ママ成分入り脱脂粉乳
これは戦後まもなく、人々が暗雲の中を漂う日々の話。
いつも島を取り仕切っている組の若い連中に、当然のように引っ張り回されては店をメチャクチャにされていたじいさんがいた。
そのじいさんは体が弱く、唯一の家族である息子を徴兵されてしまってからはずっと一人で、町じゃあちょっとした有名人だった。
そんなじいさんだが、あるとき母の買い物についていって、たまたまおでんを母が買ってくれた日の帰り道、私たちはおじさんのところへ脱脂粉乳を買う事になって初めて顔を会わせた。
その顔には沢山の膿が出来ていて、赤まみれ。
顔を掻くと、たまに膨れ上がった皮膚が潰れて中から膿が出てくる。
それが随分と綺麗な赤色で、そこら辺が血まみれになる。
首元が伸びてカビたノースリーブの服に、軍服のズボンを穿いている不気味なじいさんは、母と話をしながらこれはどうだ、あれはどうだ、と必死に売り付けようとするが、終始ミルクの粉だけを欲しがって、じいさんはたじろいだ。
そして渋々脱脂粉乳が入った缶を渡すのだが、じいさんは薄気味悪くニヤリッ、と笑ってこちらを見るもんだから思わず母の後ろに隠れて、母は恥ずかしそうに笑ってその場をあとにしたのについていった。
あのじいさんは、どうして笑ったのだろうか。
その時の私はそう思っただろう。
家に帰って早々、妹がミルクを欲しがったので、早速ミルクを作ってやって母が飲ませてやったのだが、どういう訳かその日の夜に嘔吐を繰り返して、高熱にうなされるような病に侵され、生死の境をさ迷ったのだ。
私は、あの日のじいさんの笑顔を思い出して、そういう事なんだと思った。




