旭光の勇者と宵闇の勇者
僕は「はい」と言って、部屋の扉を開ける。そこには先刻約束した通り、グレイスさんがいた。僕に話があるということだが、一体何なのだろうか。
「紘太様、約束通り、お話に参りました」
グレイスさんはそう言うと、部屋の中に入ってきて、そのままベッドの上に座った。そして、ここに座れと言わんばかりに、自分の隣をポンポンと叩く。
僕は少し渋ったけど、こっちを向く彼女の笑顔がなんだか怖くて仕方なく座ることにした。
「それで、話ってなんですか?」
僕からグレイスさんに話を切り出す。グレイスさんは少し俯きながら話を始める。
「お話ししにきたのは紘太様のジョブについてです」
「ジョブって《デバフ使い》のことですか?」
「はい、これは忠告……いえ、お願いと言いましょうか。どうか、紘太様のジョブが《デバフ使い》ということを他の誰にも言わないようにしてほしいのです」
「え?な、なんでですか?」
「デバフというのは魔族が使うとされる魔法なのです。当然、人族の中に使える者はおりません。もしかしたら紘太様が魔族と関係があると思われてしまうかもしれません。私はそんなことはないと信じております。ですが、この国の人間が皆そうとも限らないのです。だから、念のため……」
彼女は真剣そうに、それでいてどこか哀しそうにそう話した。
(うーん、たしかにその話が本当なら厄介そうだな……。彼女の声音からも嘘を言っているとは思えないし……。ひとまずは従ってみようかな)
「分かりました。このことはなるべく人には話さないようにします」
「本当ですか!?それはよかったです!」
「あ、でも明日から魔法の訓練があるって聞いたんですけど、その時はどうすれば……?」
「それなら多分大丈夫です。おそらく訓練では魔力操作しかやりませんから」
「魔力操作だけなんですか?」
「はい、魔力の操作を覚えれば、後は詠唱をするだけで魔法を発動することが出来ますので。あ、でもステータスに書いてあるものしか発動できないので、そこは気をつけてください」
詠唱……だと!?それってファンタジー漫画やバトル漫画でよくあるアレか!?だとしたら、なかなかの神展開では!?
「……えっと、紘太様?」
「あ、ごめんなさい。つい、うっかりボーッとしてました……!?」
そう言い終わった時、部屋の入り口の方で小さい物音がした。耳がいい僕だからこそ聞こえるほどの音だ。
僕はバッと立ち上がり、入り口の方へと走っていく。そして勢いよく扉を開けて外を確認するが誰もいない。ただの気のせいなのか?いや、そんなはずは……。
「どうかされたのですか?先程からご様子が少しおかしいような……」
「い、いえ、気のせいだったみたいです!」
「そうですか……。なら次は昔話をしましょう」
「昔話ですか?」
どちらにせよ確認のしようがないので、僕はまたベッドの上に戻る。すると、グレイスさんは深呼吸を一度してから話し始める。
「これは私が昔に一度だけ祖父から聞いた話です。普段は明るい祖父が悲しそうな顔をしながら話していたので、今でもその時の様子を鮮明に覚えています」
なぜか周りがやけにシンとしている。部屋の壁掛け時計のカチカチッという音が普段よりも大きく聞こえる。
「数百年前にも、世界は今と同じような状況になっていました。魔族が他の種族を蹂躙し、特に人族は魔族にとっての格好の的となっていたそうです。その状況に耐えかねた人族のある国の国王が勇者召喚の儀を行い、二人の勇者様を召喚しました」
「……」
僕はその話を食い入るように聞く。何か人ごととは思えないような気がしたからだ。それにしても二人とは……。僕らって実は多かったんだな。
「勇者様は一人は男性でもう一人は女性だったそうです。彼らは圧倒的なその力で襲撃する魔族を撃退し、尚且つ魔族をほぼ壊滅状態まで追い込んだそうです。その功績を称えて、人族は彼らをその見た目と使う技から旭光の勇者、宵闇の勇者と呼んだそうです。こうして人族には平穏が訪れた……と、ここまでが私が聞いた話です」
「状況は……まるっきり今と同じですね。違うところと言えば、勇者の人数でしょうか。昔の勇者は二人、対して僕らは三十八人です。いくらなんでも違いすぎるというか……一体召喚人数はどうやって決めてるんでしょうか?」
「そこはすみませんが、私たちにも説明できません。あくまで勇者召喚の儀は異世界から勇者様を召喚するという魔法であって、細かなことは決めれないのです」
ふむふむ、話を聞く限りでは何か法則性がありそうだな。二人と三十八人という人数比にはどこかに必ず違いがあるはずだ。たとえば、僕らの個人の能力は二人の勇者の個人の能力よりも弱いとか……。
「わざわざ教えていただきありがとうございます。あ、でもなんで僕だけに話したんですか?」
僕は素直に疑問に思ったことを話す。その時、グレイスさんの顔が少し赤らんだような気がした。
その瞬間を目撃した僕にある考えがよぎる。
まさか、グレイスさんは僕のことを……?
答えを聞いてすらないのに、何故かソワソワしてしまう。まあ、健全な男子高校生なら誰もがソワソワしてしまうだろう。なんせこんな美人が自分を見て顔を赤らめているのだから。
そして、グレイスさんはゆっくりと口を開けた。僕のソワソワも最高潮に達する。
「実は……」
僕が唾を飲む音がやけに大きく聞こえる。まさか異世界に来て、初めて告白されるとは……。
「宵闇の勇者様のジョブは《デバフ使い》だったそうなんです。それでもしかしたら紘太様と何か関わりがあるのではと思い、ひとまず紘太様だけに話すことにしたんです」
うん!ですよねッッ!!まさか、こんな美人な人が僕に恋心を、それもたった一日で抱くはずないですよね!分かってましたよ、そんなおいしい話無いってこと。
そう思うが、ショックが隠せない。もちろん、顔には出さないが。
「そうだったんですね。あ、でもそれなら宵闇の勇者さんも《デバフ使い》だということを無闇には話してなかったんでしょうか?そこら辺、気になりますね」
「確かに……そう言われればそうですね……。少し調べてみます」
「分かりました、なら僕も《デバフ使い》について色々試してみようと思います」
「はい!是非お願いします!」
グレイスさんは満面の笑みでそう言った。その顔に少し見惚れるが、すぐに我を取り戻す。
「それでは私はこの辺で失礼します。あと30分ほどで夕食の準備が整うと思うので、そうしたら大広間の方へお集まりください」
「はい、分かりました」
それだけ伝えると、グレイスさんは部屋から出て行こうとした。その時、何故かパッと後ろを振り返った。
「紘太様、私も一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
「え、あ、はい。なんですか?」
「先ほど、妙にソワソワされていた気がしたのですが、どうかされましたか?」
その言葉を聞いた瞬間に背筋が凍るような感じがした。まさかソワソワ姿を見られていたとは夢にも思ってなかったので、不意打ちを食らった感じになったのだ。
「い、いや、別になんでもないですよ?」
少ししどろもどろになりつつも、しっかりとそう返す。我ながらあっぱれだ。
グレイスさんは「ふーん」と言いながら、ジト目で僕を見てくる。だが、すぐに笑顔に戻り、「そうですか」とだけ言って部屋を出ていった。
それにしても、まさかグレイスさんは僕の考えていたことがお見通しだったとでも言うのか?というぐらい的確に質問してきた。これが女性の勘というやつなのだろうか。これからは気を付けないと……。
◇◇◇
大体30分くらい経ってから大広間へと向かった。普段の食事は食堂で済ませるらしいが、今日は僕たち勇者が来たこともあって、大広間で歓迎パーティーを行うらしい。
大広間には既に大勢の人がいた。どうやらこの国の貴族たちも参加しているらしく、煌びやかな服を着た中年の男性や華やかなドレスを着た女性がグラスに注がれたシャンパンを飲みながら談笑している。
そこになんとも場違いな紺色のブレザーを着た僕がいる。周りから痛いほど見られるが、その表情から僕が勇者の一人であることに気付いてることが分かった。
(あぁ、早く誰か来てくれ〜!)
そう思ったのは今が初めてかもしれない。
それからクラスメイトが数人ずつ大広間にやってきた。一人で来たのは僕だけみたいだ。決してぼっちという訳ではない。
「お、紘太!早いな。もういたのか」
そう言いながらこっちに駆け寄ってきたのは佑哉だ。なぜか目をキラキラと輝かせている。
「うん、ちょっとね。それより佑哉はなんでそんなに目をキラキラとさせてるの?」
「いや〜、こんな場所に来て目を輝かせない方がおかしいだろ!テンション上がるよな〜!」
「う、うん、そうだね……」
やばい、全然分からない。まったくテンション上がらないんだけど……。
「佑哉ー!!お前、ここの飯食ったか?やべえくらい美味いぞ!!」
そう言いながら佑哉の肩をバシッと叩くのは、佑哉と同じサッカー部の中川正太郎だ。学校イチの大食いで学校周辺の飲食店の大食いメニューは全部平らげたという噂だ。
「ああ、正太郎。今から食べるよ」
「絶対食べろよ?天草も食った方がいいぞ!」
「う、うん。そうするよ」
中川君はそう言うと取り皿に大量に乗せた食事を頬張りながら、どこかへと歩いていった。おそらくまだ食べ物を取りに行くつもりなのだろう。さすが、というべきなのかな?
佑哉は僕に「また後でな」とだけ言うと、中川君の元に走っていった。佑哉も料理が気になったのだろうか。……うん、たしかに美味しそうだ。
「あ、天草君……!」
誰かに呼ばれて後ろを振り返る。そこには制服を着た随分小柄な女子がいた。彼女は日ノ原里佳。図書委員を務めていて、僕もよく図書室を利用するので話す機会は多い。クラスの中では佑哉、彩の次によく話す人でもある。
「日ノ原さん、どうしたの?」
「あ、えっと、大丈夫?」
「大丈夫って……ああ、大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて」
「う、ううん。大丈夫ならいいんだよ。……はぁ」
日ノ原さんはそれだけ言うとタタタッとどこかへ行ってしまった。その姿はさながらリスのようだった。思えば、日ノ原さんには小動物的な可愛さがある。向こうにいた頃からその姿によく癒されたものだ。
ちなみに日ノ原さんがなぜ心配してくれたかというと、前に図書館で人混みに酔ったことがあると話したからだと思う。今も周りには大勢の人がいるので大丈夫なのだろうかと思ってくれたのだろう。なんて優しい子なのだろう。
それから僕はただ純粋に食事を楽しんだ。中川君の言う通り、ここの料理はどれもとても美味しく、いくらでも食べられそうなくらいだった。
時々、佑哉が貴族のご令嬢らしき人たちに囲まれる姿やグレイスさんがチラリチラリとこちらを度々見ているような姿が目に入るが、まあ今は華麗にスルーして食事を楽しんだ。佑哉が女性に囲まれるのなんていつものことだし、グレイスさんの件に関しては思い違いの可能性が高い。よってスルーがマストだ。
それから1時間くらいしてから、僕は満腹になったので部屋に戻ることにした。別にずっといる必要はないし、特に貴族の人たちにも話しかけられるような雰囲気は感じ取れないので帰ることにしたのだ。
部屋に帰る途中で、廊下の窓から赤い光が差し込むのが見えた。どうやらこの世界の月は赤い色をしているらしい。その月はとても神秘的で、僕は心と目を奪われた。
案外異世界も悪くないのかもしれない。
そんな心が芽生えた夜だった。
もし、何かおかしな点があったら教えていただけると幸いです。なかなか自分では気づきにくいこともありますので。