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第二話

 白ちゃんは、先輩が好きなのです。

 恋というやつです。

 でも、今のところ、なかなか進んでいないのです。

「あんまり、会えないし。会えても廊下ですれちがうくらいで、挨拶はしてくれるけど」

「うーむ、そっか。ユーカリ先輩だっけ?」

「ううん、夕足ゆうたり先輩。笹じゃないよ」

 いえ笹でもないですが。パンダとコアラが、ごっちゃに。

 夕足先輩。いっこ上の二年生で、生徒会書記。

 それくらいの情報しか、わたしは知りません。涙未ちゃんは顔くらい知ってるようですけど、わたしは見たこともないです。

「ちょっと立ち話、してみるとか」

「そっ」声が裏返りそうに。「そんなの、むりだよう」

 涙未ちゃんは首を傾げます。

「そういうもの?」

「うん……。だって何、話していいか、わからないし」

「初めて会ったとき先輩に助けてもらったんでしょ? だったら、その話とかでいんじゃない?」

「でも今さらだし……」

 頭を抱えてうつむく白ちゃん。悩ましいですね。接点がないとつらいです。

「もたもたしてると、誰かに取られちゃうかもよ……?」

 わざとらしく声をひそめてそんなこと言っても説得力ないです。

 ないのですが、

「うぅ……」

 白ちゃんはタオルケットをかぶって防御体勢を取ってしまいました。

「先輩のこと、好きなんでしょぉ?」

 うりうり、とにやにやしながらタオルケットバリアーを突っつく涙未ちゃん。中から白ちゃんのくぐもった悲鳴が聞こえてきます。ソフトえすえむ。

「で、先輩のどこがいいんだっけ?」

 結局、話はそこに行き着きます。これはこれでいつものことだったり。

「うん……」

 タオルケットから顔だけ出して天むすになった白ちゃんは、恥ずかしそうにもじもじと、そして次にぼうっとした目付きになります。自分の気持ちを見つめる目。夢見るような、ふわふわとした。春風のような、あったかい。そんな感じの気持ちです。

「先輩はね……」

 そして、両の頬を真っ赤に染め、俯きがちに、だけどとても幸せそうに口元をゆるめて、先輩のいいところをいっこずつ挙げていくのです。

 もこもこの、綿菓子のような。

 焼きたての、アップルパイのような。

 女の子のからだは砂糖菓子でできているとか言いますが、白ちゃんに関する限りそれは事実と言えましょう。

 ちなみに、わたしは甘いものが大好きです。お腹には、よくないのですが。

 はぁ、白ちゃんを見ていたら、すこしお腹の調子がよくなりました。白ちゃんはわたしにとっての最高のお薬です。

 ……冗談ですけどね?

「あんたら、青春してるなー相変わらず」

 カーテンの向うから浅川先生の声が聞こえてきます。青春。毎度ながら、いまいちピンと来ない言葉です。

「せんせもまだまだいけるよ。セーシュン、せーしゅん」

「ははは。あたしはもうだめだよ」

「そんなことないよ。せんせ美人だし」

「ありがとう相坂。そんなこと言ってくれるのはあんただけだ」

「いえいえどういたしましてっす」

 ははは、と笑いあう二人。微妙にきわどい会話です。

 先生と涙未ちゃんのやりとりを眺める白ちゃんは、もう元の、すこし青白い表情に戻っています。先輩の話をしているときよりも、落ち着いた様子。

 穏やかな顔。

 たぶんわたしも、似たような顔をしていると思います。

 ここは――保健室は、居心地がいいのです。先生はいいひとだし、みんながいますし。

 こんな時間が、ずうっと続けばいいなぁと、ときどき思います。

 でも――。

「青空って、きれいだよね」

 白ちゃんは窓の外を見て、とつぜんそんなことを呟きました。

「でも、すこし憂鬱」

 つられてわたしも外を見ます。

 雲ひとつない秋晴れでした。わずかに傾いた太陽が端まで真っ青な空を白く照らす、寒々しい景色。

「せかいが、もうすこしきれいならいいのに」

 白ちゃん、詩人ポエマー

「……そうですね」

 わたしは、相槌を打ちます。

 保健室のお世話になりっ放しなわたしたち。青空の自由なイメージには、憧れと嫉妬みたいなものを感じます。

 病弱ゆえの憂鬱(テンダーブルー)

 いつも体の調子に悩まされているわたしたちにとって、憂鬱は常にかたわらにあるものです。

 保健室の時間が、どれだけ楽しくても。いえ、楽しいときほど、すっと気持ちに入り込んでくるわたしたちの憂鬱。

 だから――普通に、楽しいだけじゃなくて。

 もうすこしだけ、ちょっとくらい、いいことあるようにって願っても、罰は当たらないんじゃないかと思うのです。

 例えば、

 白ちゃんが、夕足先輩と、恋人どうしになれますように、とか。

 青空を見上げる白ちゃんの、すこし曲がった背中と細い肩を見ながら、わたしはそんなことを思いました。


 + + +


「白たん、いる?」

 天気は快晴。きれいな青空が広がる、うららかというにはすこし寒い秋の一日です。

 いつものように保健室で憩っていると、すこうしだけ開いた保健室の入口、扉の隙間からそんな声が聞こえてきました。

「いや、何してるんですか涙未ちゃん」

 ふつうに入ってくればいいのに、こっそり覗きの体勢。何がしたいんでしょう。

「白ちゃんならいませんよ。今日はお休みです」

「そっか」がらりと扉全開。

「白ちゃんに何か用――」「うひっ!」

 涙未ちゃんは、きゅうに大声を出して立ち止まりました。

 その視線の先には、ひとりの女のこがいます。

「……なに?」

 仏頂面で文句ともただの質問ともつかない声を出したのは、未樹みき一咲かずさちゃん。白ちゃんのクラスの保健委員さんです。

「……白たんいないっていうから、てっきりいないと思ったのに」

 涙未ちゃんは小声でぶつぶつ言いながら、物陰に隠れるように保健室へと入ってきます。

 一咲ちゃんは保健委員なので、白ちゃんがここに来るときはいつも付き添っています。逆に言うと、白ちゃんがいないときは、あまり来ません。

 まあ、来てもあんまり話さないんですけどね。

「びっくりしたじゃないか、もう……」

 まだ言ってますし。本当苦手なんですね。

 涙未ちゃんは、一咲ちゃんをやや恐れています。

 なぜなら、一咲ちゃんは、まじめだから。

 わたしや白ちゃんと違って、涙未ちゃんが保健室に来るのは寝るためです。そんな理由でベッドを使う涙未ちゃんを、あまり一咲ちゃんはいい目で見ていないのだ――、というのが、涙未ちゃんの主張。

 それが正しいのかどうかはさておき、実際のところ、けっこう怖い感じ醸してるのは事実かもです。短めに切った髪と、きりりとした一重まぶた。ぴんと伸ばした背筋は無愛想さと相まって微妙な威圧感を生み出しています。本人はたぶん自覚してませんが。

「で、涙未ちゃん。白ちゃんに何か用ですか」

「う、うん、ちょっとね」

 わたしは自分のベッドに座って、生徒なのになぜか薬棚の整理などしている一咲ちゃんを横目に見ます。何であんなことしてるんでしょうね。乱れてたから勝手にやってるんでしょうか。まじめだから。

 涙未ちゃんはぱたぱた歩ってきて、わたしの隣の腰を下ろします。

 そしていきなり横になりました。

「何ですか、寝る気ですか」

「いや、反射的に」あなたいつかのび太って言われますよ。

「今日来たの、五時間目でしたよね」

「うん」

「お昼過ぎまで寝てたんですよね」

「そうだよ」

「いつも思うんですけど、だったら学校来なくてもよくないですか? どうせ来ても寝てるんですし」本当このひと寝すぎです。

「いや、ぼく皆勤狙っててさー」

「は?」いま皆勤とか言いました?

「ほら、ぼくって成績やばいでしょ? だからちょっとでもいいことしとこうかなぁって」

 いや……確かに、遅刻率百パーセントながら欠席率はゼロ、ですけど……ね。

 わたしの目から、涙がどっと溢れました。

 脳内での話ですが。明らかに皆勤条件を勘違いしてますこのひと。

「というわけで、ぼくは一日たりと休むわけにはいかないのだ」

 こぶしとか振り上げられても。

「いや、あなたの皆勤はどうでもよくてですね」

「何おう、ぼくにとっては重要なことなのに!」

 かわいそうなひとです。

「はいはい」

「むう!」

「で、白ちゃんに何の用だったんですか?」

「あ、そうだそれだよ」

 涙未ちゃんの表情がすこし、複雑になりました。安心と残念が一緒になったような顔。

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