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汝、選ばれし者なり 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

「選ばれし者」。なんで俺たちは、この響きに思うところが多いんだろうな。

 大勢の中から選ばれること。それ自体を栄誉としてきた遺伝子が、無意識のうちにホルモンとかを分泌してくれてんのかねえ。


 ――え? この世に生を受けた時点で、誰もが選ばれし者?


 ははは、つぶらやセンセイは相変わらず、スケールが大きい想像をするもんだ。その他大勢もまた、「その他大勢である」ように選ばれた者だっていうことかい? 悟りを開いたうえで前を向ける性格じゃなかったら、辛いなんてもんじゃないな、その場合。

 選ばれることは、そのものに強い力が宿っているんじゃないか。俺はここんところ、思うようになった。自分の体験もあるが、少し前に選ばれることについて、不思議な昔話を聞いたんでな。その話、お前も聞いてみないか?


 戦国時代のこと。夏場に入って農作業がひと段落着くと、戦が頻発する時期に入る。 

 その村でも戦に向けて、戦力を供出するようお達しがきた。今回の行軍は野戦のみならず、敵の城をいくつか落とす見通しが立っている。再び村へ戻って来れるのは、月またぎになる可能性があったという。

 召集の前日。皆がそれぞれの戦支度を進めていたところ、ふと遠くの方から声がする。


「我こそはと思う者はいないか。やくあれと望む者はいないか。我は舞天むてん大明神。多大なる益を望む者あらば、とく、我が声の下へ集え」


 奇妙な文句に、村へ来て日が浅い者たちはぽかんとした顔になる。それに対し、長く村へ住んでいる者は「また始まったか」と言わんばかりの表情だった。

 尋ねてみたところ、あの「舞天大明神」を名乗り、集合をかけているのは村長だというんだ。また響いてきた声を注意深く聞いていると、声色こそ微妙に異なるが、どこか村長の野太い声質が混ざっているような……。


「戦が近くなると、いつもあれをやるんだ。今回のことはもちろん、村同士での闘争でも奇襲を受けたりしない限りは、必ず。本人がいうには、皆が無事に戻れるよう祈願してのことらしい。

 実際、あれをやった後だと怪我をする者はいても、命を落とす者は現れないのだそうだ。

 それほど霊験あらたかならば、あの声の通りに、村長改め「舞天大明神」の下へ参じた方が、より益を得られるんじゃないかと突っ込む新入り。しかし、元からいた人々は「できない、できない」とばかりに手を横に振る。

 なぜならあれは、人間に向けて行っているものではないから、意味がないとのことだった。

 そうなると実態が気になるのが、人のさがというもの。その新入りの家では父母がそれぞれの支度に忙しかったので、彼らの息子が様子を見ていくことにしたんだ。


 村長は当初から場所を何度も移し、各所で声を張り上げているようだった。その声を追いかけ出した子供は、道中でふと足を止める。

 土でできた四角い台座が、あぜ道の脇に作られていたんだ。踏んで潰せてしまいそうな大きさで、その周囲に小さいアリたちがひしめき合っている。同時に、鼻が曲がってしまうほど甘い香りが漂っていて、これがアリたちを強く引き付けているらしかった。そのままの状態で固めることができたなら、ゴザの代わりになるんじゃなかろうかという密集具合。

 いくらか近くなった村長の声は、また別の文句を紡ぎ始める。


「分かるか? 汝らに我の言葉が。通じるならば、とく、そこを上り詰めよ。間もなくおとなう大災厄。それから逃れんと望むもの。我が声を受けるのだ」


 ――もしかして、さっきからのこの言葉。全部、アリに告げているのかな?


 声の出どころへ急ぐ息子。区切られた田んぼたちの外れに、ようやく村長の姿を見つける。

 村長は白いハチマキを頭に締め、その両耳脇にあたる位置へ、榊の枝を一本ずつ指していた。かがみ込みながら盛られた土に手をやっている。ほとんど作業は完了していたようで、ほどなく立ち上がった時には、あの土の台座ができていた。

 村長はその出来をしばし眺めた後、懐から竹筒を取り出す。ふたを取って傾けると、ふちからとろりと垂れ出す、透明な液体の姿が見えた。

 同時に、あの時に嗅いだ匂いがまた漂い始める。20歩近く離れているというのに、強さは先ほどと同じくらいに感じた。あまり香りが長くは続かない性質なのかもしれない。

 息子は村長へ近づいていく。村長も彼に気づいたようだが、招き寄せたり、遠ざけたりする素振りは見せず、また地面へ視線を落としてしまった。隣に並んだ息子が、すぐさま疑問をぶつけると、村長は静かにうなずく。


「そうだ。あれらの言葉はすべてアリたちへ向け、下したもの。その行動を見るために行ったのだ。

 もうじき、この香りに惹かれてアリたちが集まろう。興味があるならば見ていくがいい」


 そういいつつも、村長は近くに転がしていたタライを手に取ると、少し歩いたところにある川へ足を向ける。水を汲もうとしているようだった。もうそれだけで、息子は村長が何をしでかす気なのか、うすうす感づいていたらしい。


 村長が告げた通り、いくらもしないうちに茂った草の中から、アリたちがひょこひょこ顔を出し始める。水を並々たたえたタライが戻ってくる時には、すでに先ほど見てきた場所と、大差ない「アリだかり」ができあがっていた。

 村長が息子に目配せをすると、もう一度、同じような文言をアリたちに告げる。

 我が言葉が聞こえるならば、その台座へ上れと。間もなく厄災が襲い掛かるからと。そこから逃れたくば、自分の言葉に従えと。

 しばし待つ二人。アリたちは変わらず、地面に垂らされた液に夢中だ。村長がこしらえた土の台座へ、上がっていこうとする姿は一匹も見られない。

 村長の顔に、失望の色が浮かぶ。手にしたタライがおもむろにアリたちの頭上へ掲げられる。彼らに降り注ぐ陽光を遮ったタライが、大きな影となって眼下のアリたちを覆った。

 その異状を前にしても、彼らの動きに変化はない。最後の温情とばかりに、少しの間だけ静止していたタライが、じょじょに傾き始める。


 予告通りの大惨事だった。アリたちの集った原野は、瞬く間に水気あふれる湿地帯へと姿を変える。


 ――何が厄災だ。すべて自作自演じゃないか。


 そう思いながらも、息子はこの惨状を見て、久しく味わっていなかった黒い喜びが、じわじわ胸の内に広がっていくを感じていた。

 息子はこれまでの遊びの経験から、水に流されてもアリはたいてい生き残ることを知っている。中には水の上に浮かび上がり、アメンボのごとく泳ぐものもいた。だが今回は全員が抵抗らしい抵抗もできるまま、タライが作り出す激流へ飲まれ、じたばたするばかり。ほどなくこと切れたか、流された先でぐったりして微動だにしない。

 それからも村長は各所に配された土の台座と、集まったアリたちの間を巡る。息子もそれについていった。現場に到着するたびに村長は、律義にこれより訪れる厄災と逃れる術を集ったアリたちに告げた後で、自ら災いを降り注いでいく。そして彼らは村長の言葉を聞き入れることなく、目先の誘惑に囚われてその命を終え続けた。


 だが最後にあたる12ヶ所目で、ついに変化が訪れる。村長の警告が終わると、すぐに群れの中から這い出して、土の座を登っていく一匹のアリの姿が見られたんだ。

 険しい表情を続けていた村長の頬が、ようやく緩む。抜け出したアリは台座を登りきると、その中央まで進んでじっとしている。それを見届けた後で、村長はこれまでと同じように台座の下へ、致命の洪水を引き起こした。ここでもまた、流されたアリたちは残らず助からなかったんだ。

 タライが空になると、一匹のみ台座の上へ鎮座しているアリへ向けて、村長は告げる。


「我が言葉を受けし者よ。汝をアリの王に任じよう。汝、選ばれし者なり。これよりよくよくアリの世を治め、また我の求めに応ずるのだ」


 アリは本当に、村長の言葉を理解できているようだった。応答の意を示すかのごとく、頭に生えた二本の触角のみを器用にぐるぐると回す。台座を降りていくと、すでに躯と化した同類たちには目もくれず、下生えの中へと足早に姿を消していった。


「……これでよし。今回もまた、皆が無事に戻ってくることができよう」


 村長はタライを肩に担ぎ、満足そうに何度もうなずく。息子としては壮大な茶番劇にしか思えなかったが、一応、確認の目的は果たすことができた。

 家に帰り着いた息子は両親へ伝えたものの、当人たちはすでに戦へ向けて緊張していたためか、生返事をするばかりだったとか。


 翌日以降の戦は、息子の父親含む、村の人々が参加した側が大勝した。数の差にものを言わせて迫るこちらの軍に、相手は野戦を避けて籠城を選ぶ。近隣の同盟国からの救援待ちと思われた。

 電光石火。すぐさま城を落とそうと、軍を率いる将は力攻めを命じる。互いをけん制するための矢を射かけあい、塀をよじ登ったり梯子を掛けたりする、単純で攻め手の被害がかさむ攻め方。今回もそうなるだろうと、兵たちですら思っていたらしい。


 ところが、攻め手側の矢の斉射が当たった土塀は、ことごとくがその一撃で、もろくも砕け散った。頼りにしていた防ぎを瞬く間に失った城兵たちの混乱は大きく、攻め手たちはどこからも入り放題となれば、趨勢は決まったも同然だった。

 塀、矢倉のそれぞれが一矢によって穴をこじ開けられ、満足な役目を果たせず倒壊していく。ついには天守さえも同じ運命をたどり、守将は討ち死にも降伏もかなわず、崩れた天守の中から死体となって発見されたらしい。

 被害は軽微。息子の父を含めた村人たちも、たいした怪我を負うこともなかった。崩れた城郭の一部を検分したところ、いずれも微細なひびが多く入っており、わずかな衝撃で自重を支えきれなくなるほど傷んでいたらしい。

 その様子はのちに、まるで地下に広がるアリの巣が、地上へ姿を現したかのようだと、評されたらしい。


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気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ!                                                                                                  近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] 凄いです! それがどう戦と関係してくるのかと思っていたら、まさかそう切り崩してくるとは驚きでした! かなり面白かったです! けれど、これがもしそんな存在が現れなないまま戦が始まってしまったと…
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