黒い髪の女性
「……え?ここは……森?」
緑の渦に入ったら、なんと木々が生い茂る森の中に来ていた。後ろには普通に緑の渦がぐるぐる回っている。これに入ればまた戻るのだろう。
ひとまず先へ進んでみることにした。
森の中には普通に日光があり、生き物たちも数多く暮らしていた。小鳥や鹿、兎など種類も様々だ。
「ん?あれは小屋か?」
それは森の中にあってもなんら違和感のないログハウスだった。しかも割と作り込まれているようだ。
(もしかしたら人がいるのかな……?)
そう考えた僕は小屋を訪ねることにした。
誰かがいるかもしれないから、一応扉をノックしてみる。コンコンコン...と三度叩くと、中から「はい」と女性の声が聞こえた。
(わ、本当にいたのか……)
内心驚きつつも、顔は平静を保って家主が出てくるのを待つ。
ガチャッと扉が開くと、黒髪でロングヘアーの綺麗な女性が現れた。その女性は僕を見るなりニコッと微笑んで、僕を小屋の中へ来るように手招きした。
僕はそれに従い、小屋の中に入る。中はとても質素な印象だった。まるで生活する為に必要最低限のものを揃えただけのようだ。
「いらっしゃい。どこか適当なところに座ってくれるかな?」
黒髪の女性はそのままキッチンらしき場所に向かった。僕は小さな一人用の椅子に座った。
しばらくすると彼女はティーセットを持って戻ってきた。どうやら中身は紅茶のようだ。
「あ、ありがとうございます」
「うん、大丈夫だよ。それで少しいいかな?」
「はい」
彼女は紅茶を一口すすってから話を続ける。
「まず名乗らなきゃいけないね。私は川上美月。はるか昔に君たちと同じくこの国に勇者として召喚された日本人だよ」
僕は見た時から彼女がもしかして宵闇の勇者なのでは?と考えていた。理由は彼女がグレイスさんから聞いた宵闇の勇者に姿が酷似していたこと。そして極めつきは名前。やはりミヅキ=カワカミは川上美月で間違いなかったようだ。
「あなたが宵闇の勇者さんですね?」
「ふふ、やっぱり知ってたんだね。王女さんにでも聞いたのかな?」
僕は思わずピクッと反応してしまう。まさにその通りだったからだ。
「その反応ば図星みたいだね。まあ、私も元々は王国に仕えてた訳だし、王族の子なら情報は集めやすいからね。それで大体のことは知ってるのかな?」
「えっと、美月さんが宵闇の勇者として魔族をいっぱい倒したりとか、固有魔法の『宵闇』を使ったりとかですかね」
「なるほど……。じゃあ今の私については知らないんだね」
「え、ええ、はい。何かあるんですか?」
「今の私はいわば精神体。魔力のみで作られてるんだ。だから実体はないんだよ」
「え?……そうだったんですか」
僕は驚くが、すぐに納得する。グレイスさんの話では彼女はもう数百年前の存在だ。逆に今まで生きている方がおかしい。
「まあ、色々あってね。向こうでも暮らしにくいから、今は私専用のこの空間にいるんだ。ここは私の友人に作ってもらった私だけしか入ることができない空間なの」
「でも僕は入れましたよ?」
「ああ、ごめん。説明が足りなかったね。正確に言うと、私と同系統の魔力を持つ人専用の空間なんだ。君は私と同じ《デバフ使い》でしょ?だからこの空間に入れたんだ」
「ジョブが同じなら魔力も同じなんですか?」
「……もしかして君は魔力感知が出来ないのかな?」
(もしかしても何も、僕が知る限りでは魔力感知なんて出来る人はいなかったんだけどな……)
そう思いながらも、僕は返事をする。美月さんはおでこに手を当てて、「はぁ……」とため息をついた。
「まあ、仕方ない、か。うん、ジョブが同じなら魔力も同じになるって決まってるんだ。そして私は《デバフ使い》を探してた。私の夢を託す為に」
美月さんは依然微笑みを絶やさないが、何故か先ほどまでの優しい感じとは違い、どこか哀しい感じがした。
「夢ですか……」
「私の夢はこの世界の全ての種族が手を取り合って暮らすことなんだ。人族、亜人族、精霊族、竜族、そして……魔族。その全員が協力して仲良く暮らせれたら素敵じゃない?」
「まあ、それはそうですけど……」
確かにそれは素敵なことかもしれない。でも、現実的に考えれば不可能なことだ。現に、人族と魔族は敵対している。
「うん、端から見れば絵空事だよね。でも、私は信じてる。きっと手を取り合えるって。必要なのはキッカケだけ。君にはそのキッカケになってほしいんだ」
「……難しいですね。正直、僕一人だけじゃ無理だと思います」
「そうかもね。私も結局無理だった訳だし。でも、きっと大丈夫。何故かは分からないけど、そう感じるんだ」
「……」
僕は黙って考える。今、僕がやるべきことは真犯人を見つけること。そして、無実を証明することだ。でも、それが終わったら特にすることはない。今さらあの国王に従うつもりもないので、どうせなら異世界を観光してみたいものだ。その時なら……まあ、いいかもしれない。
「僕にはやることがあります。今すぐにでも強くなって、やらなきゃいけないことが。それが終わった後でもいいなら大丈夫ですよ」
僕がそう言うと、美月さんは満面の笑みで子供のように喜んだ。
「本当かい!?ありがとう!えっと……そういや名前を聞いてなかったね」
「僕は天草紘太って言います」
「天草……」
美月さんは驚いた表情を見せる。だが、すぐに「気のせいか……」と言って微笑みに戻した。
「じゃあ紘太。お礼と言ってはなんだけど、些細な贈り物をしようと思う。ちょっと待っててくれるかな」
そう言うと、美月さんはどこかへ行ってしまった。何かを取りに行くのだろうか。
少しすると、荷物を抱えて戻ってきた。
「よし、まずはこれ。私が現役時代に使っていた装備一式だよ」
美月さんはそう言って持ってきた物のほとんどを前に出す。装備はローブと杖、あと指輪のようだ。
「これは全て《デバフ使い》のための装備だよ。だから遠慮なく使ってほしいな」
「は、はい!ありがとうございます!」
「うんうん。じゃあ次はこれだ」
美月さんが差し出したのはネックレスのようだ。だけど、まったく用途が分からない。
「これは?」
「これは鍵だよ。一時的に向こうの空間とこちらの空間を繋ぐ魔道具。君が通ってきたのは各地に設置している内の一つなんだけど、あれを一個作るのに膨大な魔力が必要になるから多くは作れなかったんだよね。だから、一瞬だけどどこにでも少ない魔力でゲートを作れるこの魔道具を作ったんだ」
どうやら僕が飛び込んだ緑の渦はゲートというらしい。でも、まさか各地にあるとは……驚きだな。
「まあ、要するにこの空間ごと君にプレゼントしちゃうってことだよ」
「……え!まじですか!?」
「うん、まじまじ。それで最後は……ちょっと手を出してくれるかな?」
僕は両手を前に出す。すると、美月さんは僕の手に自分の手を重ねた。
「うぇっ!?」
僕は急に手を重ねられた驚きと緊張で変な声を出してしまう。その瞬間、自分に力が漲ってくるのを感じた。
「こ、これは……」
「ちょっと待ってね。今、紘太に私の魔力を渡してるから」
力が漲ってくると感じたのは魔力を貰っていたかららしい。だが、今の彼女は魔力で構成された精神体だ。そんな状態で僕に魔力を渡したら……
「え?で、でもそんなことしたら美月さんは」
「私のことは気にしないで。もう、死んでるようなものだから。それにもう悔いはないの。夢を託す相手も見つかったことだし、ね?」
できることならもう少しだけでも彼女と話がしたかった。今日初めて会った人だけど親近感があって、何故か気兼ねなく話せる人だった。このまま消えてしまうのは惜しい。でも、それは彼女の決断であり、僕の意見で左右できることじゃない。だから僕は背負うことにした。彼女の夢を彼女の魔力とともに。
「もうすぐで魔力の譲渡が完了する。だから最後に伝えとくね。紘太、何があっても負けないで。そして自分を見失わないで。きっと大丈夫。なんとかなるよ」
美月さんはそう言い残すと消えていった。何故かは分からないが、彼女は僕の今の境遇をなんとなく分かっているようだった。
彼女の最期の言葉を決して忘れないように心に刻む。
「おっと、そうだった。一応確認しておくか」
僕はステータスを確認してみる。美月さんの魔力を貰った上でどれだけ上昇したか知りたかったのだ。
「どれどれ……!?」
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コウタ=アマクサ Lv1 《デバフ使い》
魔力 13120/13120
攻撃 15
防御 22
魔攻 25
魔耐 25
敏捷 27
運 140
使用可能魔法:オールステータス低下Lv10、宵闇、反転、火属性魔法Lv10、水属性魔法Lv10、風属性魔法Lv10、土属性魔法Lv10、光属性魔法Lv10、闇属性魔法Lv10、魔力感知、魔力即時回復、感覚強化、身体能力強化、魔法強化、衝撃波、衝撃付与、魔法付与、魔法耐性、物理耐性、空間収納、空間接続、認識阻害、詠唱破棄
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どうやら魔力を貰った時に魔力と一緒に美月さんが使っていた魔法も貰ったらしい。これだけの魔法を使えるとは……さすが勇者だ。というか、デバフ使いなのに普通の魔法使い以上に魔法が使えるのか……。チート過ぎないかな?
何はともあれ、意外なところで強力な力を手に入れることができた。まずは鍛えてこの力を自分のものにしなくては。
「よし、特訓開始だな」
拳をギュッと力を入れて握った。確かな決意と覚悟を持って。
読んでいただきありがとうございます。
紘太くんは一気に強くなりました。ここから無双(?)が始まるかもしれません。使用可能魔法に関しては暫定です。増えたり減ったりするかもしれないです。