表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

二話『表と裏』

 仄暗い闇は心地いいとさえ思えた――

 僕の呪いは半身を強く蝕んでいるようだ。

 黒く煤けた天井が、今日も音を消している。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



「ライブすごかったー! それにパパも面白かった!」


「いやぁついつい昔の血が騒いでしまうライブだったな、ギンはどうだ? 初めて見るアイドルライブは」


「うん、すごい綺麗だったよ父さん。また行きたいな」


 すべてのアイドルのステージが終了し観客たちが会場を後にする時間。ギンとブルーは余韻に浸りながら変える準備をしていると背後に立っていた使用人が声をかけてきた。


「ご鑑賞いただきありがとうございました。皆様はよほどお好きなようで、よろしかったらもっと近くで彼女らとお話してみませんか?」


「えぇ! そんなことしていいの!?」


 その甘い誘惑はまさに貴族家に対する優遇措置。純粋なアイドルオタであるギンは一人ならば即刻断っているところだったが父の体裁とブルーの断ったら一生恨むほどの眼差しに負けてついていくことになった。


 アイドル達が待機するいわゆる楽屋のような場所に案内される三人。そこには今さっきライブを終えたばかりのグループやスタッフ、その他関係者が多く待機しておりまさに芸能人のいる空間といった感じでその熱気に目を点にして固まっていると一人のスタッフがこちらに気づいて駆け寄ってきた。


「あれ、ここ関係者以外立ち入り禁止ですよ」


「問題ありません、こちらドルド伯とお連れの方でございます」


 名前は聞いた瞬間スタッフが青ざめて深々と頭を下げる。


「そっそれは失礼いたしました! どうぞご自由にご見学くださいっ!」


「はっはっは、押しかけたのは私なのだから頭を上げなさい」


 貴族家に対する無礼でありながら寛容な心で許すドルド。元々寛容な人間ではあると感じていたが、こういうところがより貴族らしくないとギンが感じる。


「わー可愛い子がいる、双子ちゃんなのかなー?」


 少し部屋の奥に入ると早速アイドルの子が二人に近づき話しかけてきた。

 双子というだけでも少々珍しいが二人はこの歳で不思議なほどに特異な容姿をしているため、それだけで前世では決して近づくことのできなかったアイドルという存在があっち側から群がってくる。


「髪きれー、目も変わってるねー!」


「本当だ、二人とも片目だけ金色……オッドアイっていうの? 不思議だなー」


「あっあの私……」


『この子、さっきファンサが群を抜いてた人、あっちの人はダンスのレベルが高かったな』


 目の前のアイドルに声が出なくなるブルーと一定の距離を保ちながらライブの記憶からアイドルの顔を覚えていくギン。どうやら反応が可愛かったのか、ギンより明るい綺麗な髪色に惹かれたのか、アイドル達はブルーを囲んでかわいいと連呼していた。


 そのうちに楽屋内を見て回るギンの目に、端の方で目を輝かせている子供が映る。周りにアイドルがいるのに話しかけようとはせず隠れるように見ているその姿はまさにアイドルオタといった様子でおそらく今ここにいるグループのファンだろうかと思ったが、同世代ぐらいの子供に出会うのは初めてだったギンは興味本位で話しかけに行った。


「君この人たちのファン?」


「ふぇっ!? いやファンだなんて私はただお父さんの付き添いで……!」


 焦りながら身振り手振りで答える姿に、ギンは自分も推しを見ている時に質問されたらこうなるんだろうな想像し微笑む。


「僕初めてライブ見たんだ、詳しそうだし教えてほしいな」


「え、えっと……このグループは主催のリーベリッド様が運営しているグループで、リーダーはクララちゃん、あそこにいる人だよ」


 少女が指差した先にいるのは長い金髪の子で大きな瞳が綺麗な印象を受けた。ギンも最後のパフォーマンスでセンターに立つ彼女を見てグループ内で一線を画した実力を持つと感じていたが、実際にリーダーを強めるほどだったようだ。


「歌もダンスもすごい上手でね、あの人を見たくてお父さんに頼んだの」


「そうなんだ、確かにあの人すごかったね」


「うん、私もいつかあんなアイドルになりたいなぁ」


 アイドルに夢を見る少女。よく見ればその少女もブルーに負けず劣らずの容姿をしておりこのまま成長してアイドルになればかなりの人気を得そうだと感じた。

 内気な性格っぽいのが少し難しそうだがそれでも現時点ではかなりの有望株だろう。


「なれるんじゃない?」


「え?」


「僕も好きなアイドルがいるんだけど、その子は昔アイドルになるなんて考えもできないぐらい家の事情が厳しかったんだって。でもずっと諦めないで頑張ってたらすごい人気なアイドルになったんだ、だから君も諦めなかったらなれると思うよ」


「そう……かな? ありがとう、私諦めないで頑張ってみるね!」


 笑顔で答える少女――その後ろにいつの間にか大柄な男が立っており少女の方を叩いて移動を促す。

 少女は促されるままに男の方を向いて一礼する。男もそれを見て後ろを向き出口まで歩き出すと、少女は少しだけ振り向いて一言――


「私がアイドルになったら、君が最初のファンだね」


 それだけ言い残して出口の扉から楽屋を出ていった。


「お兄ちゃんなにしてるのー! もう限界ここにいたら頭が沸騰しちゃうよー!」


 呆然と立つギンの背中を飛びついてきたブルーというそこそこの重量が襲う。完全に意識が空中へ浮かんでいた不意打ちにギンは大きく体勢を崩してそのまま倒れ込んだ。


「わーお兄ちゃん大丈夫!?」


「大丈夫……」


「おいおいあまり騒ぐんじゃない……私達もそろそろ行くぞ」


 倒れたギンをドルドが起こし出口まで歩く。

 ブルーはアイドルが見えなくなるまで大きく手を振っていてギンも一礼し楽屋を後にし、そのまま馬車に乗って帰路に就くことになった。


「父さん、楽屋にいた子に聞いたんだけどアイドルの運営って貴族がやってるの?」


「ああそうだが、いやうちではやらんぞ? かかる金も必要なつながりもバカにならんからな。ああいうのは才能と金がなければ成功しない博打のような事業だ」


「えー、私パパのところでアイドルになりたいなー」


 席に寝転がりながらブルーが割り込んでくる。その頭を撫で出てドルドが少し儚げな表情になったがすぐ父の顔に戻った。


「ブルーなら公爵家のグループでもセンターになれるさ、お前は私の子だぞ?」


「うん、いつか世界一のアイドルになってパパもギンもファンにするんだ。それが私の夢!」


 世界一のアイドルという子供が抱きそうな無邪気な夢につい全員が笑ってしまう。

 ブルーはふくれっ面で抗議していたが、二人でなだめつつ笑い合っていたらいつの間にか日は陰り馬車は屋敷の前に到着していた。


 ――思えばこれがギンが平和と思えた最後の日だったのかもしれない。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



 初めてのアイドルライブ参戦から、すでに一年の月日が経ち二人が住む領地内は過去類を見ないほどの緊張感が漂っていた。


「お兄ちゃん……」


「大丈夫、父さんがどうにかしてくれる」


 不安そうなブルーに寄り添い、大丈夫だとを声をかけ続ける。


 原因は二ヶ月前領内で確認された変死体の存在である。外傷のない女性が領内の森で見つかり検死の結果傷一つなく魂だけが抜き取られたように死んでいたことで悪魔の存在が噂されたことで領内全ての人間が誰が悪魔なのかを突き止めようと躍起になりまともな会話すら珍しいほどに異常事態が続いている。


 ドルドも屋敷から調査隊を指揮していたが一向に見つかる気配はなく領民のストレスばかりが溜まっていく。事態が収束しない限りはまともな生活がままならないと考えたドルドは悪魔専門の術師と何とか連絡を取ることができたが、到着まで数日かかるらしくその間なんとか領民を収めようとしてみたが信頼の厚いはずの領主の話を一切聞こうとしない。

 まるでなにか別のものを信じ切っているような、狂信的な暴徒になり果てていた。


「どうしたものか……」


「旦那様、領民のものが悪魔はこの屋敷にいると申しております。もしかしてなのですが」


「あぁ、おそらくギンとブルーのことだろう」


 公表されていない領主の子、人間離れした美しさを持つ特異な容姿、突然現れた双子――

 転生者であり捨て子の二人は何も知らない人が悪魔だと断定するには十分すぎる材料をもっていた。


「だがあの子たちは私の子だ、悪魔として断罪など許さない」


「旦那様、表に術師の方が!」


 扉が開いて使用人の一人が駆け込む。本来あと数日は来ないはずの術師が来たことに喜びを感じたドルドだが、期待とは全く違う言葉が使用人の口から飛び出した。


「術師の方が、悪魔の子を差し出せと――」


「――ッ!?」


 領主からの言伝で来た術死が領主をまず疑うようなことはしない。つまりいま表にいるという術師はおそらく"はぐれ"だ。

 ドルドの中で繋がったこの悪魔事件の真相――はぐれ術師による領民の扇動だと考えた。

 こういう事件はないことはない。貴族階級に不満を感じる術師が離反してはぐれになり、適当な理由をでっちあげて立場の弱い貴族家を糾弾する。


 対策法はいくつかあるが、実際双子が屋敷に内にいるのは事実でドルド自身も素性を知らないため言い訳が完璧にできるわけでもない。しかもここまで周到に固めてくるということは屋敷内に親友された時点で虐殺される可能性も高くドルドはすでに四面楚歌の状態だった。


「とにかく時間を稼いでくれ、あの子たちを逃がすことを最優先にしろ!」


 ドルドの指示で使用人が動き出す。

 その中で一人であるいつも双子の世話をしていたメイドは一目散にギンとブルーのいる部屋に駆け出した。


「ギン様、ブルー様こちらへ!」


「レイラさん!」


 扉が開きレイラと呼ばれたメイドから手の差し伸べられ、ギンは怖がるブルーを連れて部屋を出る。

 窓もカーテンも締め切った部屋から出ると暴徒たちの声より鮮明に耳に入り、その声がむける殺意の先が自分たちであることが明確にわかってしまった。


「耳を塞いで何も聞いてはいけません、私にだけついてきてください」


 レイラの指示通り耳を塞ごうとすると玄関から爆音が響き渡り反射的に耳を完全に塞ぐ。


『扉が破られましたか……』


 レイラは繋いでいた手を離し二人を両脇に抱えた走り出し辿り着いたのドルドの部屋の扉を開けて双子を丁寧に置いたあと天井近くまである巨大な本棚を押し始めた――


 その頃玄関では暴徒の侵入を阻む使用人と農具や包丁を持った暴徒との激しいせめぎ合いが始まっていた。


「ほら頑張ってー、早く屋敷を落とさないとみーんな悪魔に殺されちゃうよ―」


 暴徒の後ろに隠れながら術師らしき男が急かすように手を叩く、その音に後押しされたように暴徒の勢いが増していった。


「くそっ、これ以上はもう……!」


 開放されたダムの水流の如く押し寄せる暴徒の波に、少ない使用人達も限界が迫っていた。


 そして父の部屋、理由はわからずとも本棚を動かさなければいけないという意図を汲んだギンが少しでも軽くしようと届く範囲の本を本棚をから投げ捨てる。

 下段の本が半分ほど地面に落とされたあたりで本棚が少しズレる。その揺れが原因で上段の本が一気にギン目掛けて落下を始めた。


「ギン様!」


 いまや鈍器と化した大量のぶ厚い本たちがギンも頭上から降り注ぐ。

 ギンはその物量に覚悟する暇もなくうずくまると鈍い音が鳴り響き――痛みのないことを不思議に思い上を見上げるとそこには父が覆いかぶさるようにしてギンを守っていた。


「旦那様っ!」


「くるな、お前は子供他のことだけを考えろ」


 メイドが駆け寄ろうとするのを制止してはいるが父の頭からは赤い血が滴っている。


「父さん、血が!」


「使用人が血を流している――」


 立ち上がった父から感じる感情。今までみたこともない父の貌は怒りを露わにする鬼のような、あるいは悲しみに立ち尽くすような形相を浮かべていた。


「領民が泣いている――我が子が恐れている、どうしようもなく愛らしい存在が泣いている!」


「パパ……?」


 ドルドの足元に落ちていた昔三人で見たアルバム、その中でも最も美しいアイドルの写真を剥がしてギンに差し出した。

 わけもわからず受けとり見上げると、先ほどまでの恐怖のない父の顔に戻ったドルドが膝をつきギンの頭を優しく撫でた。


「ギン、お前は泣くな――妹が悲しむ」


「父さん、これは……?」


「昔恥ずかしくて言えなかった、その人は私が生涯愛し抜いた妻だった。今も生きていたら、二人にも母と呼べる存在がいたはずだったな」


 ギンの返答を待たず立ち上がり背を向けるドルド、その背中からはもう父の優しさは感じ取れず怒りと哀しみ背負った大きな大きな背中だけが見えた。


「後は任せたぞレイラ、最後の命令だ――義務を果たせ」


 その言葉と共に先ほどまで全く動かなかった本棚が弾けたように壁の端まで動かされる。その壁の裏には厳重そうな扉があり、開くと地下へと続く階段が伸びていた。

 すぐさま振り返ったレイラはギンとブルーを両脇に抱え扉の前まで戻って立ち止まる。


「後はお任せいたします、ドルド・リックウッド伯爵――」


 それだけを言い残し地下への扉は閉められレイラは階段を全速力で下る。父を呼ぶ双子の声は届くことなく、闇に閉ざされた扉の隙間から赤く滴る液体が階段を下り始めていた。

最後まで読んでいただきありがとうざいます。

よければ評価や感想をいただけると励みになります。


あと数話、毎日20時前後に更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ