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序章 SaidB

 秋風の涼しい朝の駅のホーム、本来なら文化祭に参加しているはずの高校生折月青色は東京行きの新幹線に乗り込む準備をしていた。


『き……緊張するぅー!』


 心のなかで叫ぶ青色は、東京を中心に活動するアイドルグループR.G.Bのメンバーであり今日初のワンマンライブを控えている。今まではそこそこの人気とそこそこの規模、数多くの人気アイドルやアーティスト、バンドの集まるフェスへの出演や音楽番組への出演をしてきたが自分たちが主催で行うライブイベントは経験がなく、緊張による胸の高鳴りはすでに最高潮に達していた。


『確かにあの曲から人気出てきたけど一年でワンマンライブ!? おかしいよー!』


 新幹線の到着よりずっと前から座っていられず列の一番前で立ち尽くす青色の前にブレーキ音とともに新幹線が到着し、そそくさと自身の席まで進んで歩く。

 これまでアイドル活動を隠すために地方の高校に通っていたため乗り慣れたものだったが、今日だけは足取りが重かった。


『メンバーのためにも失敗できないし昨日はちゃんと新曲の振り入れましたし……大丈夫だよね? 東京に付けばメンバーも待ってくれてるし』


 R.G.Bのメンバー、アカとミドリは2つ年上。最年少の青色はよく可愛がられており学業とアイドル業を兼任することについても事務所がかなり助けてくれている。なによりあがり症気味の青色にとってメンバーは近くにいるだけで安心出る空間だ。


 だが一人の新幹線の席ではいつまでも緊張が収まらず、うつむいてゆっくり深呼吸をしようとすると――

 どこができいたことのあるような男の声が聞こえた。


「あっすいません」


「いえこちらこそすいません」


 荷物の多い新幹線内、車両を渡ろうとしてぶつかり頭を下げていた青年の姿を見て戦慄する。


『牧田くんっ!?』


 もう少しで声に出てしまうところを必死に飲み込んだ。牧田時臣は青色と同じクラスの男子生徒で席は隣、とても真面目で成績優秀な彼が文化祭という一大行事をサボって何故か新幹線に乗り込んでいた。


『どうして同じ新幹線に、いやでも牧田くんは握手会とかでも見たこと無いしライブに来るわけじゃないよね……とりあえず今は普段の私だからバレないようにしないと』


 前方車両に気をつけながら窓際ギリギリまで詰めて身を隠したまま数時間、新幹線に揺られることになった。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



 東京へ到着にとにかく早く駅のホームを出る。周りを確認して時臣の姿がないことを確認して一応被っていたハンチング帽を深めに被ってメンバーと待ち合わせしている喫茶店へ向かう。


『もしバレたらどうしよう……噂にでもなったらもうこっちに住むしかないのかなぁ』


 待ち合わせをしている喫茶店に到着する。今や人目につくところで集まること自体危ないのだが、まだR.G.Bが深夜番組で食いつないでいた頃に夢やこの先を語り合った思い出の場所で集まろうとメンバー全員で決定した。

 再度周りを確認して喫茶店に入店する。店内を見渡すと変装しているメンバー二人が座っている席を見つけ外側のガラスを背にして座った。


「久しぶりー」


「おっアオちゃんおひさー、MVの収録以来?」


 快活そうな雰囲気を漂わせるのかアカ、R.G.Bのセンターでバラエティでも活躍する人気者。旅行中にスカウトされた青色を事務所で最初に迎え入れてくれた天真爛漫な恩人とも言えるメンバー。


「大変だねぇ高校三年生、進路には悩んでるん?」


 ふんわりした雰囲気のメンバーはミドリ、方言キャラに天然キャラで人気があるが名門国立大学を卒業しており東京に滞在しなければならない時は青色に勉強を教えてくれている。


「そんなことないよ、まあ転機かなーと思ったこともあるけど今が楽しいから」


 座ってそうそう始まる会話。来年には高校を卒業する青色がアイドル一本になるか進学、あるいはアイドルも卒業するのか――事務所内でも様々な噂が立っている。もちろん青色は辞めるつもりはなくアイドル一本か進学かで悩んでいたところだが、正直なところ成績自体は芳しくないため進学という未来は現実的ではなかった。


「大学はちょっと厳しいかもなんだよね」


「おやぁ? 学生の本分は勉強たぞーアオたん、それともうちの教え方が悪かったんかな」


「そんなことないよ! 正直ミドリちゃんに勉強教えてもらうまで成績下から数えたほうが早かったくらいだし!」


「でも大学かー、お姉さんたち的には勧めたいけど事務所的にはやっぱ専念してほしそうかな」


「うん、だから進学はやめようかなって思うんだ。通うなら東京の大学になると思うけど私のレベルじゃあまりいいところ行けるわけじゃないし」


 目を伏せて残念そうにする青色、アカとミドリもまだ未来を選択できる青色がこの時点でアイドルという消費される世界に迎えて良いものが迷っていた。


「まあまあアオちゃんにはまだ時間があるんだから今日は全力でやろうよ、初めてのワンマンだよ!」


 落ち込みそうな雰囲気をアカが一言で変える。この快活ぶりに青色は何度も助けられている。


「うん、そうだよね! 今日は高校生じゃなくて――」


「アカ、アオたんちょっと静かに……」


 青色の言葉を遮りミドリが場を止める。

 何事かと全員が声を抑えて目を合わせるとミドリが喫茶店の外、ガラスの方向を指差した。


「さっきからずっとこっち見てる子がおるんよ、いなくなるまで大人しくな」


 ミドリが指差す方向にゆっくりと目を向けると、外に立っていたのは青色のクラスメイトである時臣だった。


「まきっ……!?」


 驚きで目を合わせてしまいすぐに逸らす。メンバーといるところを見られてことで青色の胸に緊張が走る。


「なに、アオちゃん知ってる人?」


「う……ううん知らない人、でも怖いね」


「うん、どっかいったし私達ももう少ししたら出ようか。一応マネージャーに来てもらうね」


 アカがスマホでマネージャーに連絡を取り事情を説明すると少し時間を置いてから周辺を確認後、近くの駐車場で合流することになった。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



 アイドル衣装に着替えて待機する三人。

 先程のことはいまだけ忘れてアイドルとしてスイッチを切り替えており落ち着いている。すでにファンの声が耳に入っていて緊張感を抑えつつも上がるテンションに熱を感じつつ――照明が三人を照らすその時まで、あと十秒。


 ――三……ニ……一


 闇に隠れていたアイドルを照らす照明、目の前にはこの瞬間を待ち望んでいたファン達が熱狂を声に変えて全力でサイリウムを振っていた。

 地震が起きたかのような歓声、星のようなサイリウムの光、ここにいる全員が自分たちのためだけに来たという事実、青色は心地よく上がる体温を感じ全力のファンに全力のパフォーマンスで答えた。


「私達に負けないくらいのコールで――」


「次の曲は――」


 今も高校ではそのままの地味な自分、アオはアイドルとして生きるために作り上げた人格。見透かされたように言われる"自然じゃない顔"、"若さが取り柄なだけ"、アイドルの世界同年齢、あるいは年下であれ上の世代との実力勝負。

 アイドルなんかと思う時期もあったが、それでもなんとか続けてきた。

 甘やかされた子供の笑顔じゃいられない、もっと綺麗に、もっと上手く――


 五曲目、R.G.Bブレイクのきっかけとなった曲はアオがセンターを務める。最も振り付けが難しい曲のセンター、ワンマンライブ、さっきまでの高揚が緊張が飲み込もうとする。


『あ、カメラ目線どこだっけ?』


 ふと切れた集中力、円盤販売のために見るべきカメラから外れた視線の先には――青のサイリウムを両手に持ってキレキレのオタ芸を披露する時臣の姿が見えた。


『牧田くん……? やっば! めっちゃ私のこと推してるじゃん!』


 不意に盛れる笑顔。隣の席のクラスメイトが、文化祭返上して自分を推しに来てるという事実にライブ中でありながら笑わざるを得ない。


『そっかー、牧田くんアイドル好きなんだ……以外だなぁ、まあでも』


 ――推される側として最大限のお返しを


『もっと全力で、もっと自然に、絶対に推し変なんかさせないんだから!』


 その瞬間から青色は圧巻のパフォーマンスを魅せ続け、呼応するようにメンバーもファンも呼応するように最高潮のボルテージを維持していた。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



 初のワンマンライブをやり遂げ青色は帰りの新幹線に乗り込んでいた。


「あれー、指定席車両じゃないのかな」


 おそらく同じ新幹線に乗っているであろう時臣を探して新幹線内を歩き回って見るが見つからない。マネージャーから貰ったのは指定席切符だが青色は自由席車両まで来ていた。


 そして車両の最後列、R.G.Bグッズを机に広げニヤニヤとしている時臣が視界に入る。


『ふふっ、マジでアイドルオタじゃん』


 零れそうになる笑みを抑えてすぐ気づかれないように少し声を低めに通路から話しかけた。


「隣いい?」



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



『痛い、気がするけどわかんない……』


 これは青色の脳裏に残った最後の記憶。


『何があったんだろう、おじさんに早く……頑張ってきたって、言おうと思ってたのに』


 頭に浮かぶのは蒸発した両親の代わりに育ててくれた叔父。一人暮らしの家に急に上がり込んだ青色を嫌な顔ひとつせず迎えてくれて、アイドルになるといった時も反対せず後押ししてくれた。


『そうだ、次の歌番の打ち合わせもあるし……帰らないと、そういえば時臣くんは……どこにいったんだろう』


 青色の視界には時臣の姿はない、周りを見渡そうとしても体に力が入らず首どころか目を動かすことも一切できなかった。


『あんな近くにいるファン……絶対離さないように、もっとアイドル…………頑張らないと』


 これからのこと、時臣のこと、もう青色はなにも考えることができず、意識は闇の中に引きずり込まれた。

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