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家への帰り道、いつものお店で咲希とお茶を飲む。
告白されてからも、咲希とは今までと変わらない。
意識的に咲希の方で楽な空気を作ってくれるから、息苦しく感じることはなかった。
でも、心から寛ぐのは無理で、やっぱり咲希を意識してしまう私。
偶然でも、たまに身体的な距離が近くなると、体が勝手に緊張してぎこちなく避けてしまう。
その度に咲希が傷付いた顔をするのにも気付いているけれど、自分ではどうしようもなかった。
今はスーパーでの買い物の帰り。
二人暮らしだから大した量はないけれど、こうして付いて来ては荷物持ちをしてくれる。
そのお礼で寄り道してお茶を奢るのも、以前と同じ。
自然と足が向いたこのお店は、スーパーと家の間にあって、いつも寄っている。
お店の人とも今では顔なじみだから、常連と言えるかもしれない。
夏場の今の時期はテラス席を開放していて、ヨーロッパのカフェのような雰囲気。
座席数の少ないこじんまりとした店内には、私たちの他に三組ほどのお客さんがいて、マスターとウェイトレスさんが切り盛りしている。
咲希にちらちらと視線を向けているのは、若い女性客だ。
それを感じながら、ふと考えた。
私を諦めるように仕向けるのではなくて、誰か他の人を好きになってくれたら、咲希にとっても幸せに解決できるのではないかって。
家族が言うのもおかしいけれど、咲希はモテる。
一緒に街を歩いていると、こんな風に視線を感じることが度々あった。
ラブレターらしき手紙を捨てているのも、何度か見ている。
それは彼女がいるからだと思っていたけれど、実際には違う理由だったと知った。
咲希の話を聞いた限り、その想いの先は私。
だからこそ、それを別の人に向けてやれるのも私だけなんじゃないだろうか。
「……おい、加奈子」
「えっ、何?」
「何って……、百面相してたぞ、加奈子」
小さく笑って、向かいの席から私の顔を覗き込む咲希。
きっと考え込んでしまったせいだ。
顔が赤くなるのを感じて、手の中のティーカップに視線を落とした。
「で?何を考えてたんだ?」
全て見透かしたかのように、咲希が聞いてくる。
こういう時は下手な嘘を吐くだけ無駄だと分かっている。
「咲希のこと」
少しだけ考えて、そう答えた。
これなら嘘じゃない。
そう自信を持って顔を上げると、驚いたように目を瞠る咲希と目が合った。
「ったく加奈子は……」
頬杖をついて横を向いてしまう咲希。
それは彼が照れている時の癖で。
私の言葉のせいだと思い当たって、また顔が熱くなる。
咲希は最近、こんな風に感情をストレートに出すようになった。
飄々としているよりは、素直だった頃の咲希に戻ったようで嬉しいけれど、私の心臓に悪いことは確かだ。
釣られて赤面してしまうのは、ここ最近の悩みでもあった。
「あの……、西高の中原くんだよね?」
ふと、私たちの席の横に、見知らぬ女の子が立っていた。
おそらくはさっきから咲希を気にしていたお客さんの一人。
声を掛けて来たのはその子らしく、向かいに座る私には目もくれずに咲希を見ている。
見た感じは高校生か大学生くらい。
いかにも今どきの若い子という感じではなく、スポーティな服装に爽やかな印象を受ける。
咲希にしか興味が無いことは、私に半分背を向ける様に立っている姿勢からも窺えた。
「そうだけど、そっちは?」
咲希は、傍から見ていても分かるほど不機嫌な表情で応対している。
そんなに露骨に嫌そうな態度を取らなくてもいいだろうに。
もともと人見知りなところはあったから、仕方ないのかもしれないけれど。
「あ、覚えてない?一校のバスケ部でマネージャーやってるんだけど」
そんな咲希の態度も気にせず、女の子は話し掛ける。
もしかしたら部活帰りなのだろうか。
オーバーサイズのTシャツに七分丈のジーンズ、しているかどうか位の薄化粧も、そう考えれば納得できる。
「……ああ、いたかも」
しばらく無言で考え込んでいたが、思い当たったらしい咲希の表情も目に見えて和らぐ。
どうやら部活動を通じた顔見知りらしい。
親しげに会話を始めた二人を見ながら、さっき考えていたことが頭を過る。
女の子の表情を見る限り、好意も少なからずあるのだろう。
咲希も初めこそ訝しんでいたけれど、だいぶ打ち解けた様子だ。
もしかしたら、私がいなければ二人で話が弾むのではないだろうか。
好意を育てるには良いきっかけになるはず。
そう考えつくと、咲希に気付かれないうちに荷物を手に取る。
「咲希、私、先に帰ってるから」
「は?何で?」
すでに席から立っている私に気付いて、咲希が慌てたように聞いてくる。
それには取り合わず、女の子の方に笑いかけた。
「弟は置いていくんで、ゆっくり話していってね」
それだけ言い残して、お店を後にする。
背後で「なんだ、お姉さんだったんだ」と明るい声がするのを聞きながら。