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宝玉の道  作者: 金魚
4/7

知らぬが仏

キリの関係で短いです。

「そうと決まれば早速移動したい。体は問題ないだろうが、精神的には動ける状態か?」

切り替えが早い、早すぎるぞこの人。心の中で頭を抱えていたハクをレイの声が現実に引き戻した。

「動けないのなら私が背負う。特に負担にもならないので君が気にする必要はない。歩くか背負われるかどちらがいい?」

「…歩けます」

「かなり急いでもらうことになるが。」

「大丈夫です。」

 そこでじ……とレイに見つめられる。相変わらずの無表情だ。こちらを見据える真っ黒な黒曜石には僅かな揺らぎもない。誤魔化しや不実の類は全て見透かされるような気がした。

 ……別に嘘をついている訳じゃない。歩ける、歩いてみせる。確かに体は持ち直したとはいえ気持ちはまだぐらぐらと揺らいでいるし、怖いし不安だし、本音を言えば、静かなところで一人で丸まっていたいけど。確かに、こんな綺麗な女の人にこの歳でおぶわれるのは嫌だな、と思ったけど。

 レイは負担にならないと言ったが、負担にならないわけがない、とハクは思う。背丈はそこらの女よりも高いように見える(というかハクよりも普通に高い)が、筋肉隆々の男ではないのだ、目の前の(ひと)は。ジオとの会話やハクへの物言いからして、この村をこんなふうにした奴らを、ハクを襲った奴を、たった一人でどうにかしてしまったのはレイなのだろうけれど。二人のおかげで少し冷静になった今では、恥やらなんやら、腹の足しにもならないものがハクの頭の中には出てきてしまうのだ。内心の読めない表情のレイには、ハクのこんな感情は全てわかっているのかもしれない。

「…まぁ、辛くなったらその都度言え。」

ハクに視線を向けること数拍、一つぱちりと切り替えるように瞬きをして、レイはハクを歩かせることを結論とした。

「行くぞ。」

櫃を背負い直し、槍を右手で掴んだレイは、そのまま歩き出した。

「待って」

それをジオが呼び止める。ジオの表情は少し強張っているように見えた。

「…村の人、どうするの?」

ぼかした言い方だったが、言わんとすることは十分伝わった。ハクにも、きっとレイにも。

シン、と胸の中に嫌な冷たさが広がった。自分の表情が凍りついたのがわかる。

「どうしようもない。護軍が到着すれば彼らが対処するだろう。」

「俺たちでやるのは」

「無理だ」

「それは時間がないから?」

「それもあるがそれより、」

そこでレイはちらりとこちらに視線を投げた。何か言われるのかとハクは少し身構えたが、レイはすぐにジオに向き直る。

「数が多すぎる。たった二人、ハクを入れたとしても三人。とてもじゃないがやってられん。そもそも遺体の扱いは流石に心得てない。手に余る。」

今の視線は、ハクを気遣ってのものだったのだとわかった。ついさっきまで震えて泣いていたハクのために心を砕いたのだとわかった。彼女の言葉は淡々としていて、なんでもないように語っているようにも聞こえるけれど、この人はとても優しい人なんじゃないか、と現実逃避のように考えた。

「他には誰も、いないの?」

ジオが何かを確認するように言葉を吐いた。

「あぁ、誰もいない。」

「そう…」


村中の人間が、死んだのだ。

何人だったんだろう。レイは数えたのか?初めに見た死体が二人分、太刀の男が引き摺っていたのが一人。あの男に会うまでオレはいくつの家の戸を叩いた?あぁそもそも、レイがあの時助けてくれなければ、オレも今頃この村の死体の数を増やしてるんだ。頭の中で、考えても仕方のないことばかりがぐるぐると回る。横にいるジオも、胡桃色の瞳を伏せて考え込んでいるようだった。その場に暗い沈黙がおちる。

「ハク」

沈黙を破ったのはレイだった。出会ってから一切変わらぬ声色で、ハクを呼ぶ。

「忘れていたが、先程村の入り口あたりで馬を見た。あれは君のか?」

「あ…、オレの、オレのです。」

(チー)のことなどすっかり忘れていた。

「連れて行くだろう。今引いてくるから、準備して待っていてくれ。ジオ、頼む。」

「わかった。ねぇレイ、待ってる間だけ、レイが戻るまででいいから、手を合わせてきてもいいかな。」

レイが口を開こうとするのを遮って、ジオが続ける。存外しっかりとした声だった。

「全員にやってたら埒があかないのも、結局自己満足なのもわかってる。駄目?」

少し逡巡して、改めてレイが口を開いた。

「…ハクに聞け。」

それだけ言い置いて、レイは狭い路地のようなところを通って家の向こう側に消えた。

「ハク、俺は偶然でもこの村に、この時に来た人間として出来ることがしたいと思ってる。たとえ意味がなくても、自己満足でも、俺はやらなきゃいけないって思うんだ。行ってきてもいいかな。」

 ジオに目を合わせて話されるのは、もう何度目かになるけれど、出会ってわずかしか経っていない中でも今までで一番まっすぐな目だった。さっきまで伏せられ、暗い色になっていた瞳が、静かに光を持っている気がした。凍りついていた胸の内が、ゆっくりと動き出す。

「オレも行きたい。」

考えるより先に言葉が出てきた。本当はオレは行きたくないのかもしれない。死体なんか見たくないと思っているのかもしれない。わからない。でも、ジオのやろうとしてることは、多分オレもしなきゃいけないことだ。そう思った。ハクの返事を聞いて、ジオがほんの少しだけ微笑んだ。



 時間がないから、きっと一人にしか手を合わせられない。誰にしようかちょっと迷って、ハクを襲った男に斬られたであろう人がいいと提案した。息絶えてなお、引き摺られモノのように掴まれたあの人の姿は、まだ鮮明に瞼に残っている。ジオは頷いて、また気遣わしい目に戻ってハクに「大丈夫?」と聞いた。大丈夫じゃない気もするけど、うん、と頷いた。

 引き摺られていた人は、いつの間にか男が出てきた家の寝台に横たえられていた。レイだと思う、とジオが呟く。

「…レイだって放って置けるような人じゃないんだ。」

こちらを見ずに、ジオが言った。目元は結い損ねてこぼれる髪に隠れて見えなかった。そのまま、緩慢に腕を持ち上げてジオが胸の前で手を合わせる。ハクも一緒になって手を合わせた。目を閉じて、心の中で唱えた。自分でもよくわからない感情がまたいっぱいになって、泣きたくなった。

 

 天上のあなたへ(こいねが)。どうか、この人が安らかに眠れますように。この村の人みんな、そうでありますように。


祈り終わったところで、開け放たれた戸の向こうから聞き慣れた馬の鳴き声がした。ジオと目が合う。行こっか、という声にハクは頷いた。


次回、大解説祭り。ファンタジー感が一気に増します。

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