死神令嬢の縦ロール
1.結婚式
曇りがちな天気だが、神殿の前はいつも以上に鮮やかな花が奉納され、甘い香りが薄く漂っている。
今日はこの国の第二王子の結婚式である。
神殿へと続く道は、貴族と平民らが国旗を持ち、順序よく並んでいる。
神殿前の門には門前と門の後ろにそれぞれ護衛の兵士二名ずつ、が槍を構えて立っている。
「なあ、殿下の相手、知ってるか?」
門の後ろの右側の兵士のうち、年配者の男がもう一人に訊く。
「さあ……」
「マリッサ・ルーイン子爵令嬢。またの名を」
子爵令嬢程度で、第二とはいえ、王子と婚姻するのか。
不思議そうな表情の若い兵士を慮ることなく、年配兵士は喋る。
「おい、聞いているのか? マリッサ・ルーイン子爵令嬢のまたの名を『死神令嬢』という」
「はあ」
薄いリアクションに年配兵士は畳みかける。
「お前、王都に来て、間もない奴だったな。今日は人材派遣の紹介任務か。……しょうがない。俺が説明してやるよ」
――元々、ルーイン子爵家は裕福な家だ。
一人娘のマリッサは、幼き頃より、女神の申し子のような愛らしさと美しさで、それはもう子爵家の手中の玉。
十歳になると同時に、とある伯爵家の嫡男と婚約し、十五歳で結婚。
「え、じゃあ、今回が初婚ではない?」
――そうよ。
なぜって?
結婚してすぐに、伯爵家の跡取ぼっちゃんが、急死しちまったからな。
失意のマリッサは子爵家に出戻ったんだが、すぐにまた、結婚の申し込みがあったのさ。
それが某侯爵家の倅でな。実はマリッサ嬢が、倅の初恋の女性だったんだと。
ところが、だ。
再婚したのは良いが、侯爵家の倅も、結婚して三ヶ月もたたないうちに、また急死したのよ。
さすがにマリッサ嬢も、二度と結婚なんてしないと、子爵に訴えた。
子爵も可愛い可愛い娘だから、もう家から出さないと言っていたな。
なんたって巷では、『死神令嬢』なんて呼ばれるようになっちまったし。
――だがしかし。嗚呼だがしかし!
王命につき、お断り不可の婚姻話が来ちまった。
そうだよ、今回の第二王子との結婚話だ。
第二王子は側妃の子。側妃の実家の力を見る限り、王位を継ぐことは、ありえない。
第二王子がゴネにゴネ、ねだって暴れてさあ大変。マリッサとの結婚を、王に認めさせたってことだ。
「なるほど。しかし、なんでその令嬢、結婚するたびに相手が死んでしまうのですか?」
年配兵士は、にやあと笑う。
――よくぞ聞いてくれた、若僧君。
マリッサ嬢は類まれなる美貌の上、出るところはババーン、腰はキュウっとしたイイ体つき。
裕福な貴族同士となれば、あくせく働く必要もない。
となりゃあ、ヤルことは一つだろ?
『ねえ、旦那様ぁ』
『なんだい、マリ』
目と目があって、指と指とが絡み合い、あとはもう、くんずほぐれつって寸法さ。
そしてヤリ過ぎた旦那様は、美女の腹の上で、文字通り昇天!
怪しげな腰の動きをしながら熱心に語る年配の兵士を、若い兵士は冷ややかに見つめた。
その時、神殿前に歓声が上がる。
新郎新婦の乗る馬車が、到着したのである。
「さあさあ、せっかくだから拝んでおこうぜ。傾国の美女ならぬ、死神令嬢様を!」
しずしずと神殿に向かう第二王子とマリッサ嬢を、若い兵士も眺めた。
雲の隙間から薄日が垂れる。
マリッサ嬢の銀色の髪が、キラリと光る。その耳元にはくるくると、細い縦ロールが揺れていた。
2. 褥
第二王子の寝息を確認したマリッサは、王子の寝間着をほどく。
そして乱れた自分の髪を手櫛で直す。
人差し指で髪の先を巻き、指をくるくる回す。
するとマリッサの髪の先は、縦ロールを作りながら、徐々に硬質化していく。
マリッサは王子の左胸を掌で触り、彼の鼓動を確かめる。
心の臓の拍動が起こる場所に口づけする。
マリッサは微笑む。
数多の男を虜にした笑顔である。
しかしてその瞳は、熟れた柘榴の色に変わり、長い髪の先はうねうねと蠢く。
マリッサが人差し指を回す。
彼女の縦ロールの先から、音もなく何かが飛び出す。
飛び出した物は、第二王子の左胸を着地点とする。
これで終わりだ。
マリッサは確信していた。
だが。
変わらずに規則的な寝息をたてている王子。
ふわりとカーテンが翻る。
寝室の窓は閉めてなかったか。
窓の方へと顔を向けたマリッサに、何かが飛んで来た!
おもわず手で顔を庇ったマリッサ。掌に走る鋭い痛み。
慌てて手を見るマリッサに、驚きの表情が浮かぶ。
飛んで来た物は、マリッサが王子に飛ばした物。
己の髪から生み出した、先端が細く尖った、螺子のような物だ。
まさか!
こんなことが出来るのは!
「久しぶりだなマリ」
カーテンの前に、一人の男が立っていた。
月明りが男を照らす。
それは結婚式の警護に当たっていた、門兵の若者だ。
「やはり、あなただったのね、ヴィーダ」
「お前はやり過ぎた。よって、排除せよとの命を受けた」
「長老から?」
「それと、国王からだ」
マリッサは唇を噛んだ。
それはこの国の暗部。
特殊技能を持つ集団が、他国から移住した時に、一族の長老と王家とで交わされた密約。
国を乱す者たちを、特殊技能を持って、排除すること。
マリッサは金属を吸収し、髪先に蓄えることが出来る。
その髪先に螺旋回転を加えると、髪先は金属の硬さを有して飛び出し、人体を貫通する。
「王からの勅命は、謀反の恐れがある貴族を、密かに始末することだったはずだ」
マリッサはペロッと舌を出す。
「だって、この王子、嫌いなんだもん」
ヴィーダと呼ばれた男は目を伏せ、マリッサを抱き寄せる。
「もう、終わりにしよう……」
「そうね。私も疲れちゃった……」
ヴィーダは軽い口づけを一つ、マリッサに与える。
マリッサは微笑みながら、静かに倒れた。
ヴィーダの持つ特殊技能は、あらゆる毒を体中に取り入れ、吐息一つで相手の命を奪えることだ。
ヴィーダはマリッサを王子の隣に寝かせる。
王子が目覚めのキスをした時、それが彼の最期だ。
「俺も、どうせそのうち、お前のところに行くよ、マリッサ」
3. 王都にて
第二王子と元子爵令嬢が急死した知らせは、王都の民の哀しみを誘った。
「やっぱさあ、美男美女は早死するんだよ!」
いつかの年配門兵が、酒場でぶち上げていた。下世話極まりない話ばかりだ。
周りの若い兵士らは、苦笑いしながら年配の兵士に付き合っている。
その時、ドスドスという足音とともに、恰幅のいい女性が酒場に入って来た。
「あんた、今日は早く帰ってきて、戸棚を直すって言ってたよね!」
女性は年配兵士の細君のようだ。
人間離れした細君の風体を見た、若い兵士らは小声で言い合う。
「ああ、この年配兵士は、きっと長命だね」
了
螺子になっていたか若干不安です。
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