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「中原―、この間の企画書はどうした?」

「加奈子、こっち確認してくれる?」


「……はーい、今行きます」


今日はいつにも増して忙しい。

あちこちからお呼びが掛かり、目が回るほど。

でも、その忙しさが悩む暇をくれないから、気が楽なのも確かだった。

少なくとも、会社には咲希も悠都もいない。

咲希のことは大切だけれど、今は少し、負担にも感じてしまっていた。


今夜は仕事の後に悠都と会う予定だ。

昨日の夜、時間が出来たから会いたい、とメールが来た。

少しだけ、緊張はある。

咲希から告白されて以来、悠都に会うのは今日が初めて。

普段なら週に二度くらいのペースで会っているけど、研究が佳境に入っているらしく、最近はなかなか時間が合わないことが続いていた。


それに、顔を合わせづらい理由もあった。

私なりに悠都への気持ちを考えた結果、いや、まだ悩んでいるのだから、結果ではないのかもしれないけれど。

悠都との間に付き合い始めの頃のときめきは、今はない、という事。

悠都は彼氏で、ただその関係性だけが私と悠都を繋いでいる。

そんな気がした。


ずっと変わらずに交際相手にときめいている人なんて、滅多にいない。

結婚して一緒の年月を重ねれば尚更のはず。

だから悠都に対する今の私の心境も、普通の流れなんだと思っていた。

……ううん、思い込もうとしていた。

だって、プロポーズされて嬉しかったのは本当だから。

でも、咲希の告白にドキドキしてしまったのも本当。

だから余計に考えてしまう。

プロポーズされて嬉しかったけれど、それは別に悠都だからというわけじゃなかったのかも、と。


プロポーズを受けるまでの間に考えたのは、未来のこと。

悠都と結婚してからの私の未来像しか考えていなかった。

悠都に対する気持ちとか、私にとっての悠都の存在とか。

そんなことを考える必要さえ、その時の私は感じていなかったのかもしれない。

それは悠都が私の『恋人』で、十年来変わらずそこにあった彼の地位だったから。


あの時は考える必要に迫られることはなかったけれど、今は違う。

曲がりなりにも咲希のおかげで、考えなければならない立場になった。

だから、悠都に会って自分の気持ちをきちんと確かめたい。

それによって何が変わるかは分からなくても。


悠都との待ち合わせは、いつもと同じ研究室の近くの大きな公園。

残業無しで急いで来たから、空の色もまだ夕方と言えるくらい明るい。

一人でベンチに座っている私の周囲には、親子連れや散歩している人、若い子のグループの他に高校生らしき制服を着た子たちが目につく。

咲希と年の変わらない、青春を謳歌している真っ只中の年代。

カップルも多くて、並んで歩く彼らは大抵が同年代同士。


考えてしまうのは咲希のこと。

きっと私たちは、本来なら出会う事さえなかった年齢差に違いない。

咲希はまだ高校生。

普通に考えて、八歳も年上のOLと知り合うことでさえ稀だ。

さらには好きになるなんて、どれほどの可能性なのだろう。


姉弟として出会ったことが、すでに運命だったのかもしれない。

咲希にとっては辛い、今の状況を作り出した運命。

この先、それが彼に何をもたらすかは分からないけど、一つだけ確実なことがある。

それは不確かな運命とは違って、目に見える確固たる未来。

近い将来の咲希の行く末を左右するのは、私だという事。


咲希には幸せになって欲しいし、私に出来る咲希を幸せにする方法を探さなければならない。

姉として、家族として。

ふと、目の前に影が差して顔を上げる。


「ボーっとして、どうしたんだ?」

「……悠都……」


そこにあったのは、会いたくなくて、でも会いたかった悠都の姿。

いつの間に来たのか、私の顔を覗き込むようにして立っている。


一番最近会ったのが、一か月以上も前。

久しぶりに見た悠都は、何も変わっていなくて。

心のどこかで安心した。


「お疲れ様」


「うん、加奈子もな。それより、何かあったのか?そんなに沈んだ顔して」


私を見る悠都の目がいつになく真剣で、鼓動が跳ねる。

顔に出してるつもりはなかったけれど、無意識に出ていたらしいことは悠都の表情からも分かった。


「咲希のことで少し悩んでいるだけ。心配しないで」


嘘を吐くとバレてしまいそうで怖い。

だから、嘘は吐かず、でも大切なことは言わない。

悠都は私の顔をじっと見つめると、ふと微笑んだ。


「じゃあ、その暗い顔は禁止な?」


悠都の温かい手が、私の頬に触れる。


「……うん」


真っすぐに見つめる悠都の目は、きっと隠し事があることにも気付いているのだろう。

それでも深く聞かずにいてくれるのは、悠都の優しさなのかもしれない。

心の中でありがとうと呟いて、笑って見せた。


久しぶりに触れた悠都の体温に、妙に緊張したのも束の間。

突き刺さるような視線を感じて、周囲の様子を窺う。


「ああ……、ここは拙かったかな」


囁く程の声が、耳元で聞こえた。

私が俯いたことで悠都も気付いたらしい。

周りにいた人の中には悠都の研究室の学生もいたらしく、密やかな声まで聞こえてくる。


「悠都、場所を変えよう?」


頬から離れていかない温度を気にしながら、顔を上げる。

───と、目の前には至近距離に悠都の顔。

このままだと顔がぶつかる、なんて考えているうちに。

周りで声が上がるのを聞きながら、ゆっくりと降りてくる悠都の唇を、自分の唇で受けていた。




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