表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/13

一話『双子』

 この世界はひどく残酷だ――

 明るい照明に照らされた舞台の上だけ見ていたいだけだったのに、いつも裏側は壁を破って這い出てくる。

 吐き気を催すほどの黒。

 まぶたを突き破る汚泥のような現実。

 僕が初めて見た白い天井はもうとっくに白くはないんだろう。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



 一面の白から音が降った。


「おぎゃあ、おぎゃあ!」


 時臣は知らない部屋の豪華なベビーベッドの上で大きく泣き声を上げていた。

 隣にはもう一人の赤ん坊がいて、泣きわめく時臣のことなど知りもしないような雰囲気で安らかな顔をしている。


 ――時は数週間前に遡る。


 意識を闇の中へ落とした時臣の目が再び光を映したのは知らない部屋の中だった。

 多くのに人間に貌まれており寝ていることを差し引いても大きく映る人間たちは自身が小人になったと錯覚するほどでなんとか自分の体を確認するとその姿はまさに生まれて数か月と見たない赤ん坊の体だった。


「えっと男の子がギンくん、女の子がブルーちゃんみたいです」


「変わった名前だな……だが我が領内にいた子だ、つまり私の子同然! 皆もそのつもりで育てるように!」


「かしこまりました、旦那様」


 何か確認しているような、不思議な団結感のある人たちがいたが時臣はそんなことを考えに入れる暇がなかった。


 最初は混乱し赤子よろしく暴れまわり泣き叫んだものだったが、隣にいる赤ん坊が時臣を優に超える大暴れを起こし泣き叫び脱走を試み確保されては一晩中泣き続けたこともあり数日の間に時臣は納得できないながらも冷静になっていた。

 そして数日の間、もう一人の赤ん坊も落ち着きを取り戻したのか一日の大半を寝て過ごすようになり今に至る。


「二人とも、ご飯の時間ですよ~」


 一人の女性が哺乳瓶を片手に時臣に近づく。この哺乳瓶も最初は抵抗があったが赤子ならば当然で今は知り合いが見ているわけでもないことから生きるためと飲み込んで渋々哺乳瓶による授乳を受け入れることになった。

 今日も生きるためでありながら何か大事なものを失っていく時間を過ごすのかと思いつつ哺乳瓶に手を伸ばそうとすると隣の赤ん坊――ブルーが目を覚まし時臣に渡されようとしていた哺乳瓶を奪い取った。


「あら、ブルーが先なんですか~? ごめんねギン、今新しいの持ってくるからね~」


 優し気に声をかけて部屋を出ていく女性、扉が閉まり足音が遠くなった頃時臣は哺乳瓶からミルクを貪るように飲む赤ん坊を睨みつける。


「さっきまで寝てただろ、なんで奪うんだよ」


「だってお腹すいたんだもん……ぷはーっこのために生きてる」


 今わかっている現状としては、二人は記憶を持ったまま転生した子供らしく拾われた捨て子だった。

 名前は発見時入っていた籠の中に名前を書いたメモ用紙が置かれていたらしく、内容はこうだった。


『兄はギン、妹はブルー。

 双子の兄妹が、どうか健やかに育つことを願っています。』


 時臣は何の因果か最後に話していた記憶のあるクラスメイト、折月青色にちなんだ名前だったためまさかとは思ったが数日過ごすうちにキャラの違いがありすぎて違う人だと思うことにしている。少なくとも青色はこんなおっさんっぽい言動はせず人が渡されたものを奪い取るようなことをする人間ではなったと記憶しているからだった。


「それで、なにかわかることはあった?」


「いや、僕らは最後一緒の新幹線に乗ってたってこと以外なにも。そもそもこの体じゃ窓の外すら見れないし、ここがどこか見当もつかないよ」


「まあ知り合いがいるわけでもないし、ていうか捨て子って……私人生一周してもまともに生まれられないのね」


「人生一周してこれってなにが――いややっぱり聞きたくない」


 今ここでろくな人生ではなかったなどと愚痴を聞かされても億劫になるだけ、ならば二人の素性はこの際気に出ず今できることを最大限するつもりだ。なにより気になっているのはここの世界観は記憶と全く変わっているということで世話をしてくれている人はフィクションで見るような本格的なメイド服、部屋は豪華なホテルのようだが明らかに時代錯誤な装飾が多くまるで過去と現代が入り混じった異世界に飛ばされたような気分を覚える。


 何よりも違和感があるのは喋る赤ん坊、つまり自分だ。

 記憶があるせいでもあるが普通に会話して情報共有や対策を考えているような赤子が我が身ながら異常な違和感を醸し出している。というか自分一人ならよかったものを追加でもう一人いるものだから世界観がとか言っている場合ではない、自分たちが何者なのかすらわかっていないというのが恐怖でもあった。


『この感情はきっとブルーもだろうな』


 落ち着いたころ双方が前世の記憶がある赤ん坊と分かり双方驚きの声を上げていたが、話し合ううちに新幹線に乗っていた時から記憶が途切れていることがわかった。どうやら何かしらの事故に巻き込まれる形で転生したようで、時臣はいくつか素性を話したがブルー側からは女性であったこと以外は何も聞けていない。


 それもそう――ブルーは何を隠そう時臣が推していたアイドルの正体にして隣の席のクラスメイト、折月青色だったのだから。

 転生して混乱している中落ち着いてみたら見知らぬ人と兄妹になっていて全く知らない世界で育っている。元々アイドル活動を隠していることもあり素性がバレるとやばいと常々気をつけながら生きていたことで相手の素性を知らないうちに名前や年齢を明かすことはできなかった。


「お待たせしましたー、ギンくんミルクですよー」


「わー」


 扉が開いて哺乳瓶を抱えたメイドが入ってくる。喋る赤子の異質さは自分達でもよくわかっていたので人前では言わずもがな無垢な赤ん坊、ギンとブルーを演じ切ることになっていた。


『とりあえず自由に動けるようになるまではなんとかやり過ごすしかない、せめて立って喋るのが普通の年齢になるぐらいまでは』


『わかってるよ、ていうかそれ以外できることもないし……とりあえずは兄妹でいてあげる』


 前世は違っても今世は深く血のつながった双子、目配せだけでも完璧な会話ができるほど研ぎ澄まされた感覚で人前でも意思疎通をやり遂げた時、部屋の扉が大きく開いた衝撃でブルーが強くむせた。

 入ってきたのは拾った張本人で変わった風貌の男。来ている服は貴族のように豪華で目の前にいたメイドも男の前では頭を下げ敬意を払っていることがわかった。


「どうだー子供たち! すくすくと育っているかー!」


「ゴホッ……ゴホッ!」


 盛大にむせ返りミルクどころではないブルーの背中を時臣が優しく叩いているところを見て男は少し焦りオロオロとどうすればいいかわからず右往左往し始めてしまう。さっきまでのテンションはどこへ行ったのか、青ざめた顔は周辺まで不安にさせた。


「旦那様が大きい音を立てるからですよ、大丈夫ですかブルー?」


 咳き込み続けるブルーをメイドが抱きかかえゆっくり背中を叩くと咳が落ち着きゆっくりとベットに戻される。


「すまないな、偉そうなことをいったが私は育児経験がないのだ」


「ですから私達が旦那様に代わりお二人を育てているのでしょう、旦那様に任せたらろくな事になりませんから」


「厳しいなぁお前は、だが元気そうで何よりだギン、ブルー!」


 男に抱き上げられる時臣、正直鬱陶しかったが今は赤ん坊でいなければいけないためキャッキャと引きつった笑顔で笑う。


 なんとか男のご機嫌取りも成功しベットに戻るとかなり引いた目で時臣を見るブルー、時臣はジェスチャーでしょうがなかったと誤魔化すが赤子の真似をする知らない誰かは元高校生アイドルの目からはかなり冷ややかなものに見えていた。


『私、将来この人を"お兄ちゃん"って呼ぶの? きっつ……』


 当然、時臣も今すぐ納豆に転生したいぐらいの気分で元の年齢になるまでの十八年の間を過ごすには重すぎるのではないかとすでに辟易している。だがこの家に拾われなければ転生早々命を落としていたのも事実――赤ん坊の体では縋れるものに縋る以外生きる方法がない。


『できるだけ無理しない方向で、平穏に過ごせてくれ……!』


 切実な願いはあまり届かず、二人が立って歩き言葉を話すことが違和感なくなるまでの間――次の転生先を発酵食品にしようと思えるようなことは何でも起こるのだった。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



 まだベットから出ることすらできなかったときから一転、二人は自由に歩き回り言葉で意思疎通をできるようになることが違和感のない年齢に成長した。


 実際は少々早い気もしていたがそれも誤差の範囲で片付けられ、ギンは大人しくて静かな兄、ブルーは甘えん坊で好奇心旺盛な妹として認知されている。兄妹間の仲も良い方向に進んでおり、前世の記憶のせいで多少の確執はあったもののたまたま同じ生まれの他人から徐々に距離を縮めていた。


「お兄ちゃーん、これ見てー!」


「ブルー、お前また父さんの書斎に忍び込んだのか!?」


 ブルーが抱えていたのはぶ厚く、綺麗な装丁のされた一冊の本。そういった本は二人が屋敷内で行ける範囲には存在しない。

 唯一あるのは、二人を拾った形式上の父親である街の領主――ドルド・ベンウッドの部屋のみに存在する蔵書だけ。


「もうお兄ちゃんはそればっかり! ほら見てこの写真」


 頬を膨らませて不満をアピールするブルーだが、すぐに笑顔に戻り開いた本を一部を指差す。そこには一枚の写真が貼られており、可愛らしい衣装に身を包んだ少女が踊っているような雰囲気で端には光る棒のようなものを持ったあるのがわかる。

 まるでアイドルライブの一部を切り取ったような写真に驚愕した。何も知らないこの世界でよく知っている文化に出会ったのだ。


「これアイドルじゃない? これはサイリウム、見えづらいけど裏方の人も写ってる!」


「たしかにそうだが、本当なのかこれ? この世界観にアイドルって――」


「コラァブルー! また部屋に忍び込んだなー!」


「きゃーパバゴンが襲ってくるー!」


 部屋の荒れように気づき子供部屋に突撃してくる父親と笑いながら走り回る妹。不思議な家族感に感じる平和が転生した自分をギンであると思わせる日々。


「ほら言ったじゃないか、待てブルー!」


 思わず溢れる笑みを抑え、父と一緒に元気に走り回る妹を捕まえる遊びに参加した。


 二人がかりですばしっこい妹を捕まえて父の上がった息が落ち着いた頃。父が二人を大きな膝の上に座らせて先程見ていた本を広げた。


「パパ、この人何してるの?」


「これはアイドルと言ってな、みんなに夢を与える人なんだ」


「すごーい! それにすごく綺麗な人、会ってみたいなー」


「そうだな、父さんも長らく会っていないから会いたいよ」


 ブルーは写真に釘付けだったが、ギンが見た父の顔は今まで見たこともない哀しい顔であることに気づく。過去になにかあったのか聞く勇気はなかったが会うことができないということは引退した思い出のアイドルといったところだろうか。


「私もこの人みたいにキラキラしたいなぁ」


「そうかそうか、じゃあブルーは将来アイドルになるんだな!」


「うん! 私アイドルになりたい!」


 人間離れしたきれいな銀髪をなびかせながら笑顔で答えるブルー、父も笑顔になり頭を撫でる。

 若干複雑な感情ではあるが、志半ば目指せなかった夢の果て、青色の記憶とリンクした感情がブルーの中で一つに固まったようだった。


「なら今度辺境伯が主催のライブがあるんだ、二人共見に行ってみないか?」


 父の提案は青天の霹靂だった。今まで見たことのない外の世界、この世におけるアイドルとはどういったものなのかを見定める絶好の機会を得ることになった二人は一週間後――辺境伯の領内で胸を高鳴らせていた。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



「わー楽しみ―!」


「私もいつぶりだろうか、この胸の高鳴りは若い頃を思い出すようだ」


「……」


 開演をいまかいまかと待ちわびる父と妹、ハイテンションな二人に気圧されて盛り上がりきれないギンだったがブルーを肩車する父から渡されたサイリウムとにらめっこして待つことになった。


『ていうか環境が特殊すぎるんだよ……』


 元の世界のようにチケットの当落を確認して電車で会場に向かい並んでから席に向かう。アイドルライブとはそういうものだと一般人のただのファンだったギンは認識していたが――


 チケットはなく電話一本で席を予約、移動は異様に豪華な馬車に揺られ到着すれば使用人に迎え入れられ、席はまるで関係者用のような特別席。

 まだ背が低く見えづらいことを危惧していた二人も自由にライブ会場を見渡せる事ができた。


 自分の父が広大な領地を治める貴族だあることを痛感する。


「パパすごいね、こんなところからライブ見るの始めて!」


「はっはっは、パパはすごいんだぞー! ほらギルも、もうすぐ始まるぞ」


 ギンは背中を叩かれ少し前に出る。

 驚いて一度閉じたまぶたを開けると、そこには夢が広がっていた。


 舞台立っているのは五人組のグループ。今回は山奥のいわゆる地方アイドルが集まって行われるライブと聞いていたこともあってどれぐらい期待すべきか迷ったていたが、いい意味で期待を裏切る世界だった。


 音響や照明がどういう仕組みで動いているのかはわからないが高度な演出、地方という環境で燻っていながらも全力のパフォーマンスを見るうちにギンの記憶は深く掘り起こされ……最期の記憶まで遡っていた。


「アオ……」


 気づけばもう会うことのできないアイドルが脳裏に浮かび涙が溢れる。最近の平和の中に隠されていた前世の記憶がフラッシュバックする。


「お兄ちゃん?」


 全力でサイリウムを振り続ける父の肩から降りたブルーがギンのそばまで駆け寄ってくる。


「いやなんでもない、ちょっと明るすぎて目が痛くて」


「そう、確かにこんな明るいの生まれた初めてだもんね。でも本気で楽しもうよ!」


「そうだな、ていうか一番の大人が一番はしゃいでるし……」


 全力のサイリウムとコールで特別席なのに異様な注目を集める父を横目にギンもサイリウムを振りなおす。ブルーも席はギリギリまで前に出て父に負けないコールで場を盛り上げていた。


『やっぱりアオ以外のアイドルは、推せない……』


『やっぱり私、まだアイドルやりたい!』


 今回のライブ鑑賞は、双子各々が思いを固める機会となった。

読んでいただきありがとうざいます。

よければ評価や感想をいただけると励みになります。


あと数話、毎日20時前後に更新する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ