第8章
それから有馬さんは少しずつ物を形作っていった。それは一見、中学生が楽しそうにやっている工作みたいに見えた。
「ちょっと関節を増やしてみたぞ。ほら」有馬さんがパソコンのキーボードを叩くと棒が動き出した。この前までは一か所だった折れ曲がるところが三か所に増えていて、犬の手のように動いていた。一枚の板の上にまるで手の部分だけが生えて動いているようで少し気味が悪かった。
「この手首のところは苦労したよ。小さくまとめないといけないから、アクチュエータの配置が難しかった」よく見ると一つ一つの部品は特殊な形をしていて、有馬さんが自らデザインして作ったようだった。そこが中学生の工作とはレベルが違うところだった。
「このアクチュエータの力やスピードは十分使えそうだ。サイズも小さいから問題ない。後はどう制御するかだな。そのためにはプログラミングとセンサーがいる」
「センサーですか?」僕は意図がすぐに呑み込めなかった。
「だって今の自分がどうなっているかわからないと、次にどうしていいかわからないだろ。どうなっているかを知るためには感覚器官がいる。それがセンサーだ」有馬さんはたとえを入れて説明してくれた。
「どんなセンサーがいるんですか?」
「うーん、自分がどういう位置にいて、どういう姿勢かわかるもの、どういう動きをしているか、速さや加速度がわかるものかな」有馬さんもまだ具体的なイメージはないのか眉間に皺を寄せその場で考えているようだった。
「前の職場では加速度センサーは使っていましたよ。どんなのがあるか聞いてみますよ」
「ありがとう。まあここのエンジニアにもそういうの詳しいやつがいるから調べてみるよ」アフロのようなぼさぼさの髪形に目を細めて笑う有馬さんの表情がやっぱり中学生のように見えて僕は好きだった。
「いた、いたー。今日は何がある?」急に大きな声がしたので横を見ると太めの大柄の体格で銀縁の眼鏡をかけた男性が立っていた。
「また来たんですか?」有馬さんが横に振り向きながら答えた。言葉に嫌味があったが表情はまたあの無邪気な笑顔だった。僕はその男性の顔に見覚えがあった。奥田さんだ。僕の七歳位年上の先輩で最初は家庭用のオーディオ機器の開発をしていたが、二年前に超薄型の携帯用CDプレイヤーの商品化プロジェクトを成功させ、今や社内の花形エンジニアだった。
「あ、なんか生えてる。何これ?」机の上の犬の手をみつけて興味深そうに奥田さんが身を乗り出してきた。
「まだ内緒ですよ。作りかけですから」そう言いながら有馬さんはパソコンのキーボードを叩いて犬の手を動かした。
「あ、かわいい。腕みたい」奥田さんがちょっと女性のような歓声を上げた。その目は小学生のように輝いていた。
「へへへ、面白いでしょ。ちっちゃいアクチュエータを貰ったんで作ったんですよ」
「へえ、こんなちっちゃいのがあるんだあ。これから何を作るの?」
「まだ決めてないですよ。奥田さんだったら何にします」
「うーん、そうねえ、ヤモリなんてどう? 壁にペタって貼り付いて動き回るの?」
「ヤモリかあ。考えてもいなかったなあ。確かにビルの壁とか自由に動ければ面白いですね」
「ビルの壁を勝手にお掃除したりしたら便利じゃない?」
「なるほど、そのアイデアいただきました」
「有馬ちゃんならただで上げちゃうよ、僕のアイデア」
「毎度、ありがとうございます」
「相変わらず有馬ちゃんの机は楽しいね。まるでおもちゃ箱。じゃあまたね」そう言って奥田さんは速足で去っていった。
「奥田さんって面白いでしょ。ああいう無邪気さがいいよね」有馬さんが唖然と立っている僕の方を向いて言った。
「噂には聞いていましたがオーラがありますね。早口で僕が喋る暇がなかった。言葉遣いも面白いですね」僕はまだ驚きを隠せず焦った口調で言った。
「あれが彼のキャラなんだよ」有馬さんはいつものことという感じで平然としていた。