第21話 カーティスの言葉
「エレノア。なにか、あったのか?」
本当は、放っておいてほしかった。
なのに、カーティス様は私のことを放っておいてくださらない。
ただ、私の顔を覗き込んで私のことを気遣ってくださるだけだ。
このお方、少し傲慢なところもあるけれど、基本的にはお優しいお方なのよね。そう思いながら、私は「……何でもない、です」ともう一度繰り返した。
そう、何でもないの。これは、私がお仕事に失敗したと言うだけ。
「なんでもないこと、ないだろ。……何かがあったのならば、ニコラに話せ。あいつは、お前のことを気に入っている」
……そこは、自分に話せとおっしゃるところだろう。
まぁ、私たちは所詮契約関係だもの。そこまで情がないということなのかな。
……まぁ、カーティス様のことだから、そういうわけではないのだろうけれど。ただ、女性が苦手なだけ。
「……あの、カーティス様」
こんなこと、カーティス様に言っていいわけがない。わかっている。それは、わかっていた。
それでも、私はどうしても問いかけたくて。
私はカーティス様のお顔にぐっと自らの顔を近づける。その瞬間、カーティス様は思いきり後ろにのけ反られて。
……なんだろうか。少し、面白かった。
「私は、私は……自分の幸せを、自分でつかもうとしていない風に、見えますか?」
ゆっくりとかみしめるように、私はカーティス様にそう問いかける。
ライラ様は、そうおっしゃっていた。だから、もしかすれば人からは私はそう見えているのかもしれない。
つまり、カーティス様もライラ様と同じように思っていらっしゃるかも……と、思ってしまったのだ。
「私だって、人並みに幸せになりたいという気持ちが、ありました。でも、そう願えないから、こうなっただけなのに」
唇をわなわなと震わせながら、私はそう続けてしまう。
少なくとも、クローヴ侯爵家に嫁ぐまでの私は、人並みに幸せになりたくて人並みに幸せを掴もうと頑張っていた。
あの場所が、私のすべてを狂わせた。
それを実感しながらカーティス様に愚痴のように言葉を零せば、カーティス様は「……だったら、今からでもその気持ちを取り戻せ」と静かに告げてこられて。
「今からでも、その気持ちを取り戻せ。人並みに幸せになりたいと、願えるようになれ。……ここにいる間は、誰もエレノアのことを傷つけたりはしない。傷つける奴がいれば……その、俺が何とかしてやる。だから、その」
途中まで、かっこいいことをおっしゃっていた。
なのに、途中でカーティス様は言葉に詰まってしまわれる。……なんだろうか。その様子を見ていると、心の中で「このお方、可愛らしい」と思ってしまった。
三十代の男性を可愛らしいと思うのは、少し違うかもしれない。だけど、そう思ってしまったのだから仕方がないじゃない。
「……なんていうか、かっこいいことを言おうとして失敗したみたいな感じに、なってしまったな」
「そうですね」
「そこは、否定をしてほしかったがな。……ただ、今言ったことは真実だ。……だからな、その間に幸せになりたいという気持ちを、取り戻せ」
カーティス様はそんなことをおっしゃって、私の肩を一度だけ軽くポンっとたたいてくださった。
……たたかれた肩が、何処となく熱く感じる。顔も、何処となく熱いような気がする。
……私、もしかして――。ううん、これは考えない方向で行こう。そう、思った。
「ほら、食事に行くぞ。……あんまり待たせると、母はまた怒り出す」
「……そう、ですね」
私の横を通り抜けながら、カーティス様はそうおっしゃった。そのため、私も同意してゆっくりと歩を進める。
(ライラ様のおっしゃっていることも、カーティス様のおっしゃっていることも。正しい、のよね)
カーティス様のお言葉のおかげなのか、私はライラ様のお言葉を飲み込むことが出来たような気がした。
そういう点では、カーティス様に感謝するべきなのだろうし、彼のことを素敵だと思った気持ちも認める。
(けど、私は所詮カーティス様にとってお飾りの婚約者でしかないのよね)
でも、私と彼が結ばれる未来などない。だから、素敵だと思ってもそれを恋に変換することは許されることではない。
私はお金目当てでここに来た。カーティス様は結婚をしたくないため、私を雇った。
利害関係は一致している。……今更、この関係を覆すことなど出来やしない。
「……エレノア?」
私がそんなことを考えていれば、カーティス様は私の方にやってきてくださる。その後、恐る恐るといった風に私の頭を撫でてくださった。
……もしかして、子ども扱い? 私、これでも二十三よ?
「子供扱い、ですか?」
カーティス様のことを軽くにらみつけながらそう問いかければ、カーティス様は「そういうわけじゃ、ない」と言葉を返してくださった。
「女は、こういうのが好きかと思ってな。俺はあんまり女慣れしていないから、どういう風にすれば慰めになるかどうかが、わからないんだ」
最後の方の声は、とても小さかった。
……だけど、そのお気持ちはすごく伝わってくる。
なので、私はくすっと声を上げて笑ってしまった。……あぁ、このお方はやっぱりとても素敵なお方なのだろうなぁ。
そう、確かに思ってしまった。




