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宝玉の道  作者: 金魚
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現在地

世界観がようやく出てきました。ゴリゴリファンタジーです。


「いくつか君に聞きたいことがあるわけだが。」

「はい…」

「隠し立てはしないで答えて欲しい。」

「はい…」

「レイ、尋問みたい。」

「それは悪かった。気を楽にしてくれ。」

「はい……」

「えっとね、別にレイも怒ってるわけじゃないからさ、ほんとに、あんまり怯えないで欲しいな……いや気持ちはすごくわかるんだけど」


 真正面から向けられる視線にえも言われぬ威圧感を感じる。ジオがいてくれてよかった。きっと二人きりならうっかり泣いている。明らかに変わった場の雰囲気に、ハクは参っていた。心なしか日が陰ってきた気がする。日差しが弱まった気がして空を見上げると、太陽に雲がかかっていた。風が吹いて、木々の葉がほんの少しざわめく。


「まず初めに三つ…いや四つ確認をしたい。いいな?」

「はい…」

形だけはハクに伺いをたてる言葉で、レイは至極淡々と話し始める。

「一つ目、君は先程、“希うということはまじないの類いをすることだ” と言ったが、この発言の中で、君自身の認識と表現の間にずれ、簡単に言うと、言葉を間違えた、ということはないか?」

「たぶんないです…」

「では二つ目。私は“まじない“という言葉をあくまで、“気持ちを込めて祈ること、しかし現実の人や物に影響を及ぼすことは恐らくないもの“ という意味で使ったが、私と君の言葉の定義は一致しているか?」

「えっと…ちょっと違うかも」

「どう違う?」

「なんだろ…オレみたいな学の無い奴っていうか、シロウトみたいな奴が希ってもなんにも起きないと思うけど、ちゃんとそういうこと、勉強?とかしてる奴なら、ちゃんと……お守りとしてならほんとに効果あると思う…みたいな…」

 あやふやとどもりながらの説明だったが、レイには伝わったらしい。レイはこくりと確かに頷いた。

「なるほど。そのあたりはまた後で詳しく聞かせて欲しい。とりあえず今は次に進むが、三つ目の質問だ。ちょっとこちらを見ていてくれ。」

 レイが地面に落ちていた小さな石をおもむろに拾いあげる。それをハクの目の前に差し出して、言った。

「『膨張』。」

 途端に手のひらに収まる大きさだった小石がぶわりとふくらみ、瞬きの間にレイの頭よりも大きくなった。

 いつかコウが話してくれた大道芸人の手品というらしい芸はこんな感じかもしれない、と頭の片隅でハクは思った。人間びっくりしすぎるとむしろ冷静になるのかもしれない。驚きと未知の連続で若干自分の思考が鈍くなっていることを、口をあんぐり開けながらハクは自覚した。


「こういったものは見たことがないか?」

「ないよ……」

「そうか、わかった。ありがとう。」


 石どころか岩といった体の塊を無造作にレイが放る。それは重さで地面を軽く抉って地にめり込んだ。ついさっき目の前で起こったことももちろんだが、相当な質量のはずの岩を片手で重そうな素振りも見せずに扱ったレイ自身も、ハクを大いに混乱させた。何なんだこの人。何者なんだこの人。今のやり取りでなにがわかったんだ。教えてくれ。

 というかそもそも、オレがおかしいみたいに話進めてるけど、オレからしたらあんたたちのほうがおかしいんだからな。レイが当然みたいな顔で話を進めてるから雰囲気に呑まれちゃってるけど、村のみんなに話したら夢でも見てたのかって笑われるくらいなんだからな。

 理解し難いことを頭が必死に理解しようとしているが、全くその甲斐はないようである。理解するどころか考えすぎて気分が悪くなってきた。

「ハク、顔色悪いけど大丈夫?」

「ちょっと大丈夫じゃない」

レイとハクのやりとりを見守っていたジオがハクの顔を覗き込んで、眉を下げて言った。

「水飲みな…」

促されるままに瓢箪の水をごくごく飲む。冷たい水を飲んで体が少し冷えた気はしたが、当然気分までは良くならなかった。


「最後に四つ目だ。もっと気遣ってやるべきだとはわかっているが、正直気の遣い方がわからん。のではっきり聞かせてもらうが…」

一呼吸置いたレイに、ハクは身構えた。レイの表情は相変わらず変わらないが、それでも今までで一番重々しい雰囲気を漂わせている。

 なんだ、何が来るんだ。


「君は今まで外に出たことがないのか?」



質問の意図がわからない。急に話が変わった。

「…いやそんなことないよ」

「えっ」

予想の斜め上の質問に拍子抜けしながら答えれば、横からジオが驚いた声を出した。思わず、と言った顔で口元を押さえながら目を見開く。

「外に出してもらえなかった訳じゃないの?」

「そんなことないよ」

「こう…閉じ込められてひどい扱いを受けたりとか…」

「そんなことないってば!」

いつの間にか村の仲間が極悪人のような言われようをしている。なにがどうしてそうなってるんだ。ジオが少し眉間に皺を寄せた。

          ・・・

「じゃあどうして君はきせいについて何も知らないの?」

「きせい?」

知らない単語だ。何か難しいことを言われているような気がする。

「君文字は読めるか?」

「簡単なやつなら…」

「“希う“に“勢い“と書いて“希勢“だ。一般的に、希うことで対象の人間や物に何らかの効果を期待する、という行為全般を指して使われる。少し硬い言い方だな。」

「……へぇ…」

希勢だ、と言われても。反応に困ってしまう。今まで見た不思議な現象は全てその希勢というやつなのだろうか。その不思議な力を使うレイは何者だ?


「……正直この言葉を知らないということは別に問題じゃない。偶々知る機会がなかった、というだけのことも、可能性はもちろん低くなるが十分ありうる話だ。それに、複数の人間の間で、それぞれの発する言葉と、それが示すものの組み合わせが食い違うことはままある。君が一般的な言葉とは違う言葉で“希勢“を解釈している可能性も少なからずあった。」


 レイが淡々と言葉を連ねていく。その視線は、先にレイ自身が放った小石だったものに向けられていた。彼女の暗い色の髪が風に揺れる。下げ髪が靡く。

 レイの言葉は、こちらに聞かせるため、というよりは自分の思考をただ吐き出しているだけのもののようにも聞こえた。


「しかしこの場合、ある程度会話を続ければ食い違いは解消されることが殆どだ。何故なら大抵の場合、初めあった両者間の言葉の捉え方のずれは、話をしているうちに小さくなり、均されていき、最終的には無くなっていく。これは喩えるなら、包みが違うだけで中身は同じ箱をやり取りしているようなものだ。お互いに箱を交換して封を開けてしまえば中身が同じことはすぐわかる。」

「…うん?」


レイが何を言いたいのかわからない。ふとジオを横目で見てみると、ジオはレイの顔をじっと見つめて話を聞いている。


「だが、今回は違う。」

抑揚無く話していたレイの語気が、少し強まった。濡羽色の髪が光を帯びる。雲の切れ間から太陽がのぞいて、湖が光を反射してきらめいた。


「私たちと君がそれぞれ持っている箱は、包みこそ同じ部分があるが、中身は完全に別物だ。それどころか、私たちの持っている箱の中身を、言葉が指し示す内容を、君は知らない。君は、持っていて当然とも言えるこの世界の一欠片を持っていない。そもそも君の世界にそんなものはなかったんだろう」


レイがこちらを向いた。今まで見たレイの動作の中で、一番緩慢なうごきだった。涼やかな目元に、僅かに影がおりている。二つの切れ長の瞳が、やけにまっすぐにこちらを見つめている気がした。


「今話した希勢だが、君には不思議な力にでも見えているか?」

「そりゃあ…うん、今までそんなの見たことも聞いたこともないし…使ってる奴なんて村にいなかったし…」

「そうか。……ジオ、どうする。」


突然レイが話を投げた。ジオが表情を緩めて、小首を傾げて返す。


「どうって?」

「ここからどうするかはお前が決めろ。」

「レイの意見は?」

「お前に従う。」

「そっかぁ」


へら、と笑ってジオがハクの顔を見た。

にこやかな表情をしているはずだが、ハクにはちょっと腹の内がわからない顔に見えた。


「筋は通す。通した後はまた後で考えるよ。いいでしょ?」

「…心得た。」


言い切ったジオの声は存外しっかりとしていた。柔和な態度の割にははっきり物を言うらしい。ものを決めるのに慣れているような雰囲気すらある。


「んー、どうしようかな。ほんとだったらこれからどうするか話そうと思ってたんだけどなぁ…。」

「これから?」

「そうそう、なんで俺たちと一緒に来てくれって言ったのかって話ね。でも正直それどころじゃないよねぇ」


ジオがはらりと一房落ちた髪を耳にかける。ちょっと困ったような顔をして、笑って言った。


「んー、決めた。とりあえず順々に話がしたいけど、まずどこから来たのかと、なんであの村にあんな時間に一人で居たのか教えてほしいな。いい?」

「うん、それはもちろん…。えっと、オレは陸南村の出身で、搬税の役で都に行った帰りだったんだけど、ちょっと色々あって一人で居たっていうか…」

「ちょっとごめん、割り込んじゃうんだけどさ、どこの村から来たって?」

「陸南村。陸に南で陸南。めちゃくちゃ端っこの端っこの小さい村だから知らないかも…」


にこやかに話を聞いていたジオの表情が固まった。ハクの説明を聞きながら、ジオがレイに視線をやる。それを受けて、レイが小さく首を振った。


「陸南村?だよね、それ名前は絶対合ってる?他の村からは違う名前で呼ばれてる、とかは無い?」

「どうだろ…陸南村ってさっきも言ったけどすっごい小さい、舜国と鹿華の境目あたりの村だからさ、他の村ともほとんど関わりなくて…外の村からの人とか、オレの知る限り来たことないし、他からどう呼ばれてるとかはわかんないかも…」

「レイ地図ある?」

「ある。」


レイが櫃から縦に丸められた紙を取り出した。巻き付けていた紐を解いて、三人の真ん中あたりに広げる。描かれていたのは、舜国の地図だった。


「地図見たことある?どのあたりにあるとか分かるかな…。」

「あるよ。えっ…と多分ここらへん…」


地図の端の、鹿華との境の長い山脈──そこには天龍と書かれていた──のほんの少し右にずれたあたり、もう一つの少し短い山脈──こちらは谷奥と書かれていた──とのあいだの部分を指差す。


「この辺だと思う。」


二人の顔を伺うと、ジオはなんとも微妙な表情をしていた(レイは相変わらずの真顔だった)。


「…勉強不足かな、ごめん俺たち陸南村のことは初めて知ったよ。ハクはそこでずっと暮らしてたの?」

「うん。ずーっとちっさい村の中でもうオレうんざりしてやっと自由になれると思ってたのに……あ」

「どうしたの?」

「あの、あのさ、西の村が一晩で焼けたって噂知ってる?」

「あぁ、知ってる。」

「それどこの村かわかる?オレ陸南村じゃないか心配で…」

 

昨夜から大変なことがあまりにも立て続けに起こるから、すっかり忘れていた。早く帰らなければいけないのだ。


「それなら…」

「悪いがどこの村かはわからん。私たちもこれから西の方に向かうつもりだったから、西方の村はまだ殆ど見てきていない。」


ジオに被せてレイが言った。言いかけたジオをちらっと見ると、気を悪くした様子もなくどこか曖昧に笑っていた。仲が良いとはいえど、一応主人のはずなのにいいんだろうか、と考えて、ここに移動してくる前にもレイに容赦なく馬鹿呼ばわりされていたことに気づいた。二人にとっては立場の差は些細な問題なのかも知れない。


「ごめんねハク。安心させてあげられなくて…」

「ううん…そっか、ジオさん達も知らないんだ…」

「早く帰してあげたいんだけど、村がこんなに天龍山脈に近いとなぁ…多分あと3日は無理だろうし…」

「え、なんで?あ、最初に言ってた事情ってやつ…?」

「いやそれだけじゃないんだけど…あぁでもそっちも話さなきゃ……どうしよ…どこからいこう……話す事多いな…」


ジオがあわあわと目を泳がせる。そこで一旦目を閉じて、すぅ、と深く一度深呼吸をした。そしてぱちっと目をあけて、幾分か落ち着いた目をして言う。


「わかった、話戻すね。ちゃんとその話も後でするから。とりあえずなんであそこに居たかはわかったから、次は希勢、希勢の話しよう。ハクのいた陸南村には希勢を使う人はいなかった、ってことでいい?」

「たぶん…雨が降りますように、くらいはみんなで希ってたけど、それは違うんだよね」

「…うーん、レイどう?」

「希勢にもその種のものはあるが、その他の部分の理解が違いすぎる。一旦別物と考えるべきだ」

「そうだね。…あのさハク、これから希勢について話すけど、出来るだけ冷静に聞いてほしいな…意味わかんないと思うし、正直俺たちもハクの話がまだちょっと信じられない部分あるけど、頑張って話すつもりだから…」

「わ、わかった、頑張る…」


聞くしかないことはわかった。頑張れオレ。

ハクは腹を括った。男は度胸だ、とは村の女衆の教えだ。もっとも、はたから見て肝が据わっているのは間違いなく女衆の方だった気がするが、それはここだけの話である。


「えっと、細かいとこは全部また後に回すけど、まず一つね。ハクは俺たちだけがおかしな力を使ってると思ってるかもしれないけど、それは間違い。少なくとも、この舜国に希勢が使えない人はいないとおもうよ。」


がつんと頭を殴られたような衝撃だった。折角括った腹から、力が抜けていく気がする。

そんな筈ない。いくら田舎育ちとはいえ、そんなことがあるはずがない。だって、それじゃあ、オレだけが──違う、陸南村だけがおかしいみたいじゃないか。


「確かに俺は今までほとんど自由に外を出歩いたりなんて出来なかったけど、希勢が使えない人に会ったのはハクが初めてだよ。ほら、さっき聞いたでしょ、『君は今まで外に出たことがないのか?』って。あり得ないんだよ、君くらいの年になって希勢の存在を知らないなんて。知らずに生活なんて出来ないと言ってもいいくらいでね。」

「は…そんな、でも、村にはそんな希勢?なんてそんなものなかったよ!誰もそんなの知らないよ絶対!」

「俺たちもそこは驚いてる。いくら辺境の村っていっても、希勢なしで生活してるなんて考えられないからね。陸南村に関しては、これから俺たちも色々調べてみようと思ってる。」

「そんな……っそうだ、おじさんはそんなこと言ってなかった。おじさんから希勢なんて話聞いたことないよ、陸南村以外の人はみんな希勢を使えるなら、西域にまで行ってるおじさんが何も話さないなんておかしいじゃん!」

「君の叔父は西域の商人なのか?」

「うん」

「その陸南村から出て生きているはずの君の叔父は希勢についても、君の村が他とは違うことについても一切話さなかったと?」

「そうだよ。おじさんはオレにたくさんのことを教えてくれた。文字の読み方も、数の数え方も、舜国のことも、鹿華のことも、他にもたくさん教えてくれたんだ。でも村と村の外で希うの意味が違うなんて一回も言ってなかった。おかしいじゃん、どうして?ねぇ、そんなはずないよ」


ハクが必死に言い募ると、ジオは弱ったような顔をした。薄い唇をほんの少し歪めて眉を寄せた表情が心底気遣わしげだった。


「君の叔父についてはまた後で話そう。君にとって理解し難い話をしていることは重々承知の上だが、それよりも今は希勢について話しておかなければならない。これはこれからの動きに必要な知識だ。納得する必要はないから、“そういうものらしい“という理解で構わないから、とにかく話を聞いてくれ。」


低く落ち着いた声に嗜められて、ハクは深く息を吸った。そして唇を噛んで頷く。ハクのその様子を見て、レイがジオに目だけで話を促した。


「……続きね。希勢について話すって言っても、意外とこれが難しい話でね。希学っていう学問になるくらい突き詰めちゃうと複雑なものなんだけど、今はすごく簡単に話すよ。まず、希勢ってなに?っていう話なんだけど、希勢っていうのは、言葉に希いを込めて、人とか物に訴えかけることなんだ。そのままじゃないか、って思うかも知れないけど、これはすごく大事な定義だ。今俺が話してる言葉には、俺はなんの希いも込めてないからこれは希勢じゃない。だから希勢とは全然違う──って今はとりあえずそう思っておいてね。とりあえず。ここまでいい?」

「…うん」

「よし、じゃあ次ね。

希勢には三つ大きく分けて種類がある。

一つ目がきえい、希うに詠じるで希詠ね。

二つ目がきてい、こっちは希うに綴るで希綴。

それで、三つ目が、ちょっとこれは前二つとは違う枠組みにあるんだけど、きじゅ。希うに呪うで希呪だ。細かいこと言うと三つに分かれる、っていう言い方もあんまり相応しくないかも知れないけど、ここは話を簡単にしたいからそういうことでいくね。」


つらつらと言葉を並べていくジオにハクはこくりと頷いた。


「希詠と希綴は正直字のまんま。希勢をそのまま口に出して音として表したのが希詠で、希勢を文字に起こすことで利用してるのが希綴。ハクに見せた例でいうと…あ、レイがさっき小石を大きくして見せたよね、あと手紙に火をつけたやつ。ああいうのが希詠。そんで、朝霧──鷹のことね、朝霧を腕に留める時、レイが札を使ってたでしょ。ああいうふうに、前もって札に文字として希っておくことで、好きな時に使える道具として用意してるんだ。あれが希綴、の応用みたいな感じ。どう?駆け足になっちゃったけど、この二つはわかった?」

「たぶん…」

「今はなんとなくでいいよ。じゃあ最後の希呪について話すね。三つのうちの最後の一つってことで話すけど、これはある意味希詠と希綴の派生というか、そのうちの一種とも言えるかも知れない。ちょっと位置付けが難しいんだ。なんて言うべきかなぁ…」

「……ねぇ、希呪の呪って、厄除けとかのまじない?それとものろい?どっちの意味?」

「あー……それが一番大事なとこ。そっか、そこから話せばいいのか。」


ジオが元々ゆるく垂れていた目尻を更に下げて笑った。温和そうな雰囲気も相まって、笑うと実に人の良さそうな人相になる。


「正解はね、どっちも。希呪っていうのは、特に人間相手に使うことを意図してる希勢のことを指すんだ。会ってすぐの時にさ、ハクに貼った札のこと覚えてる?」

「うん、なんだっけ、レイさんが言ってた…」

「『平癒』。希綴と希呪を合わせたものだ。“とにかく誰かを治すこと“に特化してる。これを使われて一時的にでも良くならない病や傷の類はまずないと言っていい。不治の病の人間の寿命だって伸ばせるだろうな。」

「…そんなすごいのオレに使ったの?」


話を聞く限り、明らかに自分に使われるには大袈裟すぎる気がする。確かにあの時はかなり苦しかったが、不治の病と並べられるようなものでは絶対にない。窺うようにジオを見ると、何かを誤魔化すように毛先を弄んでいた。レイの咎めるような視線をよそ見で受け流そうとしている。出来ていないが。


「いや〜。今思うと『息ノ緒』で十分だったと思うよ俺も。呼吸さえ安定すれば他は問題無かったみたいだし。でも咄嗟だったものだから…ね?勢い余って、みたいな。えへ、ごめんね。」

「…まだ説明の途中だが口を挟ませてもらうと、これが本来の、君に私たちと一緒に来てもらった理由にあたる。」


レイの機嫌をとろうとするジオを完全に無視してレイが話し始める。ハクをまっすぐ見て、ジオの方を見向きもしない。いいのか?


「今話した通り、『平癒』の札には非常に強い効果がある。ここで補足をしておくと、希勢の強さは、その効果、もしくは結果と比例することが多い。つまりこの場合では、『平癒』という強い効果をを持つ札を作るためには、強く希うことが必要な訳だ。もっとも、使える希勢の強さや種類には個人差があるから誰でも作れるわけじゃないが。それと、これは希勢一般に言える事だが、強力なものには使用に許可が必要な場合がある。」

「許可?」

「『平癒』を例にして話そう。『平癒』札は、その効能の著しさ故に、“製作できる人間“と、“所持する人間“ ──これは使われる患者、という意味ではなくて、患者と札の作り手を繋ぐ人間という意味だ──が、戒部省から各個人に特別な許可がおりることで定められている。許可を得ずにこれを扱った場合は護軍の世話になる羽目になるわけだ。」

「あ、戒部省っていうのは、希勢についての法とか、規則とか諸々を決める国直属の役所みたいなところだよ。」

「本来認可の降りた正規の医者や商人しか『平癒』札を扱うことは許されていないわけだ、が」


そこでレイは言葉を切った。そしてもうわかるな?と言わんばかりに頷く。嫌な予感がする。助けてくれた人を疑う事はしたくないが、これはもしや──


「私は無許可だ。作ることも持つことも許されてない。平たく言ってしまうと、バレると捕まる。」

「俺たちだけ護軍が来る前にあの場を離れる、っていうのが一番良かったんだけどさ、ハクに『平癒』使われたって軍に報告されちゃうと、いくら撒けるって言っても色々面倒だなぁって思ってね。……その時はまさかこうなるとは思ってなかったけど」


二人ともまさか助けた相手が報告もなにも、知識すらない相手だとは思わなかった、ということだろう。先ほどのジオの「筋を通す」とは「厄介ごとを引き受ける」という意味だったのかも知れない。


「む、無許可って」

「一応言っておくが私は悪事をそこかしこで働いてる訳じゃない。許可を貰っていないのも、色々と訳があってのことだ。」

 

でも護軍に見つかったら捕まるんだろ。

 ハクはそう思って少し酸っぱい顔をした。

悪人ではなさそうなことは、見ず知らずのハクを助けたことはもちろん、今までの振る舞いから分かっているが、その理屈は通っていないんじゃなかろうか、と言い訳のように付け加えられた説明を聞いて思う。国に背くということは、王に背くということだ。そんなことをしていいのか?

「大丈夫、無許可で扱ってる連中はそこいらにいる」

ハクの心情を見透かしたように、レイがいけしゃあしゃあと言い放った。なにが大丈夫なんだよ。


「まぁこういうわけで一緒に来てもらったわけさ。ごめんね、こんな理由で。あと俺が無駄に強いの使ったせいで。」

「いや…びっくりだけど…助けてもらったし…こちらこそ色々と申し訳ないというか…こんな面倒をかけてっていうか…」

「ははは…まぁじゃあお互い面倒ごとに巻き込んだということで、おあいこにしてもらえると嬉しいな。」

ちょっと都合良すぎる?とジオが悪戯っぽく笑う。その冗談めかした態度に少し気持ちが軽くなった気がした。



「ジオ、続き」

レイが話の続きを促す。ジオが笑って頷こうとして、そこで少し躊躇うような素振りを見せた。

「…ねぇレイ、一旦今はここまでにしたほうがいいんじゃないかと思うんだけど」

「ハクをすぐに村に帰してやれない理由の説明がまだだ。さっき話すと言ったろう」

「ん…でもただでさえ初めて聞く話ばかりしてるし。あまり一気に詰め込むのは余計に混乱させるだろ。不安にさせすぎるのもどうかと思う」

「それでも説明が無きゃ納得できんだろう」

「それはそうかもしれないけど…」


なにやら意見が割れているらしい。その原因がおそらく自分であるだけに、少々居心地が悪い。何も口を挟めずに、言葉を投げ合うジオとレイの様子を伺うしかない。


「ハク」

おろおろしているうちに話がまとまったようだ。レイに名前を呼ばれて、ハクは思わず背筋を伸ばした。レイと話す時は妙に緊張する。

「これから、陸南村に今すぐ君を帰してやれない理由をかなり端折って話す。それで一旦納得してくれるなら、もちろん後々必要に応じて説明はするが、とりあえずの私たちからの話は終わりだ。だが今からの話だけでは納得できない、というのであればもっと詳しく話をしよう。それでどうだ?」

レイに答えを急かすように見つめられて、ハクは困ってしまった。迷いながらも、思っていることを口にする。

「え…と、とりあえず話を聞いてから考えたい」

「そうだね、話聞かなきゃわかんないよね」

ジオがこくこく頷いた。


「じゃあものすごく簡単に話すね。ハクの村は、天龍山脈の近くにあるだろう」

ジオが先にハクが指さした地図の場所に目を落として言った。

「この近くにはさ、ムクロが出るんだ。特に雨の降った次の日にはたくさん」

ジオの表情は暗かった。ムクロが何かはわからなかったが、その表情からして、あまり良くないものであろうことは十分にハクには察せられた。

「ムクロっていうのは……怖いものだ。ムクロは、いつの間にか俺たちのそばにいて、出てくる場所や時間は誰にもわからない。それに護軍のように武装している人間じゃないと対処できないんだ。鹿華の国境近くには護軍がいるけど、彼らは鹿華の軍から舜国の人達を守るためだけにいる訳じゃない。ムクロは山とか、海とか、流れの早い川とか、湖もそうだけど、そういうところに多く出るから、ムクロからも護軍は俺たちを守ってくれるんだ」

手を組みながら、ジオは言葉を選ぶように話をした。

「昨日、結構すごい雨だったからさ、山の近くは危ないんだ。俺たちがハクと会った村、西山っていうんだけど、あそこも谷奥山脈に近いから、ムクロが出やすいって有名で、だから護軍がよく巡回に来るんだよ。──昨日はなんでかムクロが居なかったけどね」

こういうわけで、君を今すぐ陸南村に帰すことは難しい。

 ジオはそう締めくくった。

ムクロ。心の中で、その単語を反復する。意味はよくわからないのに、ぞわぞわと寒気がする響きだった。どういうものかわかっていないくせに、今初めて聞いたくせに、ハクには、“あまり良くないもの“どころか、“すごく悪いもの“のように思えた。絶対に近づきたくない。ハク自身不思議なくらい、心底ムクロというものが嫌だった。早く陸南村に戻りたい気持ちはあるが、ムクロが多くいる場所に行きたくないという気持ちが心の底から吹き出す。


「…どう?一旦これでわかってくれる?ハクには申し訳ないけど、あと3日くらいは俺たちと一緒に居てほしいんだ」

「一緒にいてくれるの?」

「もちろん。できれば陸南村までハクを送っていきたいんだけど、どうかな」

「オレは有難いけど…」

「早く戻りたい気持ちはあるだろうが、どうか我慢してくれないか」


レイの言葉が最後の一押しだった。かくして、ハクはジオとレイの二人と、陸南村に帰るまでの数日を共に過ごすことになったのである。



レイは結構雑。

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