表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

第八話

「白ちゃんっ?」

 わたしは咄嗟に支えます。

「……ごめ……」

「いいんですよ」

 白ちゃんの顔は、すっかり蒼ざめていました。

 迂闊です。

 よく見ていれば、もっと早く気付けたはずだったのに……白ちゃんの様子が幸せそうで、わたしとしても楽しかったものですから、油断していました。

 白ちゃんの体が弱いことは、十分知っていたはずなのに。

 ……わたしは、だめなひとです。

「白たん……大丈夫?」

「保健室に行こう。歩ける?」

 異変を察した涙未ちゃんと先輩が、戻ってきました。

「だい、じょうぶ……です。これくらいなら。すこし休めば……」

「でも」

 先輩は心配顔です。

「いえ、白ちゃんがそう言うなら、すこし様子を見ましょう。歩くのも負担ですし」

「そう、だね」

 白ちゃんはゆっくりと、地面に腰を下ろします。草に覆われていて、土が剥き出しになっていないのが不幸中の幸いでしょうか。

「ちょっと、はしゃぎすぎたかな」

 涙未ちゃんもしょんぼりと、呟きました。

「ごめん、僕が外に行こうって言ったから」

 先輩の言葉に対し、白ちゃんがゆるゆると首を振ります。

「先輩は……悪くないです」

「白ちゃん」

 彼女の言うとおり、先ほどよりはすこし、顔色がよくなっていました。

「私、楽しかったですから……私は、大丈夫です、これくらいなら」

 ねこのシロが寄って来て、白ちゃんの隣で丸くなりました。

 白ちゃんは微笑んで、シロの頭を撫でます。

 撫でる余裕があるくらいなのだから、本当に大丈夫なんでしょう。

 わたしはほっと、胸をなでおろしました。……まだすこし、顔色は悪いですけども。

「今度から、もう少し気をつけるようにするよ」

 先輩はそう言って、白ちゃんの前にしゃがみました。目線の高さを合わせるように。

「私のほうこそ、ごめんなさい……せっかく楽しかったのに」

「気にしないで。衣花さんが楽しかったなら、良かったよ」

 白ちゃんはこくこくと、頷きます。

(もみじ)

 つんつんと、涙未ちゃんが小声でわたしを突付いてきました。

(なんです?)

 つられてわたしも小声です。

(今がチャンス。二人っきりにしてあげようよ)

(なるほど)涙未ちゃんにしては、ナイスアイデアです。

(では、そろそろと)

 そうしてわたしたちは、こっそりとその場を後にしました。いい加減白ちゃんも慣れてるでしょうし、二人きりになる時間があってもいい頃でしょう。それに、今は若干弱っていますから、わたしたちを気にする余裕はないわけです。体調のことは心配ですが、先輩がいれば大丈夫でしょう。

 怪我の功名、と言っておきましょう。

 校舎裏から出て、わたしたちは保健室への道を歩きます。

「あー、これで仲良くなれたらいいね」

「そうですね。なれますよきっと。看病なんて、近付くいいきっかけじゃないですか」

「体調崩したのがきっかけっていうのも、ちょっと微妙な気もするけど」

「いいんですよ。それくらい良いことあったって、いいじゃないですか」

「そっか。それもそうだね」

 ハンデ背負ってるんですから、たまに良いことなかったら不平等です。

「――あっ」

 涙未ちゃんが、とつぜん小さく声をあげて、一瞬立ち止まりました。

 わたしも同じように、声をあげそうになりました。

 わたしたちの前方に、ひとりの女子がいます。

 微妙な茶髪に、健康的な小麦色の肌。視線に気付いたのか、わたしたちをすこし、訝しげに見ていました。

 月島沙耶子さん。

 白ちゃんの恋敵。

 何だか水を差された気分になったわたしは、俯き加減で、ついと目を逸らしました。

 彼女は、こちらに向かっています。すれ違う瞬間もちょっとこちらを気にしていたようでしたが、けっきょくは何も言わずに通り過ぎて行きました。

「……はあ。何だか、へんに意識しちゃうね」

「そうですね……」

 べつに彼女の何がどうというわけでもないんですけど、そもそも彼女の纏ってる雰囲気が苦手なのと、白ちゃんのことが重なって、どうも避けてしまいます。

「――っていうか」

 涙未ちゃんがきゅうに、後ろを振り向きました。

 わたしも振り返ります。月島さんは、わたしたちに見られていることも気付かず、歩き続けています。

 わたしたちがやって来た方向に。

 つまり、校舎裏の方向に。

「もしかしてさ」涙未ちゃんが、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえた気がしました。「あのひと、先輩探してるのかな」

 そうかもしれません。いや、きっとそうでしょう。

 でなかったら、わざわざ校舎裏なんて、へんぴな場所に行くわけないです。

「どうしよう」

「……戻りましょう」

 月島さんが、白ちゃんたちと会わない可能性もあります。けど、もし会ってしまったら……いや、だとしても、わたしたちには何もできないかもしれませんけど。それでも、行かなければならないような、そんな気がしました。

 白ちゃんが心配です。



 わたしたちがシロと戯れていた場所へ戻ると、果たして、月島さんの後ろ姿が見えました。その向うに、並んで座る先輩と白ちゃんがいて、月島さんを見上げています。

 その三人が一斉にわたしたちを見たので、ちょっとたじろぎました。

 場は、ちょっとした緊張感に包まれていました。

 たぶん気のせいじゃないと思います。振り向いた月島さんの顔は、結構険しかったですから。

 先輩は、すこし済まなそうな顔。

 白ちゃんは、何が起こっているのかよくわかっていないような、困惑顔でした。彼女は月島さんが自分の恋敵だということを知らないのです。

 これは、もしや、修羅場でしょうか?

 でも、予想に反して、そうはなりませんでした。

 少なくとも、表面上は。

 月島さんはすばやく二度、先輩、白ちゃん、わたし、涙未ちゃんの顔を見渡すと、さっと踵を返してその場から去っていきました。

 何も言わずに。

「白ちゃん、大丈夫ですか?」

「えっ? ……うん、もう体調はすっかり治ったよ」

 事情のいまいち飲み込めていない白ちゃんは、すこしずれた答えを返します。

「何も言われませんでした?」

「月島さんのことなら、何も。さくらちゃんたちとほとんど同時だったから」

「そうですか」

 正直、すこし意外でした。

 彼女なら、もうすこし攻撃的なかんじになるのかと思っていました。文句言ったりとか。

「何か、あったの? 月島さんと」

「いえ。何にもないですよ? 気にしないでください」

「なら、いいんだけど……」

 月島さんがすぐに戻っていったのは、確かに予想外でした。

 でも、もっと意外だったのは、去り際ちらっと見えた、月島さんの表情です。

 てっきり怒るのかと、思ってましたけど。

 まさかあんなに――哀しそうな顔をするなんて。

「それじゃ、戻りましょう?」

「うん」

 まだすこし不思議そうな顔をしている白ちゃんの手を引いて、わたしは保健室へ歩き出しました。

 わずかに、胸騒ぎがします。

 さっきのことで、何かもっとよくないことが起こるような気が、していました。


 ――そういう予感に限って、当たるものなのは、どうしてなんでしょうね。


   + + +


 体操服のみんなが元気に歓声をあげ、体育館の中を縦横に駆け回っています。

 体育の時間。

 わたしと白ちゃんは、そんな喧騒を、端っこに座って眺めています。

「ねこのシロ、かわいかったよね」

「そうですね、今度保健室に来たときのために、ねこじゃらしを用意しときましょうか」

「うんそうだね、そうしよう」

 基本的に、見学です。

 白ちゃんが隣の組でよかったと思います。体育の授業は数クラス合同で行われますが、白ちゃんがもし四組とか五組だったら一緒になれませんからね。ちなみにわたしは一組で白ちゃんは二組です。

 白ちゃんがいるから、一時間も退屈しないで済むわけです。

「うわーすごい、めちゃくちゃ跳んでるよっ」

「リアルダンク……。女の子なのに」

 ここ数回の体育は、バスケットボールです。いちおうチーム組んで試合ということになってるのですが、みんなあんまり聞いてません。ちゃんとやってるひともいますけど、端っこに固まって適当にパスしたりシュートしたり、座り込んでお喋りしてるひとたちもいます。

「……む」

 そんな集団のうち、ひとつがあやしげな動きを見せています。

「あ、あぶない」

 何を思ったのか、ひとりの女子がバスケのゴールによじ登っています。回りを数人の女子が囲っていて、ふざけ半分にボールを投げたりしていました。上の女子も、ときどき下に向かって手を振ったり声を返したりしているので、いじめとかではない様子。罰ゲームでもしてるんでしょうか。

「ていうか……」上のひと、月島さんじゃないですか。

 白ちゃんはそれに気付いているのかどうか、あ、あぶない、とか小声ではらはらしている様子。わたしは何だか微妙な気分になります。放っておけばいいのに、とか。

 そのとき、てん、てん、てんてんてん……、と、バスケットボールがわたしたちの目の前を転がって、開きっぱなしだった体育館の扉から外へと出ていきました。

「あーもうっめんどくさいなーっ」

 ボールが転がってきた先から、どうやら受け損ねてしまったらしいクラスの子が、大声でぐちりながら歩いてきます。

「あ、いいですよ、わたしが取ってきますからー」

 ちょっと気分転換したくなったのと、どうせろくにすることもない気安さから、わたしはそんなことを言いました。

「あ、ほんとに? ありがとう葉 桜(はざくら)!」

 感謝の言葉に、軽く手を振って答えるわたしです。

「というわけなので、ちょっと行ってきますね?」

「うん」

 そう言って、わたしは外に出ました。

 白ちゃんをひとりにするのは、わずかな間とはいえ、ちょっと忍びない気もします。涙未ちゃんが居てくれればいいんですけど、運動ギライなので体育の時間は百パーセント学校にいないか保健室で睡眠です。健康なので、見学してると怒られるのです。かわいそうな涙未ちゃん。

 っていうかボールはどこまで飛んでったんでしょうね。なぜか無駄によく転がりますからね、外に出てったボールって。それで茂みの中とかに好んでダイブするわけです。人間には見えづらいところに。まこと憎々しいやつばらです。

 なんて、すごくどうでもいいことを考えながら、ボールを捜し歩きます。まじ見つかりません。

 見捨てられた水道の影にそやつを発見したときには、もう十分くらいも経っていたでしょうか。めちゃくちゃ遥かなところまで転がってますし……。

「はあ」

 思わずため息も出るとゆうものです。とっとと戻りましょう。

 白ちゃんお待たせー、と心の中で呟きながら体育館の入口まで戻って来たわたしは、目に飛び込んできた光景に足を止めました。反射的に、物陰に隠れて様子を伺ってしまいます。

 二人の女のこが、体育館の外で話しています。

 一人は白ちゃん、そして白ちゃんの前にもう一人が立っていて、彼女をじっと見つめていました。

 ただならぬ雰囲気。わたしの背筋が、ひやっと粟立ちました。

 それは、月島さんでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ