十話 『研修』
先日発覚したブルーのアイドルプラン――グループ活動を聞いた日からギンの脳内はなんとかメンバーを集めることでいっぱいだった。
なによりスカウトするにしても有力な人材はすでに他事務所に契約済み、街を歩いて声をかけようにも実績のない事務所についてくるような人はいない。
「ギンくん大丈夫?」
「あ、あぁ……考え事してた」
「大変なのはわかるけど、今日から午後は研修になるから集中しないと怪我するよ」
術師のクラスはある程度の座学を数日で叩き込まれ、今日から午後は実際に郊外に出現した低級悪魔など処理するロクドウ所属の術師と共に行う研修授業が始まる予定になっていた。
「皆さん席についてください。午後の研修授業ですが監督役を務める術師が少ないこともあり二人一組を作ることになります、パートナーが決まった組から研修場所へ移動してもらいますので報告しに来てください」
「二人一組か……」
「ギンくん、よかったら組んでくれないかな?」
すでに二人一組を作っているクラス内を見回していると隣りにいたエヴァから声をかけられる。ギンとしては親しい人もいなかったので願ったり叶ったりだが、エヴァの後ろにいる複数の男子生徒の目線が刺さるようにギンを見ていた。
『まあ家柄も見た目もいいエヴァと組みたいやつはいるだろうな……』
「私まだ友達もギンくんしかいないし、ダメかな?」
「いや、俺もエヴァぐらいしか話し相手もいないからな、俺からも頼む」
あまりにも多く強い視線が集まっていたせいで一瞬断ろうかと思ったが、せっかく声をかけてくれはエヴァを無下にすることもできず即席のパートナーになることを了承した。
パートナーが決定したあと先生に報告に行くと研修場所は西方の郊外にある小さな村で、複数の低級悪魔の被害にあった場所らしくすでに監督役の術師が結界を張るために現地へ赴いていた。
学院からは離れているため一応馬車を用意してもらい急ぎ目に村まで向かうと、遠目からでも半透明な四角形の結界に囲まれた村が見える。ある程度近っいたあたりで場所を降りてから徒歩で村の前まで行くと、そこには今回の監督役を務めるであろう短い茶髪を礼儀正しく整えた長身の真面目そうな男が立っていた。
「お待たせしました、ニコラ一級補佐で間違いありませんか?」
「はい、あなた達は学院の生徒ですね。では挨拶を――初めまして私はニコラ・クラフト、等級は一級補佐です、よろしくお願いします」
「ギン・アートメイジです」
「エヴァ・グリーンガーデンです……」
急いでいた二人に比べて余裕のあるお辞儀に驚きつつも、ニコラに習って自己紹介を済ませるとニコラが服の内ポケットから資料を出して目を落とす。
「では必要事項を――今回発生したのは小型の低級悪魔十五体、指折り数える必要はありません、気配がなくなるまですべて殺してください。二人の経歴を考えれば手こずる相手ではないでしょう。ですので今回私は結界外で待機、討伐完了または想定外の自体が起きた時に結界から出てきてください」
「えっ、私達が二人でやるんですか!?」
エヴァの疑問は最もな話だ。
いくらなんでも初めての実戦を高みの見物というのは実力があっても危険極まりない行為、ギンにとっても危ない橋を渡るのは想定外だった。
「俺たちは術師の任務に追従して現場を学ぶ研修だと聞いているんですが……」
「無責任などと思わないでください、監督役がいてもいなくても低級と舐めて相手にする新人術師は腐るほどいます。私には君たちを守る義務はありますが教育する義務はない、術師を学びたいのであれば自身の力で悪魔を倒せると示してください」
守る義務があると言いながら守る気がないように見えるニコラに文句を言おうとしたが、少し話してわかった彼の性格上決定を曲げることはないだろうと考えギンは口を閉じる。
「それと、これは学院では教えてもらってないと思いますが――任務中術師や悪魔が破壊した家などは学院側で補填されます、周りのことを気にせず悪魔を殺して生き残ることだけを考えてください」
「わかりました……」
無理やり納得してギンが結界内へ入ると、それについていくようにエヴァも結界内へ入っていく。
結界内部は悪魔がいることをいやでもわからされるほど淀んだ魔力が充満しており、木造の家屋には逃げ遅れただろう村人らしき者が数人横たわっている。
すでに嫌気が指すような光景だが、自身が選んだ道を後悔しないようギンたちは歩みを進めた。
「……まさかいきなり二人なんて、どうしよう」
「あの人に文句はあるけどやるしかない、村自体はあまり広くないしなにかあったらすぐ逃げられるはずだ」
「そうだけど……」
不安そうなエヴァの前をギンが歩き続けていると、一つの家屋からまるで虫の巣のような羽音が聞こえた。
「エヴァ止まれ……たぶんあの家だ」
音の大きさから通常の虫ではなく低級悪魔の群れだと判断したギンは立ち止まり魔力を練って指先で印を結ぶと、呼び出された一体の使い魔が五体に分裂して音のする家屋を囲む。
『使役術? ギンくんって使い魔師なんだ……ってことは主に戦うの私じゃない!?』
ギンは入学の際自身の術式を隠していた。
これは呪言師というのは味方からも警戒されかねない術式であるというラビからの言いつけである。
「俺が使い魔を中に入れておびき出す、出てきたところを狩ってくれ」
「わかった、いつでもいいよ」
エヴァも戦闘態勢に入り腰から下げていた短刀を抜いて構えると、短刀の影が浮かび上がりもう一振りの短刀になった。
――写絵魔術
自身の影を媒介に影絵から物体を複製する魔導術式。
一度に複製できる数は限られているが武器から生物に至るまでどんなものでも複製し使用できるグリーンガーデン家相伝の術式。
「行け……!」
ギンの合図とともに家を囲んでいた使い魔が一斉に壁を破り屋内へ侵入すると、狙い通り唯一開いている扉から甲虫型の悪魔が数十体飛び出してきた。
「ちょ、十五体じゃなかったの!?」
「怯むな、何体集まっても同じだ!」
驚きつつも魔力を込めた短刀で群がる悪魔を一体一体切り裂いていくエヴァの後ろで、倒しそこねた悪魔をギンが処理していく。
さすがは術師家系の令嬢といったところが、エヴァは焦っているようで無駄なく確実に倒せるだけの悪魔を倒している。修行のほとんどを呪言の制御に費やしていたことで正面からの戦闘が得意ではないギンにとってもこれだけ戦えるエヴァは好都合だ。
「もう……出て……来ないね」
息を切らしながら三十近い数の悪魔の死骸の上で汗を拭くエヴァが家を見ると、中からすでに悪魔の気配はなくなっていた。
「これで終わりみたいだな、とりあえず報告しにいくか」
「待ってギンくん、私ヘトヘトだよー」
初めての実戦で張り切ってこそいたが、予想外に戦闘の比重が高かったエヴァは疲れた足をなんとか動かしてギンを追いかけていると、ギンの足がピタリと止まった。
「どうしたの?」
ギンの目の前で使い魔の本体が羽音を強く出して警戒態勢になっている。つまり悪魔の気配を感知しているということだ。
再び強く腰を落として周辺を警戒する。使い魔の魔力感知範囲はそれほど広くない、感覚を研ぎ澄まして魔力を辿っていくと少し離れた家の扉がゆっくりと不快な音を立てながら開いた。
「……!?」
状況を理解できていなかったエヴァも動いた扉を見て短刀を構える。いつ何が来ても対応できるように家を凝視して待ち構えていると、扉の裏側から村人らしき人の頭が見え――ドチャッと音を立てて土を染める血の中に落ちた。
少し更新止まります




