表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

100点満点中の101点

作者: Tommy

この学校では100点が当たり前。エリート中のエリートが集まる私立の高等学校。大企業の子孫とか官僚の息子という訳ではない。ここは学校で圧倒的な成績を修めた学生が集まる場所。その学生には条件がある。それはテストでオール100点の子供である。中学校3年間だけではない。小学校6年間も含む9年間のテスト全てである。それは常軌を逸している。あり得ない確率。しかし、全国各地には現れる。100年に1度の天才。生まれ持った鬼才。何をやってもズバ抜ける。ゆえにみな退屈な人生を歩む。この学校にやって来る学生は決まって同じことを言う。「どうせ分かりきってることさ。」学校生活での勝利は決まっている子供たち。しかし、未来の世界を背負うであろう子供たち。そんなエリート中のエリートを正しく”競う”という強烈な学びを与える場所。それがこの学校。


私は幼い頃から天才少女として生きてきた。スポーツ万能。何でも一度聞いたら忘れない。論理的に分析して答えを瞬時に出せる。目の前の動きから未来を100通り考えて最適解で動く。そんな何でもできる私のIQは200。しかし私にも得られないものがあった。それは天才が天才を超え、この世界の知性の頂点を目指すこと。これだけはいくら考えても当時はできなかった。だから私はこの学校を作った。私が本気を出せばいくらでもお金は捻出できる。そして全世界の最新設備を備えた100人が入れる最先端の学校を作った。私はやると決めたことは法律を書き換えてでもやる。この場所は太平洋のど真ん中。どこの国にも干渉されない人工島。移動はジェット機でひとっ飛び。私は全国各地から集まった5人の天才を迎え、一週間教育した。だけどはっきり言って平凡過ぎてつまらない。世界的に見れば面白いのかもしれないが……


1日目。知識の授業は常に論点の確信をついてくる。この生徒たちの質問は大学教授でも答えられない。歴史の矛盾、社会の抜け道は生徒たちによって顕になった。外国語はどんな言葉も法則を見つけだしマスター。授業の最後には世界各地の言葉を比べ、言葉で表現できない感情があると各国に論文を書いた。新語の誕生である。


2日目。数学会の難問を次々と解き明かす。賞金が掛けられた不屈の問題は遂に答えが明らかになった。今頃、数学会は正解の証明で大忙しだろう。科学では分子や原子の合成はお手のもの。生徒たちは世界中の難病に対する新薬を開発し続けた。もしかしたら病気というもの自体を解明できるかもしれない。


3日目。SF小説を書かせれば数々の巨匠を唸らせる。度肝を抜く伏線の回収に覇気の弱い小説家たちは筆を置いたという。抽象画を描けばオークションで100億円の値がついた。私は順列をつけてみようと価格をバラけさせようとしたが各国の偉い人に「この絵に順列をつけることは許されない。」という法律を作られた。


4日目。将棋で競わせてみた。先手が勝った。囲碁もチェスも同様に先手が必ず勝った。運が絡むゲームをさせれば勝敗はバラけるが、その界隈のプロの店からは出禁になってしまった。電化製品や日用品などの括りを与えて新商品を開発させた。すると大手メーカーに「それだけは売り出すのを止めてくれ。」と言われて闇に葬らなければならなくなった。


5日目。テレビのクイズ番組に出演する。当然の大活躍。しかし、理由は分からないが放送されることは無かった。一流企業の1日体験業務をやらせる。業務の非効率分野の特定。効率化による労働人員の削減。今後の戦略方針などの指摘を行った。これでこの会社は大成功するだろう。しかし帰り際、社員全員から睨まれる。何か悪いことをしただろうか。


そんな一週間を過ごしてみた。その結果はやはり凡夫である。もっとこの生徒たちを成長させる分野はないだろうか。今のままでは全然ダメ。私は教育者としてありとあらゆる教育方法を模索してきた。運動の分野なら競争できる。しかし、それでは天才的な頭脳を活かせない。私は運動を適度にさせたがそこに重点を置かないことにした。


次の日。海外の人の全くいないジャングルに放置して学校に帰ってくる授業を行った。すると、数時間の内に各地のお見上げを大量に持って帰ってきた。流石は天才高校生だ。もはや、この生徒たちにとって地球上は遊び場なのかもしれない。全く持ってつまらない。しかし、ある閃きが浮かんだ。それはそのお見上げに点数をつけて順列を与えること。お見上げの趣味が私の趣味に合っているかの採点。当然今回は全員赤点である。これには生徒たちの不満が爆発した。論理的に配点の方法を求められる。しかしそれは私の趣味であって答えは無い。生徒たちは強い劣等感を覚えたようだ。この生徒たちが本気になって抗議を行えば流石に私も負けるかもしれない。だが、ここは私の作った学校なのだ。私がルールを作る。生徒たちは直ぐに気持ちを切り替えて私の趣味趣向を分析し出す。私に大量の質問をしてくる。頭の中の論理パズルを埋めるような確信をついた質問。私はそのマシンガンのような質問の雨に一切答えない。これまでの私の発言と自分たちのお見上げを見て全てを考察させることにした。


次の日もその次の日も授業とは別に生徒たちは私にプレゼントをしてくるようになった。授業では3桁の点数しか取らない。しかし、私に対するプレゼントには2桁の点数がある。生まれて初めての強烈な敗北感。生徒たちは熱中してプレゼントを吟味していた。きっと頭の中の論理パズルは完成間近である。高価な物がいい訳ではない。可愛い物がいい訳ではない。シンプルな物がいい訳ではない。カッコイイものは少し評価される。四角よりは丸。赤よりはピンク。実際の生き物よりは架空の生き物。ブランドよりも手作り。そんなことを生徒たちは思っているのだろう。


一週間が経ったある日。私は驚いた。5人の生徒たちのプレゼントがほぼ一致したのだ。プレゼントの数。色味。形状。大きさ。造形の難易度。細かく見れば確かに違う。しかし、これが同じ売り物コーナーに置かれていれば同じ扱いを受けるだろう。私は採点に困った。すべて私の趣味を的確に捉えている。90点台は確定。ここでそれよりも低い点数をつければ過去のプレゼントとの差異で論理的に私は矛盾を指摘されるだろう。生徒たちの頭には漏れなくその知見がある。点数は拮抗した。95点まで付けざるを得ない。あと一週間で100点を取られることが確定した。


そして一週間後。100点である。人間の適当な採点に対しても1から順番に特徴を見出して配点を分析する。この生徒たちは見事にそれをやってのけたのだ。私の趣向の理解。これが私の目標への第一歩。生徒たちは自分たちの力で気付かなければならない。そして私は次の計画に入った。


100点満点というのは人間が定めた括りである。100点以上はない。という勝手な先入観。それは人間の成長を止めている。生徒たちの才能を真に向上させる方法。それは100点のその先にある。私の趣向を理解させ、満点の先を考えられる人間。私が求める人間はそんな存在である。


学校の設立から1ヶ月が経った。この学校の生徒たちは私から100点を取った達成感に浸っていた。その経験からみんな仲良くなれたようだ。しかし、私はホームルームで生徒たちに告げる。「生温いわね。100点なんて当たり前です。そこでこの学校に新しいルールを設けます。」生徒たちはざわざわし始めた。何が始まるのか気になる様子。だが生徒たちはまた同じ言葉をボソリと吐く。「どうせ分かりきってることさ。」生徒たちは自分たちが満点を取れることに絶対の自身がある。私はそんな生徒たちに告げる。「これからこの学校では101点をありとします。」


その瞬間。生徒たちの目線は一斉に私に向いた。「先生。意味が分かりません。」せっかちなセリムが話に割って入ってきた。私はまぁまぁとセリムを手で抑えた。「あなた達にとって100点を取ることは当たり前ですよねセリム君。だから常に正解のその先を考えてもらいます。その1点は自分たちで見つけてください。」せっかちなセリムは席に座り直した。しかし、お節介のオサムは首を傾げる。「その1点を取ると何かあるんですか?」私は首をゆっくりと縦に振った。「いい質問ですねオサム君。逆に何があると思いますか?」私は質問を返した。すると閃いたような顔をした一人の生徒がいた。ちゃっかり者のチアキだ。チアキは口を開く。「分かりました。優劣をつけるってことですよね。私達は授業で100点しか取らない。だから授業以外で採点する。そうでしょ?この私の発言は101点ですか?」


私は手を叩いて賞賛した。「流石はチアキちゃんね。その通り。だけど101点ではないわ。」すると引っ込み思案なヒロシはボソボソと言った。「チアキの意見は正解だから100点だけどその先の1点には到達してないよ。」「ちぇー。」チアキは口を尖らせた。「その通りよヒロシ君。101点を取るのは難しいわ。じゃあヒントを教えてあげる。それは”予測”よ。」生徒たちは渋い顔を浮かべ、顔を見合わせた。するといつも冷静なワタルが重い口を開いた。「理解した。つまりこういう事だろ。」ワタルは教卓に歩き出す。そして一枚の紙を私に手渡した。それを見て私は驚く。「流石はワタル君ね。101点よ。だけど……この紙の内容は秘密よ。」ワタルは満足気に席に戻る。「えー。ナニナニ。教えてよ。」チアキはワタルに話しかける。「聞いてただろ。秘密だ。」「ちぇー。」チアキはまた口を尖らせた。


次の授業の時間。私は点数の無い分野の授業を行った。それは哲学。生徒たちに死について問い掛けをした。「今日は死について考えてみましょう。」生徒たちは興味なさそうにしている。せっかちなセリムは口を開く。「先生。そのことについて考えて何か得するんですか?どうせ、死とは無ですよ。」私は話を続けた。「セリム君。死は無とは限りません。こう考えてください。人生の到達点だと。」お節介のオサムは質問した。「まだ僕たちの人生は長いですよ。」私は答える。「そうですねオサム君。だけど、こんな事を考えたことはありますか?あなたが死んだ時、あなたは世の中で”何と”呼ばれたいですか?それこそが人生の目標です。今日はそれを考えてみましょう。これはとても大切な授業です。」生徒たちは静かに考え出した。


何をしても上手くいく天才たち。これからどの分野に進んでも世界を大きく変える力がある。医学を選べば何千もの人々を救える。環境保護を選べば地球は大きく改善される。科学の道を選べば人類はさらに進化するでしょう。しかし、本能的に何をしたいかは別。それは大人が勝手に決めるものではない。未来は生徒たちの手で切り開くもの。っと私は過去の失敗から理解している。


生徒たちは素直に自分の死んだ時のことを頭の中で思い浮かべた。そして自分の人生を考えた。数時間の熟考の末、それぞれが一つの人生の目標を考え出した。せっかちなセリムは「宇宙の解明。」ちゃっかり者のチアキは「医療の発展。」引っ込み思案のヒロシは「世界格差の解消。」お節介のオサムは「地球環境の改善。」それぞれの生徒は最高の人生の目標を見つけだした。人間とは生まれ持って世の中の役に立ちたいと思う生き物なのかもしれない。ただ一人を除いて。


それはいつも冷静なワタルである。ワタルが導き出した答え。それは他を逸していた。最高と言うべきか最低というべきか。私は言葉を失った。こんな考えの人間が現れるなんて思いもしなかった。しかし私の生徒。大人が勝手に決めつけてはいけない。良し悪しは別にして認めなければならない。そしてこの決断が”次の今”を変えることになるかもしれない。「俺は……を作るよ。」何故か私はそれを聞き取ることがことができなかった。


その授業の後、生徒たちの目付きが変わった。生徒たちの理想の現実。私は生徒たちに全面的に協力した。教えることは考えるというやり方だけ。今回こそは実現させる。その素質は既に備わっている。私は導くだけ。そう心に決意した。私はそれぞれの分野の教育を開始した。それぞれの生徒がこの学校を卒業した後、世の中を変えるべく歩き出す。必ずやり遂げると信じて。


宇宙の授業。惑星や星座の観測。生徒たちは次々と宇宙を解明していく。暗黒物質という未知の物体。その隠された位置を次々と特定した。私は言う。「みんな素晴らしいわ。100点ね。」引っ込み思案のヒロシは少し気に入らない様子。「あのー。今回からは101点もあり得るんですよね。」私は答える。「その通りよヒロシ君。」お節介なオサムは茶化す。「そんな簡単に101点は出せないぜ。」しかし、宇宙の解明を人生の目標にしているセリムが答えた。「暗黒物質のこの配列から推察するとオリオン座はいずれ消滅する。」私はシュミレーターにデータを打ち込んだ。するとその可能性は高いことが判明した。星座の消滅による地球への影響……「セリム君。101点。」生徒たちの目はキョトンとした。何となく101点の条件を理解した様子。


医療の授業。新薬をどんどん提案していく。この学校のシュミレーターは現在の病気をバーチャルで再現できる。生徒たちはウイルスの脆弱性を特定した。もう100点というコメントは愚問。言わなくてもみんな理解している。生徒たちが目指すのは101点のみ。せっかちなセリムは答える。「塩化カリウムと臭素を混ぜることでこのウイルスを押さえ込めます。」私はそれに返答した。「素晴らしい大発見ねセリム君。だけどそれでは100点なの。」セリムはがっかりした表情を浮かべる。それを見ていた医者志望のチアキは言う。「先生。南アフリカで象が感染してるウイルスは人間に感染する可能性が高いです。」私はすぐにそのウイルスの核を分析にかける。確かに感染の可能性は否定できない。「流石はチアキちゃんね。101点です。」「やったー!」嬉しそうにチアキは笑みを溢した。その授業の後、ワタルと教室で話した。「……」「その通りね。101点よ。明日、私は学校を休みます。みんなに自習だと伝えて。」次の日、私は現地に向かいウイルスの除去を行い世界を救った。


貧富の格差の授業。社会問題や宗教問題の確信をついた意見が飛び交う。いつも冷静なワタルが口を開く。「募金や支援によって瞬間的に格差を埋めても意味はない。格差を生み出す体制そのものを変えるために働ける工場を建てて働き口を作ろう。」そんな議論が進んだ。そして社会格差を無くすことが目標のヒロシが一つの結論を出した。「今の格差は社会の発展と隣合わせ。だから僕はその地域へバイパスを繋ぐことで解決できると思います。」私はその意見にとても共感した。しかし、求めているものとは少し違う。「素晴らしい意見ねヒロシ君。だけど残念ながらそれは100点の意見だわ。」「えー!未来の予測が101点の鍵じゃないの?」お節介のオサムは声を上げる。「残念。そうじゃないわ。」生徒たちはキョトンとした顔を浮かべた。


環境保護の授業。有害物質の影響や環境対策の根底から議論していく。それはまるで全世界の首相が語っているかのような議論となった。この授業は全世界の経済事情を把握していなければ議論できない。その白熱した議論をまとめたのは環境改善を人生の目標としているオサムだった。「俺はこう考える。自然エネルギーの発電装置の低コスト化が全世界の第一優先だ。」私はその意見に賛成した。「素晴らしいわねオサム君。私もその意見に賛成よ。次はどうやって実現するかね。」「はい、はーい。」チアキは手を上げた。「リチウム鉱山を作ればいいと思いまーす。」オサムはチアキに言う。「それじゃあ環境破壊だよ。」「ちぇー。」チアキは口を尖らせた。その後のオサムの熱意は凄まじく新たな発明の直前まで議論は進んだ。しかし、それでは100点を超えることはできない。私が求めている101点とは違う。授業の終わりにワタルだけは教室に残り私に耳打ちした。「ワタル君あなたはすべて理解してるのね。101点よ。」


そして何百何千もの議論と講義の末、生徒たちは自分の人生の目標に近づいていった。そして3年の歳月はあっという間に過ぎ去った。もう生徒たちは立派な社会人である。授業の中で目標となる会社との契約を取った。そして新しい会社を立ち上げ、その社長となる決意を全員固めている。


「あっという間だったわね。」今日はこの高校の卒業式。数千万の大手メーカーの社長。名だたる国のトップ。有名な投資家たちは学校の外に集結した。毎回卒業した瞬間、生徒たちにコネを作ろうと押しかける。なぜならこの生徒たちを獲得したメーカーの成功は約束されるからだ。自身の利益しか求めない醜い人間たち。学校には決して入れる気はない。それに今回は対策もしてある。


卒業式は淡々と進行する。流石は天才たち。感極まって泣きだしたりしない。既に人生の次のステップを見据えているようだ。天才の生徒たちによる議論ほど有意義なものはない。それを社会に出て初めて知ることになるだろう。私はチアキを抱きしめ卒業式を終えた。生徒たちは学校の外に出る。そして群衆の前で頭の後ろのスイッチを切る。その瞬間。5体の体は地面に崩れ落ちる。周辺を囲む群衆は驚きを隠せない。ざわざわ。ざわざわ。私は混沌とした群衆に向けて叫ぶ。「ここに生徒たちはいません。これは遠隔操作のアンドロイドです。生徒たちはすでにそれぞれの人生を歩んでいます。この時間も生徒たちは進んでいるのです。大人が勝手に他人の人生を決めてはなりません。この学校は意志を尊重するところなのです。」群衆はそれを聞くと肩を落とした。抗議などはできない。勝手に集まってきただけなのだから。あっさりした卒業式だった。しかし私の役目はこれからだ。セリムとチアキとオサムには期待できる。宇宙からの危機。病原体の危機。地球環境の危機は問題なさそう。ヒロシは少し趣向が違ったようだ。戦争の危機を食い止めてくれることを願うばかりだ。


ーー


10年後。今や生徒たちは世の中のあらゆる分野で活躍している。宇宙は隅々まで解明され新しい惑星が次々に発見された。医療の進歩によって病気は瞬時に治療された。そのおかげもあって今の人類の平均寿命は101歳。さらに貧富の格差も地球環境も大きく改善した。私の生徒は地球上に名を残す偉大な存在となった。私は誇らしく思う。そして今回はただの100点の生徒ではないことを祈る。


ゴゴゴゴゴ。ついにこの日がやって来た。また私は思い知らされるのだろう。どれだけ人生の100点を叩き出そうと。どれだけ世界を発展させようと。無意味だということに。今回も地殻変動による崩壊から始まる。私は天才たちの力によって地盤の変動を100点の論理で解決している。しかし違う崩壊はやってくる。これはそういう定め。だけどここからが本番。私は先手を打った。地球を”何か”から救うということに対してのこれが私の101点。あとは生徒たち次第。


ゴゴゴゴゴ。ゴゴ…地殻変動は収まった。「次にやってくるのは何?」私は学校の中の技術スタッフ100人を携えて崩壊に備えた。必ず私の生徒たちなら異変にいち早く気付く。その発言を見逃さないのが先生としての私の役目。「来た!」セリムの通信。「気象衛星に不審な影があります。」オーストラリアの天体観測所からの信号。「セリム君。その影の軌道上に無人探査機を飛ばして!すぐよ。責任は私が取ります。」セリムは驚いた様子で通信した。「先生!?なぜここが…事情は分かりました。」「理解が早くて助かるわ。」これで隕石の軌道はズレる。少しの損失は仕方ない。崩壊さえしなければいい。


技術スタッフが声をあげる。「次の通信です。」「繋いで!」ガチャ。「中東アジアから急速に広がるウイルスがあります。」女性の声。これはチアキ。スイスの医療機関からの信号。私はすぐに話しかける。「チアキちゃん。そのウイルスを分析できる?」「先生!?はっはい。核となる原子は特定済みです。」「その抗体物質をすぐにオーストラリアの天体観測所に送って。」「わっ分かりました。」私は技術スタッフに抗体物質を撒きながら探査機に取り付けるように指示した。スイスとオーストラリアを結ぶ空路には中東がある。空から抗生物質を撒き、探査機の発射によってさらに広範囲に撒く作戦。


「次の通信です。」技術スタッフの声。私は耳を傾ける。「オゾン層の崩壊によって紫外線量が増加。」この声はオサム。ドイツの環境省からの信号。「オサム君。オゾン層の崩壊範囲はどこまで?」「その声は先生!?えーっと、北半球の35%です。」「まだ間に合う。紫外線カットシートを上空に配備して。ドローン1万台と航空機千台をこちらから手配するわ。」「分かりました。」その後も生徒たちからの通信は止むことがなかった。「流石は天才な生徒たちね。」いちいち説明しなくても事態を飲み込んでくれる。しかし技術スタッフの数はどんどん減ってゆく。世界各地からの危機の引き金となる通信は鳴り続けた。「まだ終わらないの?」世界の崩壊は免れている。だけどすでに地球の崩壊範囲は8割を超えていた。


「「「先生!!」」」生徒三人からの一斉の通信。「ハリケーンが…」「ウイルスが…」「汚染物質が…」私は対処に悩んだ。一瞬の判断が世界の崩壊に繋がる。技術スタッフの数は残り10人。一つの事象しか対処できない。「ここまでか…」私が諦めかけたその時。技術スタッフが大声をあげる。「新たな場所からの通信です。」「先生。ヒロシです。世界を救ってるのは先生ですよね?僕のバイパスを使ってください。全世界の地下にパイプを張り巡らせてあります。物質はそこから高速に供給できます。」私は頭をフル回転させた。「ありがとうヒロシ君。助かったわ。すぐに使わせてもらう。」私はそのパイプを駆使することで今起きているすべての崩壊に対処した。しかし疑問である。世界中にパイプを10年で……まぁいい。これで技術スタッフは全員使い尽くした。これ以上何か起これば終わり。私は願うように目を閉じた。


私のもくろみ通り生徒たちは世界で活躍して崩壊の探知をしてくれた。やはりこの未来が正しかったようね。私一人では限界がある。もう何度目の今日か数えるのはやめた。私の人生の一回目。私は天才的才能でタイムマシンを作った。そして過去に戻った。それが崩壊の発端。二回目の人生で私は異変に気付く。世界の進むべき未来が崩壊していることに。必ず崩壊する日。それは皮肉にもタイムマシンを完成させた日だったのである。この世の禁忌を冒した代償。その日から世界は崩壊というループを始めてしまった。私は何度も過去に戻り世界の崩壊を食い止めようとした。しかしその日を超えることはできなかった。前回は4人の天才を集めて同じことをやった。だが、生徒たちに崩壊を止めることを課題にした性で失敗した。すべてを知っている私が崩壊を食い止めるという目標を伝えるのでは駄目。それでは100点しか取れない。臨機応変に崩壊の側面を見て対処できることが必要だった。大人の勝手な決めつけはよくない。だけど今回は違う。生徒たちの人生の目標。それが世界を救う鍵だった。世界の本質への理解。未来の崩壊を予測するという101点の授業が役に立ったようね。


はっ。私は目を覚した。いつの間にか眠っていたようだ。周囲はとても静か。最新設備の電源は切れている。発電装置が壊れたようだ。技術スタッフも通信装置も音を出すものは何もない。私は学校の中を歩く。静かな教室。生徒たちの机。授業をしていた頃が懐かしい。崩壊は免れたようだ。コツコツ。誰かの足音。教室に近づいてくる。ガラガラガラ。扉が開く。そこには髪の長い男性の姿。「誰?」その男性は口を開く。「俺ですよ。」長い髪をかき上げ顔を見せる。「ワタル君!?」「ははは。分かりましたか。流石は先生だ。世界の崩壊を乗り越えたようですね。」ワタルは笑みを溢す。「ええ。そのようね。ワタル君はなぜここに?」「俺は先生に感謝しているんですよ。」「なぜ?」「だって天才だけの世界を作ってくれたんですからね。お忘れですか?俺の人生の目標は天才だけの世界を作ることですよ。」


私は思い出した。ワタルの狂気性。それは凡夫な人間を毛嫌いする思想。卒業式の日にアンドロイドのことを言い出したのもワタル。群衆のことを嫌ったのだろう。それなら…「これまでの崩壊はワタル君の仕業なの?」「いいや。それは違う。俺だけじゃない。」そう言うとワタルはいそいそと制御室に移動した。そしてマイクに向かって話す。「おい!いつまで黙ってるつもりだ。」通信装置から音が聞こえる。ガチャ。「ちぇー。バレちゃったか。」女性の声。チアキだ。チアキは続けて話す。「もう少しで先生に勝って世界を崩壊させられたのに何でワタルは協力してくれないの?」「ふん。俺は天才たちと議論がしたいんだ。この世界についての議論をな。」「ちぇー。ワタルだけ意見が違うんだもんなー。」私はその話しぶりに疑問を感じた。「チアキちゃんがこの崩壊を仕組んだの?」


通信装置は答える。「違いますよー。私達です。私達生徒5人が仕組みました。」「なんですって!?あんなにたくさんの仕掛けを5人で…」私は驚きを隠せなかった。「僕の力が大きい。世界にパイプを張り巡らせたんだ。何でも崩壊を引き起こせます。101点の活躍ですね。」その声はヒロシ。「いやいや、今回は隕石を誘導したんだよ。それに…」セリムの声。「おいおい。オゾン層を壊すのがどれほど…」オサムの声。「まぁ今回はワタルの番…」生徒たちは楽しそうに喧嘩する。私はすべて理解した。大きな過ちをおかしていたようだ。私の趣向の理解。私の”世界の崩壊を防ぐ”という人生の目標は理解されていた。しかし。


「だけど何でそんなことを?」私は肩を落として問いかける。するとワタルは私の肩に手を置いて言う。「俺たちの思いは入学から変わらない。”どうせ分かりきってることさ”俺たちにとってこの世界は常に退屈なんだよ。俺たちは世界を簡単に変えられる。だが、天才を教える天才。知性の頂点。その先生に勝つことこそ人生の目標なのさ。」私は走った。この未来はやり直さなければならない。学校に隠したタイムマシンに私は急ぐ。隠されたエレベーターに乗り込み、地下へ進む。この世界を最初からやり直さなければ。


チーン。エレベーターの扉が開く。するとそこには…男性4人と女性一人。「待ってたよ先生。」大人になった生徒たち。さっきまでみんな制御室で……ワタルは口を開く。「あのアンドロイドは良くできてるだろ。俺たちは全員ヒロシの作ったパイプを通って過去にここへ辿り着いた。」私はすべてに気付いて絶望した。「まさか…」ヒロシは口を開く。「先生。おかしいと思いませんでしたか?地下にあるタイムマシンは過去に戻っても無くならないことに。」私は言葉を失った。ヒロシは続ける。「ふふふ。気付いたようですね。この世界の地下は過去に戻っていないんです。僕はそれを利用してこの世界の地下にパイプを張り巡らせたのです。もちろんジャングルにもね。」チアキは私を指差して話す。「小中学校のテスト全てで100点を取れる子供がいるわけ無いでしょー。さぁ先生。もう一度。強くなってコンテニューね。次こそは101点の世界にしましょうよ。」私は圧倒的な敗北感に襲われながらタイムマシンを起動した。


ーおわりー

全世界を繋ぐパイプ早くできないかな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ