六話 『少女』
「またダメだったぁー!」
ブルーは帰ってくるやいなや夕食にも手を付けずソファに倒れ込み、叫んだと思えば床を転がりながら座布団を抱えていた。
その状況にすでに慣れきっていたギンとレイラは慎ましい夕食も食べながらやっぱりかといった目でいまだに床にいるブルーを見ている。
「いっぱいアピールしたし、帰り際には子爵様に直接売り込んだんだよ! そしたらなんて言われたと思う!?」
「考えておくとか?」
「君ならもっと大きなステージが向いてるって断られたんだよー! そういうところも全部ダメだったのにー!」
これで数十回目の事実上の落選、ブルーも限界が来ているようで子供のように駄々をこね始め今日は一晩中転がっているかもしれないと思えるほどに荒れていた。
「はぁ……ブルー、お前は自分で自己評価とかしたことあるか?」
「え? うーんルックスは変に目立つけどいいほうだとして、歌とダンスは周りよりかはできるてる方かなとは思ってるけど」
実際前世ではプロアイドルをしていたブルー、基礎は当たり前にできたうえでそれでもなお上昇思考なため自己評価は周りの人間が見る以上に低いことがわかった。
「一応言っておくが、お前は自分が思ってる以上にできてる。どこにも所属してないまだ夢を見てる段階の奴とは比べられないくらいな、でもそんなやつが初心者連中に紛れてたらどう思う?」
「それはいいことなんじゃないの?」
ため息を付いてうつむくギンの代わりに、食事の手を止めたレイラが答える。
「アイドルは一つのグループでさえ蹴落とし合うような競争率の高い事業、そんな場所に飛び抜けた存在が加入すると一時的な飛躍をもたらしますが長期的に見ればたった一人でグループを支えることになります。そして責任を負うのは運営側、さらに仮にも伯爵家の名を持つあなたを抱えるリスクを考えれば妥当でしょう」
難しい話に一瞬ポカンとしたブルーだが、頭の中で要約され自分はめんどくさい存在であるという結論に至る。
つまり自身を受け入れる場所などないという事実に自然と悔しさからくる涙とは違う、希望が流れ出ていくような涙が溢れた。
「じゃ……じゃあ私、アイドル……なれないのかな?」
「だからお前に提案がある」
うつむくブルーにギンは今朝渡された入学手続きの書類を見せた。すでにブルーの名前など必要事項は埋められており件の事業欄には"アイドル"と記されている。
「入学手続き書? なんで、私まだアイドルじゃないよ……?」
「アートメイジの名前でアイドル事務所をやる、お前はそこに所属すればいい」
朝から考えたすぐにもでも始められて実績もいらない事業――つまり弱小貴族でも趣味程度で行えなくもないアイドル事業にギンは目をつけていた。
そしてブルーがどの事務所からも蹴られることも計算に入れてうえでレイラにはすでに代表として手を回して貰っている。
「ってことは、お兄ちゃんが私をプロデュースしてくれるの?」
「正確にはレイラがだ、俺にはアイドルプロデュースなんてできないからな。お飾りでいる理由もないから俺は俺で別のことを考えてる」
「でも嬉しい……私、アイドルになれるんだね! ありがとうお兄ちゃん!」
流れ出た希望が再びブルーの目に戻ってくる。
嬉し涙が溢れる笑顔で、ブルーはギンを思いっきり抱きしめた。
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「少し出かけてくる」
ギンを抱きしめて離さなかったブルーを引き剥がして外出の準備を整える。向かう先はラビとの修行場所でまだ兄を追いかけようとするブルーをレイラに任せて家を出た。
修行場所は郊外の森の一角、一部が小さな岩山のようになっており周りから見られる心配もない場所で日々自分が持つ術式と向き合いその力を高めていた。
「聞いたよー、ロクドウ入るんだって?」
「耳が早いな……」
岩山の天辺から話しかけるラビに見向きもせず答える。呪言という術式は扱いが難しく集中を切らせば自分どころか周辺のすべてを巻き込んでしまう術式のため常に対象を絞って一点にのみ魔力を流す修行を日々行っていた。
ラビはありとあらゆる方法でギンの集中を切らし絞った対象から魔力を霧散させようとする。話しかけては使い魔を動かし周りの岩を砕いて避けようとするギンの背後から強烈な技でダメージを与える。
それでもなおギンは目の前の対象とする使い魔だけを狙って呪言で動きを封じるという修行を何年も続けていた。
体は傷つくが事情を知るラビの配慮で服で見えない位置だけを狙ってもらいブルーにはバレることなくことを進めていた。
「妹さんはアイドルやるんだってね、あの子可愛いからすぐ人気になっちゃうんじゃない?」
「なんでブルーのこと――うっ!」
対象から目を離した隙に待機していた使い魔が脇腹をかすめて飛んでいく。
「はい集中――」
「〈止まれ〉」
魔力の乗った言葉が先程背後に回った使い魔の動きを止める。虫型の使い魔は羽の動きもピタリと止まり地面に墜落してコロコロと転がった。
「妹大好きなのはいいけどそんなんじゃ呪言師やってられないよー、あんたは仲間が死んでも動揺しちゃいけないんだから」
「わかってる、続けてくれ」
何年も行い続けている修行は頭上から照らす月が傾くまで続いた。
そしてあと数時間で月明かりが朝日に切り替わる頃――
「はいおしまい、帰ったらしっかり休めよ。あんた出力こそでかいけど総量は普通なんだから」
「なぁ……ロクドウには術師もいるんだよな」
「んー? まあいるけど、術師は隠すんじゃなかったの?」
「術師の振りをするだけだ、俺はそれしかできることがないからな。名乗るだけならブルーだって許してくれる」
「術師に親殺された子が、次は兄が術師やりますなんて言って納得するかい?」
「納得させるし、してくれる……お兄ちゃんは妹のことをなんでも知ってるんだ」
仰向けに投げ出した体を起き上がられせラビを方を向く。
「私は弟子をこんなシスコンに育てた覚えはないんだけど……まさかここまでキモいとは思っても――」
「師匠、〈喋るな〉」
「……ッ!?」
不意の呪言でラビの口が縫い付けられたように閉じて動かなくなる。恨めしそうな眼差しでギンを睨みつけるラビに対して、してやったと言わんばかりのギンの表情は月明かりに照らされて不敵だった。
「やるようになったじゃない、私これでも一級なんだけど?」
「一級相手にも不意打ちなら効かせられるんだろ、これぐらいできてないと俺だって困る」
ギン達の自宅、扉の音ど目を覚ましたレイラが机の上に置いたままの入学手続き書を手に取ると、そこにはギンのフルネームと必要事項が埋められており――事業欄には"術師"の二文字が記されていた。
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ブルーの説得にまた長い時間を要することになったが、術師とアイドルという双子として学校に通うことが正式に決定し、二人はロクドウ学院面接日の朝を迎えた。
――ロクドウ学院
入学の最低条件が当主が子爵以上の爵位を持つ家であるという王都唯一の貴族家学校。現代でいうところの小〜大学までをエスカレーター式で上がることができ郊外に屋敷を持つ者のために広大な学生寮も構える学院だ。
その名の通り入学時には六つあるクラスに振り分けられ高等レベルからの入学の場合手続き書に記載されている事業や活動に応じて試験、面接内容が決まる。
術師として面接を受けるギンは魔力量や術式、場合によっては実績で合否が決まることが多いがギンはほぼ合格が決まっているようなものだ。
「アートメイジ家長男、ギン・アートメイジです」
「ラビ一級術師からの推薦状……!? 君いったい何者かね!?」
「入試は全科目平均96点!?」
元々勉強が得意なうえ師匠であるラビからの術師としての推薦状を出してもらっている。中身があんな人間でも一級術師のネームバリューと信用はすごいもので面接官は全員目を丸くして推薦状を読んでいた。
一方アイドルとして面接を受けるブルーは入試のペーパーテスト以外にも歌やダンスのによる評価があるためギンに比べて長めの面接になる。
「アートメイジ家長女、ブルー・アートメイジです! よろしくお願いします!」
「所属は最近できた新規プロダクションか……レベルは高いけどなぁ」
「先生、この子数年前から聖歌隊のレッスンにも出入りしてる子ですよ……!」
「な!? それを早く言え……!」
二人の面接は滞りなく進み、先に面接を終えて待つギンのところにブルーが合流した。
「おつかれー、お兄ちゃんどうだった?」
「問題ない、お前は?」
「事務所のこと言われてたけどたぶん大丈夫、レッスンとか行ってたの面接官の人が知っててね――」
どんな面接だったのか、入試問題は解けたのかなど試験終わりの学生らしい会話をしながら学校の玄関口まで歩いていると、ふとすれ違った少女をギンは目で追ってしまった。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「いや、なんか見覚えがあるような気がして」
ギン達とすれ違った少女は学生の制服という学校ではなく、特殊な黒服を身にまとっており、おそらく高等レベルからの入学を考えているのだろうと感じたが、他のことを考えるまもなくブルーに顔を掴まれ無理やり正面を向けさせられる。
「ちょっと入学前からナンパとか考えないでよ! せっかく頑張ったんだから」
「考えてねーよ、ていうか妹の前でナンパする兄とかいねぇだろ」
先程のことは忘れてブルーとの会話に集中する。
そもそも同年代の人にほとんど出会うことのなかった人生のため、前世の記憶から来るなにかだろうと結論づけてギンははしゃぐブルーと帰路についた。
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