正しい少女との接し方
静寂――それは心に何とも言えない安らぎを与えてくれる。生きていく上でしっかりとした関係を築きたい存在だ。
だが、静寂は時として、こちらに対して牙を剥けてくる。それが今のような状況だ。
僕とネコミミの女の子。二人ともが話さないせいで、なんとも言えない気まずい状況になっている。静寂さん、今は出てこなくていいです。
このままじゃ埒が明かないので色々と質問してみることにした。
「えっと、こんなところで何してるのかな?」
「え……ぅ……あ……」
ネコミミ少女は俯きつつも、時折こちらをチラ見する。何か答えなきゃ、と思ってはいるが、なんて答えればいいか分からないといった様子だ。
というか、言葉は通じているのか?
「えっと、言葉は分かる?」
少女はコクッと無言で頷く。ひとまず言葉が通じることに安心した。
「えっと、名前を教えてくれるかな?」
もはや「えっと」がデフォルトで出るようになってしまったが、決して気にしない。気にしないのだ。
「………………クーリア」
「クーリア?」
「う、うん……」
長く溜めた後に名前を教えてくれた。ネコミミ少女こと、クーリアは僕の聞き返しにもしっかり反応してくれた。少しは心を開いてくれたのだろうか。
「えっと、それでクーリアは一人?お父さんかお母さんは近くにいる?」
こんな森の奥に少女一人なんておかしい。保護者が近くにいるはずだが……
「……ぅぅ……ぐすっ」
クーリアは突然泣き出してしまった。僕は驚きで固まってしまう。
(え、え、な、なんかおかしなこと言ったかな……?ちょ、ちょっと待って、やばい、分かんない……)
露骨に慌てふためく僕に気付いたのか、クーリアは涙を手で拭って話し始めた。
「わ、私が……山に遊びに行った時……変な、怖い人に捕まって……どこか、に連れられて……監禁されてたの……」
「……」
その後も少しづつだが、クーリアから色々と話を聞いた。それをまとめると、彼女は山に遊びに行った時に白衣を着た人間に攫われたらしい。そうして連れてこられたのが、ここの近くにある施設で、そこで色々と実験をされたようだ。
ある日(というか今日)、施設の所長という人間がクーリアを連れ出した時、一瞬の隙をついて逃げてきたらしい。そうして今に至る。
「そうか……」
「うん……」
クーリアの話を聞く限りでは、おそらく脱走のこともバレているだろう。となれば、追っ手が来ているはずだ。
「ひとまずここを動こう。追っ手が来てるかもしれない」
「……!わ、分かった……」
一応、『感覚強化』をフル活用しているので、誰かが来れば音で分かる。それに引っかかっていないということは、とりあえず近くにはまだ来ていないということだ。だが、まあ善は急げだ。早く動いて損はないだろう。
(まあ、その施設とやらは少し気になるけど……ひとまずクーリアの安全を優先だな)
僕たちは森の中をサクサクと進んでいく。道中の魔物たちは片っ端から魔法で倒しておいた。うん、魔法って便利だな。そう思った。
ある程度進んだところで川が見えたので、そこで一休みすることにした。『身体能力強化』を使ってる僕はまだ大丈夫だが、クーリアは何も使ってないので疲れているようだったからだ。
河原の手ごろな石に腰掛けて水を飲む。やはり動いた後の水は美味しい。クーリアもゴクゴクと勢いよく飲んでいる。
「クーリア、お腹は空いてない?」
クーリアの話では、僕と会う前にも結構走っていたようなので一応確認を取る。もし空いているようなら何かを振る舞うつもりだ。
「す、空いてない……」
クーリアがそう言った瞬間、グゥ〜〜という音が鳴った。それがどこから鳴ったか。それはクーリアの顔を見れば一目瞭然だった。
「はぁ、別に遠慮する必要はないんだぞ。お腹が空いたなら素直に空いたって言ったらいいのに」
「うぅ……」
まるでクーリアの心を表すかのように、彼女のネコミミもうなだれていた。僕はそれを横目に『空間収納』で食材を取り出す。実は『宵闇』を使いこなそうと頑張っている間、手当たり次第に魔物を食していたのだ。その中で美味しかったものを厳選して収納しておいた。それを使って料理を作ろうと思う。
今回使うは頭が二つある、僕ぐらいの身長の鳥魔物の肉だ。あらかじめ一口サイズに切っておいた肉に香草と塩を振りかけて、作っておいた串に3〜4個刺す。あとは魔法で着けた火で直火焼きすれば、異世界版焼き鳥の完成だ。ちなみに塩は美月さんの家にあったのを持ってきた。他の調味料も同様だ。
「ほい、食べな」
完成したものをクーリアに渡す。彼女は興味深そうに肉を見た後、恐る恐る口に入れた。途端にクーリアの顔がパーッと明るくなる。そした残りもバクバクバクと一気に食べてしまった。
「お、おいしぃ……」
「そっか。沢山あるから好きなだけ食べていいぞ」
こうして嬉しそうな顔を見てると、こっちまでなんだか嬉しくなってくる。思わず頬が緩んでしまった。
そんな僕を見たクーリアは恥ずかしそうに下を向いてしまう。その際に顔が少し赤くなっていた気がするが、たぶん気のせいだろう。
そうして腹ごしらえを済ませた後、また歩き始めた。とりあえず森を抜けたいのだが、方向が分からないので歩くしかない。最悪、ゲートを使うことになるかもしれない。
「そういや、クーリアはどこに住んでたんだ?」
「うぇ、え、えっと」
クーリアがそう言いかけた時、後ろの方で何かが動く音が聞こえた。『感覚強化』を使っている上で微量な音なので、そこそこ遠いだろうけど警戒するに越したことはない。
「ど、どうしたの……」
「シッ!静かに」
僕は小声で話す。クーリアも僕の真剣な雰囲気を察して、コクコクと黙ったまま頷く。
僕はもう一度集中して音を聞く。やはり同じ方向からガサガサッと草をかき分けて進む音が聞こえる。だが、ここで異変に気がついた。
「な……速い!?」
さっきから聞こえる音は人間の歩行ぐらいのスピードだった。だが、急に異常なまでの速さで走り出したのだ。一直線にこっちに向かって。
「くっ……、走るぞ!」
「え、え?わ、分かった」
クーリアはなんのことやら分かっていない様子だったが、すぐに僕が慌てている理由が分かったらしい。二人して一斉に走り出す。
(なんだ、あの速さは!?ここで見た魔物にあんな速さのやつはいなかったのに……。となると、僕かもしくはクーリアの……)
スピード的にゲートを使っている余裕はない。かといって全力で走ったらクーリアは置いてけぼりになってしまう。抱えて走るのも、いつか限界が来てしまうだろう。
「やむを得ない、か」
「え?」
僕は急停止して、ぐるっと振り返る。クーリアは僕が急に止まるので転びそうになるが、ぐっと踏ん張ってなんとか耐えたようだ。
「クーリア。敵を迎え撃つ。後ろに下がっててくれ」
クーリアはささっと僕の後ろに回る。僕は『宵闇』を先に展開しておく。念のため、全方位に。
少しすると、前方の草が揺れて追っ手が姿を現した。追っ手はクーリアを襲っていた狼魔物に似ているが、狼魔物は灰色の毛並みだったのに対し、こいつらは純白の毛並みと僅かに違う。
そんな白狼が二体、バチバチッと音を立てながら忍び寄ってきた。顔つきが完全に獲物を捕捉した時のそれだ。
僕と白狼が睨み合う。互いに、どちらが先に動き出すか見計らっているのだ。
だが、何も僕は『宵闇』だけを使うわけじゃない。おそらく狼魔物よりも格上な白狼を相手するのに最適な魔法がある。もちろんそれは僕の得意魔法だ。
僕は白狼に向かって右手をパーの状態で突き出す。白狼は警戒してか、体勢をさらに低くした。
もちろん僕が使ったのは攻撃魔法じゃない。《デバフ使い》の専用魔法であるデバフ魔法だ。
――オールステータス低下Lv10
現在の僕が使える唯一のデバフ魔法で、その名の通り相手の全てのステータスを通常の半分まで低下させるという魔法だ。元々の攻撃力、防御力、速度低下は美月さんのオールステータス低下に吸収されてしまったようだ。まあ、強力になっているので問題はない。
デバフ魔法をかけられた白狼たちは自分の身に何が起きているのか分かっていないようで、周りをキョロキョロし始めた。
そして何もないことを確かめると、まるで「お前がやったのか!」とでも言うようにアォォォンと吠えた。なかなかの圧を持ったその遠吠えはクーリアを怯えさせるのには充分だったようだ。
「あ……うぅ……」
「大丈夫だ、クーリア。心配することは何もない」
僕は怯えるクーリアの頭をポンポンする。クーリアは僕の顔を見上げて、その口をぐっと真一文字に結んだ。覚悟はできたらしい。
僕はすっと白狼の方に向き直る。そしてあらかじめ展開しておいた『宵闇』を徐々に白狼の元に集めていく。
現在、僕のステータスにはデバフで低下した白狼のステータス分が加算されている。よって『宵闇』もその分強化されている。狼魔物より強くても、確実に僕のステータスの方が上回っているので勝ちは必須だ。
とりあえず一体は侵食することに決めた。見たことのない魔物なら新たな魔法が得られるかもしれない。もう一体は魔力が惜しいので別の方法で倒そうと思う。
二体のうち、先頭側を狙って『宵闇』をまるで波のように操り、その全身を覆う。白狼はデバフのせいで先ほど追いかけてきていた時ほどのスピードは出せなかったようだ。呆気なく『宵闇』に飲まれ、侵食を完了した。
もう一体は仲間が飲まれるのを見て、ヒュッと後ろに飛び退く。そしてそのまま踵を返して逃げようとした。
「逃がすかッ!!」
僕は全力で地面を蹴り、白狼との間合いを詰める。ステータスが上昇していることもあって、一瞬で白狼の目の前に踊り出ることができた。
白狼は一度は止まって反対方向に逃げようとするが、観念したのか、逆に僕に向かってきた。その口を大きく開けていることから噛みつこうとしているのだろう。
僕は冷静に『宵闇』を集める。そして『宵闇』の能力である形状変化と性質変化を発動した。
――形状変化
名前の通り、『宵闇』の形を自由に変化できる能力だ。これ単体だと正直微妙な能力だが、もう一つの能力と組み合わせると非常に強力になる。
――性質変化
『宵闇』の性質を自由に変化できる能力だ。例としては金属や水のように変えることができる。
形状変化で『宵闇』を剣山のような形に変え、さらに性質変化で性質を金属へと変更する。剣山の先端はもちろん白狼の方を向いており、奴が飛び込んでくればその体に突き刺さるようになっている。
白狼はもう既にジャンプしており、回避はもう無理だろう。よって、そのまま奴に突き刺さる。そう思っていたが、現実はそう甘くないらしい。
白狼の体からバチバチッと音がしたかと思うと、急に奴の前に電流がまるで壁のように出現した。電流が剣山に当たると、バチンッという音の後に白狼は後方に弾かれた。
さらにここで予想外のことが起きる。『宵闇』を性質変化で金属に変えていたせいで電流を通してしまい、僕にまで流れてきてしまった。
「があっ!!」
意識を失うまではいかなかったが、なかなかの衝撃が体に走る。思わず膝をついてしまった。
そうして隙だらけになった僕に白狼が再び向かってくる。おそらく勝てると思ったのだろう。
「ぐっ……、舐めるなぁぁ!!」
僕はなんとか気合で『宵闇』を集め、今度は性質変化で『宵闇』を水のようにする。そして高圧にすることで一時的に鋭利な刃物のと化した『宵闇』で白狼を一刀両断した。
ちなみに性質は真水に設定したので電気はほぼ通らず、ダメージを受けることもなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
(『宵闇』を水に変えることは咄嗟の判断だったが上手くいってよかった。我ながらやるな……)
僕は自画自賛しながら肩で息をしつつ、近くの木にもたれながらステータスを確認する。
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コウタ=アマクサ Lv17 《デバフ使い》
魔力 420/13650
攻撃 70
防御 82
魔攻 67
魔耐 58
敏捷 72
運 462
使用可能魔法:オールステータス低下Lv10、宵闇、反転、火属性魔法Lv10、水属性魔法Lv10、風属性魔法Lv10、土属性魔法Lv10、光属性魔法Lv10、闇属性魔法Lv10、魔力感知、魔力即時回復、感覚強化、身体能力強化、魔法強化、衝撃波、衝撃付与、魔法付与、魔法耐性、物理耐性、空間収納、空間接続、認識阻害、詠唱破棄、鋼化、電流操作、電撃耐性
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やはり最初に侵食した白狼の魔法に電撃耐性があったようだ。まあ、自分が操る電気に自分が痺れてたら元も子もないし、当たり前のことなのだろうけど。
と、ステータスを確認している僕にクーリアが飛び込んできた。
「うわっ!」
「うぅ……紘太ぁ。死なないで……」
どうやら彼女は僕が木にもたれながらステータスを確認しているのを、ダメージで動けないと思ったようだ。彼女はさっきの戦いの一部始終を見ているわけだし、そう思ってしまうのも仕方ないのかもしれないけど、少し大袈裟な気もしないことはない。
「大丈夫だよ、クーリア。僕は死なない」
「ほんと?ほんとに死なない?」
「うん。だから心配しないで」
クーリアは瞳をうるうるさせながらも、コクッと頷いた。泣かないように頑張っている姿がなんとも愛らしかった。
僕はそんなクーリアの頭を撫でると、移動する旨を伝えた。追っ手の魔物が来ている以上、研究所の人間たちも近くにいる可能性が高い。となると、一刻も早く遠くにいかなければならない。
魔力もほぼ回復したので再び森の出口に向かって歩き始めた。
◇◇◇
紘太たちが出発してから数分後、白衣を着た数人の人間が紘太たちが先ほどまでいたところを調べていた。
その人間の中には施設の所長の姿もあり、相当痺れを切らしていることが分かった。
「ふむふむ、一体は何か鋭利なもので切断されているようですね。これは即死でしょう。もう一体は……ちょっと分かりませんね」
「ちっ、まあいい。この近くにいるということは分かったのだからな。で、どこに行ったんだ?」
「どうやら東に向かったようですね。白狼たちが東に反応しています」
「よし、じゃあ次は東に行くぞ!」
白衣の施設員たちが白狼を含めた魔物を引き連れて、紘太たちの後を追う。彼らが紘太たちと相対するまであと……
まずは読んでいただきありがとうございます。
思いの外、初めての戦闘シーン。うまく書けてたらいいのですが。正直、自信がないのでこれからも研鑽を積んでいくとします。暖かく見守ってくださると嬉しいです。