第5話 危険
しばらく平原を歩く。
「ここらも昔は街があったらしい。ほら、そこに家っぽいものの残骸があるだろ?」
指さした先を見ると土台のようなものがあった。
「まぁ、栄えていた訳では無いみたいでな? 所謂田舎ってやつらしい。それに、感染初期にやってきた軍によって街並み基本的に破壊され尽くしたらしいが」
確かに街と言うには街だった形跡がほとんど無かった。
「それでこんなに見晴らしのいい地形になったんですね」
「あぁ。障害物さえなければ奴らの発見は容易だからな」
ゾンビの対策としては近付かない。これに限るとされている。幸い足の速さは歩いていても追いつかれない程である為だ。不用意に近付いて足を取られでもしたら最後、どうなるかは想像に難く無い。それに、ゾンビ共は群れる。足は遅いとはいえ、力はある生き物が群れで行動をする。囲まれでもしたら為す術はない。だから近づかないのが最大の対策なのだ。
「第2シェルターを目指した後はどうするんだ?」
そういえば何も考えていなかった。各シェルターには許容人数が決められている。全く余裕の無いシェルターはほとんど無いとは思うが、それでも余所者をいきなりと言うのは厳しいだろう
「まさか何も考えていなかったの!?」
ずっと後ろを歩いていた別の職員が声を上げる。
「えっと……はい」
「信じられないんだけど! 自分のシェルターが壊滅しました、生き延びてしまったので助けてくださいって? 都合が良すぎるじゃない!」
「落ち着けよ。シェルターの壊滅は事故だ。第3だって対策をしていなかったわけじゃない。それにコイツはまだ子供だろう? 生き延びれてよかったと思うべきだ」
女性隊員はそれでも食い下がる。
「だから何よ! それでなんの対策もなく別のシェルターを目指してましたって? あわよくば助けてもらう気満々じゃないの! こんな子供じゃ戦うことすら出来ない。ただの穀潰しよ!」
この人の言う通りではある。俺は何も出来ない。
「おい、いい加減にしたらどうだ? それこそ子供の前で見苦しいぞ!」
「何よ! 本当の事じゃない!」
「お前!」
口論はヒートアップする。それこそお互いに気が付かないうちに。何も無い平野、声はよく響いた。
アアァァァ!!!
「なっ!?」
そこそこの数のゾンビが迫ってきているのが見える。
「とにかく走れ! こんな何も無いところじゃ視線も切れない! 走れ!」
隊長の一言で一斉に走り始める。しかし
「うわっ!」
後ろで人が倒れる音がする。
「四七内! 大丈夫か!」
隊長が声をかける。ずっと喋ることなく付いてきていた四七内と呼ばれた隊員が木の根に足を取られていた。
「クソっ! 何だこれ! 何が引っかかってるんだ!?」
見れば張り出した突起に四七内のスボンの裾が引っかかっていた。段々迫り来るゾンビにパニックになる一同。俺は角材からナイフを引き剥がし隊員に走り寄る。
「外れねぇ! クソ! クソがァ!」
「動かないでください!」
一息にスボンにナイフを通す。少し引っかかるものの、ナイフはしっかりと布を断ち切った。
「早く! 立ってください!」
手を取り隊員を引き起こす。そのまま走ってその場を後にした。
〜〜〜〜〜〜
シェルター近くの元ショッピングモールまで逃げ延びてきた俺たちは、少し休息を取ることにした。
「坊主、ありがとうな。お前のお陰で四七内は助かった。礼を言うのが遅くなって済まない」
隊長さんが声をかけてくる。
「俺は何も……ただ、スボンの裾を切っただけですから」
「それが無ければ今頃アイツは死んでいたよ」
四七内隊員はあの後傷の確認をされ、簡易検査でも陰性だった。
「普段はあんなヘマをする奴じゃないんだがな……俺たちのせいさ。くだらん口論なんかしてしまって。本当にすまなかった」
頭を下げる隊長さん。
「辞めてくださいよ。あの女の人の言うことも正しいですし。隊長さんが頭を下げる必要は無いですよ」
あの場面では偶々手元にあったナイフを咄嗟に使えたから助けられただけ。シェルターに到着した後は俺は何にも出来ない子供だ。
「隊長、とりあえず見回りは終えたぞ。それとさっきの子は何処にいるか知ってる……ってここに居たか」
見回りに出ていた四七内さんが戻ってきたらしい。
「いやぁ、さっきはどうもな! お陰でこうやってピンピンしてるわ!」
外にいる時はほとんど喋らなかったし、寡黙な人なんだと思っていたのだが……ここに来てからは結構話すようになっていた。オンとオフの切り替えが激しい人らしい。
「お前が居なかったらほんとに死んでただろうし、俺の命の恩人だな! 勇気ある行動に敬意を!」
「恩人だなんて大袈裟な……あの程度なら引っ張れば外せたかもしれませんし。服破いちゃいましたし」
助けるつもりだったとはいえ、スボンの裾を切ったことに違いは無い。あの服はゾンビの歯を通さないように少し頑丈に作られているらしい。それを切ってしまったということは、そこからの感染リスクが大幅に上昇したことに違いは無い。
「なぁに行ってんだァ? あの場面、みんなしてパニックになってたからな。お前がやってくれなきゃ俺は本当に死んでたかもしれないんだぜ? それなら服の1枚、安いもんだろ!
もう少し自信を持て少年。お前は、自分の生まれたシェルターを追われて、1人でここまでやってきた。それだけでもスゲェのに、他の人間も助けたんだ! 十分だろ!」
その時、やっと思い出した。俺はシェルターの皆を……見捨ててきたんだって。
「俺は……俺はシェルターの人達を見捨て」
「それは言わない方がいい。坊主、良いか? こんな世界だ。何時どこで死んでもおかしくない。そんな中、お前は生きてここまで来たんだ。それを否定してはいけない。それはシェルターの人達への最大の冒涜になっちまうからな」
そう言った隊長の目はとても鋭く、しかし、優しさを含んだ真っ直ぐな目をしていた。
「隊長の言う通りだぜ? お前はこれからも生き延びる為に生きろ。何があってもだ。そして、余裕があったなら……周りを助けてやれ。まぁ、少年の君はまだ、守られる立場だろうがな」
余裕があったら助ける。それこそ都合のいい話じゃないか……でも、今の僕には何故か良く響く言葉だった。
「隊長居ますか?」
扉を開けて入ってきたのはさっきの女の人。
「あぁ、みんな揃ってたのね。さっきはごめんなさい。私のせいで皆を危険な目に遭わせてしまったわ」
「なぁに、少年のおかげでみんな無事だったじゃねぇか! 生きてりゃ大儲けよ」
四七内さんはすごく明るく振舞っていたが、その表情に陰りがあるのを俺は見逃さなかった。