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南春香の事件簿

作者: 原田薫

 私の名前は南 春香。今年の春からある事務所に通っている。その事務所というのが「井ノ北探偵事務所」だ。探偵事務所の探偵というと殺人事件をスパッと解決したり、怪盗と戦うイメージがあるが現実はそんなに甘くない。不倫の調査や弱みを握るための調査。なかなか陰湿なものばかりだ。しかし、井ノ北探偵事務所には殺人事件の解決はもちろん、素行調査の依頼だって1件もきたことがない。そうすると必然的に給料は低くなる訳だ。労働基準法で訴えてやろうと思ったことが何度もある。

 さらに困りのタネがうちの探偵事務所の所長である井ノ北 平三郎である。この男は自分のことを名探偵だと信じて疑わないし、(1件も依頼が来たことないのにだよ!?)妙に気障ったらしくて、そのくせ低レベルな下ネタが大好きなのだ。ああ、思い出すだけで頭痛がして来た・・・今日もドアの前でため息をついてから開けた。

 「おはようござ・・・うわっ!!」

 ドアを開けるとそこには鼻血を出して倒れている井ノ北 平三郎がいた。

 「何してるんですか?所長」

 私の冷ややかな声が事務所内に響く。

             

 「いや〜まいったまいった。まぁよく考えたらそうなるのは必然だよね」

 所長は鼻にティッシュを詰め込んで笑った。どうやらこの男は私に嬉しい報告をするためドアの真ん前で待っていたらしいのだがそんなことしたら開いたドアにぶつかるだろう。よく考えなくても少し考えればわかることだろうに・・・

 「でね、この封筒なんだと思う?」

 そう言った所長の手に握られていたのは茶封筒だった。中に入っているのはどうせ所長が前から欲しがっていたCDだろう。

 「CDきたんですんか。よかったですね」

 私はそう言うと自分の机に座ろうとする。

 「違うんだよな〜そうじゃないんだな〜」

 じれったいとでも言わんばかりの声が後ろから聞こえる。うっとおしい。しかし、所長の次の一言でそんな気持ちは吹っ飛んだ。

 「依頼だよ!」

 その瞬間時間が止まったように感じた。

 へ!?い、い、い、

 「依頼ぃ〜〜〜!!??」

              

 落ち着いた私は封筒の中に入っていた手紙を読んでみた。

 《こんにちは。私はK中学校2年2組の生徒ですうちの学校は校則が厳しすぎます。その上でどうしても学校に来てくれませんか。》

 パソコンで作られた短い手紙はここで終わっていた。

 「所長はこの手紙どう思います?この手紙にはなんか違和感がありますし地元の子供のイタズラなんじゃないかと思いますよ」

 私がそう言うと、所長はこちらを向いてため息を吐いた。

 「南さん。君は本当に探偵かい?違和感があるんだろう!?じゃあ調べなきゃあいけないよ。君は私の次、世界で2番目に凄い探偵になってもらわなきゃいけないんだよ」

 それは自分が世界で一番だと言うことだろうか。本当にうちの所長は・・・

 「わかりましたよ。今からK中学校行きましょうか」

 私が上着を羽織る。

 「そうこなくっちゃ」

 所長も上着を羽織って、歩き出す。

 K中学校までの道のりはわかる。なんと言ったってあの中学校は私の母校なんだ。懐かしい道のりをたどり校門までの大きな坂を登る。来客用玄関から校内に入る。懐かしい匂いだ。全く変わっていない。

 「綺麗な学校だねぇ」

 所長がそう呟いた。少し誇らしい気分になって「私の母校なんですよ」といった。

 私は壁のインターホンを押す。しばらく待つと年配の男の人が出て来た。

 「あ!牛山先生!」

 「おお!南ちゃん!」

 出て来た男の先生は実は私の学年を3年間みてくれた先生なのだ。

 「隣の人は彼氏さん?」

 「違います!!」

 私は即答した。所長とカップルなんて勘弁してほしい。しかもいきなりそんなことを聞くなんて。

 牛山先生は社会の先生でこの先社会はこうなるよ、と予想をよく教えてくれたがその八割は当たっている。それにしても先生も老けたものだ。ぱっと見は変わらないがよくみると毛が白くなって来ているし、シワも増えた。そういえば・・・ん?なんだ?急に肩を叩かれてびっくりした。

 「南さん、本題・・・」

 所長が耳元で囁く。ヤバイ、完全に忘れてた・・・

 「あの、2年2組の担任の先生はいますか?」

 わたしは尋ねる。

 「ああ、神奈川先生ね。いるけど何か用があるの?」

 私は、事の顛末を牛山先生に話した。

 「ふ〜ん。そうか、君が探偵事務所にねえ。君にあってるよ。まぁ、そういう事ならわかった。神奈川先生を呼んでくるよ」

 そう言って牛山先生は職員室に戻って行ってしまった。

 「いい人だったね」

 所長は小さな声で呟く。

 「本当にいい先生だったんですよ。授業も分かり易かったし」

 他愛もない会話をしていると奥から若い清潔そうな男の先生が出て来た。

 「こんにちは。神奈川 智です。ご用件はなんでしょう」

 「こんにちは神奈川先生。実はあなたのクラスの生徒に手紙をもらいまして。誰が書いたか心当たりはありますでしょうか」

 所長はそう言って手紙を差し出す。

 「え?私のクラスの生徒が書いた手紙があなた方のところに届いた?なんだかすみません。でも、心当たりはありません・・・本当にすいません」

 神奈川先生が悪いわけじゃないのになんだかかわいそうだ。

 「では、大丈夫です。心当たりがあればまた連絡をください。では失礼します」

 私は所長の言葉を疑った。まだ何もわかってないのにひきあげちゃって良いの!?そのまま私たちは学校から出て事務所までの道を歩いた。外はもうお昼で太陽の光が黒いコンクリートを打ち付けている。

 「この近くに確かラーメン屋あったよね。食べてかない?」

 所長が前を向いたまま私に聞いてくる。私は自分のお腹を抑えた。

 「もちろんです。行きましょうか」

 やっぱり自分の体のいうことに忠実に行動するのが良いはずだ。

 私のお気に入りのラーメン屋「油郎家」に入る。このラーメン屋「油」「二郎」「家」全ての要素が入っている。家系のように不動の人気を誇っているのに、二郎インスパイア系でもある。その上、油系でもなかなかの人気を得ている。完全無欠のラーメン屋である。

 店内に入ると様々なラーメンの匂いが鼻をくすぐる。席に座ると一つ息をつく。

 「所長何食べます?」

 所長はこめかみをぽりぽりと掻きながらメニューとにらめっこしている。

 「チャーシューメンかな」

 メニューに顔を突きつけたままで所長が言う。

 「醤油ラーメンとチャーシューメン一つずつお願いします」

 私は醤油ラーメンを頼んだ。ここのラーメンはやっぱり醤油がうまいと私は思っている。

 ラーメンが運ばれてきて、私たち2人は割り箸を割る。手の皺同士を綺麗に合わせて・・・・

 「いただきます」

ズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズルズr・・・・・・・・・・・・

 

 まさか食事中一言も喋らないとはね・・・いや、言い訳をさせてほしい。あそこのラーメンがうますぎるのが悪いのだ。言い訳になってないかな?料金は所長が払ってくれた。なかなか紳士じゃないの。

 私たちはお腹をさすりながら事務所に戻ってきた。

 「所長、何も捜査せずに帰ってきちゃってよかったんですか」

 私がこう聞くと所長はこちらを見た。

 「君はおかしいと思わなかったかい?あの手紙を。事件は起きていないのに送られてくる依頼。さらにこれには差出人の住所もうちの探偵事務所の住所も書いてないんだ。どう考えてもおかしいよ・・・」

 それだけ言うと所長は私に背を向け、それからは私が何を話しかけても答えないし、私が淹れたコーヒーも飲まなかった。その間所長はずっと文書作成をしていた。

 自宅にて南 春香は考えた。確かに差出人の住所等が書いてなかったのはおかしい話だ。そうすると本人が直接届けにきたのだろうか。うん、十分にあり得る話だ。

 でも、ここに直接来るのだったら、所長に相談していけば良いのに・・・子供だと相手にしてもらえないと思ったのだろうか。

 翌日、昨日私がココアをすすりながら考えたことを所長に伝えた。

 「君はまだそこなのか!?全く・・・君は私の次にすごい探偵に、すなわち世界で2番目の探偵になってもらわないと困るんだよ。そんなこと封筒を見たときに気づきたまえ」

 この男を今すぐ殴りたい。今の私の頭の中は8割この気持ちでいっぱいだった。頭の中で所長が私にボコボコにされる。散々殴ってラリアット三往復からのパイルドライバーでフィニッシュだ。ふぅ、これで少しはスッキリしたな。そもそもこの男は自分のことを世界で一番すごい探偵だと思っているのか。一体その自信はどこから来るのやら。

 「所長はもうわかっているってことですね。教えてくださいよ」

 所長は頭を振ってため息をつきながらこちらを見た。

 「君は名探偵がする最後のかっこいい謎解きの前にまだ解いている途中でのカッコ良くない謎解きを聞こうとするのかい?野暮ってやつだよ」

 ・・・・おさまったはずの怒りが腹の底からふつふつと湧き出て来る。

 「それはそうと今日も学校に行くよ。今日は神奈川先生に校則のことをどう思っているか聞いてこよう。さぁ、準備して!」

 全く、うちの所長は困った人だ。でも所長も依頼がきて嬉しいのかな。子どもっぽいね。私も嬉しいけど。

 私たちはK中学校に着くとはじめに出てきたのはまたもや牛山先生だった。そこで私たちが事情を説明すると「じゃあ神奈川先生が担任の2年2組まで行くと良いよ。今、ちょうど2年2組は神奈川先生の国語をやってるし。校内図は職員室の隣にあるよ」と、言って職員室に戻ってしまった。

 「じゃあ2年2組までいこうか」

 「ですね」

 私はそう返事をすると牛山先生が出してくれたスリッパを軽くパカパカと音をさせながら歩き始めた。

 教室の前に立つとその時はまだ授業中だった。なんだか今はいるのはまずい気がする。と思った時「キーンコーン」とチャイムが響き渡り授業が終わった。私の頃とチャイムが変わっていないみたいだ。私たちが教室の中に入ると神奈川先生は私たちにすぐ気づいてこちらに歩いてきた。

 「こんにちは、井ノ北さんに南さん。何か捜査に進展にはありましたか?」

 神奈川先生の顔が爽やかに光る。・・・イケメンだ。

 「いやね、今日は先生に幾つか質問をしたくてきたんですよ。よろしいです?」

 神奈川先生は一瞬きょとんとした顔をしたがすぐに爽やかな顔に戻って言った。

 「もちろんいいですよ。」

 「ありがとうございます。それでは先生この学校の校則についてどう思いますか?」

 そう質問すると神奈川先生は目を見開いて話し出した。

 「本当にどうかしていると思います。例を挙げると男子はズボン、女子はスカート(女子は冬ならズボンでも可)で生活しなければならない。とかいう校則があったりするんです。そんなの本人の勝手だろうという話ですよね。履きたいものを履けばいい。そう思いませんか?」

 先生は一息にそう言い切った。

 「確かにそう思います。それでは次の質問に行きますね」

 一々こんな問答は面倒臭いからQ &Aだけ書いてくね。

Q あなたはここの校則を変えたいですか?

A もちろんです。

Q その思いを生徒に話したことはありますか? 

A 数人には

Q それは2年2組の生徒だけですか?

A はい

Q その思いを職員会で発言したことはありますか?

A はい

Q 先生はうちの探偵事務所の場所を知っていますか?

A いいえ

Q先生は手紙を送るとき、パソコンで文書を作りますか?

A いいえ

 「質問は以上です。ご協力ありがとうございました」

 所長はぺこりと礼をして一歩下がる。神奈川先生も一つ礼をする。

 「力になれたら嬉しいです。では私は授業がありますのでこれで」

 「ありがとうございました」

 所長がもう一度お礼を言った。私もそれに続いて一礼をして、私たちは教室をでた。

 その日わかったことをメモしていた所長はずっとそのメモとにらめっこをしていた。

 「エナジードリンク投入!!バキューン!ごくりごくり。バハー!バハー!」

 ちなみにうるさい。

 「もう、所長!うるさいですよ!もうちょい静かにできないんですか!?」

 「君こそうるさいぞ!南さん!名探偵が静かにしているときは話しかけてはいけないという。暗黙の了解があるのだぞ!」

 「静かにしてねーじゃねーか!!」

 こうして今夜も更けていく。


 あぁ〜体の節々が痛い。所長も女性に対してなんという対応だろうか。そういう私もそれなりのことをしたけど。そんなことを考えているうちに事務所の扉の前に立っている。そして今日もため息をついて事務所に入った。

 「あぁ、やっぱり来た。いつも君がくる直前いっつもここの金魚が酸素を求めてパクパクするんだ。君、扉の前で何してるの?」

 事務所に入ってすぐの右の棚にある金魚鉢を所長の横で覗く。確かにパクパクしている。私そんなに長い溜息ついていたんだ。金魚が苦しむほどの。

 「はいはい、すいませんでした」

 私は溜息交じりにそう言った。

 「あー!ため息なんてついたら二酸化炭素濃度が上がってさらに金魚が苦しんでしまうだろ!やめたまえ!まったく・・・」 

 それだけ言うと所長はデスクに座ったままパソコンをカタカタ言わせて何も動かなくなってしまった。こっそり後ろから覗いて見たが何をしているかはわからなかった。仕事しろよ、仕事。その日は特に何も調査はせずに一日終わってしまった。もう、ずっとダラダラしてたから1日が早く過ぎちゃったよ。

 次の日。

 「今日、そこの博物館である自動車展を見てくるよ」

 今朝、所長はなんとも爽やかな笑顔で私にこう言ってきた。所長は踊り狂っている。どうやら近くでやっている自動車展の無料チケットを商店街の福引きで当てたらしいのだ。

 「いってらっしゃい、留守番は任せといてください。ゆっくりしてきていいんですよ」

 私は笑顔で所長を見送る。捜査中なのにそんなことしてていいのかという気持ちを抑えながら。

 「うん、ありがとう。お言葉に甘えていってくるよ」

 扉が音を立てて閉まった。所長が言ってしばらくしてインターホンが鳴った。それに続いて「すみませーん」という声が聞こえてきた。誰だ?返事をして扉を開ける。

 「こんにちは。井ノ北さんはいらっしゃいますでしょうか」

 へ?誰?そこには60歳くらいの男性が立っていた。

 「私はK中学校の校長です。井ノ北さんに会いにきたのですが」

 へ!!??


 私は紅茶を校長先生に出した。

 「さ、砂糖入れますか?」

 「あ、では一つだけ」

 気まずい〜。そうだ、そうだ用件を聞こう。

 「ご用件は?」

 校長先生は厳かに口を開いた。

 「貴方がたはうちの校則を変えようとしているらしいと聞いましたが・・・どうなのでしょう」

 チッ!その事かめんどくさい。こいつはそれを止めに来たんだ。口は笑っているけど目が笑っていない。いや、この口は笑っているんじゃない。笑いの形に歪んでいるんだ。

 「ああ、その事ですか。私たちは依頼をもらったからやっているだけです」

 校長はこちらをしっかりと見つめ直した。

 「貴方がたは探偵事務所であって何でも屋ではない。すなわち貴方がたは今回の仕事をやるべきではない」

 こいつの物言いカチンとくる。

 「貴方は何か勘違いしていらっしゃる。私たちはK中学校の校則を変えようとしているのではない。相談の依頼を受けたので相談に乗っただけです」

 校長はソファーに座りなおし力を込めて次の一言を言った。

 「だからそれをやめていただきたい」

 私も校長と同じようにソファーに座り直した。軽い挑発だ。

 「こちらも生活があるものですから」

 そこからしばらく沈黙が続いた。すると、校長はソファーをたった。

 「ふー、仕方がない。今回は帰ります。井ノ北さんがいる時にまた来ますよ」

 あいつが出て行きドアがしまった。そして再びドア開く頃にはカラスが鳴いていた。

 「ただいまー最高だったね」

 所長が帰って来た。その途端目の頭が熱くなり、目の前の景色が歪む。

 「え!?南さんどうしたの?大丈夫?」

 私は声を出すのにすごく時間がかかった。しかし少し喋り始めると止まらなかった。私はしゃくりあげながら喋っていたようだ。あとで所長に「プリンターみたいだったよ」と笑われた。でも褒めてももらった。「君は全てのことに言い返せたんだ。要するにそれは君は自分がやっていることを正しいと思い、自信を持っているからできたことだよ」って言ってもらった。誰かに泣きついて慰めてもらうのなんて何年ぶりだったろうか。その日はもう電車がなくて所長に車で送ってもらった。風邪の冷たい夜だったけど、なんだか気持ちは暖かくてむしろ暑かった。

 

 「南さん!中学校に行くよ!」

 次の日所長は私に笑顔を暴投して来た。そして私は喜んで上着を羽織った。

 「君の今日の仕事は例の校長との戦いだよ。よろしく頼んだ」

 「任せてください」

 私たちは校内に案内してもらうと二手に分かれた。私は校長室の前まで来た。今日はあの笑顔の形をしたお面を剥ぎ取ってやるんだ。扉をノックして中に入る。中から「どうぞ」と声が聞こえ、私は中に入った。

 「ああ、君か。牛山先生からくるという話は聞いているよ」

 「失礼します」

 私は丁寧にお辞儀をした。

 「そこに座りたまえ」

 私は再び礼をすると校長が手で指したソファーに座った。

 「またこの学校の校則を変えに来たんですか?」

 校長は笑顔でこちらを睨んで来た。

 「貴方はやはりどこか勘違いしていらっしゃる。私たちの目的はこの学校の校則を変えることにはないんですよ。私たちの目的はあくまで依頼者の悩みを解決するところにあるので」

 校長はため息をついてこちらを見る。

 「その悩みの解決というのが校則の変更なのでしょう?だから貴方たちにはこの仕事から手を引いていただきたい」

 それだけ言うと校長はガラス張りの棚のスズメバチの巣を眺めていた。

 「貴方は今のここの校則にどんな思いが有り変えたくないのですか?」

 私は校長を現実に引き戻すようにそう言った。こっちの話を聞けよ!

 「生きなり変えてしまうと生徒たちが不安がるかもしれないし、馴染めないかもしれない」 

 再びこちらを見て校長は静かにそう言った。再び長い沈黙が続いた。しかしその沈黙を破ったのは校長だった。

 「私は・・・」

 と、その時。

  コンコン

 扉がノックされたのだ。校長は怪訝そうな顔をして、扉を覗き込みながら校長は「どうぞ」と言った。

 「失礼します」

 入って来たのはなんと所長だった。一体なにしに来たんだ?

 「遠山先生お久しぶりです。お元気でしたか?」

 へ?所長はこの校長と知り合いなの?所長には驚かされてばっかりだ。校長は所長の方へ歩いて行く。

 「君は・・・井ノ北君か・・・大きくなったな・・・中身も成長したかな?今までどこでなにをしていたんだい?音沙汰がないからね心配したよ」

 校長は静かに、懐かしそうに喋った。本当にこの二人は知り合いなんだ。なのに所長は校長の言葉を聞いて首を斜めに傾けて不思議そうな顔をした。

 「あれ?遠山先生なら『おお!井ノ北君か!?久しぶりだなぁ!背も大きくなったな。俺より大きいんじゃねぇかぁ!?』くらいは言いそうなのに。少なくても僕の知ってる遠山先生はそうだ」

 首を傾げたまま所長はそう言った。それを受けて校長は軽く笑いながらため息をついた。

 「教師のスタイルを変えたんだよ。あのスタイルで一回失敗したからな」

 この校長ちゃんと笑えるんじゃないかよ。私が見たこの男のはじめての本物の笑顔だった。

 あのあとこの二人には長々と話し込まれてしまって、私は疎外感を感じていた。話を聞いているとこの校長は所長の元担任らしい。で、所長はと言うと昔はこの先生が好きだったらしく、探偵か教師の二択になる程悩んだこともあったらしい。それだけの先生がなぜここまで落ちてしまったのか。それを調べるところまでが私たちの仕事だ。

 所長と一緒に学校の坂を下る。しばらく沈黙が続いてそしてついに所長がその沈黙を破った。さらにこの発言で私は爆発するほど驚いた。

 「犯人がわかったよ」

 確かに所長はそう言った。はっきりそう言ったのだ。私はあまりにも驚いて、

足を止めてしまった。

「まだ動機とかが完全にはわかってるわけじゃないから言わないけどね」

 所長も私が止まるのに気づいて、後ろを振り向いた。そして所長はニヤリとしてそう言ったんだ

私たちは今日も今日とて中学校に行く。こんなに毎日中学校に行くなんて本当に現役の時以来だ。今日は生徒たちにアンケートをして貰うらしい。私は所長に頼んでアンケートを見せてもらった。

これは・・・半分ぐらいストーカーじゃない?普通プリンターのことまで聞く?この質問に必要性を見いだすことができない。

 「所長もしかして生徒さんを疑ってるんですか?」

 所長はキョトンとした。

 「別にそういうわけではないけどこういったことをするとボロを出したりするんだよ。僕はそれを狙っているんだ」

生徒用  

自分に該当するものに丸をつけてください。

Q 井ノ北探偵事務所の場所を知っている

     はい        いいえ

Q 神奈川先生のこの学校の校則に対する気持ちを知っていますか

     はい        いいえ

Q 家にプリンターはありますか

     はい        いいえ 

Q 上の質問にはいと答えた人にだけ質問です。家のプリンターの紙は常備してありますか

     はい        いいえ

Q この学校の嫌な校則を幾つでもいいので書いてください(1つは必ず書いてください)








 


                  ご協力ありがとうございました

 ふーん。っていうか一度も捜査なんてしたことないのになんでそんなことを知っているんだろう。どうせネットか。

 私たちは学校に入って2年2組の教室まで行く。どうやらこのアンケートは2年2組だけに受けてもらうらしい。

 「南さん、井ノ北さんこんにちは。お疲れ様です」

 そう話しかけてきたのは生徒の一人だった。私たちの顔はどうやら覚えられてしまったようだ。

 「こんにちは」

 私たちはそう返事をして教室の中に入って行く。

 「こんにちはお二人さん。アンケートを行いたいんですって?もちろんどうぞ。あのくらいのアンケートだったら簡単にできますから」

 神奈川先生はそう言って我々を暖かく迎えてくれた。その後私たちはアンケートが終わるまでの間、会議室で待たせてもらうことになった。

 「ゆっくりしていってください」

 そう言って神奈川先生は麦茶を持ってきてくれた。そして所長の前に麦茶を置こうとしたその時だった。バシャリ!と、音がした。

 神奈川先生が所長の上に麦茶を盛大にこぼしてしまった音だった。

 「す、すいません!!すぐにタオルを持ってきます!」

 神奈川先生はすぐに保健室の方に走って行った。遠くで「タオルゥ!先生!タオルください!」という声が聞こえる。私は胸に水をかぶった所長を見つめた。 

 「大丈夫ですか?」

 所長が首だけ動かしてこちらを見た。

 「ちべたい・・・」

 その言葉が静かな会議室にこだました数秒後、バタバタという音がこちらに近づいてきた。

 「大丈夫ですか!?タオル持ってきました」

 そういう神奈川先生の手にはフェイスタオルが3枚とバスタオルが1枚握られていた。

 「ああ、ありがとうございます」

 所長はフェイスタオルを1枚受け取り、自分の胸を叩くように拭き始めた。神奈川先生「すいません、すいません」と、呟きながら所長の膝を拭いている。

 「フゥ、これくらいでいいいかな。ありがとうございました」

 所長は神奈川先生にそう言って、濡れたタオルを差し出した。

 「本当にすみませんでした。この埋め合わせはいつか・・・本当に申し訳なかった。このことはどうか生徒には言わないでください・・・」

 所長は軽く笑った。

 「そんなに気にしていませんよ。それはそうとそろそろアンケートが終わる頃じゃないですか?教室に戻りましょう」

 そう言って、椅子から立ち上がり歩き始めた。それに続いて私としょぼくれた神奈川先生は会議室から出た。

 教室に戻るとやはりアンケートはもう終わっており、多くの人が後ろを向いて誰かと話をしていた。

 「おおーいアンケート回収するぞー後ろから回せー」

 神奈川先生が生徒たちに呼びかけると、速やかにアンケートが集まってきた。

そこで所長が一歩前に出た。

 「ありがとうございました。これでこの事件は解決に一歩近づきました」

 所長は生徒と神奈川先生に礼をする。

 「お役に立てて何よりです」

 ここまで言うと神奈川先生は所長に近づいてきて、

 「そのうちそちらに伺います。今日はすいませんでした」

 と、小声で言ってきた。所長は驚いた顔で神奈川先生を見た。

 「お気になさらず」

 所長は微笑んでそう答えた。

 私はアンケートを見せてもらった。でもこのアンケートには名前が書いていない。今度神奈川先生に筆跡で誰かを見てもらったりするのだろうか。

 この質問はなかなかいい質問だ。朝一瞬見ただけではわからなかったが、今じっくり見ていると所長の思いがわかってくる。事務所の場所を知っているかどうか聞いた意味はおそらく手紙を届けることができたかどうかってことだろうし、プリンターのことを聞いたのは手紙を印刷することが可能だったかどうかだ。少しずつ全てのピースが組み合わさっていく。アンケートに名前を書かせてしまうと警戒されるからわざと名前を書かせず文字を書かせることで誰かを特定する。すごい。綺麗に作られている。ストーカーと探偵は紙一重か・・・しかし一通り見てみると全てが揃っている人はいない。事務所の場所と先生の気持ちを知っていて、プリンターの環境も整っている。そんな生徒はいなかった。ならばみんなで徒党を組んで手紙を送ってきたのか?

 「所長、さすがですね。少し見直しましたよ」

 私がそう言うと、デスクに座って、推理小説を読んでいた所長はパソコンで隠れていた顔をこちらに覗かせてきた。

 「へ?何が?」

 私はかすかに笑っただけで所長の質問に答えることはしなかった。

 「えー?何?教えてよう」

 「所長は探偵なんじゃないんですか?推理してくださいよ」

 私は再び笑った。

 次の朝 午前6時

 ピピピピッピピピピッピピピピッ・・・ダンッ!

 1時間半後

 「ぬ”あ”あ”〜眠い〜いま何時〜」

 私はベットの近くにある目覚まし時計を鷲掴みした。時計は短針が7をすこし過ぎた所を、長針が6を指していた。

 ヒエッ!!ウ・・・ソ・・・だろ?

 「ィヤベェェェ!!!」

 心当たりはある。誰が犯行可能だったか今日の5時まで考えていたのだ。ちゃんと目覚ましセットしたと思ったんだけどなぁ。目覚ましを止めた記憶はないからセットするのを忘れていたってことなのかなぁ。って言うか急げ急げ!朝食に5分 化粧に30秒 玄関を出るときに腕時計を確認したら7時50分だった。ホントにやばい。いつもはヒールで出勤するが今日はその隣にあるスニーカーに足を入れる。スタート!!家と事務所の間の距離は2000mいつものタイムは20分。ただいま200m通過。タイムは45秒。よし。いつもより1分ほど早い。この調子だ。

 結局ついたのはその10分後だった。

 「おっおはようございます!」

 私は息切れしながら事務所のドアを開ける。と、目の前にソファーに座った神奈川先生と、コーヒーのカップが2つ乗ったお盆を持って立っている所長がこちらを見つめていた。

 「あ、すいません・・・」

 どうやら神奈川先生は昨日の惨事のことを謝りにきてくれたらしい。しかし、 私がきた時はもう帰る直前だった。

 「それでは私は授業がありますのでこれで。今回は本当にすみませんでした」

 神奈川先生はそう言うと深々と頭を下げた。

 所長は軽く焦って、気にしないでください。と、いった。

 「全然気にしてないんだけどなぁ」

 所長はそう言いながら神奈川先生からもらったどら焼きを食べている。私は神奈川先生が帰った後所長の向かいに座って、どら焼きの袋を開けた。

 「あ、今日中学校行っていいですか?校長先生に聞きたいことがあるんですよね」

 私はどら焼きをかじりながらそう言った。

 「ふうん。いいんじゃない?でも、南さんから言い出すなんて珍しいね。行ってらっしゃい。僕はここで待ってるよ」

 「ありがとうございます」

 私は早速上着を羽織った。そして、ドアを開けて歩き始めた。

 私は学校に着くなり校長室に直行した。

 「失礼します」

 私はノックをしてそう言うと校長室の扉を開けた。

 「また、君か・・・しつこいね」

 「今日は口喧嘩しにきたんじゃないですよ。調査です」

 校長はため息をついて軽く笑った。

 「受けて立とうじゃないか」

 校長は一度職員室に入っていくとほうじ茶を出してきてくれた。

 「それじゃいいですか?」

 「ああ」

 「以前昔は熱血だったと所長から言われたときにもうそのスタイルはやめたと、おっしゃっていましたよね。スタイルを変えるきっかけはなんだったんでしょうか」

 校長は頭をかいて少し悲しそうな顔でこちらを見た。

 「そこですか・・はぁ仕方ない。話しましょう。

 あれはまだ私が30代の頃でした。私が持っていたクラスでいじめが出ました。原因はある男の子がスカートで登校して来たことでした。どうやらその男の子はトランスジェンダーだったようでした。私はすぐにそんないじめは無くそうと考え、いじめられた男の子にいじめた男の子たちを謝らせました。さらにクラスの前でも風紀を乱したことを謝らせました。結果確かにいじめは無くなりました。しかしその男の子がトランスジェンダーということがクラスどころか全校に広まってしまいました。それでその子は学校に来なくなってしまいました。当時の私は正しいことをしたと思っていました。その男の子のために行動を起こした自分は正しい、と。しかしそれは違ったのです。いくら人のために行動したとしても本人がその行動を嬉しく思っていなかったり、結果として現状が悪くなってしまったらその人が行った行動は善行ではなく悪行になってしまう。その間違いに気づいた時私は本当に愕然としました。教師を辞めようと考えたこともありました。私はどうすればよかったのか。本当にずっと悩んでいました。そして、この学校で初めて校長になりこの学校には男子はズボン、女子はスカートで生活しなければならない。という校則があるのを知りました。私はこれだと思いました。こうやって無理矢理服装を決めてしまえばいいのだと気づいたのです。こうしてしまえば、誰がトランスジェンダーでもわからないのですから。だから私はこの校則だけは生徒たちに厳守させようとしました。毎朝校門の前に立って生徒たちの服装をチェックしました。おかげで校則を破る人はいませんでした。だからこの話が出て来た時にわたしは絶対に止めなければならないと思ったのです。もしこの校則がこの学校から消えたら生徒の中に悲しい思いをする人がいるかもしれないのです。さらに私はプライドが高くてね。熱血だった時の名残といいますか・・・一度やると決めたことは必ず最後までつき通そうとするんです。」

 私は時が止まったように動けなかった。

 「話はこれで以上です。この話はここの教師の半数ほどが知っている話ですよ」

 本当はもう少し聞きたいことがあったのだが、私はゆっくりと立ち上がった。現実が現実でないようなふわふわとした感覚に襲われて思わずふらつく。

 「そんなことがあったんですね。いい話が聞けました。では私はこれで」

 遠山先生は驚いた顔をした。

 「もう行ってしまうのか。気をつけてね」

 少しずつわかって来た、ような気がする・・・自信はないが・・・まあ、とりあえず事務所に帰ろう。でも今回のことは所長には言わないようにしよう。言ってしまったら所長は校長先生のところに飛んで行って心配してさらには元の校長先生に戻ってもらうためにあれやこれや手を尽くし始めるだろう。校長先生はそんなことを望んでいない。


 「今帰りましたー」

 私は事務所に入ってそう声を上げた。そうするとデスクの奥から所長がひょっこりと顔を出した。

 「おかえり。何か成果はあった?」

 ニヤニヤ顔で所長は聞いて来て、私はどきりとした。そして、これ以上詮索されないように慎重に言葉を選んだ。

 「まぁ、それなりですよ」

 「そっか」

 そして所長は一息置いてこう言った。

 「明日は中学校に謎解きの披露に行くから今日はもう帰ってもいいよ。お疲れ様。」

 さらに所長はちゃんと英気を養うんだよ、と言いそえて、後ろを向いた。

 まさか!所長はもうわかったていうの?すごいじゃないの。でも私だってもう目星はついてるわ。明日は答え合わせね。でも、所長も正解だとは限らない。もしそうだったら所長交代を迫ってやろう。

 その日はそう考えて眠った。

 次の日。

 「じゃあ、早速行こうか」

 私の気合いは最高潮に達していた。今日は待ちに待った謎解きなのだ。今朝、事務所に入る前にはため息ではなくいき込みの息をついた。さぁ行こう。

 「所長は本当に犯人がわかったっていうんですか?」

 「もちろん。じゃないと中学校になんて行かないよ。安心して。絶対に間違えないから。君の推理があっている、いないに関わらず僕の推理は完璧だから」

 ものすごい自信だ・・・一体どこからそんな自信が湧いてくるのやら。

 「所長、私が推理をしてたの知ってたんですか?」

 所長の自信にも驚いていたが、ぶっちゃけそっちの方が驚いていたのだ。

 「ああ、もちろんだ。君は帰って来たときに私に何かを悟られないように気をつけながら話していたからね。すぐにわかるよ」

 鋭い観察眼で私の気持ちを読み取っていたようだ。

 へぇ〜私もできるようになるだろうか。悔しいが少し憧れてしまう。

 さて、中学校についた。ここで井ノ北探偵事務所所長によって犯人にされてしまう人間がいるのだ。

 今回入り口から出て来て私たちを案内してくれたのは神奈川先生だった。

 「みなさんおはようございます。今日も校長室ですか」

 呆れたように神奈川先生が言ったが、目が笑っていた。

 「ご名答。察しがいいですね。でも今回少し違います。今日は先生も校長室の中まで来て話を聞いて言ってください。時間は大丈夫ですか?」

 「ええ、もちろん」

 それじゃ、ということで我々3人は校長室の中に入った。

 「こんにちは、遠山先生。今日は謎解きをするためここまで来ました。ここまで来るの大変だったな〜」

 所長がおどけてそう言うと、遠山先生は少し目を見開いて驚いた。

 「そんなに遠い距離じゃないだろうに。いや、遠かったか。そうだよな」

 遠山先生は今度も笑った。

 「では、まず井ノ北探偵事務所で2番目の探偵の推理をお聞きください」

 えっ!?私から?まずい全然整理してない。って言うか2人の探偵事務所で2番目でも全然嬉しくないよ。

 でも、私が考えたことをそのままぶちまければいいのだ。やってやろうじゃないか。オホンッ

 「さてそれでは・・・井ノ北探偵事務所に謎の手紙が送られて来た事件について謎解きをしていきたいと思います」

 私はそう言いながら校長室のソファーの周りを徘徊し始めた。これは謎解きをする時の探偵のお決まりだ。パイプも欲しいところだけど贅沢は言わないわ。

 「この事件の犯人はプライドが高い人であることがわかります。その証拠に事務所に送られて来た手紙には住所が書いてないからです。住所が書いてないにも関わらず手紙はちゃんと事務所に届いて来ました。それは要するに本人または依頼された人間が直接届けに来たのでしょう。それをする理由はプライドが高くうちの所長に直接相談することができなかったからなんです。さらにこの犯人は手紙の中で生徒の名前を出して疑いを生徒に向け、さらに自分が犯人だとバレないように何年も前から嘘をついて準備をして来たんです。自分にはこんな過去があるから校則を変える事には反対だとね。そうですよね?校長先生」

 決まった!私は推理を終えてソファーの空いている席に座る。

 要するにこの事件は校長が自分のプライドを守りつつも穏やかに校則を変えるために行った自作自演なのよ。

 少し足りないところがあるのではないかと不安にはなるがそこは所長や先生が捕捉してくれるだろう。

 「う〜ん。あと50点。推理が甘々だよ。でも推理をしながら徘徊する点は二重丸。ねぇ、あなたもそう思いますよね。」

 所長はある人の方を向いた。

 「あと50点の神奈川先生?」

 所長は神奈川先生の目をしっかりと見た。神奈川先生もしっかりと所長を見据えている。

 先生の黒目は1ミリとして動いていない。

 「では、謎解きを始めましょう。真打ち登場!」

 所長はそう言ってステップを1、2回踏むと私と同じよう徘徊し始めた。やっぱりそこ大事なんだ・・・

 「彼女が言ったように遠山先生は嘘をついています。しかし彼には共犯者がいたのです。神奈川先生というね。神奈川先生は彼を説得して校則を変えようとしました。はじめのうち彼はそれを拒みました。しかし彼の言葉と熱意に感動したのでしょう。彼は以前のような気持ちに戻り、共にこの学校の校則を変えるために奮闘しました。しかしそれを彼のプライドが邪魔をした。だからどうしてもこんな回りくどいやり方で校則を変えようとしたのです。生徒の名前を使って学校内でこの問題を大きくする事で『生徒が言うなら仕方ないなー。じゃ、校則変えまーす』っていうためにね。それに生徒が言っているのだから自分たちが直接探偵事務所に相談しに行くわけにもいかない」

 そうか、そういう事だったのか!だから先生たちはうちの事務所に来ることができなかった。

 「しかも事件が起きたわけでもないのにうちに手紙を届けた。これも簡単です。完全に犯人の心理です。犯人は自分が殺そうとした人間を見てまだ死んでいるかどうかわからないのに、いずれ死ぬとわかっているから救急車じゃなく警察を呼んでしまう。と言うアレです。あなた方は自分たちがわざわざ謎を作ったことを知っているから無意識にそれを解決させるようなところに依頼をしてしまった。他の人にはただのお悩み相談に見えてもそのお悩みの本質は謎なんだから。そう言うことです」

 所長が少しずつ謎という絡み合った紐をほどいて行く。

 そこで遠山先生は口を開いた。

 「しかしそれでは神奈川先生が私と組んでいたという決定的証拠にはならないではないか」

 「そのことですか?そんなの簡単ですよ。神奈川先生は確かに探偵事務所の場所を知らないと言っていた。にも関わらず神奈川先生は探偵事務所を訪ねて来た。どら焼きを持ってね。それは、神奈川先生があなたに探偵事務所の場所を聞いたからです。私は生徒と同じアンケートを先生にもしてもらったんです。遠山先生と神奈川先生を除いてね」

 そういえば、と私は所長に見せてもらったアンケートの上に「生徒用」と書いてあったことを思い出した。

 「そうしたら探偵事務所の場所を知っているのは誰もいなかったんですよ。そうなると以前一度私たちの事務所に来たことがある校長先生に聞くしかないんです。さらにはうちにきたことを知っているのは共犯者であるあなた位しか知らないでしょうしね」

 神奈川先生は冷や汗をハンカチで拭き取った。

 「いや、私はあなたたちのホームページで・・・」

 「作っていません」

 所長はにこやかにそう言った。性格悪いわ〜

 「遠山先生は自分たちが犯人だと悟られないように校則を変えるのを反対だということ私たちに明確に伝えるために私たちのところに来たようですがそれが仇となりましたね。なんとそこの所長は自分の元生徒だった」

 二人の教師はじっとだまっている。その沈黙を破ったのは遠山先生の方だった。

 「・・・負けたよ。よくやった。成長したんだな」

 遠山先生がそう言った途端に所長はものすごい満開の笑顔になった。そう、まるで子供のような。

 「ありがとうございます!」

 「完全に逃げ道が塞がれた・・・」

 神奈川先生は少し寂しそうな笑顔でそう言った。

 すごい・・・本当にあってたんだ・・・

 「ところで神奈川先生はどうやって遠山先生を説得したんですか?」

 所長は神奈川先生に聞いた。

 「実は・・・私も遠山先生と全く同じ体験をしたことがあるんです。私の持っていたクラスのトランスジェンダーの子がいじめられてしまうことが。だからこそこの学校に来たときにあの校則を変えようと思ったんです。こういった普通はこうでしょ、ていう偏見があるからこういういじめがある。そう思ったんです。その気持ちを校長先生に言ったら納得してくれました。校長先生はいい人です」

 「私はそんな風に褒められる人間じゃないよ」

 遠山先生はうつむく。

 私はさっき感じたことを素直にいってみることにした。

 「いやいや、先生はいい人ですよ。だって、さっき遠山先生は『しかしそれでは神奈川先生が私と組んでいたという決定的証拠にはならないではないか』と言いました。それではまるで神奈川先生をかばうようなセリフですよ」

 遠山先生は手を振って慌てる。

 「いやそれは私が疑われていたから私を主犯として考えただけで・・・」

 私たち他の3人は笑い始めた。

 「はぁ、プライドなんて捨てるべきだったなぁ。・・・よし!わかった!今から!今この時から!この学校では誰がどんな制服を着てもいい!」

 遠山先生は一度肩を落として、急にシャッキっとして背筋を伸ばしてそう言った。

 「月に変わって・・・」

 「うちの制服に限りますっ!!」

 今度は遠山先生も私たちと一緒に笑っていた。

 

 わたしたちは中学校から出て来て、事務所に帰るために歩いていた。

 「所長・・・いつから二人が犯人だってわかってたんですか?所長は遠山先生の過去の話を聞いていなかったのに」

 所長は笑顔だった。

 「別にあの話が決定打なわけじゃないよ。遠山先生に僕に言えない話がある時点でその話が先生のプライドが傷つける出来事だったことはわかる。僕は先生の元生徒だよ!?」

 私は「さすがですね」と呟いて坂を登り始めた。

 その日私は疲れ果てて泥のように眠った。

 次の朝、私はたっぷり朝ごはんを食べて、しっかり化粧をしてスニーカーの隣のヒールを履いて、20分をかけて事務所まで行き、そして笑顔でため息をつき今日も今日とて金魚を苦しめながらドアを開けた。

 「おはよ・・う・ご・・・・」

 ドアを開けるとそこには鼻血を出して倒れている井ノ北 平三郎がいた。

 「何してるんですか?所長」

 私の冷ややかな声が事務所内に響く。

 「CD届い・・・た・・・」

 そして所長はしばらく起きなかったが何が起きても所長はCDを離さなかった。


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