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大切な相棒を失ってからも俺は戦場を駆け抜けた。
もう少しで停戦協定が結べるという時に起こった仲間の裏切り。
あいつのせいで…俺は大事な馬を失った。
ただの馬じゃない。
俺の大事な、戦友であり。
大切な家族だった。
危険な戦場で俺の命を預けることが出来る馬はあいつだけだった。あいつも、俺に命を預けてくれていた。
…信頼し合っていた。
あいつのお陰で戦いでは俺は負け無しだった。
誰よりも速く、勇ましく地を駆けるあいつの姿は美しく敵を蹴散らす姿は思わず俺でも見惚れるくらいだった。
海のように深い色の瞳は俺を見る時
何時もキラキラと輝いていた。
黒瑪瑙のようなしっとりとした毛並みは
サラサラとしていて最高の触り心地だった。
俺が撫でると鼻を鳴らして喜んだ。
特に耳の後ろが好きみたいで、そこを少し強めに書いてやると口をモゾそモゾさせて悶えるんだ。
お前は可愛いなって言ってやれば、
お前もな。って鼻先を胸に押し付けてくる。
あいつは何時も全身で俺を好きだって言ってくれてた。
馬の言葉は分からないが、態度がそんなだ。
お前、馬の癖にわかり易過ぎだろ!
そんなアイツが可笑しくて可愛くて仕方なかった。
ちょっとお馬鹿な所もあったが、そこも含めて
俺の自慢の馬だったんだ。
なのに…
俺のせいで死なせてしまった。
あいつの為にも、この戦いには絶対勝つ。
俺から大事な家族を奪ったんだ。
やり返されても…文句はねぇよなぁ?
俺は怒りを全て向かい来る敵にぶつけ、俺は徹底的に叩き潰して行った。
◇
「…大佐、馬を失ってからずっと怒ってますね。
正に“死神”の呼び名に恥じない、というか…やり過ぎて
敵が可哀想になるくらいですよ」
「はは、確かにな…正直俺も怖い。
まぁ、あんなに可愛がってた馬だ。
あの人にとっては家族みたいなもんだったんだろ」
「あの馬も大佐のこと大好きでしたよねぇ」
「あぁ、正に相思相愛って感じだったなぁ」
「最後は大佐を庇って死ぬなんて…」
「いい馬だったな」
「えぇ。あいつの為にも頑張らないとですね」
取り敢えず、そうだな。
あの死にそうな捕虜を大佐から取り上げないとか…
明日生きてるといいなぁ…
※※※
アイツがいなくなってから、
俺は戦場で馬に乗らなくなった。
いても邪魔だからだ。
アイツのように動けない馬など要らない。
俺の命を預けられるのはあいつだけだ。
「っらぁ!!」
迫り来る敵を切って切ってきりまくる。
返り血を浴びてすっかりビショビショだ。
先陣を切ってドンドン進んで行った。
「大佐!前に出過ぎです!!」
「危険です!!」
後ろから部下の叫ぶ声が聞こえるが、無視だ。
どうせすぐに追いついてくる。
さっさと俺の後ろを着いてこい!
目に入る敵は全て切り伏せた時、
いつの間にか辺りは静かになっていた。
「…結局、お一人でやってしまいましたね。流石…とは思いますが、貴方は死ぬ気ですか?」
「死なねぇよ…あいつが生かしてくれたからな」
「なら!もう少し自重してください!!」
「あぁ、そうだな…すまん」
「はぁ…あまり思い詰めないでくださいよ?
貴方を庇って死んだ、あの子の為にも」
「…」
わかってる。
これがどんなに無茶な事か。
無謀で危険なことか。
だが、仕方ねぇだろ。
あいつは…もう、いないんだ。
「っ!大佐!!!」
「あ?…っ!」
部下の声に咄嗟に振り返れば、敵国の残党兵だろう。
死体の山に隠れていたのか俺に刀を振り上げていた。
まずい!避けきれねぇ!!
咄嗟に手で顔を庇う。
血に濡れた刃が俺に振り落とされる、その瞬間。
黒い何かが俺の目の前を過ぎると敵の姿は消えていた。
「…は?なにが、起こった…」
「閣下!お怪我は?!」
「平気だ…それより、まだ死体の中に残党が隠れてるかもしれねぇ。すぐに死体の山かき分けて調べつくせ!
そいつらは生きて捕らえろ!捕虜にする」
「はっ!」
部下に指示を出した俺は何かに吹き飛ばされ意識を失っている残党の元へ視線を向けた。
そこには…美しい青毛の馬がいた。
黒瑪瑙のような毛はサラサラと風に揺られ
俺を見つめるその瞳は海のように深い色をしている。
そいつの周りにはキラキラと粒子が散り、神秘的な雰囲気を醸し出していた。
「おま、えは…」
『主!』
そいつは俺の事を主と呼び俺の元へ駆け寄ると鼻をスリスリと擦り付けて甘えてきた。
耳はピコピコと忙しなく、尻尾は犬のように揺れている
『主!主!怪我はないか?!』
「あ、あぁ…お前のお陰だ。よく、やったな」
よくやった、と褒めてやればお前はいつも大袈裟なくらいに喜ぶんだ。
あの時、本当は褒めたくなかった。
死ぬなと叫びたかったんだ。
でも、お前があんな目をするから…俺は。
俺の気持ちなど露知らず、何時ものように喜ぶ姿を見て胸が暖かくなった。
『っ、あぁ!俺は主の馬だからな!!』
「くくっ、そうだ!お前は俺の馬だ!俺の相棒だ!
よく…よく、生きて戻ってきてくれた」
嬉しさからか、涙が零れた。
涙なんて、何時ぶりだ?
嬉しくて泣くなんて初めてかもしれん。
『泣いてるのか?泣くな…泣いて欲しくない。
笑えよ、主。笑った顔の方が俺は好きだぞ』
「すまん…」
俺の涙をペロペロと舐めとってくれるのは嬉しいが…
すまん、ちょっと臭いからやめてくれ。
「そうだ!俺よりお前!お前の方こそ怪我は?!」
『大丈夫、もう痛くない。主が心配してくれて嬉しい。
それより、ほら!見てくれ!』
そう言って、走り出したあいつは…
何故か空を飛んでいた。
いや、空を走っていた?
「そうか、なら良か…ん?!」
馬って、空飛ぶんだっけ…?
※※※
「閣下ー!!」
あまりの出来事に呆然とそれを見ていた俺の耳に部下の声が聞こえた。
「…はっ!やべぇ、俺とした事が幻覚を見ちまった。
そもそも馬と会話が成立する事が既におかしいよな。
あいつが恋しすぎてこんなに幻覚見るなんて…疲れてんのかな、俺」
「閣下!あれ、あれ閣下の馬では?!」
部下は空をさして、叫んでいる。
俺の馬は、キラキラと軌跡を描きながら空を走っていた
「…お前にもあの幻覚が見えるのか?」
「貴方の部下は全員見えてますよ」
「…ちょっと、俺の頬抓ってくれね?」
「ご自分で抓ってみればいいのでは?」
「そうだな…」
「いだだだだだ!!何故私を抓るのです!」
「お、これは現実か!!」
「私で判断するのやめてください!!」
『主ー!!』
部下とちょっとした戯れをしていると、空を満喫し終わったのかあいつが帰ってきた。
心做しか耳が垂れて落ち込んでいるようだ。
『主…その、嫌いになったか?』
頭を垂れて不安そうに、こちらをチラチラと伺いながらそんなこと言われた。
「何でだ?」
『あ、その…俺、ただの馬じゃ無くなったから…』
「…みたいだな」
『俺、妖精になったらしいんだ』
「…妖精。いや馬だろ」
『馬だけど、そう意味じゃねぇよ』
「閣下…」
「いや、どう見ても馬だろ。
まぁ確かになんかキラキラしてるし?
空走ってたし?そもそも何故か会話出来てるし?
見た目は馬だけど、俺の知ってる馬ではないな。うん」
『そう、だよな…』
「…だがな、お前はお前だろ?
妖精になっても、お前は俺の大事な相棒だよ。
嫌いになんてなるわけねぇだろ?」
『っ…!あるじぃ!』
さっきまでシュンと垂れていた耳をピーン!と立てて喜びを全身で表している。
相変わらず、お前は可愛いなぁ。
《良かったねー》
《主、良い奴だね》
《主、優しいね》
『あぁ!自慢の主だ!』
その時、あいつの周りをクルクルと飛び回っていた光が言葉を零した。
隣で成り行きを見守っていた部下の腹を啄くと、痛い!と大袈裟に喚かれた。
「…おい、あれが妖精か?」
「そうみたいですね…初めて見ました。
それよりも、どうするのです?」
「どうするって、そりゃ連れて帰るさ」
「そうではなくてですねぇ…彼、妖精ですよ?」
「あぁ…そうだが…」
ブツブツと部下と今後のことについて話し合っているうちにあっちはあっちで何か話しているみたいだった。