいいので聞いて欲しいのですが……」
レオはとても言いにくそうにしています。もしかして体調でも悪いのでしょうか?
まぁ、昼夜問わず動いていれば、体も壊してしまうでしょう。
「体調が悪いのなら、今日は休んでいいわよ。私一人でも大丈夫ですもの」
「あ……そういうことではなくて、父から命令が出されました」
レオの父親というのは王族の闇を担うグランディールの長です。その長の命令は基本的に国王陛下から出されていますので、実質的には国王陛下からの命令になります。
「何かしら? お茶の時間にお邪魔したときには何も言われませんでしたわよ?」
「明後日の昼にマルディアン聖王国の第四王女が到着されると連絡が入ったそうです」
「明後日……」
私の手から固いパンが落ちていきます。
ああ、これを王太子殿下は私に伝えようとしていたのですね。
しかし、あの男は必要ないと……。
「明日がお勤めの最終日だと命令がだされました」
「明日……」
顔を上げていられず、俯いてしまいます。
雨が降り出したのか、乾いた地面がポツポツと濡れていっています。
「もう! 父上が直接言ってくださいよ。姫様がこうなることは、わかっていたではないですか」
レオは私の頭を抱き寄せて、子どもをあやすように背中を撫でてくれます。
「はぁ、それからこの任務が終わり次第、辺境に本拠地を置いているネシスという組織を壊滅してこいという命令も同時にでています」
ネシス。怪しい薬と共に邪神崇拝を広めている組織の名前ですわね。
私の全ては偽りで固められている。
本物のヴィオラローズ・サルヴァードル伯爵令嬢は、身体が弱く領地から出てはいない。
私は『キア』。【無】である。
そう自分に言い聞かせて、大きく息を吐き出す。
そして顔を上げた。
「レオ。私は最後まで役目をやり遂げる」
「姫様。人殺しの目をしながら言わないでください。私はアスティル公爵子息しか見ていない姫様の方が好きですよ。明日までは姫様の好きなようにしてください」
そうレオに言われると、再び鼻の奥が熱くなってきます。
明日までは私はヴィオラローズ・サルヴァードルでいていいのですね。
「正確には昼過ぎまでですが……グフッ!」
思っていたより更に時間が短くなったことに、レオのみぞおちに一発、拳を叩きつけました。
「今晩も見回りをしますよ。最後まで手は抜きません」
「ひ……ひめさま。ちょっと待ってく……ださい」
地面にうずくまっているレオを置いて、いつもの巡回コースを巡ります。
私の役目はシオン様をお守りすること。
昼間は学生のフリをしなければなりませんので、護衛はレオにまかせていますが、夜は私とレオで手分けして行います。
夜は闇に紛れて侵入してくるものもいますからね。それにシオン様の命を狙ってきたものかと思えば、あのアルバート第三皇子もどき様の命を狙っていた者だったりするので、夜は特に面倒なのです。
あの偽物皇子の存在が邪魔で仕方がないです。
あの御方がいなければ、もっと夜の警護は楽だったと思いますのに。
一応学園側の警備の者がいるのですが、ほぼ役に立っていません。まぁ、普通の警備に暗殺者の気配を感知しろというのも、酷なものですが。
「ヴィオラ嬢。考えは変わりましたか?」
その一番邪魔な存在が私の行く先を塞ぐように立っていました。
銀髪の青年が一人、月光の下に立っています。
見るものが見れば、ひれ伏すところなのでしょうが、私はだた目の前の青年を認識するだけです。
それに姿の見えない護衛の者たちが周りにいますので、私は下手に動けません。
「私の考えは何も変わりませんわ」
にこりと笑みを浮かべて、返答をします。
「帝国に来ていただけるのでしたら、アスティル公爵子息に相応の立場を与え、貴女にもアスティル公爵子息の伴侶という立場を与えますよ」
「まぁ、おかしな物言いをなさいますのね。私はシオン様の婚約者ですわよ?」
「まだ、今はですよね」
この方は、いったいどこから情報を得ているのでしょうか?
「お嬢様!」
復活したレオが、私を背にかばうように、銀髪の青年の前に立ちはだかりました。
「アルバート第三皇子殿下。お嬢様はアスティル公爵子息の婚約者でございます」
「使用人ごときに発言していいと許可は与えていませんよ」
アルバート第三皇子もどき様からそう言われてしまえば、レオは押し黙るしかありません。
身分の差は絶対ですから。
「アルバート第三皇子殿下。私はシオン様の婚約者です。その間は、なにも変わりません」
「そうですか。では、また今度お誘いをしましょう」
銀髪の青年はそう言って寮棟の方に消えて行きました。姿を見せない護衛の方々と共に。
残念ながら、今度はありませんけどね。
「レオ。あの御方の前に出れば、命を奪われても文句は言えませんよと、何度も言っていますわよね」
「私も何度もいいますが、姫様の護衛は私ただ一人なのですから、無茶は控えてください。まだ、公にはなっていませんが、先帝を弑虐した末弟なのですから」
そうなのです。アルバート第三皇子を名乗っている者はシュテンバルテン帝国の皇帝の一番下の弟でありますフェリオスロア殿下なのです。
帝国の動きがおかしいとグランディールが調べたところによりますと、皇族を始末し帝国の掌握を半年足らずで行い、今は自分の周りを固めるべく、人材を自ら選定しているらしいとのことです。
そして目をつけたのが、シオン様の力です。
しかし、あの方はシオン様を直接お誘いしたようには見受けられず、なぜか毎回私に声をかけてこられるのです。
この行動の意味は私には理解できません。
私はシオン様の婚約者でしかありませんのに。
「まぁ、何故か毎回私に声をかけてくるのですから仕方が無いですわ。私に声をかけても意味なんてありませんのに」
「それ本気でおっしゃっていますか?」
「え?」
「はぁ、本当にアスティル公爵子息様しか見ていないのですね。さて続きを回りましょうか」
「次々湧いてくるウジ虫共が! 昼間に居たクソ共ですわね!!」
「姫様。言葉遣い」
「あ?」
シオン様の平穏を壊そうとしている奴らに気をつかってやる必要はありません!!
もうすでに、今日は両手で足りないぐらい始末しています。
また、隠れ潜んでいるのを発見しましたわ!
「たぶん。この者たちはシュテンバルテン帝国の者たちではないのですか?」
レオの言葉と同時に刃だけのナイフを投げて、命を刈り取ります。
「またですか! だったらさっさと始末してきなさい!」
あの偽物をさっさとヤりなさいよ! どうして私がシュテンバルテン帝国の者たちの相手をしなければならないのですか!!
結局また、私達が全部相手をしてしまったではないですか!
「姫様。死人に言っても無駄ですよ」
「レオが言うのが遅すぎるからです」
レオの所為にしておきます。もうイライラしますわ。さっさと諦めて、帝国に戻ればよろしいのに!
「どうして、さっさと帝国に帰らないのですの!」
「はぁ、姫様が目的だと言っても納得されないのでしょうね。姫様、日が昇ってきましたので、少し仮眠を取ってきてください」
「このまま寝られると思っていますの!」
イライラしすぎて、休めるはずないですわ!
「そんな人殺しのような顔で、アスティル公爵子息様にお会いするつもりですか?」
私は大きく息を吐き出します。
そうですわね。今日で最後ですもの。最後までシオン様の婚約者でありつづけないといけませんもの。
「朝食を作るまで、仮眠してきますわ」
最後の昼食はどうしましょう。
本当に、どうしましょう。