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05話「ステータスもギルドも限界らしいです」

今回、少し個人的に切りづらかったので、普段の倍ほどの長さになってます。ごめんなさい……

 

「うわぁぁぁ!! 来ないでぇぇぇ!!」


 ユウナは2m程あるゴブリン強化種に追いかけ回されていた。


 この光景は以前にも見たことがあるものだ。以前と違っている所はゴブリンが強化種だという事と、数がとてつもなく多い事だ。


 全体では1000を下らないであろう数のゴブリンの内、ユウナを追いかけ回しているのは半数程だ。他にも討伐隊の冒険者はいるにも関わらず、ゴブリン達は執拗にユウナを追いかける。


「なんで私ばっかり追いかけるのよぉ!!」


「あぁ!! 分かった!! 駄女神の仕業でしょ!?」


「『モンスターに標的にされやすくなる』みたいな能力も付けたんでしょ!? そうでしょ!? どうせ今も見てるんでしょ!? 答えてよ! 答えなさいよぉ!!」


 と何でもかんでも駄女神――ソフィアのせいにするユウナだった。そしてユウナの予想通りソフィアはこの光景を見ていた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「あははっ!! ひぃー!! お腹痛いぃ!!」


 と大爆笑しているとはユウナは知る由もない。まぁ、予想はしていただろうが。本当にこの駄女神はブレることがない。


「それにしても、何でもかんでも私のせいにするなんて、ユウナさんは女神を何だと思ってるんですかね!?」


「これはまた夢の中で天界に呼び出さないといけないな〜」


「次はどうやって、からかってあげようかな〜」


 とユウナを天界に再び呼び出す予定を立てている所を見ると、暇つぶしとしてユウナを召喚した事は成功しているらしい。


 あれだけ爆笑しておきながら、暇つぶしにならないと言われたら、流石にユウナも黙っていないだろう。普段から黙ってはいないが。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 場所は戻ってアンファング付近の草原。


 ユウナは相変わらず追いかけられている。ステータスで強化されているとは言え、ずっと走り続けていると流石にしんどい。


「はぁ……はぁ……。他の冒険者もいるのになんで私だけ……? 他の冒険者達はどうしてるの……?」


 ユウナが走り回りながら他の冒険者達を見ると、



「うぉら!!」


 ザシュッ!


「ファイアーボール!」


 ジュワッ!!



 とユウナがゴブリンの大半を誘き寄せている間に着々とゴブリンの数を減らしていた。そしてその光景を見てユウナはこの世界には魔法がある事を思い出す。


「魔法があったんだった……。剣が無くても戦えるんじゃん……」


 すると、走るスピードを少し上げて、ゴブリンの大群と距離をとって立ち止まる。


「ふっふっふ……。私を相手にした事をあの世で後悔するがいい!!」


 と格好つけてから詠唱を始める。


 先程、他の冒険者が放っていたファイアーボールなどの初級魔法は詠唱を必要としない。


 しかしユウナがこれから放つ予定の魔法は上級魔法の広範囲攻撃魔法のため詠唱が必要となってくる。


 これから魔法を放つと言っても、効果や威力等、詳しい事はまだユウナにはよく分からないため、強そうな名前のものを適当に選んで放つ事にした。


 魔法の説明欄には適当に詠唱文を紡ぎ、最後に魔法名を告げると書いてあるため、自分で詠唱文を考えないといけないらしい。そんなもので魔法が使えるとは如何に。相応の魔力が必要にはなるのだが。


 魔法の効果が分からないので、ある程度応用のききそうな詠唱をする事にした。


「ありとあらゆる精霊よ。我は勇者なり。我の願いに応え、その力を貸したまえ。解き放て! ディストラクション!!」


 一条の光が空から落ちたと思うと同時に


 ドゴォォォン!!!!!


 数秒前、草原だったであろう場所はポッカリと大きな穴が空いていた。隕石が落ちたかのように。


 言うまでもなく強化種ゴブリンは全滅。幸い、他の討伐隊の冒険者には被害が無かったようだった。多くの冒険者達はあまりの突然の出来事に立ち尽くしていたが。


「……あはは……。これやばいんじゃない……?」


 とその場にはユウナの乾いた笑い声が聞こえるだけだった。そして同時にユウナは、とてつもない脱力感に襲われた。


 一瞬ふらっとした時にはもう手遅れで、踏ん張りはきかずにその場に崩れ落ちた。手足を動かそうとしても言うことはきかない。これが俗に言うマインドダウンなのだろう。


「あぁ……マインドダウンってやつか……。どうしようかね……。とりあえず誰か他の討伐隊の冒険者さんに助けてもらおう!」


 そう思って誰か近くの冒険者に助けを乞おうとするとその前に、


「あの……大丈夫ですか?」


 とユウナと同年代と思われる女の子が声をかけてきた。彼女は自分の身長程あるロッドを持っており、ジョブが魔術師である事は明らかだった。


 少女は長い紫色の髪を風に靡かせ、ユウナを心配そうに見つめる。その瞳は髪色と同じく紫紺色をしており、まるで宝石を嵌め込んだかのようだ。身長はユウナとさほど変わらないだろう。いかにも魔術師といったローブに身を包んでおり、その上からでも整ったプロポーションをしている事は明白だった。


 綺麗な髪だなとユウナが見惚れていると


「あの……? ほんとに大丈夫ですか?」


 再度、ユウナを心配する声がかけられる。


「あ、はい! 動けないだけで大丈夫です!」


「いや、動けないだけって……。全然大丈夫じゃないですよね?」


「まぁ、怪我してないんで大丈夫ですよ」


「動けないって事は魔力を使い切っちゃったんですかね? あれほどの威力の魔法を放てば、マインドダウンにもなりますよね……」


「この原因はやっぱり魔力切れでしたか……」


 どうやら予想通り、身体の自由が奪われたのは魔力切れによるものだったらしい。それにどうも先程ユウナの放った魔法は相当威力の高い魔法だったようだ。普通に考えて、地形を変えてしまう程の威力の魔法が低威力なんて事は有り得ないが。


 後々確認してみると、魔力によって選択した範囲内の物を、問答無用で破壊する魔法だったようだ。ユウナは範囲を選択しなかったため、全魔力で選択出来る限りの範囲に魔法の効力があったという事らしい。説明書とか、しっかり読まないとね!


「その身体じゃあ、街にも戻れないでしょう? おぶって行ってあげますね」


「いや……そんな……女の子におぶって帰ってもらうなんて……」


「じゃあ、魔力が回復するまでここで一人寝ててくだ……」


「すみませんでした! おぶって帰ってもらえないでしょうか!?」


「初めから素直にそう言えば良いのに……」


 初めは同年代の女の子におぶって帰ってもらうという、勇者とは思えない失態を晒したくないと思っていたユウナだが、少女の一言の脅しによって一瞬で意見を変え、おぶって帰ってもらうことにした。プライドなんてすぐに棄てられる。


「よいしょ。辛くないですか?」


「良い乗り心地です〜」


 ユウナは少女の背中におぶさり、ギルドへと向かった。


「私、リーファって言います。あの……勇者さんはお名前なんて言うんですか?」


「ユウナですよー。リーファさん! 勇者だからってあまり身構えたりしないでくださいね!」


「ユウナさんですか〜。分かりました! 女の子同士、これからも仲良くしてくださいね」


「もちろん!」


 二人の間に友情が芽生えた瞬間である。


 ユウナは日本では何事もそつなくこなす事が出来ていた為、


「あの娘は私達とは違うんだよ」


 と距離を置かれ、あまり友達と呼べる者は多くはなかった。そのため、リーファという友達と呼べる存在が出来たことはユウナにとってはとても嬉しい事で、今にも泣きそうな程であった。


 そしてユウナはギルドへの帰路の最中、リーファの背中で揺られながら、ふと気づいた。少女にしては安定し過ぎているのだ。いくらユウナが小柄で軽いと言っても、普通の少女が足場の悪い中、ユウナをおぶって常に安定して歩けるわけがないのだ。多分これもステータスのおかげなのだろう。


 驚く程安定しているため、ユウナのいたずら心が働いてしまうこととなる。


「ひゃっ!?」


 ユウナはリーファの耳に息を吹きかけた。その事にびっくりしたリーファは、驚きのあまりおぶっていた手を離してしまう。その結果、ユウナはリーファの背中から地面へと落ちてしまった。


「痛い! なんで手を離すんですか!?」


「それはこっちのセリフですよ!? なんで耳に息を吹きかけるんですか!?」


「いや〜あまりに背中が安定してたから、つい、いたずらをしたくなって……」


「落として欲しいのならはっきりとそう言ってください」


「そんなこと言ってないし!」


「だったらそんなことしないで下さいよ!」


「はい……。すみません……」


 普段、駄女神と呼んでいるソフィアに対しては強気でいるユウナだが珍しく素直に言う事を聞く。女神を嫌っている事が如実に表れている。


 そんなふうにふざけながら、ユウナとリーファは二人楽しそうに話をしていた。周りには「俺も」「私も」と勇者であるユウナと話したそうにしている者がいたが、二人の雰囲気を壊すのが怖く話しかけられないでいた。


 二人で話をしているといつの間にかギルドに到着していた。よほど楽しかったのか、二人の中では帰路はあっという間に感じたようだった。その周りの冒険者達には永遠にも感じられた帰路だった事だろう。


 ギルドに入るとギルドのお姉さん――討伐に行く前にユウナに名乗っていた、シルフィが驚いた顔でユウナ以外、目立った外傷のない討伐隊一同を見ていた。


「あの……もう倒されたんですか……?」


「はい!」


 シルフィからは隠れて姿を確認出来ないが、リーファの背中から聞こえるユウナの元気な返事。


「一時間もかかってないんですけど……。どんな戦いをされてきたんです? 1000体は下らなかったはずなんですけど……」


 シルフィの戸惑いも無理はない。普通に考えて、駆け出し冒険者が多いこのアンファングで、1000体以上の強化種ゴブリンを殲滅するという事は容易い事ではない。普通なら半日かかってやっとの事である。それも怪我人が多数出ての話だ。


 それが今回はどうだろう。怪我人は何故かおぶわれているユウナ――厳密には怪我とは違うが――を除いて一人もなく、殲滅は一時間もかからずに終わっている。


 いくら勇者のユウナがいても早すぎる。それにユウナは勇者と言ってもCランクなのだ。Cランク冒険者ならアンファングにも数人いる。とにかくおかしいのだ。


 シルフィが頭をフル回転させ、思考を巡らせるが全く分からず、今にもオーバーヒート寸前という時に、討伐隊のリーダーを任されていた男性がシルフィに告げる。


「戸惑うのも無理はねぇだろう。真相を見た俺達でも、嘘じゃねぇかと思っている程だからな。いや、嘘であって欲しい……。そこの勇者が一瞬で8000体以上のゴブリンを消滅させたんだよ。一瞬で。土地ごと。てかシルフィさんよぉ、ゴブリンの数をちょろまかしてんじゃね……」


「本当ですか!?」


 討伐隊のリーダーの声はシルフィによって遮られた。危ないと感じたのだろう。すぐに話を逸らそうとしているのが伝わってきた。


「もしかして、さっきの地震はユウナさんの仕業ですか……? ……ユウナさん、本当なんですか?」


 シルフィは恐る恐るユウナに問いかける。まるで嘘であってくれと望むかのように。対してユウナは顔を逸らして……


「えっと…本当ですよ……?」


 ユウナの返答を聞いてシルフィは項垂れる。せめて土地ごとというのは嘘であってくれともう一度問いかける。


「……土地ごと?」


「……土地ごと」


「調査隊! 現場の被害確認急いで!!」


 ユウナの返答を再度聞き、調査隊に被害確認に向かわせる。ユウナの魔法による被害確認へと。前代未聞である。


「もしかしなくても私ってやらかしました……?」


「はいぃ! やらかしましたね!」


 シルフィさんの対応を見る限り、ユウナはなかなかの事をやってしまったらしい。そりゃあ、土地ごと破壊してしまえばお咎めもある事だろう。素直に罰を受けようとユウナは心に決めた。


 するとさっき出ていったばかりの調査隊がもう帰ってきた。何やらシルフィと話をしている。確認してきた被害の状況を伝えているのだろう。


 そして、状況を聞いたシルフィは


「それではユウナさん以外の討伐隊の皆さんには報奨金が出ます!」


 と告げた。


「……私以外?」


「はい♪  ユウナさん以外!」


「あの……。一応なんで私だけかって聞いてもいいですか……?」


「そんなの草原を破壊したり、その衝撃で少なからず街に被害を及ぼしたりしてたら……」


「ですよね……」


 ユウナの放った魔法により、草原には大きな穴ができた。その衝撃で軽い地震が起き、街の中では少なくはない数の被害が発生していた。


 報酬など貰えるはずがないのも当然だ。


 ユウナは覚悟していたという事もあり、報酬が貰えない件について、すぐに諦めがついた。しかしシルフィの話にはまだ続きがあった。


「あと、ユウナさんには賠償金を払って頂くことになりますので」


「……え? 今なんて」


「いや、ユウナさんには賠償金を払って頂きますと言ったんですけど……」


「報酬が出ないだけじゃなくて、賠償金までですか?」


「当たり前じゃないですか。草原に大穴をあけて、街にも被害を出して、報酬が無くなるだけで済むわけがないじゃないですか!」


 シルフィの賠償金の話を聞いて、ユウナの顔は徐々に青白くなってゆく。


 ユウナは自分のしでかした事を軽視し過ぎていた。被害を出しておいて、賠償金がない訳が無い。修理費用や弁償代金は誰が払うのか。もちろん事件の張本人である。


 そして今回、賠償金を払う義務が生じたのは他ならぬユウナだった。たとえそれが勇者であろうと賠償金を払わなければならない事に変わりはない。


「私、一銭も持ってないんですけど……」


「借金生活ですね! とりあえずはギルドで肩代わりしますので、少しずつで良いので返済してください」


「ただでさえ、ギルドには宿代を払って貰ってるのに申し訳ないです……」


「いえいえ! 宿代もユウナさんに利子付きで返して貰うので! こちらこそありがとうございます!」


「……ん? 宿代って私がギルドから借りてる事になってるんですか? ギルドが負担してくれるのではなく……」


「はい。そうですけど?」


 なんと宿代はギルド負担ではなく、ただの肩代わりだったらしい。ユウナは泊まった分だけの金額を利子を付けて、ギルドに返済しなければならないようだ。しかしユウナは少し疑問を抱いた。昨日のシルフィとの会話を思い出して


「昨日、宿代はギルドが負担しますって言ってくれましたよね?」


 とシルフィに告げる。ユウナの言った通りだ。昨日、シルフィは宿代はギルドが負担する、とはっきりとユウナに説明していた。


「い、いやぁ……。負担って言うのは……その……」


 ユウナの言葉に動揺を隠せないシルフィ。その顔は汗を流し、目は泳いでいる。


「あわよくば利子がギルドの資金になるかもとか思ってませんよね?」


 それを聞いてビクッと体を震わせる。


「そそそ、そんなこと思う訳、な、なないじゃないですか!」


 どうやら思っていたらしい。その後、ユウナがシルフィから詳細を聞くまで長く時間はかからなかった。


 詳細をまとめるとこのような感じだ。



 宿代は一月、朝昼夜の食事、風呂付きで50万アリア。

 利子を10%に設定し、返済額は月々+5万アリア。

 ユウナは勇者と言ってもCランクのため、半年以上この街で暮らし、宿代もギルドに頼るだろうと予測した。

 すると半年で30万アリアの儲けになる。


 アリアとはこの世界の通貨単位で、前女神の名前から付けられたらしい。通貨単位になったくらいだ、現女神――ソフィアなんかとは比べ物にならないくらい良い女神様だった事だろう。


 そして、通貨価値は街で物の値段を見た限り、1アリア≒1円といったところのようだ。


 そしてこれは後々分かったことだが……

 この宿、日本でいうホテルでした。


 そりゃあ、これだけ高いよね!

 だって普通はホテルって数泊でしょ?

 毎日だもんね!



「あの……。30万なんてギルドにとっては、端金でしょ?」


「そんな事ないですよ! ギルド職員がどんな低賃金で働かされていると思っているんですか!!」


 ユウナの一言に予想外の反応を見せる。シルフィは今にも泣きそうな顔をして訴える。シルフィの目の下のクマはそういう事らしい。ユウナはとっさに、これ以上この話を続けては、更なるギルドの闇を目の当たりにする事になりそうだと判断し、急いで話題を変える。


「えっと! 宿代の話は置いておいて、賠償金の話をしましょう!」


 自分で話題を振っておきながら、テンションを急降下させるユウナ。誰が賠償金の話を喜んでするものか。なお、未だにユウナをおんぶしたままのリーファは必死に笑いを堪えていた。


 ユウナはリーファがぷるぷると震えているのを感じ、顔を真っ赤にしながらリーファにちょっかいをかける。叩く。叩く。叩く。耳に息を吹きかける。叩く。叩く。……落とされそうになる。


「そうですね。賠償金の話の続きを」


 とユウナとリーファがイチャついてる中、シルフィが先程の様な泣きそうな顔など何処にもなく、ギルド職員の顔をして話の続きを始める。


「とりあえずはギルドで肩代わりしますので、早急に返済してください!!」


 目を血走らせそう懇願してきた。相当、低賃金で働かされているのだろう。ユウナは出来るだけ早く、シルフィの為にも借金の返済をしようと心に誓った。


「それで、金額の方なんですけど……。2億アリアになります……」


「に……2億……?」


 ユウナがそう言葉を漏らすと同時に、ユウナの体は地面へと落ちていた。それはリーファが2億という金額を聞き、驚きのあまりユウナを支える手を離したためだ。


 先程まで報酬を貰った他の討伐隊が騒いでいたギルド内は一瞬で静かになった。皆、ユウナの方を向いて。そして一呼吸おいて、皆、我先にとギルドを後にする。


 唯一残った討伐隊メンバーというと、先程までユウナをおんぶしていたリーファだけである。そのリーファも驚きのあまり硬直して動かないでいる。


 それはユウナも同じであった。リーファの背中から落ちた体勢のまま、頭の中では2億アリアという言葉だけが反復されていた。


 2億アリア。日本円に換算して、約2億円。日本人の平均生涯年収が約3億円。日本では多くの人が働いて働いて何も買わずにやっと払えるような金額だ。


 現状を日本にいた頃のユウナに置き換え再確認しよう。



 佐倉優奈(16)、女子高生。2億円の借金。貯金なし。家族、親戚なし。頼れる人なし。無職。



 自分の置かれている状況を再確認し、ユウナはどう考えても詰んでいるだろうと思った。投了。


 女子高生が2億円の借金を持ち生きていくなど不可能だ。借金取りに追いかけ回され、身体を売らされ、終いには臓器を売られて終わりという道筋しか思いつかない。


 ユウナがそのように人生詰んだと悲観していると


「これ、今回の緊急クエストの報酬。こんなのじゃ何の足しにもならないかもしれないけど、足しにして?」


 とリーファが自分の報酬をユウナに手渡してきた。緊急クエストの報酬、30万アリア。2億アリアという金額に対しては御世辞にも足しになるとは言えない。


 しかし、これだけあれば普通に一月は暮らすことが出来るだろう。そんな金額をリーファは今日が初対面のユウナに借金の足しにしてと渡してきたのだ。


「そんな……。こんなの貰えないよ……。リーファさんだって生活するのにお金がいるのに……」


 リーファの生活を心配するユウナは何とか断ろうとする。


「じゃあ、ユウナさん。いや、ユウナ。私がユウナのパーティメンバーになる。それなら問題ないでしょう?」


「え……?」


 なんとリーファはユウナのパーティメンバーになると言い出した。


「今日が初対面だけど、クエストの帰りに一緒に話してて楽しかった。ユウナとならどんな困難でも乗り越えられそうな気がする。それにユウナと同じ部屋に泊まれば、生活費が浮くしね!」


「……でも……いいの?」


「借金のこと? ユウナは勇者なんだし、すぐに2億くらい稼げるよ」


「三大災厄を倒しに行くし……」


「それなら尚更パーティメンバーが必要なんじゃないの? 噂によるとパーティメンバー数によってステータス%が変わるみたいだし」


「――――」


 リーファはユウナの思っていた以上に堅い決心をしていた様で、断る理由を見つける事が出来なかった。


「決まりで良いよね?」


 リーファが問う。


 ユウナはまだ揺れていた。リーファをパーティメンバーにするべきなのか否か。この先の闘いで危険な場面に多々出くわすだろう。そして命の危機に陥るかもしれない。


 それなら、ユウナがここでリーファを突っぱねてしまえばそのような事にはならないだろう。しかし、パーティメンバーがいなければユウナ自身が危険なのは明らかだ。


「まだ迷ってるの? 私、ユウナがパーティに入れてくれないと、多分すぐにでも死んじゃうよ?」


「……どういう事?」


「私、色々あって、どこのパーティも入れてくれないの。でも生活するのにはお金がいるから、今日みたいに討伐隊を編成するクエストに参加するか、一人でクエストを受けてるけど……。私、あんまり強くないから……」


 リーファの話を聞いている周りの冒険者は皆、顔を逸らしている。全員、何か知っているようだ。しかし、事情を知らないユウナは、この話を聞いてから早かった。


「リーファさん、よろしくお願いします」


「……ちょろい」


 リーファがそうボソッと呟いた。幸い、ユウナの耳には届いてなかったようだ。しかしリーファさん、作者もそう思います。


「こちらこそよろしくお願いします。リーファでいいからね。パーティメンバーでお友達だから!」


「うん! リーファ!」


 二人は強く握手を交わす。普通なら感動するシーンなのだろうが、ユウナはマインドダウン中で横たわっている為、なんとも締まらない感じになってしまっていた。


 だがこうして、ユウナの一人目のパーティメンバーが決まった。これでユウナのステータスも5%から10%に引き上げられる。つまり500だったステータスが1000へと大きく……? 変化する。


 そして二人は冒険者カードを取り出してパーティ登録を行った。冒険者カード、一見ただのカードにしか見えないにも関わらず何でも出来てしまうようだ。途中から傍観に務めていたシルフィは二人の様子を心配そうに見ていた。特にユウナを。


 パーティ登録を終えるとユウナは冒険者カードが緑色に点滅している事に気がつく。相変わらず小さい光である。


「なんですかこれ?」


「レベルアップや新スキル、ユニークスキル、各種耐性の獲得をするとそうやって光ります」


 空気と化していたシルフィが説明をする。その説明を聞いてユウナはパーティメンバーを増やさなくても、自分のステータスが上がればやっていけるんじゃないかと期待した。


 そして自分のレベルが2に上がっている事に気づいた。


「あ、レベルアップしてる! どれどれステータスはどれくらい上がってるかな〜?」


 ユウナ Lv.2

 体力:SS 10000 (限界値)

 攻撃:SS 10000 (限界値)

 防御:SS 10000 (限界値)

 敏捷:SS 10000 (限界値)

 会心:SS 10000 (限界値)

 魔力:SS 10000 (限界値)




 全ステータスは1ずつ上昇していた。そして限界値に到達したらしい。


「全部1だけ? しかも限界値? これからステータスが上がることはないと? ふざけんなよぉ〜!! 限界値の一歩手前ステータスにするなら限界値にしといてよ! なんでレベルアップしたら、パーティメンバーが少なくてもやっていけるかも、みたいな期待をさせるのよぉ〜!!」


 朝ぶりのユウナの悲痛な叫びがギルドに響き渡っていた。


 その後、昨日みたくシルフィに「限界値なんて到達する人いないんですから! というかSSランクですよ!?」とあやされたユウナは、ギルドに代金を肩代わりして貰っている宿に帰った。リーファと一緒に。もちろん、絶賛マインドダウン中のユウナはリーファにおんぶして貰って。


 宿に着いたユウナとシルフィが入った部屋は昨夜ユウナが泊まった部屋ではなく、新しくシルフィが取りなおしてくれた二人部屋だ。ベッドや机などの物は二つずつになり、クローゼットも少し大きくなっていた。


 マインドダウン中のユウナはリーファにベッドに寝かせて貰い、この二人部屋を取りなおして貰った経緯を思い出し、ギルドがブラックだと一層強く確信していた。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 数分前のこと……



 ユウナをあやした後シルフィは


「二人であの部屋を使うのは狭いでしょうから二人部屋を取りなおしておきますね!」


 と言って二人部屋を改めてとってくれた。初めは気が利くなと思っていたユウナだったがそれもつかの間、


「二人部屋で食事も二人分となりますので、一月80万アリアになります!」


 利子でユウナが払わなければならない額が一月5万アリアから8万アリアになった。結果ギルドの収入が少し増える事になる。


 ユウナはシルフィの事を少しでも気が利くなと思ってしまったことに酷く後悔した。もちろんシルフィも二人の為を思って、部屋を取りなおしてくれたのだろう。しかし、ギルドの収入が増えるチャンスだと思わなかったとは、どうしても思えなかった。


 それでもユウナはシルフィが自分達の事だけを思って、してくれたのだと思うことにした。そう思わないとやっていけない。


「ははは……宿代はいつまでに返せばいいんですかね?」


「月末にまとめて返して下さればいいですよ!」


 抜かりがない。月末にまとめて返す、即ち一月分の利子を含めて毎月払ってくださいと。これから毎月ユウナの利子を収入として換算するつもりらしい。本当にギルドはどうなっているのかと思ってしまう。


「いえ、ある程度貯蓄ができ次第、私達の方で部屋を借りますから……」


「……そうですか」


 あからさまに落ち込むシルフィ。ユウナの予想通り、毎月利子をギルドの収入にするつもりだったらしい。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ユウナは月8万のためにあそこまで必死になるなんて、ギルド職員って大変なんだなと思い、少しでも早く肩代わりして貰っている賠償金を払わないとと思った。


 隣のベッドに目をやると、新しく出来たユウナの仲間――リーファは既に眠りについていた。それもそのはずだろう。草原からギルドまで、小柄なユウナとはいえ一人の人間を背負って歩き、ギルドでも背負ったまま立っていれば体力の限界のはずだ。


 隣で心地よさそうに眠るリーファを見て、ユウナも寝ることにした。


 窓から見える月――のようなもの――は徐々に、その丸い明るく光るカラダを雲に隠していった。

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