第1話 何処までも青い空
「直ちに屋内へ避難してください。外は非常に危険です。屋内に避難し、救助を待ってください」
300年前、この世界は突然終焉を迎えた。突如発生した人型感染体、ゾンビの発生によって。
しかし、人類は生存を諦めていなかった。各部にシェルターを用意し、その中で人類は反撃の時を待っていた。それは日本も例外ではなかった。
〜〜〜北部第3シェルター〜〜〜
扉が破られたと報告があったのが3時間前。静かになったシェルター内では時々、肉の塊がぶつかる音だけが聞こえている。人の声は聞こえなくなった。外に逃げられた人もどれだけいるか分からない。このままここに居てはヤツらの仲間になるのも時間の問題ではあるが……外に出る勇気が無い。少なくともここに居れば扉が破られるまでは生き長らえることは出来るだろう。
そんなことを考えて、既に40分近く経過している。時間が経つにつれて生存は絶望的になるだろう。逃げるなら今なのだ……
「よし……行くしかないな」
道順は分かっている。最短距離で突き抜ければ5分とかからず抜けられるはずだ。ただ、恐らく出入口付近にはゾンビが溜まっているだろう……逃げ出そうとする人々が出入口付近に殺到したのは想像にかたくない。そこを襲われたと考えれば、少なくない数のゾンビが居るだろう。
そこを突破する為には武器が必要だ。ここは辺境のシェルター、マトモな武器は無い。手頃な武器なら工具辺りだろうが……
周りを見渡す。スレッジハンマーは取り回しが悪い。閉所では突っかかってしまう可能性もある。却下だ。チェーンソーも隣の部屋に行けばあるだろうが……この状況で騒音を鳴らすのは悪手だろう。
入口にはバールが立てかけてある。ふと棚を見上げればそこそこのサイズのナイフを見つける。足元には手頃なサイズの木材があった。簡易的な槍なら作れそうだ。これとバールを持って出口を目指そう。
ナイフを角材にテープで巻き付ける。バールは腰のベルトの隙間に差し込んだ。
さっきから聞こえていたゾンビ共の歩く音はしばらく聞こえていない。覚悟を決めろ俺! 目指すは第2シェルター。ここの崩壊を伝えるんだ!
扉を開ける。腐敗臭と血の匂いでむせ返りそうになるのを抑え、出口を目指す。なるべく音を立てず、しかし素早く移動する。最も近い2番出口への道はゾンビで溢れかえっていた為迂回した。
ゾンビの侵入を許したのは4番出口。目指すは1番で決まりだった。道中、首を噛み切られた男、腹から内蔵が飛び出した女。頭が無い子供も居た。それら全て踏み越えて出口を目指す。幸いゾンビには遭遇していない。武器は持っているが……遭遇した際に戦える自信はない。
移動を初めて1時間は経過しただろう。未だ出口には辿り着けていない。出口に近付くほどゾンビの痕跡が増える。そうして迂回を続けてきたが……
「次の道が出口に続く最後のルートか」
そう、ここも通れなければ少しでもゾンビの数の少ないルートを選び直して進むしかなくなる。そうならない事を祈って、最後の道を進む。
今までで1番出口に近付くことはできた。しかし、大き過ぎる問題に直面していた。ちょうど食事中のゾンビを目撃してしまった。一心不乱に肉を貪っている。背後から一撃で仕留められれば、必要最低限の騒音でこの場を切り抜けることが出来るだろう。しかし、外してしまえば一巻の終わり。
「……やってやる」
覚悟は決めたんだ。より確実性を出すためにバールを引き抜く。失敗は許されない。確実に、一撃で。
「ハァッ!」
ゴキッという骨の折れる音と共にゾンビは倒れる。頭は陥没しており、ドロっとした液体が流れ出す。
「うっ……」
思わず吐き出しそうになってしまうが、何とか飲み込む。幸い返り血を浴びることは無かった。感染のリスクは最低限に抑えられただろう。
「先に……進まないと」
出口はすぐそこだ。外に出たって危険なことに変わりは無い。それどころか寧ろ外の方が危険だろう。だが、何もしないままシェルターで死ぬのを待っているよりは絶対にマシなはずだ。
「みんな、すまない。俺は生き延びるぞ」
俺の生まれ育ったこのシェルター。色んな人に助けられて今まで生きてきた。その恩を返すことなく、俺はシェルターを後にする。
出口に辿り着いた俺。俺は生まれてから19年間、1度もシェルターの外に出たことがない。一生外の世界を見ることは無いと思っていた。外は危険だと教わっていた。
しかし、よく話しかけてくれる爺さんがいた。その人は昔、シェルターの外にいたと話してくれていた。外の世界は危険で溢れている話を子供たちに聞かせていた。そんなある日、俺はその爺さんと二人で話しをしていた。
「蛍坊、外の世界は危ないってワシはよく言うてるじゃろ?」
「うん、ゾンビが沢山いて、外に出たらすぐ食べられちゃうんでしょ!」
「あぁ、そうじゃ。外の世界は溢れるほどのゾンビで埋めつくされとる。じゃがな……外の世界には空があってな? その空は」
あぁ。爺さん、あんたの言う通りだったよ。
「その空は……どこまで澄み渡る青色だったよ。爺さん」