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あれから俺は主を乗せ走った。
主は軍人だ。色んな戦場に連れていかれた。
そこで俺は主を背に乗せて戦場を駆けまくった。
矢も剣も槍もものともせず、主と共に敵を蹴散らした。
風の強い日も
豪雨の日も
蒸し暑い日も
雪の降り頻る凍えそうな日も
俺は主と共にあった。
負ける事は許されない。
いや、そんなもの必要ない。
あるのは勝利だけだ!
主と俺が入ればどんな闘いも一瞬だ!
主は強かった。
そんな主のために俺も強くなった。
誰よりも速く地を駆け
誰よりも力強く敵を蹴散らす
それが俺だった。
それが俺たちだ!
俺はそんな主が誇らしい!
そして大好きだ!
主も俺が好きだと言ってくれる。
お前は俺の相棒だって!
主!可愛くてかっこいい俺の主!
俺が死ぬまで…
いや死んでもずっとずっと俺は主と共にいるから!
ずっと一緒にいような!
「ん?どうした?機嫌がいいな」
主がいるからな!
「よしよし、ほらここ好きだろ。いっぱい撫でてやろう」
主に触られるのは大好きだ。
特に耳の裏側が堪らない。
主はその事を知ってるからよくそこをかいてくれる。
あぁ~そこそこ。
気持ちよすぎてつい、口がモゾモゾしてしまう。
「くくっ、お前は可愛いなぁ」
そうか?ありがとよ!
だが主の方が可愛いぞ!
戦って、
笑って、
走って、
転んで、
また走って、
こうして主と俺の日々はどんどんと過ぎ去っていった。
◇◆◇
その日、俺は主を背に森の中を走っていた。
なんでもこの森の先にある崖っぷちに敵をおいつめたんだとか。
しかもその敵は何年も仲間だと思い共に戦ってきた戦友で、
なんと敵国のスパイだったんだとか。
俺も何度も見た事がある奴だ。
俺は奴が嫌いだったけど、主の部下で友人だったから知ってる。
主を裏切るなんて許せねぇ!
絶対、追いついてやる!!
森の木々を諸共せず、誰よりも速く駆けた。
他の奴らを置いてけぼりして辿り着いた先には…誰もいなかった。
「どういう、ことだ?何故奴はいない!!」
急ぎ仲間の所へ戻ろうとするも、俺の足元に矢が降ってきた。
「はは、ざまぁねぇな!
罠にかかったのはお前だったってことだよ」
そこには追っていた筈の嘗ての友人と黒装束をまとった何人もの男たちがいた。
よく見ると奴らが持っている剣には敵国の紋章がある。
十中八九奴らは敵国の奴らだった。
俺達の後を追いかけていたはずの仲間は未だ来ない。
そんなに離れてしまったのか…?いや、違う。
敵に足止めをくらっているのかもしれない。
「おい、俺の部下たちをどうした」
「さぁな、それより。人の心配してる暇あると思ってんのか?」
ニヤニヤとかつて共に命懸けで戦いを共にしたそいつは気持ち悪い笑みを浮かべている。
元々、こいつは主に嫉妬していたんだ。
主の前では笑ってても、裏では悪態ついてたのを俺は知ってるんだ。だから、俺は奴が嫌いだった。
まさか、ここで裏切るとは思わなかったけど…
「…俺はお前を友だと思っていた、信頼出来る部下だと」
「友?なんだそれ…俺はお前が憎くて仕方なかったよ。
俺と違って何でも持ってるお前が!!俺の苦しみも知らないで!のうのうと笑ってるお前がな!!
やっとだ、やっと…お前を殺せる!あははは!!
どうよ?友だと、部下だと思ってた俺に裏切られた気分は?
なぁ、教えてくれよ?戦うしか能のない馬鹿な将軍さんよ」
こいつ…蹴り殺してやろうか。
主は今、俺の背に乗っているから顔を見ることは出来ない。
それでも、悔しくて仕方ないのだろう。
奴の裏切りに気付けなかった己が。
奴の気持ちに気付いてやれなかった己が。
だからこそ、聞きたい。
俺は、貴方の為に…主の為に動くから。
俺は貴方の為にどうすればいい?
…主よ、俺の敬愛する主君よ。
貴方はこのゲス野郎をどうしたい?
殺気立つ俺の首を、主は優しい手付きでポンと1つ叩いた。
フゥー…と深く息を吐き出した彼の声に迷いはなかった。
「…悔しくて仕方ないな。お前を、殺さなくてはいけない」
「はぁ??死ぬのはてめぇなんだよ!!やれ!」
その声を合図に、一斉に黒ずくめの男たちが襲ってきた。
ある者は矢を放ち。
ある者は剣を振るい。
ある物は槍を突き出した。
しかし…それを俺がただ見ているとでも?
俺が、俺達がどれ程の戦場を駆けてきたと思ってる?
「…頼んだ」
主は一言、俺にそう言って首を叩く。
あぁ…任せとけ。
主は俺が護ってやる!
飛んでくる矢を避け、
剣を躱し、
槍を踏みつけ壊す。
主の剣だけを相手に届くように動き続ける。
逃げようとする物は先回りして蹴散らす。
そうして、大した時間もかけずに俺達は敵を鎮圧した。
あまりの呆気なさに少し拍子抜けした。
こんなにも弱い癖に主に立たてつこうなざ一生無理だね!
俺が腹いせに奴の足を踏み砕いたのはご愛嬌ってやつさ。
フンっ!ざまぁみろ!!
その後、暫くして漸く仲間が追いつき敵を縛り上げていった。
「くっ、そ…」
痛みで悶えながらも悪態を着くソイツの前に主は近寄って言った。
「俺一人だったら、この人数で殺れたかもな」
「はっ、嘘つけ!お前は1人だったじゃないか…!」
「あ?馬鹿いっちゃいけねぇ。こいつがいるだろ?」
そう言って主が顎で示したのは俺だった。
そうだそうだー!
「ただの馬じゃないかっ!」
「あぁ、俺の馬だ。俺の戦友にして相棒だ」
「馬鹿馬鹿しい…くそ、これで勝ったと思うなよ」
そう、奴が言葉をこぼした時。
奴が一瞬ニヤリと笑い、チラと後ろに視線をやったのをのを俺は見逃さなかった。
視界の端でキラリッと何かが光った。
咄嗟に体が動き主の前に飛び出すと、途端激痛が走る。
「クソ馬がっ!また邪魔しやがって!」
「っ…!おいっ!あいつを捕まえろ!!」
あまりの痛みに暴れ出す俺を何とか落ち着けようとする主の姿も
今の俺には目に入らない。
そうしているうちに俺はいつの間にか崖に近づいてしまったらしい。
ガクッと体制が崩れ、そのまま体が宙に投げ出されてしまった。
「っ、まて!!」
最後に見たのは此方に手を伸ばし驚愕に顔を歪める主の顔だった。
出会った時のように、空のように綺麗な瞳をいっぱいに広げて
おまけに口まで開いている。
あの後、主は笑ってくれたんだよな。
なぁ、主。笑ってくれよ。
よくやったって褒めてくれ。
そんな、泣きそうな顔しないでくれよ。
落ちるその一瞬、主と目が合う。
いつものように鼻を鳴らした俺に主は…。
「っ、よく…やったな」
小さく、本当に小さく呟かれたその言葉はしっかりと俺に届いた。
そうだろう?
だって俺は主の馬だからな。
あぁ…主が無事でよかった。
でも、もし…もしも願いが叶うならば
もっと一緒にいたかったなぁ…