表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

第三話

「いやさ、ユーカリ先輩、いるでしょ?」

「ええ」白ちゃんの想いびとというやつですね。

「あの先輩がさ、女の子と二人で喋ってたんだよね」

 ……むう。

「それはべつに、おかしなことじゃなくないです?」

「いや、場所が問題なのさ」

「ばしょ。どこです?」

「屋上近くの踊り場だったんだよ」

「つまり……あれですか。視線的密室で、二人っきりだった、と」

 うむ、と頷く涙未ちゃん。

 それは……。

 たしかに、一大事かもです。

「見間違いとか、勘違いとかじゃないですよね」

「しっ、失敬だなきみは! ぼくはそこまでもうろくしてないんだぞっ」

「もうろくとか言ってませんし!? まあ寝っ放しのひとが言っても説得力ないですけどね。脳あんまり働いてないんじゃないですか?」

「ふふん。脳細胞を休ませてるのさ」

 認めてますし。誇らしげな意味が分かりません。

「だいたい、屋上って。なんであんなとこ行ったんです?」

 屋上は鍵かかってて、出られないはず。

「いや、屋上に用はなくて。あの辺って余った机とか椅子が積んであるでしょ? だから、いいベッドにならないかなぁって」

 けっきょく睡眠ですか。

「あんなところで眠れるんですか?」

「どうかな。試してみないと分からないよ」

「埃とか積もってそう。喘息になりそうです」

「ううん、そう言われると、ちょっと怖いかも……」

「大体、なんでわざわざ? 保健室は?」

「たまには静かに眠りたいときもあってね」

 なんですと。

 言うに事欠いて、このひとは。わたしのベッドを奪ってるくせに!

 まあ、でも、静かに眠りたいという気持ちは分からないでもないです。

「ときどきは、こっちにも来てくださいよ?」

「うん、そうするつもり。ここはやっぱり居心地いいからねえ」

 そうですよねえ。

 そうじゃなくて。

「涙未ちゃんの寝床なんかどうでもいいんですよ! それより白ちゃんの話です!」

「自分から突っ込んだくせに!?」

 ……そうですね。そろそろ現実を見なければ。

「すいません。で、誰なんです? そのお相手は」

「えっと」すこしの間。忘れかけてるんじゃないでしょうね。「何てったっけあの、三組の……微妙な茶髪の……」

 三組に微妙な茶髪の子は何人もいるので、よく分かりません。

「ううむ……、気になります……」

「うむう」

「よもや、付き合っているのではないですよね?」

「うーん……、楽しそうに話しては、いたけどねえ」

 楽しそう、ですか。

 ひとけのないところで、二人っきりで。

 ……やっぱり、ふつうに考えて、あやしいです。

 もし付き合ってるなんてことになったら、白ちゃんはどうすればいいんでしょう。そしてわたしは……、ええと。どうしよう。

 そう、それを考える前に、まず。

「確認です」

「え?」

「先輩が付き合ってるのかどうか、確認しに行かなければ!」

「お、おぅ」

「さっきって言いましたよね?」

「うん。まだいるんじゃないかな」

「行きましょう。すぐに」

 ばっとベッドから降りて、涙未ちゃんの腕を掴みます。

「わぁ、待ってよ、もみじ」

「急ぐのですー!」

 出ぎわ、ふと気になったので、わたしはちょっとだけ振り返りました。

「一咲ちゃんも、行きますか?」

 なんだかわたしたちのほうを、気にしてたふうでしたので。

 彼女は視線を棚に向けたまま、「……、」すこし間があって、

「私はいいよ。覗き趣味とか、ないから」

「そうですか」まあ、あんまり大勢で行っても逆に不便かもしれません。

 でも、覗き趣味って、ちょっときつくないですか?


 + + +


「もし付き合ってるってなったらさ」

 わたしと涙未ちゃんは、競歩状態で屋上を目指します。走るのは厳禁です、わたしたち的に。なぜなら疲れるから。

「どうするの?」

「明日は休みます」

「お腹痛くなるから?」

「はい」

 ストレス性腹痛です。しくしくモードです。わたしのお腹は、ナイーヴですから。

「それで、お家で布団にくるまってどうするか考える?」

「そうですね」考えたくもないですけど。ああ、考えなければならない状況を思うだけでお腹が……。

 うずくまりたい。でも、そんな場合じゃないです。

「まあ、ちゃんとしたこと考えるのは、確認してから……にしましょうよ、ねっ?」

「そだね。……なんか必死だね」

 当たり前です。白ちゃんのことなんですから。

「そういう涙未ちゃんは、どうするつもりなんです?」

「ぼく? うーん……」

 腕を組み、あごに手を当てる涙未ちゃん。わざとらしい考えるポーズです。何やらニヤけてきましたし……。

「ゴーモンかな」

「はあ?」

「付き合い続けてゴーモンされるか、別れると言ってゴーモンされるか、えらべーってね」

「鬼畜ですね! どっちみち拷問じゃないですか。だいたい具体的には何するつもりなんです?」

「具体的にって、もみじのほうが鬼畜だね」

 哀れみと畏れのまじった目で見られました。理不尽です。

 そしてわたしたちは、屋上への階段に到着しました。急いで階段上ったので、ちょっと疲れた……。涙未ちゃんも微妙に息が荒いです。運動不足な二人。

 この上に、誰かがいるかと思うと、いやでも慎重な足運びになります。そろりそろりと、無駄に壁に手を添えて、上を伺いながら歩を進めます。探偵とか、スパイとか、そんな気分。

 いや涙未ちゃん明らかにおかしいですし。なんで背中を壁に当てて両腕真一文字なんですか? 意味分かりません。

 物陰から飛び出すときに飛び込み前転しそうな友だちは放置して、わたしは階上に意識を集中します。

 ひとの声が、きこえてきました。女子の声。

 やっぱり、まだいました。

 わたしたちはいよいよ壁との一体化を進め、床を這うようにして上を目指します。すこしでも近くへ。でも、ばれないように。

「……で、そのときね……」

 ついに階段を上りきってしまい、わたしたちは彼女たちと同じ高さ――つまり屋上の入口に到達しました。さいわい、壁と、積み重なった机や椅子が、わたしたちの姿を隠してくれます。

 もう話しの内容が分かるくらい、女のこの声ははっきりと聞こえます。わたしたちはすこしの間、その場で聞き耳を立てました。

 どきどき。

「……その子が実は、片耳が聞こえなかったってことが分かるんだ」

 ドラマか何かの話でしょうか。

 女のこの声は確かに、楽しそうです。相手になってるはずの先輩の声は、よく聞こえないのでどんな感じかは分かりません。

「……ショックだったよ。ただ意地悪してるだけかと思ってたしさ」

 弾んだ声が、狭っくるしいその場に反響します。踊るような調子で、その女のこは話し続けています。

 なんというか、妙にむずむずする声です……。こういうかんじ、どこかで聞いたことあるような。

「ね、あたしの話、面白い?」

 一転、ちょっと声をひそめ、不安そうな調子でそう聞きます。なんか初々しいですね。付き合ってるっぽくない気もしますが、付き合い始め、という感じもします。

(よく分かりませんね。覗いてみましょう)超ひそひそ。

(いえっさー)サムアップは余計です。

 そろそろと、目が合いませんようにと願いながら、顔を出します。壁の影から二人トーテムになって先輩たちを盗み見る、わたしたちです。我ながらあやしい。確かに覗き趣味とか責められても、文句言えない気がしました。

 ともかく、女のこと先輩が、向かい合って机に腰掛けているのが見えます。

(あれは)

 女のこの顔が、見えました。

 小麦色の肌に、微妙な茶髪。短めのスカートから、自己主張の強い足が伸びています。

月島つきしま沙耶子さやこさんですね)

(あーそうそう、そんな名前だった)

 月島沙耶子さんは、派手な子です。クラスが違うので大した接点がないんですが、体育の時間などは一緒になることがあります。いつも何人かで固まって、大声で笑ってる。軽いノリ。そんなイメージがあります。

 正直、意外です。白ちゃんの話から受ける、夕足先輩の真面目で優しいイメージとはズレがあります。先輩はどちらかといえば、白ちゃんのような女のこらしくてやわらかいイメージが似合う系のはず。

(忘れてたよ。個人的にはちょっと、派手系は苦手でさ)

(わたしもです……)

 いつも元気で快活に過ごしてる彼女たちは、わたしにとってまるで遠い世界の住人のようなのです。

 何だか、体調で悩んだこととか、なさそうで。

 ちょっと近寄りがたいというのが、本音です。

 涙未ちゃんも雰囲気的にはわたしたち寄りですし(だから保健室が居心地がいいとか言うわけで)、苦手だと言うのも、無理もない気がします。

「……でも、最後はやっぱり、死んじゃうんだよね……」

 月島さんは、何やら哀しい話を楽しげに行う、という器用なことをやっています。彼女が先輩に好意を持っているのは、もう明らかですね。一応、彼女のほうから一方的に、先輩に言い寄っているだけという仮説が成立します。

 だけど、問題は、先輩です。どう思っているのやら。

 相変わらず先輩の声がよく聞こえないのが、もどかしいです。先輩がソプラノだったらもっとよく聞こえたはずなのに!

 月島さんは、延々とドラマか何かの話を続けています。先輩は基本聞き役なせいか、殆ど喋ってなさそう。わたしはその声を聞き取ろうと必死です。もう今すぐ出て行って目の前で話しを聞いてやりたいくらいです。二人の目の前に仁王立ち。そうして付き合いジャッジをしてあげたい。

「あ、もうこんな時間だ。今日、友だちと待ち合わせしてるんだ、あたし」

 ああ、話が終わってしまいました。

(やばいです、逃げましょう)

(い、いえっさー)サーじゃなくてマアムでしょうが。

 とっとと引っ込んで、撤収です。何だか行きよりどきどきしました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ