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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

悪女の願い

作者: 冬の月

過去作「少女の願い」の別視点です。


「シルビア!」

雨の降る中、神官長の案内で儀式の間に向かった自分たちが見たのは巨大なクリスタルの中に包まれたシルビアだった。


魔力をもって生まれるものは全体の一割を満たないといわれている。さらに多くが魔術を発動できるほどのの魔力が無い。高い魔力を持つものは貴重な人材であり、野放しにするには危険な存在でもあった。

周辺国でもそれは同様であることから、方法や制度は異なるが、大陸で生まれたすべてのものは魔力の測定を定められている。

我が国でも、12歳までに二度、魔力測定を義務付ている。

魔力を持つもので一定の基準を超えたものは、名誉なこととし保護の名目で各地の神殿で引き取られる。幼い頃より正しい制御と制限された魔術、倫理観を学ばせる為だ。優秀な者は将来は国の神官として神殿で務めさせ、能力によっては要職に就かせ、突出した魔力をもつ貴族の娘は聖女とし、国の脅威とならないよう王族との婚姻を結ばせる。その事実を知るのは王族と重臣、神殿関係者のごく一部であり、聖女本人は決して知ることはない。


彼女、シルビアの存在を知ったとき、最初に思ったのは同情だった。

魔力が高いばかりに本人の意思に関係なく国の望む姿に育てられるのだから。

王族と婚姻した聖女には王妃としての権限は与えられない。あくまで形だけの婚姻であり、聖女を迎えた場合、実質的な王妃の公務には側室が行うことなっている。

聖女は外部との交流もきわめて制限され、ただ国のために祈り、その力を国のために使うだけの存在なのだ。そこに彼女の意思はなく、迎える自分にも聖女を拒否する自由はなかった。


しかし彼女と出会い、他の貴族の令嬢にはない裏表のない思いやりのある優しい心、聖女として身に着けた洗練された所作。なにより彼女は自分が将来治めるこの国をとても大切にし、他者を、自分を優先してくれる。

多くを望まず、ただ自分と共にあることが幸福なのだと言う彼女を、愛しいと思うようになるのに時間はかからなかった。


だからこそ、彼女が自分に秘密を抱えていたということが受け入れられなかった。



ここ1年、水の王国と謳われたわが国に雨が1度も降らなかった。

本当は何年も前から天候の変異について国は把握していた。しかし、あらゆる方法を模索していたが、根本的な解決には至らなかったのだ。

このままでは数年で国は滅びる。

次第に王族として各地の対応に自分も追われ、彼女と過ごす時間は取れなくなっていた。

何度か、自分と時間を作ってほしい、会いたいという旨の手紙を受け取ることがあったが、それどころではなかった。


そんな時に、実質的な王妃にあたる側室として迎えていた宰相の娘から、聖女による守護竜の召喚の記録があることを打ち明けられた。

彼女の「わが一族は長く王家にお仕えしておりますゆえ、公とならないような史実を記録した文書を極秘に残していたのです。そのなかにかつて『聖女様が守護竜の召喚により危機を回避』されたと…」

「それは本当か!しかしなぜ急にそのようなことを私にいうのだ?」

「このような記録が真実かもわからず、また存在を認めてしまえば、自分だけでなく大切な家族も罪に問われてしまうのではと恐ろしく、これまで申し上げることができなかったのです。ですが、民が苦しむ姿をこれ以上見てはおれず、打ち明けてしまいまいました」

これは記録にあった一文を書き写したものだと、小さく折られていたのがわかる便箋を渡された。

「先日療養という名目で実家へ下がらせていただいた際、わたくしの独断で行ったものです。過去にも異常気象がおきていないかと調べたところ、こちらを見つけたのです。」


彼女の一族はわが国の建国時にはすでに王家に仕えていたというから、国が残すことができなかった記録を代々極秘に残していてもおかしくはない。

筆跡も何度も目にしている彼女のものであることから、おそらく一族の限られたものしか立ち入れないような必要な部分のみを書き写したのだろう。


宰相の一人娘であるアルメリダは自分の生まれや魅力を理解し、それを最大限活かす女性だった。

聖女として育てられたシルビアとはまるで正反対の存在。

社交性があり、求心力もある。

自分が知っている彼女は常に人の上に立つことが当たり前であるように振る舞い、発言力もある。王子である自分よりもその影響力があるといってもいい。不要な者をためらいなく切り捨てる事ができ、自身の利益を優先する女性でもあった。


宰相ですら秘匿していたことを考えると、場合によっては外部へ伝える前に一族内で処分されていたかもしれない危険な行為だ。

普段の強気な気性の彼女とはまるで別人のように身に着けているものは質素で、女性が大切にしているという髪も今は艶がなく、以前見かけたときより顔色もよくない。民のためならば自己が犠牲になることも覚悟している様子に私は心を打たれた。

「…よく打ち明けてくれた。今はどのような情報でもいい、国のため、民のためにできることは何でもしたいと思っている」

「殿下…」

「この件宰相は?」

「いいえ。それに認めてしまえば父は国内だけでなく、他国からも脅威とみなされ国の均衡が崩れる可能性がありますわ。あってはならないものを持っているかもしれないというのは誰にでも恐ろしいこと。何も知らぬわがままな娘がごく一部の情報のみを偶然見てしまい、考えもなく外部に漏らしてしまったとした方が、父も対処ができることでしょう」

まるで今までの彼女は意図して、自分の立場を印象づけていた、ということなのだろうか。


「すまない。どうやら私はあなたのことを誤解していたようだ」

「…いいえ、わたくしが宰相の娘として強くあらねばと気を張ってしまっていたせいですわ。聖女様に強い後ろ盾がない以上、わたくしが諸侯の気を引けば、と勝手にしていたこと。どうかこれまでのご無礼をお許しくださいませ」

これまでとはちがう、困ったように微笑む穏やかな表情を目にし、自分の判断が正しかったのだということを確信した。彼女はこの国の為にわざと悪役を引き受けてくれていたのだ。

「そのように思いつめる必要はない。特に王家に近い一族ほど、そういった記録はあって当然のこと。国を愛する勇気ある行動は陛下へ私からお伝えしておこう。…貴方にはこれからも私の傍にいてほしいということも」

「…殿下がお許しくださるのならば」

「守護竜の召喚については、真偽はこちらで確かめよう。なにかの手違いであれば今日ここで話したことはお互い何もなかったことに」

「お心遣い感謝いたします、殿下」

見送りを断り、足早に護衛と自室へ戻るまでに、自分には彼女に裏切られたのだという失望と怒りだけが残った。

(神殿と、聖女がこのことを知らないはずがない。なぜだ、なぜ…)





王子が退出したのを確認すると、別室で控えていた侍女は主のための茶を淹れ直す。

「どうだったかしら?」

「お見事でございますアルメリダ様」

「ふふ、当然よ?貴女の髪型や衣装を地味にという考えもよかったわ」

「…殿下は、お嬢様の嘘に気づくことはないのでしょうか」

「あら?わたくしあれに関しては嘘は申し上げていないわよ?わたくしが重要な部分のみ書き写したのだから。たとえその後ろに聖女の末路が記されていても、わたくしには重要とは思わなかったのだもの。」

「それはお嬢様の民を思う誠意が伝わったからでございましょう」

「そうね。仮に召喚とやらができないとしても、殿下はなかったことにしてくださるのですもの。今の神殿と聖女に不信を抱かせただけで充分だわ。…それにもう後戻りはできないのよ」

このままではそう遠くないうちに、王都でもこの一杯の紅茶すら飲めない日がやってくる。

「…お嬢様」

「今ならまだ間に合うのよ。あの記録が本当なら、あの方と引き換えにこの国は救われるわ」

聖女様の立場を守るため、国王の依頼で意図して目立つ女性を演じてきたが、まさか自分が国の存亡にかかわることになるとは思ってもいなかった。あの記録を王子に伝えるよう命じたのは国王なのだ。もちろん宰相である父もこの件を知っている。

王子が聖女様の面会の求めに応じていたら、もし、国が早い段階で国民に危機を伝えていたら…結末は変わっていたかもしれないが。

少女に同情し、愛していると勘違いしているだけの王子に、一方的に人生を決められた聖女様が気の毒だが、聖女様が聖女様として生まれたように、私も、私に与えられた責務を果たすしかないのだ。お互い、国という大きな力に翻弄された存在なのだと納得させようと思ううも、どうしようもできない自分にいら立ちを覚える。

許してほしいとは言えない。これからあの方のすべてを奪ってしまうのだから。

「もし生まれた時代が違えばあの方と私はきっといい友人になれたと思うの」

つらい境遇でもささやかな幸せを見つけられる美しい心をもつ聖女にアルメリダは好感を持っていた。いつか、落ち着いたら交流を持ちたい、王妃と側室として良好な関係を持ちたい。そう思っていた願いはこの先永遠にこないだろう。

きっと王子は自分を恨むだろう。最後まで自分の勘違いに気づかないまま、自分を責めるのだろう。

それでも、これからの聖女様の苦痛を思えば、逃げることはできないのだ。




ご覧いただきありがとうございます。

ずいぶん間が空いてしまいましたが、過去作の別視点を書いてみました。


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