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新緑の爽やかな香りがする。
暖かな陽の光を感じる。
優しい風が体を撫でていく。
小鳥のさえずりが耳を擽った。
そっと目を開ければ少し開けた森の中
目の前には大木が立っていた。
何だか不思議な気配のする木だった。
だが、嫌な気配ではない。
むしろ、傍に居ると何だかすごく安心する。
ポカポカと胸が暖かくなった。
まるで、主の傍にいるみたいで嬉しくなった。
俺が目を覚ますとソレはサワサワと葉を揺らしている。
まるで“おはよう”と言われているようだった。
ここは…どこだ?
主は…そうだ、主は無事だ。
だが俺は?
崖から落ちて死んだはずじゃ…
生きてる、のか…?
混乱する頭をフワリと風が撫でていった。
まるで落ち着け、と言われたような気がする。
俺は何度も深呼吸して気持ちを落ち着かせていった。
フゥ…風が気持ちいい。
ポカポカと、いい天気だ。
サワサワとまた、葉の揺れる音がした。
上を見上げればポトン、と1つの小さな実が落ちてきた。
…これを、食べろという事だろうか?
確かに腹も減っている事だし、有難く頂くことにしよう
大木に向けて頭を下げ、俺はその実を口にした。
ジュワッと溶けるように口に広がったソレは今まで食べたものの中で1番美味かった。
美味い!
なんだこれは!
それに…何だが力が漲るようだ。
大木はまた、サワサワと音を立てて2つ、3つと実を落とした。
俺は夢中になってそれを平らげる。
6つほどその身を平らげた時、強烈な眠気に襲われた。
体を丸めて俺はその微睡みに従い目を閉じた。
意識を手放す瞬間
誰かの暖かい手が俺の頭を撫でてくれた気がした。
◇◆◇
ピチョン…
ピチョン…
水の滴り落ちる音にパチリと目が覚めた。
辺りを見渡すもそこに大木はなく、そこは暗い洞窟の中だった。
どうやら、洞窟の中の水辺で頭だけ水面から出した状態で寝ていたらしい。
遠くからザーッと水の流れる音も聞こえる。
崖の下は川だったのかもしれない。
どうやら水に流されここに運ばれたらしい。
グッと足に力を入れ自ら上がった。
生まれたの子馬みたいに足がフラフラして今にも倒れそうが…大丈夫。立てた。
体がだるい…
ズキズキと傷が痛む…
水に濡れて体が重い…
それに、凍えそうなほど寒い…
だが…俺は生きてる。
主…何処だ、主。
待ってろ、直ぐに走ってく。
ヨロヨロと覚束無い足取りで洞窟の奥へと足を踏み入れた。
水を払うことも出来ず、ボタボタと水を零しながらも足を動かした。
目を潰されたのか、それとも洞窟の暗闇のせいか。
あたりは真っ暗で何も見えない。
カツカツと俺の蹄の音だけが響いていた。
…どのくらい、歩いたろうか?
いつの間にか体は乾いていた。
あんなにもズキズキと主張していた痛みも消えしっかり地を踏みしめることが出来ている。
あれ程暗く、見通せなかった闇も今ではすっかり見えている。
いつの間にか、キラキラと俺の周りには蛍のような小さな光が舞っていた。
それらはクルクルと俺の周りを飛びながら着いてきた。
《クスクス》
《ふふっ》
小さな可愛らしい声が聞こえた。
《ねぇ》
《ねぇねぇ》
《あなたはどこへ行くの?》
光はそんなことを訪ねてきた。
しかし主のことで頭がいっぱいの俺にはそれを疑問に思う暇は無かった。それに、それらの気配は決して悪いものでもない。
だから、ついその問い掛けに答えてしまった。
ほぼ、無意識の事だった。
…主の元へ行くのだ、と。
《なぜ行くの?》
主が待ってるから。
《何をしに行くの?》
主を護る為に。
《何故そんな事をするの?》
主は…俺の大切な存在だから。
主が大好きだから。
主の傍に在りたいから。
主は…俺の唯一だから!
いつの間にか俺は走り出していた。
ドクドクと鼓動がなる。
足が軽い。どんどん前へ進んでいく。
《クスクス》
《あはは》
《なら、教えてあげる》
《もっと早く》
《もっと力強く》
《地を駆け》
《蒼空を翔け》
《風を切り》
《《この世の果てまで走っていこう!!》》
その時。
暗闇に光が差し込み、俺は洞窟を抜けた。
走って走って、気が付いたら俺は蒼空を翔ていた。
視界いっぱいに主の瞳と同じ綺麗な色が拡がっている。
澄み渡る蒼空を風に乗って走り続けた。
俺の後にはキラキラとした軌跡が尾を引いていく。
《すごいすごい!》
《もっと!もーっと速く!》
俺の周りをキラキラと光は舞った。
楽しそうにキャッキャと笑っている。
…ありがとう、力を貸してくれて。
《これはもう、君の力だよ》
《僕らはその手助けをしただけ》
それでも、ありがとう。
《ふふっ》
《あはは》
《どー致しまして!》
何故、君らは俺を助けてくれるんだ?
君達は誰なんだ?
《僕ら?》
《僕らは“妖精”って呼ばれてるよ》
妖精?
《そう》
《君を助けるのは僕らの母が君を助けたから》
母?妖精の母が俺を助けた?
《そう、会ったでしょ?》
《大きな大きな大木に》
《あれが母であり、妖精の女王さ》
《貰ったでしょ?あの実を》
《食べたでしょ?あの実を》
《君はもう僕らの家族になったんだ!》
あれは…夢ではなかったのか。
女王にお礼が言いたい。
言えるだろうか?
《もう伝わってると思うよ》
そうか…出来れば直接言いたいのだが。
…ん?いや待て。まてまてまて。
《ん?》
さっき“家族になった”と言ったか?
それは、もしかして俺は…妖精になったのか?
思わずピタッと急停止して聞いてしまった。
未だ俺は空に浮いたまま、落ちる様子はない。
《そうだよー》
《ただの馬が空を走れるわけないじゃない》
《馬鹿なの?》
…それは、そうだな。
そうか。俺はもう馬では無いのか。
《馬じゃん》
《馬だよ》
《アホなの?》
う、うるさい!
ただの馬じゃないのかって事だよ!
しかし…それでは。
《どうしたの?》
主は…こんな俺でも受け入れてくれるのだろうか?
《どうして?》
今の俺は、主の知る俺ではないだろう?
こんなにも変わり果ててしまった俺を主はどう思うだろうか。
《さぁ?》
《知らなーい》
《そんな事どうでも良くない?》
なっ!
どうでもいいわけがないだろう!
あ、主に嫌われたら…俺は…
《君は君でしょ》
それは、どういう…?
《姿が変わっても》
《君は一途に主を思い続けてる》
《君の本質は全く変わってない》
《主を大切に思う君が君なんでしょう?》
…そうだな。俺は変わってない。
ちょっと馬から妖精に変わっただけだ。
もし、主に嫌われても…
それは、すごく辛いことだけど…
俺は主を嫌いになることは無い。
《それに》
《会えばわかるよ》
《そうだよ!》
《さぁ、行こう!》
妖精たちの声に背中を押されて、俺は再び空を走り出した。
そうだな!
会わない事には何もわからん。
今はとにかく主の元へ!!