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第5話 旅立つ日

 それからしばらくして、私は西の辺境にあるクラルヴァイン侯爵家に向かうこととなった。


 カーティス様にお手紙を送った結果、一度直に対面しようということになったためだ。


 一応お話を受ける前提ならばとりあえず数ヶ月。断ることになれば数日で戻ってくることになっている。


 だから、しばらくはこのラングヤール伯爵家のお屋敷ともお別れ。……戻ってくるのならば、別問題かもしれないけれど。


「エレノア様。……どうか、お幸せに」

「えぇ、わかっているわ」


 サラは数日前に恋人にプロポーズされた。そのため、寿退職することとなったのだ。


 お話を受けるにしろ、断るにしろ、もう会うことはほとんどないはず。


 このウィリス王国の辺境に向かうためには、馬車で丸々十日間移動する必要がある。移動時間だけで往復二十日。あちらに何日滞在するかにもよるけれど、もう会うことはないだろう。


「お父様、お母様。行ってまいります」


 見送りに来てくださったお父様とお母様に静かに頭を下げそう告げた後、私はただお二人を見据える。


 お二人は微妙な表情で私のことを見つめてこられた。やはり、この結婚話には前向きではないのだろう。


(お相手が三十まで未婚の方だし、やっぱり不安なのよね)


 確かにこの王国では年の差があればあるほど変な噂を立てられる。しかし、私とカーティス様の年齢差はぎりぎり許容範囲内の七つだし、それ以上の年の差があったとしても、夫婦仲が睦まじいところもある。ならば、私はうまくやるだけだ。


「……お話を受けるかどうかは、とりあえず速達の手紙で知らせてくれ」

「そうよ。……無理に、とは言わないわ」

「わかっております」


 私はお父様とお母様のお言葉にそう返事をし、最後に一度だけ一礼をして馬車に乗り込んだ。


 見送りに来てくれているのはお父様やお母様、サラだけではない。多数の使用人たちも、私のことを見送りに来てくれている。……お母様は初めは侍女の一人くらい連れて行きなさいとおっしゃっていた。しかし、彼女たちには彼女たちの生活がある。ここで培った人間関係を、リセットさせることは出来れば仕度はなかった。人間関係は、築くのがとても大変だから。


(……カーティス・クラルヴァイン様)


 そのお名前を何度脳内で繰り返しても、何も解決はしない。


 それでも、今は何かを考えていたかった。無心で馬車に乗っているのが理想なのかもしれない。でも、少なからず不安はある。


 ……カーティス様は、私との結婚にどんなメリットを見出されたのだろうか? 何を、お望みなのだろうか?


 白い結婚には慣れているし、ただお飾りの妻が欲しいだけならばそれはそれで構わない。だって、それでラングヤール伯爵家が発展するのならば、それ以上に望むことはないでしょう?


「だけど……幸せになりたいって、心のどこかでは思っているのよね)


 ネイサン様に裏切られて、ひどい生活をしてきた。


 それは、愛されて育ってきた私には屈辱的な日々だった。いつしか心が冷え切り、彼には何も望まなくなった。だけど、きっと……心のどこかでは、幸せな日々を望んでいた。


「まぁ、私の幸せを考えてくださるかは、わからないわよね」


 整備されていない道を走る馬車は、揺れがひどい。ガタガタと音を鳴らして走る馬車で十日も移動するのは、かなり疲れると思う。


 一日目でこんなにも疲れているのだから、十日も経ったら疲労は底知れないだろうな。けれど、私は我慢しなくちゃならない。……邪魔な娘に、ならないために。


 そんなことを考えながら、私は握っていた手のひらを開く。手のひらの中には、一つのペンダントが輝いていた。


 ……これは、お母様がお守りとして持たせてくださったものだ。まぁ、押し付けられたに等しいのだけれど。


 そのペンダントには淡いブルーの宝石が埋め込まれており、とても美しい輝きを放っている。なんでも、水をつかさどる『豊穣の巫女』の加護が宿っているとか、なんとか。生憎私は巫女様を見たことがないけれど、効力があると信じたかった。


(……私は、『豊穣の巫女』にはなれなかった。憧れていたのに)


 幼少期。私は両親に教えられた『豊穣の巫女』という存在に、憧れていた。


 でも、現実は残酷だった。私には適性がなかった。そりゃあ、その力を持つ女性はかなり稀有な存在だ。だから、持っていなくても当然。けど、私は悔しかった。


「……幸せに、なりたいなぁ」


 そう呟いてしまったのは、どうしてだったのだろうか。割り切れていると思っていた。だけど、本当は割り切れていなかった。まだ、幸せを夢見ている。実家での生活は幸せだったけれど、いずれは後ろ指を指される存在になるのだと思うと、気が重かった。だから、修道院に行こうとしていた。


 心があげていた悲鳴に、私はずっと気が付かなかった。いや、気が付いていて気が付いていないふりをしていた。それを、今になって実感するなんて……笑いがこみあげてくる。だけど、今はどうにも眠たくて。どうやら、昨日から無意識のうちに緊張してしまい、疲れてしまっていたらしい。


「長旅になるものね。今のうちに、休んでおきましょう」


 私はそう意識を切り替えて、ゆっくりと目を瞑った。馬車はガタガタと揺れるものの、疲れの方が上回っていたのかすぐに眠ることが出来た。……まぁ、思いきり天井に頭をぶつけてしまって、すぐに目覚めてしまったのだけれど。

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