優しい手
頭を撫でる優しい手。
ボクはこの手を知ってる。
ぼんやりとした視界。手探りで眼鏡を探す。
手の甲を軽くポンポンと叩かれ、手のひらを差し出した。
眼鏡をかけるとようやく視界も意識もクリアになる。
それにしても、いつの間に眠ってしまったのたのだろう。
腕を組んで考えていたら、彼女が笑いながら僕の髪を整えてくれた。
僕は嬉しくなって、ついその手にすりついてしまった。
彼女の頬が赤く染まる。
いつまで経っても変わらない反応が可愛くて思わず笑ったら、彼女は拗ねて背中を向けてしまった。
背中を向けている彼女を見て、思い出した。
そうだ。眠ってしまう前も彼女はこうして背中を向けて、スマホを触っていた。
最近スマホゲームばかりしている彼女が気になって「そんなに面白いの?」と彼女の背中越しに画面を覗き込んだ。
彼女が最近よくしている乙女ゲーム。しばらく見ていたけれど、どこが面白いのかわからなくて、プレイ中の彼女に聞いてみた。
彼女曰く、別に面白いとは思わないけれど、気になるキャラがいるせいで止めるに止められない…らしい。
聞き捨てならないセリフに『どれ?』と強めに聞いた。
僕は真剣に聞いたのに、彼女に笑われた。
教えてくれたのは主人公のライバル『悪役令嬢』だった。
『悪役令嬢』がよくわからなくて説明してもらったんだけど…結局わからなかった。
わからなかったけど『悪役令嬢』がどことなく彼女に似ていたから、僕も気になり始めて続きを見せてもらった。悪役令嬢の結末を見て、僕は何故か言い様のない怒りに襲われた。しまいには悔しくて泣き出してしまった僕の頭を彼女は困った顔をしながら撫でてくれた。
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ごしゅじんはやさしい。
けったり、いしをなげたりしないし、おいしいものをくれる。
あと、いっぱいアタマをなでてくれる。
でも、ふまんもある。
ごしゅじんは、よくボクをおいてどこかにいってしまう。
べつに、ボクだってひとりになりたいときがあるからいいんだけど。
ただ…かえってきたごしゅじんはいつもこわいカオをしてる。
ボクはしってる。
そのカオが、ほんとうはなくのをがまんしてるカオだって
ないていいよ、ってボクはごしゅじんをなめるんだけど…、ごしゅじんはなかない。
ボクのアタマをなでて、すこしさみしそうにわらうだけ。
ごしゅじんは、ナミダがでないひとなのかな。
ごしゅじんのいもうとは、いつもないてるのに…
よく、ごしゅじんのツガイにだきついてないてるのをみる。
そのたびに、ごしゅじんがおこって、つがいもおこって…
ボクうるさいのきらいだから、すぐにげちゃうけど。
そのあと、ごしゅじんはおとうさんにおこられて、こわいカオになってボクのとこにかえってくる。
そんなカオをするくらいなら、へやからでなければいいのに。
ボクがそのぶんあそんであげるし、おひるねもいっしょにしてあげる。
だからそんなカオしないでよ。
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きょうも、ごしゅじんはいない。
つまらない。
ボクはごしゅじんのにおいがするベッドのうえでゴロゴロする。
せなかをこすりつけるのがキモチイイ。
どなりごえがきこえてきて、ビクッてなった。
バタバタあしおとがきこえて、こわくなってベッドのしたにかくれた。
へやにだれかがはいってきた。
ごそごそしてる。
だれ?
こっそりカオをだした。
なんだ!ごしゅじんだ!
びっくりさせないでよ!
ごしゅじんのもとにいく。
ごしゅじんはボクをかかえると、そとにとびだした。
いつもは、はしったりしないごしゅじんが、はしってる。
ボクはこわくてめをとじた。
しばらくして、ごしゅじんがあるきはじめたから、ボクはゆっくりめをあけた。
ごしゅじんのカオ、かたほうはれていたけど、でもなんだかすっきり?していた。
それから、ボクとごしゅじんだけのまいにちがはじまった。
やまのなかにあるおうちで、ボクとごしゅじんだけのゆめのようなまいにち。
ごしゅじんもボクといっしょでうれしいみたい。
まいにち、にこにこしている。
どこにいくにも、なにをするにも、ボクらはまるでツガイのようにいっしょだった。
でも、とうとうおわかれのときがきた。
ボクはしっていた。
だって、ボクはごしゅじんとちがうから。
どうしてもごしゅじんをおいていってしまう。
ごしゅじんは、ボクがいなくなってもダイジョウブかな。
なかないかな。
…なかないか、ごしゅじんはなけないひとだから。
でもきっと、あのこわいカオになるんだろうな。
せっかくあのカオしなくなったのに…
ボクは、ごしゅじんにこわいカオになってほしくなくて、がんばっておうちをぬけだした。
アシがふるえて、なかなかとおくにいけないけど、がんばった。
がんばって、がんばって、もうあるけなくなった。
ねむたい。
めがだんだん…とじていく。
こえがきこえた。
ごしゅじんのこえ。
きのせいかな。
ふわりとカラダがういて、あたたかいナニカにつつまれる。
うすくめをあけた。
ごしゅじんだ。
あーあ、みつかっちゃった。
ぽとぽと、みずがおちてきた。
ごしゅじんがボクのなまえをよんでる。
こたえなくちゃいけないのに、こえがでない。
ごしゅじんのやさしいてが、ボクのアタマをなでてくれる。
すこしだけアタマをもちあげて、すりつけた。
あれ?…もしかしてごしゅじん…ないてる?
はじめてごしゅじんがないた。
ぼくがなぐさめてあげなくちゃっ。
からだが、うごいてくれない。
ごしゅじん、ごしゅじん、なかないで。
かみさま。
おサカナをあげます。ごしゅじんがたまにくれるすごーくおいしいやつです。
ぜんぶたべていいです。
だから、どうか、つぎはボクをにんげんにしてください。おねがいします。
人間になったらボクがご主人の番になってあげる。
ご主人が寂しくないよういつも傍にいて、色んな悪いものから守ってあげる。
そして、ご褒美に頭を撫でてもらうんだ。
あの優しい手で、いっぱい、いーっぱいね。
最後まで読んでいただきありがとうございました。