戦闘訓練
翌日、目覚まし時計が無いこの世界だが、習慣というのは実に恐ろしいもので、いつも起きる朝7時に目が覚めた。
今日は午前9時から魔法訓練、午後2時から武術訓練が早速あるらしいので、早めの朝食に向かうことにした。尚、食堂は午前5時から午後11時まで開いているという良心設計となっている。この間ならいつでも利用可能というのがとても有難い。
とりあえず制服に着替えて食堂に向かうことにした。
◇◇◇
食堂に着くと既に数名の人がいた。その様子からおそらく王国に勤める騎士団の人たちだろう。鎧を着ていたり、傍に甲冑を置いていたりしているので、これから修練に行くのだろう。
僕はここでも一人寂しく朝食を取った。ちなみに本日の朝食はパンにコンソメスープ、スクランブルエッグとベーコンだ。こっちでの呼び名がそうなのかは分からないけど、地球の料理に例えるとそんな感じだ。
コーヒーを飲みつつ朝食を堪能した後は早々に部屋に戻り訓練の準備を始めた。
まず、昨日支給された運動着(ジャージみたいな服)に着替える。色は黒と僕好みの色だ。あとは時間が来るまで部屋でボーッとするだけだ。準備なんて言葉を使うのも烏滸がましいほど一瞬で終わった。
ベッドに寝転びつつ、食事を取ったことによる眠気に誘われつつ、30分ほどゴロゴロしてから修練場に向かった。修練場とは王城にある、魔法や武術など戦闘全般のことを修練するための場所らしい。
「おはよう、諸君。私が君たちの訓練を担当するエルガー=アドルフだ。王国騎士団の副団長を務めている。よろしく頼む」
エルガーさんは三十代ぐらいの男性で、銀色の鎧を装着しており腰には金の柄の剣を携えている。見るからに騎士という格好だ。
ちなみにエルガーさんの後ろにも数名の騎士と思しき人たちが構えていた。おそらくあの人たちも参加してくれるのだろう。
それからはエルガーさんが全体に魔法の使い方を教えつつ、他の騎士さんたちが分からない人のために詳しく教えていくという授業的な訓練が始まった。
まず教えてもらったのが魔法というものについてだ。魔法というのは誰もが等しく使えるが、使える魔法は個人によって違い、それにはジョブが深く関わっているそうだ。また使える魔法はレベルを上げると増えるらしい。
次に魔力の操作について教えてもらったのだが、これが中々に苦戦した。こっちの世界の人は小さい頃から魔法に触れているため、特に考えることもなく魔力操作を行えるのだが、魔法というものをつい昨日知った僕たちには至難の技だった。
とうとう昼休憩の12時になっても僕は魔力操作を習得できなかった。他にも何人か習得できていないクラスメイトはいたけど、大抵の人は昼までには習得できていた。ちなみに一番乗りは当然ながら佑哉だ。
「まあ、まだ始まったばかりだ。気にしすぎというのも良くない。ゆっくり自分のペースでやればいいさ」
エルガーさんは魔力操作を習得できなかった僕たちにそう言ってくれた。なんとも心に染みる言葉だった。
昼休憩の時間にお昼ご飯を食べるため、僕は佑哉と食堂に向かっていた……のだが、その光景を見たクラスメイトが俺も私も、と続々と集まった結果、全員で食堂に入ることになった。
「……なんかごめんな、紘太。二人で食べに行こうって話してたのに」
「ううん、僕はいいよ。ほら、ご飯はみんなで食べた方が美味しいって言うじゃん!」
「紘太……。そうだな。悪かった、変なこと言って」
「いいよ、気にしないで」
結果的に三十八人という大所帯でお昼ご飯を食べることになったが、食堂で働く料理人のボロさん(男)は何故かとても嬉しそうだった。本人曰く、「若いっていいね!」だそうだ。ボロさんも見た目二十代後半なので、そこまで歳は違わない気がするのだが……。
お昼ご飯を食べてからは武術訓練が始まるまで魔力操作の練習を行うことにした。最初は一人で黙々と行っていたのだが、途中から彩がやって来て魔力操作のやり方を丁寧に教えてくれた。でも、なかなか習得することが出来ずにいた。
「ごめんね、彩。全然ダメダメで。やっぱ僕には才能が無いのかな」
「……紘太くんはさ、自分には何も才能が無いって思ってる?」
「え?」
ふいに聞かれた質問に僕は戸惑ってしまった。もちろん、急に聞かれたからというのもそうだけど、あまりにもその質問が的を射ていたからだ。
実際、僕は自分に才能があるなんて感じたことがなかった。その理由は単純明快。すぐそばに才能の塊みたいな奴がいたからだ。何をやってもすぐに上達し、誰からも好かれ、誰に対しても分け隔てなく接する。
僕はそんな佑哉に嫉妬したことがないと言えば嘘になる。でも、それ以上に僕は佑哉を尊敬していた。
佑哉は才能の塊だが、それ以上に努力の天才でもあった。僕は佑哉が努力する姿を誰よりも見てきた。だからこそ、僕はこの世界で誰よりも佑哉を尊敬している。
結局のところ、そんな姿を長年見てたら自分に才能があるなんて思えないってことだ。
「そうだね。僕には才能なんて無いよ」
「やっぱり紘太くんはそう思ってるんだね」
「う、うん」
「私はね、昔から紘太くんと佑哉くんを見てきて、ずっと思ってたことがあるの」
「うん……」
「佑哉くんは何でも出来て凄いと思う。あんな人、他にはいないから。でも私はそれ以上に紘太くんのことを凄いと思ってるんだ」
「え……?」
「紘太くんはどんな時でも他人のことを一番に考えてるって私は思ってるの。紘太くんに自覚があるかは分からないけど、私は知ってる。君の優しい心を」
「でも、それは佑哉も同じで……」
「もう!すぐ佑哉くんと比べるの禁止!」
彩は顔をグッと近づけながら人差し指を立ててそう言った。が、すぐに下を俯きながら後ろに下がった。
「と、とにかく!紘太くんは紘太くんだから、佑哉くんと比べる必要はないの。だから、自分を僻まないで……ね?」
「う、うん、分かったよ」
「……それに佑哉くんは……」
「ん?今、何か言った?」
「う、ううん、なんでもない」
「おーい!二人とも、何してるんだー?」
彩の微妙な態度を不思議に思っていると、佑哉が僕たちの元にやってきた。
「ちょっと僕の魔力操作の練習に付き合ってもらってたんだよ」
「そうなのか。俺に言ってくれたら全然教えたのに」
「ありがとね、佑哉」
それから佑哉と彩の二人に魔力操作のコツなどを教えてもらって、ようやく何となくの感覚を掴めてきた時、ちょうどいい時間になったので修練場へと向かった。次は武術訓練だ。
◇◇◇
「いきます!」
「ああ、来い!」
僕は勢いよく駆け出す。僕の前には綺麗なブロンドヘアを後ろで束ねた、とても美人な女性がいる。彼女はレイティア=グラネットさんと言って、王国騎士団の第一部隊の隊長を務めている。
今、僕は彼女に体術を教えてもらっている。異性に教えてもらうのは体と体の密着もあり気恥ずかしいのだが、人数の関係上、仕方のないことらしい。それにしてもなんで僕なんだ……。
そんな訳で、少し前から『私から一本取れ!!』という無茶振りを言われ試行錯誤しながら頑張っているが、本職の人に勝てるはずもなく、ポンポンッとボールのように投げ飛ばされている。おかげで受け身だけは上手くなった。
「おりゃぁぁぁぁ!!」
「甘いッッ!」
今回は敢えての正面突破を敢行したけど、ものの見事に後方に吹っ飛ばされてしまった。頭と足が逆向きになるのはこれで何度目だろうか。
「あ、危ないッ!!」
レイティアさんの声が聞こえたと思ったら、頭にものすごい衝撃が走り、僕は意識を失った。
次に目が覚めた時、僕はベッドの上にいた。一瞬、自分の部屋かとも思ったが、周りの様子からしてここは医務室のような場所だろう。部屋の棚の中には薬品や医療器具のようなものが置いてある。
そして傍らにはレイティアさんが椅子に座りながら、自分の腕をベッドに置き、それを枕がわりにして寝ている。おそらく看病をしてくれたのだろう。
すると、レイティアさんも目覚めた。まだ寝ぼけているのか、目がトロンとしている。が、すぐにキリッとした表情に戻った。
「紘太!すまない!私は少々はしゃぎ過ぎてしまった。まさか壁まで君を吹っ飛ばしてしまうとは……。本当にすまない。この通りだ」
レイティアさんは深々と頭を下げている。彼女なりの誠意ということだろうか。
「いえ、僕は大丈夫ですよ。だから気にしないでください」
まあ、レイティアさんもわざとやった訳ではないことくらい分かっているから、特に気にしていない。頭の痛みだってすぐに治るだろう。
「紘太……。本当にすまなかったな。……明日からはおそらく君の担当が変わるだろう。新しい人ならきっと君を強くしてくれるはずだ。明日からも頑張ってほしい」
レイティアさんは悲しげな笑顔でそう言った。だが、分からないことが一つある。
「なんで担当が変わるんですか?」
「私がそう決めたんだ。教育係として教え子を怪我させるなど言語道断だ。君もそう思うだろ?」
「いえ、全然」
「え?」
「たった一度の失敗ですよ?別に気にすることないです。僕が死んだ訳でもあるまいし……。気にするだけ無駄ですよ」
「ほ、本当に私が教育係でもいいのか……?私はまた失敗するかもしれないぞ?」
「構いません。明日からもよろしくお願いします」
僕の言葉を聞くと、レイティアさんは満面の笑みを浮かべた。その様子はまるで無邪気な子供のようで、レイティアさんの大人びた雰囲気とのギャップもあり、とても可愛らしく見えた。
「ふふ、嬉しいよ。ありがとう、紘太。こちらこそ、よろしく頼むよ」
「はい!」
現在の時間は午後六時で訓練ももう終わっている。今の時間はおそらく食堂にいるとのことなので、僕とレイティアさんは一緒に食堂へと向かった。
食堂に着くと、レイティアさんが言ってた通り、みんなは夕食を食べていた。僕は休み明けの教室に入るような微妙な気まずさを感じながら、みんなの元へ歩いていく。
すると、いち早く僕を見つけた彩が何も言わずに勢いよくその場に立ち上がった。
他のクラスメイトたちは急に立ち上がった彩に驚くも、すぐに彩の目線の先にいる僕の方を向いた。
「おぉー!紘太!大丈夫だったか!?」
「う、うん。ありがとう、佑哉。もう大丈夫だよ」
「そうか……。ま、無事で何よりだぜ!」
僕が近くの席に座ると、レイティアさんは用事があるとのことで食堂を出ていった。おそらく僕を送るためだけに食堂まで来てくれたのだろう。とても優しい人だと改めて思った。
「よっす〜、天草くーん。怪我は平気かい?」
そんな軽い感じで話しかけてきたのはクラスのムードメーカー赤羽茉莉花だ。彼女はよくちょっかいをかけてくる。でも、本当に嫌なことはしてこないので中々憎めなかったりもする。
「うん。頭が少し切れてたみたいだけど、血はもう止まってるから平気だよ」
「そっか〜。まあ、大事に至らなくて良かった良かった。不幸中の幸いってところかな?」
「うん、本当にそうだよ」
「ま、これからも気をつけて。命は一つしかないんだから」
「少し大袈裟な気もするけど……気をつけるよ」
「うん!それで良し。じゃ、お大事にね」
赤羽さんは手をヒラヒラと振りながら、自分の座っていた席へと戻った。わざわざ労いの言葉を言いに来てくれるなんて、やはり赤羽さんは優しい人だ。
それから僕は夕飯を済ませて、自室へと戻った。エルガーさんへの報告はレイティアさんがしておいてくれるそうなので、今日はもう休むだけでいいのだ。
僕はベッドに寝転び、今日一日を振り返る。そうすると、今日一日はロクな訓練になっていないことに気づいた。
魔術訓練では魔力操作が出来ず、武術訓練では始まって少ししたらぶっ倒れる。自分でも苦笑いするほど何もしていない。
「はぁ……」
思っていたのと少し違う異世界転移にガッカリしつつ、何か真の力的なものに目覚めないかと考えながら眠りについた。
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