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傘の魔女と踊りゃんせ  作者: ツギハギ愛好家
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傘と飴と少しの勇気

沈んだ心に打ちつける雨を防ぐ傘を売っている店があるらしい。

なんでもその店の店主は魔女らしいが、人々の幸せな顔を見るのがお気に入りな物好きだってさ。

その店はどこを探しても見当たらなく、本当に落ち込んだ人の前にだけ現れるそうな。

その店の名前は…『天橋立』

どの時代のどの文書にも書かれていない店。その実態を知っているものは全くもっていない。

そんな摩訶不思議な傘屋に来てみませんか?













「天橋立、開店のお時間です」








コロリと口の中で飴玉を転がす。甘酸っぱくて美味しいけれど、何故か自然と涙が出てくる。今日の出来事は、私の心を酷く冷えさせた。


子供の頃からビビリな臆病者で、何をするにも誰かについていく。皆がやっていることを必死こいてやる金魚の糞みたいな存在。勿論友達だって作る勇気がないから1人もいない。勇気が欲しいと願った回数は100を超えるだろう。

今日の授業で2人組を作る時も、うちのクラスは偶数人なのにも関わらず陽キャが勝手に3人で組を作るから私が余る。そのせいで先生と組む羽目になった。しかも、それで皆に笑われた。クスクスって。

笑うならルール違反をした陽キャを笑えよ。なんで私を笑うんだ。

それにそれに、その授業の後トイレに行ったら「ボッチ」って言われて馬鹿にされてたもん。クソが。

購買で買ったお気に入りの飴を怒りに任せて噛み砕く。飴の袋を漁ると残りの飴は2つ。

そのうちの一つの飴を乱暴に袋を漁って取り、口の中へ放り込む。放り込むと同時に、ポツポツと腕に冷たい感覚が襲う。


「嘘でしょ…雨降ってきたんだけど!」


鞄を小脇に抱え上げて走り出す。どんどんと雨の勢いは増していき、鞄の中からスマートフォンの通知音が聞こえる。どうやら豪雨らしい。

どうにか雨から逃れようと、雨宿りの場所を探す。その間にも冷たい雨は私の体に突き刺さっていき、足は寒さのせいか震えている。

キョロキョロと辺りを見渡すと、不思議な店が目に止まった。和風とも洋風とも言い難い、この世にないであろうデザインをした外見に、一際目立つ大きな木製の看板。そこには『天橋立』と書かれている。そして入り口の近くには『傘、お作りいたします』と書かれてあった。

なんと丁度いいタイミングだろうか。私はその店に向かって全速力で走り、そっと扉に手をかける。

カラリとベルの音が聞こえた。中も店の外見と同じく和風とも洋風とも言い難い風貌だ。壁にはよく分からない装飾が施されている。

さて…店に入ったのはいいが、傘の代金は払えるだろうか…?

びちょびちょの鞄に手を突っ込み、財布を取り出す。そこには500円玉が一枚あるだけだった。流石に500円じゃ傘は買えないだろうし、それに作るならかなりの値段がするのでは…?

そう考えた私は店の扉にもう一度手をかけ、こっそり店を出ようとした。


「いらっしゃい。お嬢さん」


綺麗な女性の声が私の後ろから聞こえてくる。恐る恐る後ろを向くと、黒いベールを被り黒い喪服のようなロングドレスを着た女性が立っていた。ベール越しに紫色の瞳と目が合う。私を貫くようにそれは私を見ている。

本能的に目の前の女性は人ではない何かだと悟った私は瞬時に目を伏せ、何も考えないように思考を落ち着かせる。そうでもしないと、彼女に全てを見透かされるような気がしたから。

走ったせいか、はたまた人ではない何者かと遭遇したせいか、私の心臓はどくどくと脈打つ速度が上がっていく。

女性はベールを取り、そっとその辺の机に置く。


「貴女、傘をお作りに来たのでしょう?貴女にぴったりの傘を見繕いましょう。さぁ、そこに座って?」


いつのまにか現れた椅子の背もたれに女性は手をかけ、座るよう催促してくる。私は後退りしながら、扉のドアノブに手をかけようとしたが何故か触れている感覚がない。ばっと扉の方を向くとそこに扉はなく、周りの壁につけられているものと同じような飾りで装飾されていた。

慌てて女性の方を再度向くと、相変わらず椅子に座るよう催促している。

万事休すとでも言うのだろうか、私は諦めて椅子に腰掛ける。


「貴女、勘が鋭いのね」


その女性の一言に思わず声が漏れるも、女性は気にしないといった様子でくるりと指を回すと、私の座っている椅子は宙に浮き、白い湯気がたっているマグカップと木皿にクッキーが並べられている机の前に着地した。

やはり彼女は人間ではなかったと確信を持つのと同時にこんな机、元からあったっけ…という疑念が浮かんでくる。

そんなことを考えている間に再びぶるりと震える体のおかげで思い出した、私は今全身びしょ濡れなんだ。

というか、それよりも女性は…いやいや…その前になんで私のことを浮かせられたの…

疑問が多すぎてパンクしそうな頭に、女性の涼しげな声がそっと染み込むよう浸透する。


「クッキー、食べないの?ココアも冷めちゃうわ」


いつの間にか目の前にいた女性は机に肘を乗っけて、頬杖をついている。彼女の瞳である光り輝くアメジストは、不思議ともう怖いとは感じなかった。私はそっとクッキーを手に取り、一口齧る。その後、まだ湯気の立っているマグカップを持ち音を立てないように啜る。芯まで冷え切っていた体にココアがじんと染み渡る。


「貴女の心に打ちつける雨、私の傘で防いであげるわ」


詩的な言葉を独り言のように呟いた彼女は、両手を合わせその両手に力を込めている。徐々に両手の中から白い光が漏れ出てきており、女性は少しだけ顔を歪ませている。女性はさっきとは打って変わって息も絶え絶えといった様子で、私に目を閉じろと言ってくる。私は瞬時に目を閉じ、女性の声がかかるまで待っていた。


「…もう目を開けて大丈夫よ」


目を開けると、ココアとクッキーが置かれていた机には白い傘が静かに鎮座していた。私は傘と女性を交互に見比べる。純白を越えるほどの可憐な白は私の目にしっかりと焼きつけられ、瞳を閉じても尚思い浮かぶほど美しい。


「で、この傘を貴女はどう変える?」


「変える…?これで完成じゃないんですか?」


「まさか。この傘はまだまだ変われるわよ、貴女みたいにね」


私みたいに…?

どういうことか聞こうとした最中、彼女はそそくさと奥に引っ込んでいった。放置された私は眉を顰め、そっと傘に触れてみる。

何故自分が傘に触れたのか、よく分からない。ただ、触れなければならない気がした。

私が触れた場所から傘は少しずつ変化…するはずもなく清廉潔白のまま。


「あら…?おかしいわね。ちょっと間違えたかしら」


いつの間にか女性は私の後ろに立っていて、私の手元にある傘を凝視している。首を傾げている彼女は少し考えた後、机を挟んだところにあるロッキングチェアに座って私の方をまっすぐに見つめる。


「貴女は何がお望みかしら。富?名声?」


「いや…そんな大層なものは要りません…」

「ただ…自分を変える勇気が欲しいんです」


女性が私をまっすぐ見つめていたように、私も女性を真剣な眼差しで見つめる。こんなこと、傘屋の女性に言っても意味なんてない。そんなことは分かりきっているけれど、なんだかこの女性なら私の望みを叶えてくれるような気がした。

女性は少しの間目を丸くした後、笑顔をこちらに向けてきた。

眩しく明るい笑顔のはずだが、どこか哀愁が漂っているように感じた。

女性は私の手を取り、純白の傘に触れさせる。

すると純白の傘は私の手が触れた場所からじわじわと菫色に染まっていく。私は驚きながら女性の方を見上げると、女性は胸を抑えながら必死に呼吸をしている。


「えっ…!?あの、大丈夫…」


「手を離さないで!…私は大丈夫だから」


離しそうになった私の手を強く傘に抑えつける女性。菫色は黒く滲んでしまった。女性は動揺したことを悔やんでいるのか唇を噛み締めながら目を伏せた。

よく分からないけれど、なんだか良くないことが起こっている気がしてならない。怖い。なんなの。

私の不安が大きくなる度に、傘を抑える手がぐっと強くなる。そのせいか綺麗だった菫色は不安を呼び寄せるような色になっていく。


「…もう、手を離していいわ……………あとは任せて」


女性は強引に傘を私の手から奪っていくと、また奥に引っ込んでいった。

彼女の情緒が不安定なのは何故なのか。

彼女がああいう人物だからと思えばいいかもしれないが、なんというか、違う気がする。

私が思考を巡らせていると、女性が奥から戻ってきた。女性の顔色は良くなっており、私が店に入ってきた時のような雰囲気になっていた。私がほっと胸を撫で下ろすと、女性は少し眉尻を下げながら「ごめんなさいね」と小さな声で言った。何故謝られるのか理解できず、私が女性の方を見ると、女性の瞳はアメジストから黒曜石に変わっており、こちらをじっと見つめていた。喉からひゅっと変な音が鳴る。

初めて女性と会った時のような危機感ではなく、死を覚悟するようなおどろおどろしい恐怖が脳内を駆け巡る。

女性は黒曜石の瞳をこちらに向け続けている。まるで、「何も聞くな」と言っているようだった。


「さぁ、傘を受け取って?」


乱暴に押し付けられたそれは、綺麗な菫色をベースにしたしずく模様の傘だった。感謝を伝えながら女性の方を恐る恐る見ると、ニコニコと笑っていた。が、細められた目の隙間から黒曜石が見え隠れしている。傘を持つ手はぶるぶると震え、早くここから出なきゃと思うばかりだった。


「じゃあ、報酬をいただこうかしら」


報酬?そんなこと聞いていない…いや、そりゃここは傘屋だし、勿論お金が必要なのは重々承知…けど今持ってるのは…


少しだけ乾いた鞄から財布を取り出す。やっぱり入っているのは500円玉一枚。冷や汗をかきながら女性にお金がないことを告げる。女性は少し間を空けた後、ケラケラと笑い出した。


「別に、報酬はお金じゃないわよ。そうねぇ……貴女の鞄の中に入ってる飴でいいわ」


女性が指差した先には私の鞄があり、確かにその中には飴が入っているが…何故分かったのかという質問はもう無駄な気がして、私は黙って飴の入った袋を取り出す。

女性はその袋を先程とは違って丁寧に受け取ると、袋を差し出した私の手を握る。女性の手は冷たく、まるで血が通っていないようだった。


「次に貴女が目を開けたら、貴女の望む物が手に入っていることでしょう。いってらっしゃい」


「え、どういう…!」



私が瞬きをした一瞬で暖かい店内の景色から、豪雨がザァザァと降る寒い外の景色へと様変わりした。驚きでしばらく私は固まっていたが、ぶるりと震える腕を見て、急いで家に帰ろうとする。走り出そうと鞄をしっかりと抱えると、違和感を感じた。鞄を開けると、そこには菫色で彩られたしずく模様の折りたたみ傘が入っていた。


「あれ…?こんな傘…持ってたっけ…」


鞄から傘を取り出すと、傘の側面に付箋が貼ってあった。


『渋谷アミ様のご注文品』


渋谷アミという私の名前が刻まれた付箋は、雨でポツポツと言シミが出来ている。まぁ私の名前が書かれてるしいいかと思った私は、傘を開いて歩き出す。

帰路についていると、コンビニの前に見慣れた制服姿の女子高生がいた。それは今日の勝手に3人で組んだ陽キャのうちの1人で、私は眉間に皺を寄せながらそそくさとその前を通り過ぎようとする、が。


このままでいいのだろうか。

折角頑張って受験した高校。そして高校一年生の6月。

まだ1人も友達が出来てない。

いつも周りが私のレベルに合ってないせいだと決めつけていたけど、それって言い訳じゃないか?

自分に勇気がなくて話しかけれなかったせいだろう。


私はコンビニの前にいる陽キャの方へずんずん歩みを進めていく。怖くはない。

そして、陽キャの前に立って傘を差し出した。


「ねぇ、傘ないんだったら一緒に入る?」


陽キャは目を丸くした後、バツが悪そうに頬を掻いて唸る。それとほぼ同時に、他2人の陽キャが3つ傘を持ってコンビニから出てきた。

それを見て全てを察した私は、顔を赤くしながら謝ってその場を離れようとする。しかし、陽キャ3人はそんな私を引き留める。


「おー、えっと…渋谷さん?傘入れてくれようとしたんしょ?マジありがと。よかったら一緒に帰らん?」


「そーだよー!てか渋谷さんこっちだったの?なら早く言ってよー!そしたら一緒に帰れたのにー!」


「あ…うん。……渋谷さんじゃなくて、アミって呼んで」


私がそう言うと、陽キャ3人はニコニコと笑いながら口々に私の名前を呼んでくる。


「じゃあ私はナツでいいよー!こっちはマリ!で、こっちの黙ってる方がサヤカねー!」


「黙ってる方って言うなし…ども、あたしサヤカ。皆からはさやとかさやかんとかまぁ…色々呼ばれてる。アミの好きな呼び方でいい」


コンビニから出てきたもう1人の陽キャ、サヤカがぶっきらぼうにそう言い放つ。そのサヤカの両肩にナツとマリは腕を乗っけて、ニヤニヤ笑っている。


「さやかん照れてんのー?シャイなんだからー!」


「照れんなよさや。こいつ不器用だけど、一応アミと話せて嬉しいっぽい」


ケラケラと笑って揶揄う2人と、私の方を見て呆れたように肩をすくめるサヤカ。それを見て笑っていたが、ゴロゴロという音が鳴ると私達の賑やかな時間は一気に終わりを迎える。どうやら雨が酷くなっているようで、雷も鳴り出したらしい。私達4人は急いで傘を差して逃げるように家へ帰る。




「彼女達、楽しそうね。いいの?本当に記憶を消しちゃって」

天橋立を営む店主、傘の魔女シャロッテにそう問うたのは雨の魔女であるサフィアだった。シャロッテは、しばらく黙っていたが、ポツポツと話し始める。


「雨が止むのを待ってちゃダメよ。そして他人に雨を止められたと思ってもダメなの。自分で雨を止めたと思わなくちゃ、人間ってのは成長しないものらしいわ」


「はー…アンタほんっとうにポエマーね。聞いてるこっちが鳥肌立つ。ま、私は雨が降らせられるから別にいいんだけどねー」


サフィアはそう言いながらべーっと舌を突き出したあと、指を鳴らす。サフィアが立っている先に黒い渦ができて、そこにサフィアは突き進んでいく。


「あ、そうだ。警告しとくけど、ほんっと自分を大切にしなさいよ!アンタだって無限に魔術が使えるわけじゃないし、それにアンタが使ってる魔術は自分の…」


「早くお帰りなさいな。雨の魔女さん。再三警告されたのですから、覚えていますとも」


シャロッテはサフィアの口の中に飴を無理矢理入れて、黒い渦の中に押し込み、手を叩いて黒い渦を強制的に閉じた。








「……天橋立、閉店のお時間です」


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