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序章 SideA

 地方とある高校で行われる文化祭、生徒全員がワクワクしながら教室で開始を待ちわびる中――

 高校三年生、牧田時臣(まきたときおみ)は駅のホームで何倍ものワクワクを胸に抱え新幹線の到着を待っていた。


「初めての現地参戦、初のワンマンライブ……文化祭よりもこっとの祭りに参加しなくてどうする!」


時臣は学校では成績優秀、スポーツも自他ともに認める実力を持っているが、裏の顔は趣味アイドル、推しアイドル、人生をアイドルに捧げんとする生粋のアイドルオタクだった。

 地方生まれ学生ということもあってライブの現地参戦はなかなか行えなかったが文化祭当日は深夜番組時代から推しているアイドルグループ"R.G.B"の初のソロライブと被り人生で初めて学校を病欠以外の理由で欠席した。

 特に推しているメンバー、アオのCD特典ブロマイドを眺めながら罪悪感を忘れる。握手会やトーク会など様々なイベントを涙を飲んでスルーしてきた人生、この一日くらい全力で楽しんでも罰はないだろうと踏み切った時臣に怖いものはなかった。


「おっと、そろそろ新幹線が来る時間だから切符を出さないと」


 財布から夢への懸け橋ともいえる切符を取り出し自身の席を確認して列に並ぶと時間通りに時臣を夢の世界へ誘う新幹線が到着し扉が開く。

 決してミスの内容に順番を守って新幹線に乗り込み自分の席を探して歩くが見つからない。


「あれ、この車両だったはず……」


 もう一度切符を確認すると隣の車両だったことに気づく、どうやら新幹線が来たことでワクワクに拍車がかかり並ぶ列を間違えたようだった。


「俺としたことが、早く移動しないと」


 都心へと向かう新幹線なこともあり荷物の多い人が多く、中々前に進めないがゆっくりと確実に隣の車両に近づいていくと――車両の前の方の席に見たことのあるような背格好の女性が目に入った。

 濃いサングラスに深くかぶったハンチング帽でまるで変装しているように見えるその女性は時臣と同じのクラスで隣の席、あまり目立たない感じで時臣も会話した記憶が数回あるかないかだったかそこは優等生たるものクラスメイトの顔を間違えるわけがなかった。


『折月さん……?』


 折月青色(おりづきあおいろ)、変わった名前から入学当初話題になったが友達関係が構成されていく内にそのグループにも属さずクラス内ではいつも静かに過ごしていた女生徒。

 文化祭当日だというのになぜこの新幹線に乗っているのか時臣は疑問に思い声をかけようかと思ったが、実のところ時臣も同じ状況のため一旦スルーすることにし前に進もうとすると大きな荷物を持った男性とぶつかる。


「あっすいません」


「いえこちらこそすいません、荷物が重くって」


 軽く礼をして隣の車両に移ると、すぐそこに時臣の座る席があり荷物をしまって座ったあと頭の中にはこれから向かうアイドルライブだけではなくさっき見かけてしまったクラスメイトのことがよぎった。


『なんで折月さんがここに? 東京に親戚がいるとか、静かだけど行事をサボるような人ではないしな』


 今までの青色の授業態度や出席回数を頭の中で思い出し、ふと一ヶ月に一、二回は休むことがあったなと思い返しつつも不真面目な生徒ではないので何か理由があるのだろうと察したところ時臣の脳内に電流が走る。


『もしや折月さんもR.G.Bのライブが目的なのでは!?』


R.G.Bはここ一年の間に新曲"イロドリ"が大ヒットし深夜番組からゴールデンタイムまで大躍進を果たした今は人気アイドルグループの一つ。メンバーは歌だけではなくバラエティーや写真集など仕事を順調死増やしている。活動は都心が中心だが握手会などは地方からの参戦も多いと噂されているうえに若い世代のファンが多いと時臣はエゴサやメンバーブログの情報から分析している。

 つまり青色もR.G.Bのファンの一人であり自分と同じように文化祭と被った今日を狙って現地参戦を狙ったのだろうと考えたのだった。


『ってことは折月さんも趣味を隠しているのか……声をかけなくてよかったな、ここは一ファン同士として距離を置いて全力でライブを楽しむとしよう』


 自分の中で納得の理由を見つけた時臣は新幹線に揺られること約四時間、修学旅行以来の東京の地を踏みしめた。


 新幹線を降り、事前に調べたルートを辿りベストタイムで駅を出た後すぐに地図アプリを起動して向かうべき楽園への道を確認した。移動時間は徒歩なので少しかかるがそんなこと今の時臣のとって苦ではなった。


「よし、向かうか!」


 かなり時間に余裕を持ってライブ会場までの道をしっかりと確認し歩き出す。その時臣の前には出発時にみたハンチング帽が目の前に見えた。

 目の前に青色がいることを考え先ほど出した結論から追い抜かないよう、離れすぎないような位置取りで後ろを歩く。青色も周りに人が多く時臣のことなど目にも入っていないようでそそくさとライブ会場までの道のりを歩いていた。


 道の途中に都心らしいおしゃれな喫茶店が見えると、時臣の前を歩く青色がキョロキョロと周りを確認したかと思うと誰に気づかれないように喫茶店に入っていった。

 後ろからその姿を見ていた時臣は不思議に思いガラス張りの外観から見える店内を覗き込む、入店後店員の案内受ける間もなく青色は席に向かっている。


『待ち合わせ? もしや俺と違い東京に知り合いのファンが……!』


 時臣は生で見たことがないR.G.Bのファン、今まで同じ趣味だと知りもしなかった隣の席の女生徒が交流のあるファンの姿が気になり店内を凝視してしまう。

 まるでストーカーのような振舞だということに気づかないよう脳内を別のことでいっぱいにしながら青色の座った席に目をやると、時臣は人生で最も、それは今回のライブチケット抽選に当選したときよりも驚愕した。


 青色と同じ席に座っていたのはR.G.Bのメンバーであるアカとミドリの二人だった。


『アカとミドリッ!? なんで折月さんといっしょにいるんだ』


 変装しているが帽子からちらっと見えるメンバーカラーの色が入った髪、何百何千と見続けたアイドルの姿を見間違えるわけもなくそれが本人だと確信する。


『……ッ!』


 どうやら身を乗り出しすぎたようで喫茶店側の店員から不審な目を向けられる。それに気づいたようにガラスに背を向けていた青色が振り返り一瞬目が合う。

 すぐに目を背けた時臣は喫茶店から早足で離れ今起きた衝撃の自室を頭の中で整理しようとするが冷静になりきれない脳内は混乱し足は目的地であるライブ会場に向かう機械のように動き続けた。


『何も見なかった、何も見なかった』


 何度もそう言い聞かせてライブ会場に到着し自身の席でサイリウムを二本構えて額に"命"と書かれた鉢巻を巻いて待機する。


 深呼吸をして心を落ち着け、今はこのライブを全力で楽しむことに専念することにした。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



「みんなー、今日は来てくれてありがとー!」


「最後まで全力で楽しんでいってねー!」


「最初の曲は私達のデビュー曲、君の三原色"」


 ライブが始まりアイドルの登場とともに上がる歓声、時臣は地震のようなファンの声量にも負けず全力のコールで推しメンバーの色である青色のサイリウムを振る。

 初めて見るアイドルの生パフォーマンス、生歌、曲が五曲目に入りR.G.Bがブレイクするきっかけとなった大ヒット曲を匂わせるMCが始まる。


「応援してくれたみんなおかけで作ることのできた最高の曲だよ!」


「古参のみんなも最近知ってくれたみんなも、私達に負けないくらいのコールで盛り上げてね!」


「次の曲は――」


 曲の開始とともに会場のボルテージは最高潮に達する。全力の笑顔でパフォーマンスをするアイドルと、汗と涙を流すファンの全力のコールが混じり合いまるで別世界のように錯覚を起こす会場内。時臣のテンションも最大値を超え振られていたサイリウムは優雅にかつ力強いオタ芸へと昇華された。


「なんだあの少年のオタ芸っ!?」


「だ……大胆かつ繊細だ!」


 別の意味で注目を集めつつも時臣のオタ芸に火を着けられたファン達の魂は強く燃え上がり伝播したオタ芸の波は会場内の盛り上がりをさらに推し進め続く曲もその次の曲も下がることのないボルテージのままライブは進行することとなった。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



「みんなー、今日はありがとー!」


 まぶたの裏に焼き付いたアオの笑顔とパフォーマンス、柄にもなくニヤニヤしてしまう衝動を抑えて時臣は帰りの新幹線でライブグッズを眺めていた。


「一生の宝物だ……これはもう部屋に神棚を作るしか」


「隣いい?」


「あっ大丈夫で――」


 新幹線の自由席車両、空いている席の確認をしてきた女性は今日何度も見かけ喫茶店でアイドルと一緒にいたクラスメイト、折月青色の姿だった。


「お、折月さん! なんでここに!?」


「それはこっちのセリフよ、今日うちの高校文化祭でしょ?」


 それはあなたも、と言おうとしたが言葉を飲み込んで沈黙する。今の時臣は緊急事態だ、ずっと隠している趣味が前回の状態を隣の席のクラスメイトに見られてしまい心臓が朝とは全く違うドキドキで満たされていく。


「ふーん、R.G.B好きなんだ……推しとかいるの? 正直聞くまでも無いけれど」


 席の机に並べられたライブグッズはほとんどがアオのグッズであり青色の言った通りその机の上がすべてを物語っている。時臣は机に覆いかぶさるようにグッズを隠すが時すでに遅し、赤面しながらなんとかやり過ごす方法を考えていた。


「まさか学校一の秀才さんがアイドルの追っかけやってたなんてびっくり、ちゃっかり推しまで作ってるし人は見た目じゃないわねー」


「こ、これは趣味の一環であってそもそもアイドルの追っかけではなくファン活動で決して出待ちとかそういった行為も一度たりとも――」


「うわー早口だねえ、別に言い訳とかしなくていいよ私アイドルオタに偏見とかないし。そんでさ、いつから推してるの?」


「深夜歌番の時から」


 一息ついたと思ったら急に投げかけられた質問に何も考える暇もなく即答してしまった。最近一気に人気が出たグループだから気まぐれで言ったなどの言い訳も使えなくなり時臣は青ざめる。今までうまく造り上げてきた自身のイメージが音を立てて崩れ去り代わりにハチマキと法被を身に着けたアイドルオタのイメージが脳裏に浮かんでくる。


「へー……そんな時から推してくれてるんだ」


「え? もしかして折月さんも――」


「へ!? いや私はそんな詳しくないんだけど、ほら人気あるからさーテレビとかでもたまに見てたっていうか」


 なぜか焦る青色に対して若干不審に思う時臣だが、R.G.Bの話をする上で最も気になっていた昼の喫茶店のことを思い出す。


「そういえばさ、今日喫茶店にいたよね」


「あーやっぱりあれ牧田くんだったんだ、うん……」


「なんでR.G.Bのメンバーと一緒にいたの?」


 ハッとした表情で少し固まる青色、だが時臣のまっすぐな視線に少し考えるようにしながら一度深呼吸をしてか話し始めた。


「えーっと、私実は――」


 そんな答えが返ってくるのか息をのむ時臣。まるで数分間にも感じる緊張状態が続いた気がした。


「ライブ運営会社でアルバイトしてて、R.G.Bの人たちとは字ごとで知り合って年が近いのもあって仲良くなったっていうか! 別にそれ以上の関係があるとかそういうことじゃないの!」


「なんだーそういうことかー!」


 先ほどの時臣のような早口で説明する青色。

 普段なら疑うような時臣だが今は自分の話題から逸らすために必死だったこともあり全力で話題を肯定することにした。それはもう必死に首を縦に振り納得したことを全力で示した後にゆっくりと深呼吸をする。


「お願いがあるんだけど、この趣味のことは誰にも言わないでくれるかな」


「え? 別に恥ずかしいことじゃないでしょ、今の時代アイドルなんて男の子なら見てるもんだよ」


「まあそうなんだけど、僕の場合はかなり入れ込んでるというか――話題を振られたら超早口で語りだして止まらなくなりそう」


 頓珍漢な理由ではあったが眼差しは真剣だった。青色も先ほど見たグッズの山を思い出して納得する。


「ふーん、私はもっと布教活動とかしてほしいけど……」


「いや布教活動しても折月さんにはメリット無いんじゃ?」


「あ! 違うの友達だから! R.G.Bとは仲いいからもっと有名になってほしいし!」


「そういうもんなのかアイドルの友達関係って、じゃあさ――」


 時臣はバッグの中からアオのグッズを一つ取り出して青色に差し出す。ぽかんとした表情の青色は何もわからずに受け取るが、若干混乱しているようだった。


「俺の初めての布教活動、一緒にR.G.B推さない? 本人の友達に言うのもおかしい話だけど」


 照れくさそうに微笑みながら言う時臣、青色は受け取った手前返すこともできずグッズを凝視した。

 受け取ったのはアオのメンバーカラータオル。まだ袋に入ったままの新品で先ほどのライブで販売されたものなのだということがわかる。


「僕が推してるのはアオっていう子でさ、なんかこう……力強いダンスがいいんだよ! ファンサもかなりしてくれるしなにより周りのことをよく見てるっていうか、テレビでもライブでもカメラの映り方とか全部意識してるみたいな感じで――」


「ちょっ……!」


 早口で推しを語り始める時臣を制止する。先ほどの語り始めたら止まらなくなるというのは本当の事らしく、今までため込んでいたものが一気に放出されるような語り口だ。


「知ってるよ、ずっと見てたもん……」


「え、それって――」


 ――ここからの記憶はほとんど途切れている。

 感じたのはまるで爆発したかのような音と浮遊感で、人生最大と言っていい衝撃と共に時臣の意識は闇の中へ落ちていった。



          ※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※―※



『あれ、なんで寝てるんだっけ……? 早く家に帰らないと、母さんが心配……するのに』


 これは意識が闇へ落ちる寸前の記憶。


『頭が痛いな……そういえば折月さんはどこに行ったんだろう、せっかく布教したんだから明日学校で』


 仰向けに倒れている時臣の目の前には、先ほどの衝撃のせいでハンチング帽がとれた青色が横たわっていた。その髪には――アオと同じメンバーカラーと同じ色のエクステがあった。


『なんだ……折月さんもアオのこと…………推して、たんだ…………厄介なこと……しちゃったな』


 嬉しさと少しの反省を考えた後、時臣の目は光を失った。

折月青色視点、SideBも同時に投稿しています。

もしよければ読んでいただけると嬉しいです。

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