第8話 激闘と農夫
ブザーを作動させてから数分。少し、いやかなり後悔していた。
アァァァァァァ
「ちょっと集まりすぎじゃあ無いですかね?」
数えるのも億劫になるレベルで集まってきていた。今までどこにそんなに隠れていたのか、ありとあらゆる場所から集まってくる。
「うーん。どうしたもんかねぇ」
当初の予定では囲まれる前にモール内を逃げ回り、入口付近を解放、そこから外へ飛び出す算段だったのだが……
「入り口からも入ってきちゃいますよねー……そりゃそうだわな」
見れば入り口にもびっしりと張り付くゾンビ達。今も尚数を増やし続けているようだった。
「このまま1階に居たんじゃ囲まれて喰われるかなぁ……でも2階に逃げれば逃げ道は完全になくなるしなぁ」
時間は無い。決断を迫られる四七内。
「まぁ、なるようになるでしょう! オラァ! おめ達の相手はこの俺だ! こっちに来やがれやァ!」
颯爽と走り出す四七内。目的地は2階、非常階段だった。
〜〜〜〜〜〜
2階非常階段、外に直接繋がる避難経路。
「あーあ。無理だったかぁ」
前に立ち尽くす男、四七内。2階に逃げてきて、非常階段まで辿り着いたが、その扉の向こうから聞こえる無数の呻き声。人ならざるものから発せられる人の呻き声が耳を突く。
後ろからも多量のゾンビが迫り来る。今この場において四七内の賭けは失敗していた。
「使いたくは……無いなぁ」
林の持っていた物と同様の筒を取り出す四七内。使えば確実に死ぬ事が出来る。正に自決用装備。
「喰われて死ぬのも辛そうだしなぁ」
目の前に迫る圧倒的数のゾンビ達。喰われて死ぬか、自決を選ぶか。2択を迫られる四七内だった。
「どの道選択肢は無いんだけどね。奴らに喰われて死ぬなら使えってのが契約だし」
そう言って先端の針を出す。薬液が少し漏れ出す針はギラギラとした光を放っていた。
「よし! 覚悟は決めた! すまねぇな林、隊長。先に行ってるぜ!」
「ちょっと待てぇ!」
「は?」
聞き覚えのある声がしたと思ったタイミングで非常階段の扉が開かれた。そこに立っていたのは警備隊隊長、両手にナタを持ち、返り血でベトベトになっていたが、警備隊隊長は戻ってきた。
「四七内ぃ! 諦めるなんてお前らしくねぇぞ! とっととその腰の装備を抜け!」
腰に装着している装備、四七内に支給されていた装備は
赤一文字 八式 V's開発の対ゾンビ用兵器の1つ。伸縮性の高い鞭を展開する装備である。速度を乗せた一撃はゾンビの首を刎ね、刺突は周囲を巻き込みながら破裂する威力を持つ。先端部には自決用薬剤と同じものが格納されており、一撃で仕留められなかった場合であっても制圧は可能となっている。欠点は圧倒的な取り回しの悪さであり、使い方を誤ればゾンビに絡みつき、自分の身動きができなくなる恐れがある点であり、それ故に2人以上での行動中のみ、展開が許されている装備であった。
「遅いじゃないですか隊長! まぁ、来てくれたのは感謝しますよ! 展開、赤一文字八式!」
「はぁ? 来てやったってのにその言い分は聞き捨てならねぇ! 後で説教だな! 展開! 赤一文字六式!」
隊長に支給されている六式は2つ1セットのナタである。極薄刃で形成された刃は超高速で振動しており、撫でるだけで皮膚を切り裂き、骨を折る。汎用性では八式に大きく勝るが、制圧力とリーチの短さで八式に劣る。
「四七内! 外階段を下って一旦モールから離れるぞ!」
「救助隊は待たなくてもいいんですか!?」
「待っていられるか! この状況を見てみろ! 奴らの集まり方が尋常じゃねぇ! このままここに居ても階段を塞がれたら終わりだ!」
そう言って隊長は階段を下りる。四七内もそれに続くしか無かった。外の非常階段を下り、モールの駐車場跡地まで辿り着いた時、異変が起こる。
「隊長……アレ、なんですかね?」
「わかってんだろ? とはいえ……」
2人の視線の先にあったのは人間の上半身と、肥大化し、人の形を失った巨大な肉塊が融合したおぞましい姿のゾンビだった。
「あの肉塊からゾンビが溢れてきてるんですけど……」
「そりゃ数が減らねぇわけだな」
その醜悪な見た目のゾンビは、各地で度々観測されており、V'sではこう呼ばれていた。
農夫
そんなファーマーも2種類存在しており、既存の感染者を取り込み、別の地域へ移動するタイプ。コチラは感染者の在庫が切れれば、少しタフで移動速度の遅い感染者でしかないのだが、厄介なのはもう1種の方。
もう1種は体内に取り込んだ感染者の情報を元に、自ら感染者を作り出すことができるようになってしまった個体である。見分け方は比較的簡単で、生み出された感染者が人に近い見た目なら前者、辛うじて人型を取っている程度ならば後者である。
今回遭遇したのは前者ではあったのだが……
「圧倒的に数が多い。一体どれだけ取り込んできたんだよ」
「あのサイズは見た事ないですしね」
既に50は超えるゾンビを処理して来た2人だったが、その数の多さに圧倒され始めていた。
「隊長! そろそろ薬剤切れます!」
「首を狙え! 首さえ刎ねられれば奴らは活動を停止するんだから!」
「無茶言ってくれますよね! 隊長の六式と違って狙ったところにピンポイントで攻撃するの難しいんですからね!?」
そんな会話をしながらも三体は捌いた四七内。なんだかんだ言って四七内の八式の扱いは相当なものである。
「今はとにかく数を減らすぞ! アイツが特殊個体じゃない以上数を減らせばそのうち弾切れになる! それまで耐えろ!」
「了解!」
そうして2人は戦い続ける。救助隊が到着したのはそれから1時間もしない頃だった。