Summerstory 引きこもりの唄 二
少し短いです。
後ろの襟を掴まれたまま、引きずられて連れて来られたのは、救いようが微塵も感じさせない、廃墟と言ってもなんら差異はないボロ家だった。
住宅街から離れた山の近くにあるそれは、昼間にも関わらず周りを暗くしているように錯覚させる。
未だ解放させてもらえない私は、首だけ動かしてボロ家を見ていた。
「ここ、どこですか?」
「隣町から離れた山だ」
「それは分かりますよ。なんですかあれは」
「坂下真弓ん家」
「本当ですか?」
「実はあたしも目を疑ってるところだ」
ですよね。私なんてルイージマンションにしか見えない。
大きさは普通の二階建て一軒家。でも壁には蔓がひしめき合うように生えわたり、綺麗であったであろう白い壁や蒼い屋根は色あせてしまっている。
昼間でなければ怖がりでチキンな私には大嫌いなお化け屋敷と思っていたはず。
太陽ありがとう。
ようやく私を解放してくれた先生は、お化け屋敷に躊躇なく近付きインターフォンを押した。
こんなところに誰も住んではいないのではないだろうか?と思っていたけど。
予想に反して、すぐに通じた。
『はい』
出た声は男の人のものだった。
インターフォンが古くなっているせいなのか、声がぼやけて聞こえるが、普通の声だ。お化けじゃない。
『どなたですか?』
「戦争院刹那だ」
『………………えーと』
困るよねえ。
担任のフルネームなんて分からないよ。最低でも不登校中なら。
『どちらから……?』
「〇〇高校からだ」
すると
「ああ」
と、どこか納得したように感嘆を漏らした。
『少々お待ちください』
ガチャ。
言われたとおり、少々お待ちになった。
ガチャリ。
静かにお化け屋敷の玄関が開かれる。
「どうぞ、お入りください」
出てきたのは実に礼儀正しい、頭がのっぺらぼうのおじさんだった。
前言撤回。いや事実だけを切実に述べただけだけど、あまりにも失礼すぎた。
家の中は綺麗で、掃除が行き渡っているのは明白だった。
先生と私は居間に招待された。
畳の上にちゃぶ台と座布団というベッタベタな居間なのに、何故かコーヒーが出た。
先生が気にもせずコーヒー(角砂糖九つ分入りの甘いやつ)を飲んでいると、真弓父は落ち着かない様子で言った。
「刹那先生は、真弓の担任をしていらっしゃるのですか?」
真弓父の目からは既に答えが出ているように伺えた。
「そうだが」
初対面の相手に対して随分雑な返事に、真弓父は肩を下げた。
口から出たため息は暗かった。
「では……やはり、真弓の不登校についてですか」
「話しが早くて助かる」
口の端を吊り上げて笑う先生は、飲み干したカップを静かに置いた。
「あんたも想像が付いてるように。あたしは坂下真弓を登校させるために来た。悪いが拒否権は、無いと考えてくれ」
「……………………」
「坂下真弓の部屋はどこだ」
真弓父の肩が小さく、プルプルと震えているのが服の上からでもわかった。下唇を噛んで、必死に何かを我慢しているように見える。
無言でいる真弓父を見兼ねて、先生が真弓の部屋を探すために立ち上がろうとした時。
突然、真弓父が頭を下げた。土下座だった。
「お、お願いします。帰ってください!」
真弓父は必死に頭を下げた。
「お願いします!帰ってください!……お願いします!」
「…………………………」
私は、理解できなかった。
どうして、この人は頭を下げているんだろう。
「ふざけんな」
一瞥もせず後ろ髪なんて引かれず、部屋を探しに行ってしまった。
居間には私とまだ頭を下げている真弓父。
先生があんな出て行き方をしてくれたおかげで気まずい空気が流れ、今すぐにでもここを逃げ去りたい。
とりあえず、コーヒーを。苦い。
真弓父が顔をあげた。
「どうして、いまさら……」
諦めたような独白。あげた顔の目は遠くを見るようだった。
その目は私を見つめた。
「あなたは、真弓のお友達ですか?」
友達、と言えるほどの仲ではなかったが、ここは建前として。
「はい。そうです」
私はコーヒーを置いた。
「高校一年生のときに友達という関係になりました。今年も同じクラスになれると思ったのですが……」
喋っているうちに、よく自分はこうもスラスラと心にもないことを平気と言えるものだと感心した。
「よろしければでいいのですが、あのぅ。真弓が不登校になった理由を教えていただけませんか?」
「それは………………」
ドォン!
「「っ!!」」
天井が大きく振動した。
なんだ?と真弓父は叫んだ。
なんだ。と私は、先生か。と思った。
どうやら真弓の部屋は二階あるみたい。
そしておそらく、今のは先生がキレたから。壁に穴でも空いたんじゃないかな?
やれやれ。乱暴な人だ。
もっと平和的に出来ないのだろうか。