第4話 警備隊長
森の中。もとより人の少ないこの地域はゾンビの数も少ない。遭遇率は相当低くなるだろう。そう思っていた。考え自体は間違えていなかったと思っている。ゾンビ、感染者とはウイルスに感染した人間の成れの果て。ゾンビに噛まれた瞬間から感染が始まりその後ゾンビとなる。それ故に元々人間の少ない地域にはゾンビも多くないのだ。
「しくじった……さすがに油断し過ぎたか」
森の中を進行する場合、気を付けなければならないことがある。それは視界の悪さである。木を挟んで反対側に居ることすらある。しかしそれに気がつけない恐ろしさがあったのだ。事実、今俺は少なくない数のゾンビに囲まれてしまっていた。
「(どうしたら良いかなぁ……一対一じゃなく同時に複数相手にするのは流石に無理だ。一対一でも怪しいってのに)」
近付きすぎた。物音1つで気が付かれる距離に近付くまで迫っていることに気がついた時には既に遅かった。しかし、何故あそこまで群がって……
そっと覗いてみれば何かの肉を貪っているようだった。まるで何か大きな、いや、なんだよアレ……
辛うじて人の形は保っているものの、明らかに肥大化した頭部と胸部、退化した両腕を持つ明らかな異形。それがゾンビ共に群がられて食われていた。
明らかな異常を目撃した蛍は無意識に後退りをする。
パキッ
嫌に響き渡る小さくとも大きな音。細い枝を踏みつけ、折れただけの小さな音。しかしこの場においては非常に大きく響く音であった。
「しまっ!?」
気が付けばゾンビ達は新たな獲物を見つけ襲いにかかる直前だった。
咄嗟に走り始める蛍。しかし、走れば走るほど大きな音が出る。それは周囲に自分が存在していることをアピールする行為に他ならなかった。
走れば走るほど、集まるゾンビ。逃げるために走るが、ゾンビは増える。もう後戻りのできない所まで来てしまっていた。
「クソっ!」
アアァァァ!!!
「がむしゃらに走ったせいで、もう道が分からない!」
ウアアァァァ!!!
走る。後ろからは常にゾンビ達の呻き声。怖い! 振り返るな!走れ! 走り続けろ! 俺!
日はどんどん傾く。森の中では月明かりも届かない。視界を奪われれば最後、俺はゾンビ共の仲間入りだろう……それだけは、それだけは
「勘弁してくれぇぇぇぇぇ!!!」
パァァァァァン
辺りに響く銃声。そして
「少年! こっちだ!」
防護服を着た、シェルター職員がそこに立っていた。
〜〜〜〜〜〜
「ここまで来れば大丈夫だろう。音を鳴らしたところからはかなり移動したしな。大丈夫だったか? 少年」
森から抜けてしばらく進んだ後、やっと追跡を振り切ることに成功した一行。声を掛けてきた職員は心配するように声をかけてきたが、その目には警戒の色が見える。
「はい、助かりました。まさかあんなに溜まっているとは思わず……あっ、噛み傷の確認とかしますか?」
「そうだな。確認だけさせてくれ。すまないな」
申し訳なさそうに上着を脱がせてくる職員。外での活動をしている以上、その対応は間違えていない。それなのに申し訳なさそうにするのは、きっとこの人は良い人なんだろうな。
「よし、特に傷跡は無いな。すまなかった。大丈夫だ」
「いえいえ、こちらこそ助けていただいたのにお礼もまだでした」
そこからしばらく話を続けた。なぜこんな所に居たのか、どこから来たのか、隠すようなことも無いため全てを話した。
シェルターの壊滅、北部第3からやってきたこと、これから第2を目指すこと。
「そうか……そりゃ大変だったな」
そう言ってくれたのは近くの小型シェルターにて警備隊の隊長。偶然、付近のパトロールをしているところに俺が現れたらしい。
「いえ、隊長さんに助けて貰えなかったら今頃、僕はこの世にいなかったでしょうから……それにしても、小型シェルターと言っていましたが装備が、結構充実しているみたいですね」
そう、パトロール隊の装備はその辺の大型シェルターに引けを取らないレベルだった。銃火器も勿論、防護服まで着用しているとなると大型でも珍しいかもしれない。
「あぁ、俺たちのシェルターは政府と直接やり取りが出来たからな。詳細な位置まで把握してもらっている。それに前線が近いこともあって、新装備のテスターも兼ねているんだ」
なるほど。大型シェルターでは人数分用意するのも難しいが、小型なら少数の装備でも充分。フットワークも軽いだろうから新装備のテストにも向いていると。こんな世界だが、まだまだ人類の未来は明るいのかもしれない。
「坊主はどうする? このまま第2を目指すのも悪くはねぇが……食料も武器も無いんだろ? 一旦我々のシェルターに来ないか?」
願ってもない話だ。森を抜けてすぐ第2だと思っていたが、思いのほか距離がある。無理やりにでも進めない距離ではないだろうが、今回のようなイレギュラーが発生すれば、次は助からないかもしれない。
「そうですね。そうしたら……お願いします」
「あいよ。ここから歩いて1時間もかからない。それまで第3の話でも聞かせてくれ。俺たちに出来ることがあれば力になるぜ」
頼もしい。シェルターを出てからずっと一人だったから、人と話せる安心感は大きかった。