九話 『初耳』
午後も簡単な説明会のような形で終わり、放課後ギンとエヴァがならんで校門に向かっているとブルーが一人で中庭で待っていた。
「あ、お兄ちゃん待ってたよ」
「ブルー、カレンはいないのか?」
昼食を一緒にした中の一人であるカレンがいないことを聞くと、どうやらアイドルグループの打ち合わせがあるということで先に帰ったらしい。
「エヴァちゃんも一緒に帰るの?」
「うん、私寮に入ってるから迎えもないんだ」
当たり前に出てくる迎えという言葉にギンとブルーは一瞬不思議がるが、校門まで出れば大小さまざまな馬車が止まっており生徒が続々と馬車に乗り込んでいるのが見えた。
登校中はあまり気にしていなかったがロクドウ学院は貴族校、徒歩での下校はギンとブルーを除けば寮に入っている生徒だけでそれ以外は家から使用人がわざわざ迎えに来るらしい。こちらでの生活にかなり慣れていた二人だが、どこまでいっても違う世界なんだなと痛感する。
だが自分達も貴族という立場で通っているためできるだけ目立たないようブルーもその光景を見てはしゃぐことはなかった。
「寮ってどんなところなの? 学院がこんなに広いからちょっと気になるかも」
「うーん普通ですよ、実家よりは少し狭いくらいで」
『貴族の実家より少し狭いって相当広いぞ、それ……』
とギンは思ったが口に出すことはない。
「ブルーちゃんはどの辺に住んでるの? 寮じゃないってことは実家が近いのかな」
「あ、えーっと……」
「実家の別荘が近くにあるからそこで住んでる、三人だしそんな広くないけど」
言い淀むブルーの代わりにギンが皮肉っぽく答えると三人で暮らしているということにエヴァは驚いたようだった。当たり前に使用人がいる生活が長い貴族からしたらギンとブルーが行っているような少人数での一般家庭的暮らしは珍しいらしい。
「ってことは使用人いないの!? 確かにお弁当はギンくんが作ったって言ってたけど家の掃除も料理も自分たちでやってるんだ、 すごいなー」
「まあ……一応母親いるし俺たちが学校行ってる間に掃除とかしてると思うけど」
というよりのもギン達の家庭環境では当たり前の話だ。
二人の母役を買って出たレイラは元々メイドとして従事しており掃除洗濯を含めた家事は一般的な家庭で暮らしている人よりも得意で料理に至っては屋敷お抱えのシェフもかすんで見えるほどの腕前を持っている。
「お母様もすごい人なんだね、私の家じゃ全部使用人の仕事だったのにそれを全部一人でやるなんて」
「最近はアイドル事務所の運営も任せてるし、どこかで休める時間も作らないとな」
「え……? ギンくんの家ってアイドル事務所やってるの!?」
「そうだよ、私そこの所属だし」
自分を指差すブルーにエヴァは目を丸くする。
何を思ったのかエヴァはその場で立ち止まり、少し進んでから振り返った二人の手を握って一生のお願いと言わんばかりの表情で二人の目を見る。
「……い、家に遊びに行ってもいい!?」
どうしてもアイドル事務所が見てみたいという気持ちが現れた輝く目に、ギンは断れるはずもなく兄と同級生の女子生徒を家に連れ込むという妹からしたら一大事件のイベントに頭を悩ませたブルーも、いま断るとその場で泣き出しそうな圧に押されて了承することになった。
気がつけば自宅の目の前にたどり着いており、重い空気が漂う二人の後ろでキラキラとした瞳で扉が開くのをいまかいまかと待つエヴァ。ギンが扉に手をかけて開くと、二人の帰りを待っていたであろうレイラがお辞儀をしたまま立っていた。
「おかえりなさいませ……おや、後ろのお方は?」
顔を上げたレイラの視界にエヴァの姿が映ると、質問を投げかけたまま玄関の端に立ちいかにも主人を迎えるメイドらしく立っている。
「初めまして、ギンくんと同じクラスのエヴァ・グリーンガーデンです。お邪魔します!」
「これはグリーンガーデン家のご令嬢様でしたか、ギンとブルーの母のレイラございます。狭い家ですがごゆっくりどうぞ」
挨拶が済んだあと、ギンとブルーに続いてエヴァが家に上がり、レイラが事務所となっている一階の一室通す。中に入ったエヴァはまるでおもちゃ屋にきた子供のように全体を見まわし衝動を抑えられないように立ち止まることなくあちこちを歩き回っていた。
「みなさん、お茶が入りましたのでどうぞ」
「ありがとーレイラ、どうエヴァ?」
「すっごく楽しい、アイドル事務所って入ってみたかったんだー!」
はしゃぐエヴァを横目にカップに口をつけて落ち着くギン。
ふとアイドル関連で思い出したことがありブルーに視線を向けた。
「そういえばブルー、お前アイドル活動いつから始めるんだ?」
「あ、そうだった! 決めないといけないこといろいろあるんだった、レイラ―!」
大声でレイラを呼びバタバタと部屋を出ていくブルーを見送って持っていたカップを置く。エヴァは一応お茶を出されたことで席に座っているがまだそわそわとしていて落ち着いていないことが見て取れる。
「まだアイドルは好きなのか?」
「えっあっ、えっと……うん好きだよ。でもいまは見るのが楽しいって感じかな、やっぱり術師と両立は出来ないし、ブルーちゃんがアイドル始めるんなら全力で応援するよ!」
笑顔で答えるエヴァだが、何か我慢しているようにギンには見える。おそらく家の都合とはいえ簡単に諦めがつく思いではなかったのだろうと想像するがそれはそれ、他人の家事情にまで口を出す気にはなれなかった。
「まあうちは所属ブルーだけだしそんな珍しいもの無いと思うけどゆっくり――」
「ギン、少しいいですか?」
話しかけていたところで扉が開きレイラから声をかけられる。先ほどまでブルーと今後のことについて話し合っていたはずだが、なにかあったのかとギンがレイラが立っているところまで行くと――
「ブルーと私の間で認識の齟齬がありました、それについてブルーの話を聞いていただきたいのですが」
「ああ、俺の方がいろいろいいやすいからな。連れてきてくれ」
そう言って連れてこられたブルーの話にギンは開いた口が塞がらなくなる。
レイラとブルーの間で起こった認識の齟齬というのは――ソロで活動するかグループで活動するかという話だった。
「アイドルってグループで活動するものじゃないの!?」
「私はてっきりソロアイドルで活動するものとばかり……どうしましょうか?」
驚くことにブルーは最初からグループで活動するつもりだったようで、全員がアイドルはグループという認識だと思っていたらしくソロで活動する気はまったくなかったらしい。結果それをさっきの話し合いで知ったレイラがすでに動き始めていた関係各所への連絡で頭を抱えることになった。
「ソロアイドルもいただろう! 今からグループにしようって言いだしてはいわかりましたって人数揃えるとか絶対無理だ!」
「みんなグループ活動するつもりだと思ってたもん! ていうかアイドルにはなりたいけど私ソロとか絶対緊張してまともに歌ったりできないよー!」
数分のギンとブルーの意見交換を要約すると――
ブルーは最低でも三人のグループで活動したいという意見で、一方ギンは今更あと二人――しかもブルーのレベルに釣り合うメンバーを探したうえでスカウトするには時間がかかりすぎるという意見を出し、二人の話し合いはメンバーが欲しい、今からは難しいといういたちごっこを極めることになった。
学院ならなんとかとも考えたが容姿のレベルが高いアイドルクラスは全員事務所と契約済み、特定の事業を持たない一般クラスから探すにしても下手にスカウトして見れるレベルになるまでの時間とコストがかかりすぎる。
ギンはなんとか妹の気持ちを汲み取りつつアイドルとして立っていても違和感のない子を探そうと考え、振り向いた先にはこの空気の中気配を消して過ごし切ろうとしていたエヴァと目が合った。
「……エ――」
「ごめん無理」
エヴァも目が合った時点で察していたようで即刻拒否される。ギンもさっきまでアイドルについて話していたこともあり期待はしていなかったがほんの砂一粒程度の希望にも秒速で断られさすがにうなだれることになる。
「アイドル……あと二人……スカウト……フリー……お兄ちゃん……アイドル……」
うわごとのように繰り返すギンを、レイラとエヴァは哀しげな目で見つめていた。
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