五話 『決意』
ブルーが寝静まったことを確認し、二人は夜の王都へと繰り出していく。
ギンは目立たないように銀髪をまとめて帽子に隠してあり、目も眼帯をすることでなんとか普通の子供を演じることが出来ている。レイラも引っ越しの際メイド服をすべて屋敷に置いてきており着慣れない服に身を包むことになった。
「で、術師の所在は?」
「東の下級住民街、通称イーストエンドで姿を確認しています」
「ハワードに紹介されるような奴がなんでなんでそんなところに?」
「紹介状に書いてある術師の名前は貴族家ではありませんでした。等級も二級補佐……名声があると言えば嘘になる相手でしたので城下を中心に捜索したところ発見しました」
――下級住民街イーストエンド、元々貴族の愛人やその子供、あるいは使用人などが見捨てられた結果行き場がなくなりたどり着いた形で形成された街。王都内と言えど治安のいい場所ではなく城下警備隊もできるだけ避けて通る手の下しようのない街と認識されている。
「こちらの宿屋の二階、現在目的の術師が宿泊しているのがあの部屋です」
レイラが指差す二階の角部屋にギンは目を向ける。
あの場所にいま自分が最も求めていると考えると、体が勝手に宿屋の扉を開けて走り出しそうだった。
宿屋に入りカウンターで寝ていた受付をスルーして二階へ上がり、扉の前までたどり着くとレイラがノックする前にギイィィと鈍い音を立てて開いた。
「おぉめっちゃ美人……」
中から出てきたのは二十代半ばといった見た目の女性。目の前にいるレイラを目を合わせてずっと凝視しており下にいるギンに気づいておらず、たまらず紹介状を突き付けて話を始めることになった。
「あんたがラビ?」
「おや、これは珍しい客だ」
話し声に気づいてラビと呼ばれた女がギンと目を合わせ、眼前に突き付けられた紹介状を受け取って一読する。内容としてはそれほど長いものではなかったが、途中うんうん唸ったり天井を見て考えるような仕草をしたり、三分ほど経ったあたりでもう一度ギンを目を合わせた。
「君がハワードが言ってた呪言の子か!」
「理解が遅すぎないか……?」
「ごめんね最近ゴタゴタしてて、君のこと聞いたのも何年前だったかな?」
ラビは笑いながら紹介状をギンに返し部屋の奥に戻っていく。中から手招きをしていてギンとレイラは静かに埃の舞う部屋の中に招き入れられた。
「何だこの部屋は、噂は聞いていたがイーストエンドは本当に――」
「あんまり言わないでぇ、こっちは気に入ってるんだよ」
舞っている埃を払ってギンは椅子に座るが、だらしなくベットに座り込んだラビのせいで余計に埃が宙を舞った。
「で、君だれ?」
突然に真剣な眼差しになったラビが質問を投げかけられ、ギンは先程手元に戻った紹介状をラビに見せつけた。
「ハワードから聞いてるはずだが?」
「呪言の術式を持つ子供が行くから育てろ、私が聞いてるのはそれだけだよ。それ以外はなーんにも知らない……ハワードの紹介でも素性の分からない子を相手に修行とかできないなー」
わざとらしく髪を指に巻き付けるラビ、対するギンは自分のことをどう説明すべきか自問自答を繰り返した。
『なんて説明する……? 捨て子、転生者、リックウッド家の生き残り? どう説明しても説明不足だ』
なにせギン自身が自分が誰かと聞かれてその答えがわかっていない。だが答えられなければギンのプランは一歩目から躓くことになる。
そんな訳にはいかないと、なんとか自身を説明付けられる言葉を探しているなかレイラが問答に割り込む。
「ギンは私の子です――血の繋がりはありませんが生まれたばかりの頃から育ててきました」
「ふーん……まあいいや、じゃあ鍛えてあげる」
ギンは素性がわからないことを理由に断ってくるものかと考えていたがレイラの一言だけで納得し案外あっさりと師匠ができた。
「それじゃあ三日後またここに来て」
「今からじゃないのか?」
「私これでも売れっ子なんだよー、あと子供は寝る時間! よく寝てよく食べないと大きくなれないぞ」
これもまたわざとらしくギンの額に指を当ててウインクで答える。まだまだ掴みきれないラビに対して無理を言うこともできずその日は家に帰ることになり、自宅についたあと風呂に入ってすぐ眠った。
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遡ること数時間前――
ギン達が家を出る頃のブルーの部屋、ベットで横になり冷えた布団を自身の体温で温めながら考えていた。
「なんか、楽しくなさそう……」
あの事件以降なにかを抱えたように重い雰囲気を漂わせる兄になにかできることはないかと。ブルー本人は長らく落ち込んでいたがレイラやアートメイジ家の明るい使用人達が献身的にサポートしたことによりほとんど立ち直ってこそいたが、ギンはどれだけ明るく接してみても煙たがられるだけで昔のように遊んでくれることも無くなった。
「前世は誰かわからないけど今は兄妹じゃん……憧れてたのになぁ、お兄ちゃん」
ブルーは前世、アイドルとして活動していた折月青色だった頃を思い出す。家族と呼べるのは保護してくれた叔父だけで、その叔父も男手ひとつで青色を育てるために仕事を増やし、会えることすらほとんどなかった。
「パパもお兄ちゃんもアイドル好きだったし、またアイドルになったら笑って推してくれるかな?」
脳裏によぎったのは青色として最後のライブになったワンマンの光景、自身のメンバーカラーのサイリウムを手に全力でオタ芸を舞う同級生牧田時臣の姿。
「夢が叶った瞬間全部失うなんてもう嫌だ、絶対アイドルになって、夢も現実も全部手に入れてやる……!」
その日ブルーは、ある日の父との約束を実現させるための目標を静かに固めた。
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二人に三度目の転機が訪れた日から年月が経ち――
成長した二人は思春期を迎える年齢になっていた。
「おはようお兄ちゃん!」
「おはようブルー……今日もか?」
「うん、子爵様のところで自由参加のレッスンがあるの。レッスン中にスカウトされた子もいるんだって、私もされちゃうかもー!」
楽しげに話すブルーを横目に今朝届いた新聞を読むギン。
ブルーはアイド運営をする貴族家の出入りが認められる年齢になってから、週に何度かの感覚で公開レッスンや所属していない人でも自由参加できるレッスンなどに出入りするようになっていた。
一方ギンはできる限りの時間を割いて毎日のようにラビのいる場所まで出向き修行をしている。ブルーに怪しまれることもあったが貴族家の姓を持つものとしての勉強という言い訳とレイラの助言もありバレることなく通っている。
「スカウトされたらどうする?」
「そりゃアイドルになるよ! 今のところ一回も声かけられたこと無いけど……」
ブルー自身の実力はギンやレイラも認めている。自宅で行っている歌やダンスの練習はすでに活動していてもおかしくないクオリティで、まるで観客やカメラさえあるように思える目の配り方は空間の意識は一流に引けを取らないとさえ感じた。
だが一度たりともスカウトや所属オーディションを認められない理由はギンの目から見て明白ではあった。
『出来すぎてる……』
ブルーは異質ささえ感じるほど整った顔に歌、ダンスからファンサービスに至るまで年齢以上に出来すぎるということが唯一の欠点だった。
つまるところ存在自体が非現実的すぎる、すでに所属しているメンバーやその他アイドルを目指す人達からしたら目の上のたんこぶになりかねない。
売り出せば一躍人気になることは間違いないのは誰もがわかっているが、この手の逸材はほんの少しのミスですべてを巻き込んで崩壊することを大人たちは理解している。だからこそ自由参加レッスンなどを行う立場の弱い、または趣味程度でアイドル事業をしている貴族家はブルーという磨かれた原石を飼い慣らす余裕がなかった。
「やっぱりこの目が変に見えるのかな? カラコンとかあればいいのに」
「鏡とにらめっこしてる時間はあるのか?」
「あっ本当だ! ありがとお兄ちゃん、朝ごはんちゃんと食べるんだよー!」
ギンが声をかけると大急ぎでブルーは家を出る。バタバタとした足音が扉の音を最後に静まったあと机の前に紅茶を持ったレイラが座り二つあるカップのうち一つをギンに差し出した。
「本当にアイドルを目指しているんですね」
「止める気はない、アイドルになったとして辛いことも挫折もあるだろうけど、あいつが表の世界にいてくれればそれでいいからな」
「妹思いに育ちましたね、昔は突き放していたので心配でしたが」
紅茶を片手に微笑むレイラ、ギンも置かれたカップを一口飲んでから新聞を横目にレイラに笑顔を返した。
「失礼だな、俺はいつだって妹思いだよ」
そうですかと言わんばかりの目配せの後、レイラは二通の封筒を机の上に置いた。封筒には入学手続き書と書いてあり、その文字だけでここ数年で何度か話題に上がっていた通う予定の学校の入学手続きを行うための書類が入っていることがわかる。
レイラは二通のうち一通の封筒を開いて中にある書類をギンに差し出してペンを渡す。
「今晩中にご記入ください」
「……まあ学校に通うことについては理解しているが、この"事業欄"っていうのは何を書けばいいんだ?」
ギンとブルーは現実世界でいうと高校生に当たる年齢だ。
しかしその立場に似合わない欄が存在することにギンは頭を悩ませている。事業というのは大人がしていることで高校生程度である二人に書けることなどなにもない。
「お二人が通う学校は"ロクドウ学院"、王都唯一の貴族校で生徒はすでに先代の事業の一部を引き継いでいたり新事業を立ち上げている生徒が多い学校です」
突然の説明に先ほどまで見ていた新聞から目を離して聞き入るギン、なにより通っている生徒が何かしらの仕事をしているという事実に戸惑ってしまう。
「そういった生徒が多いのでこの欄があります、別にない場合は空欄でも問題ありませんよ。入学に関しては少々の学力とアートメイジの家名で問題ないですから、まあクラスの振り分けに多少影響があるでしょうけど」
『いや大問題だ……学校に行けば適当に横のつながりもできるものだと思っていたが、このままだと入学時からすでに大きな格差が存在する。格下が格上相手につながりを作るのは難しい』
この日、ギンの予定は今からできる形だけの事業を探すだけの時間になり――終わりを迎えたのは半泣きのブルーが家のソファに飛び込んだ時だった。
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