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第十八話

「……えっ?」

 驚き声は、白ちゃんのもの。だけど、わたしも、涙未ちゃんも、同じ気持ちでした。

「白の手紙、月島さんに渡したのは、私」

「何、言ってるの」

 白ちゃんの顔は、半分笑ったままに固まっています。

「うそだよね?」

「うそじゃない」

 一咲ちゃんはまったく笑っていなくて、それどころかいつもよりずっと険しい顔をしていて、だからわたしたちはみんな、はっきりと理解してしまいました。

 一咲ちゃんは、うそを言っていない。

 白ちゃんの手紙を盗み出して、月島さんに渡したのは、一咲ちゃんだと。

「なんで。どうして」

 かすれた声で、白ちゃんは問いかけます。

 ありえない。一咲ちゃんが白ちゃんの害になるようなことをするなんて、ありえません。そのはずでした。

 なのに、何故?

「……私、白には、先輩と付き合って欲しくなかった」

「え」

「さっちゃん的には、先輩じゃだめだってこと?」

「ちがう」

 涙未ちゃんの言葉を、一咲ちゃんは、はっきりと否定します。

「先輩だから、ということじゃなくて。誰とも、付き合って欲しく……ないの」

 意味が分かりませんでした。誰とも付き合うな? どうしてそんなことを。

(――まさか)

 ふと、わたしは、ここ最近の一咲ちゃんの態度を思い出しました。先輩と白ちゃんの関わりに関する、ちいさな違和感の数々。その結果としての、根拠の薄い推測。

「応援してくれてるって、思ってたのに。どうして、そんなこと、言うの」

「白たんを元気付けようとするときも、すごい必死だったし、ラブレター書くときだって、あんなにノリノリだったのに」

 涙未ちゃんの言う通りです。一咲ちゃんは、確かに、白ちゃんのことを大切に思っているはずです。

 でも、もしわたしの推測が正しいとするならば……、

 白ちゃんを助けようとすることと、先輩と付き合って欲しくないという気持ちは、決して矛盾するものではありません。

「一咲ちゃん……ほんとうは、私のこと、きらいなの?」

「ちがう!」

 聞いたこともないほど大きな声で、一咲ちゃんは、とつぜん叫びました。

「嫌いなんてことない。ぜったい、そんなことない」

「じゃあ、どうして」

「私は――」

 頬を桃色に染めて。きっと白ちゃんを見すえて。つり目気味のせいで睨みつけるようになってしまってますが、そんな状態で、一咲ちゃんは自分の思いを吐露します。

「しっ、白のことが、好きなんだ」

 それに対し、白ちゃんはただ、困惑を顔に浮かべただけ。

「えっ、よ、よく分からないよ、じゃあ、なんで……」

「友だちとして、っていう意味じゃなくて」

「えっ」

「その、……恋愛の、対象として」

「え」

 ……やっぱり。

 白ちゃんは……、目をいっぱいに見開いて、口半開きの状態で、固まってしまってます。

 五秒くらい、そうしていたでしょうか。

「え、ええーっ!?」

「さっ、さっちゃん……!?」

 白ちゃん涙未ちゃん、大慌て。

「えっ、一咲ちゃ、好き? わたし?」

 あたふたと、自分を指さして、それから一咲ちゃんをさします。

 頷く一咲ちゃん。

「ええーっ?」

 白ちゃんまで頬を桃色に染めて、両手を当てて俯きます。「一咲ちゃんが……私? ええっ?」ぶつぶつと。「あっ、だから、私と先輩が……なるほど……じゃなくて。ええっと」状況に思考がついていってません。

「じゃ、じゃあさ、昔さっちゃんが書いたラブレターって、もしかして白たんに?」

 一咲ちゃんは、答えません。ただ、俯いて、耳まで赤くしています。

 それが答えでした。

「う、うわあ……」

 おののいているのか感心しているのか分からないような声をあげて、涙未ちゃんは後ずさります。

 状況が混沌としてきたので、わたしは聞きたいことを聞きます。いつからなんですかとか、色々質問はあるけれど――、

「一咲ちゃん。どうするつもりですか。これから」

 けっきょく重要なのは、そこだと思います。

 一咲ちゃんは、長いあいだ、黙っていました。

 白ちゃんも、他のみんなも。一咲ちゃんが口を開くのを、じっと待ちました。

 やがて彼女は、口を開きます。意外と落ち着いた口調でした。

「白のことは、諦める」

「……そうですか」

 それは、予想範囲内の答えでした。

 けれど、その次は。

「保健室にも、もう来ない」

「えっ」

「もう、ここには居られない。私は、自分の気持ちを優先して、白の気持ちを台無しにしようとしたんだから……白の側にいる資格なんか、ない」

「そんな。一咲ちゃん?」

 慌てたのは白ちゃんです。でも、一咲ちゃんは、堰が切れたように言葉を重ねていきます。彼女じしんが、してしまったこと。罪を。

「私は、白が失恋すればいいと思った。白のラブレターがなくなって、月島さんと先輩が付き合えば、白は先輩のことを諦めざるを得なくなる。そうなったとき、慰めてあげれば、もしかしたら――って思った」

 一咲ちゃんは月島さんを見て、続けます。

「そのうえ、ラブレターを月島さんに渡せば、勝手に捨ててくれるだろうし盗んだのを彼女のせいにできる、と思った」

「う、黒い」

 わたしは呟いた涙未すけを睨みつけました。茶化す場面じゃないのです。

「そう、私は、腹黒くて……汚いんだ」

 ほら見なさい、と言って涙未すけをはたきたい気分になります。

「だから、もう……ここには、来ないよ」

 ぎゅっと引き結んだくちびると、固く握り締めた両手のこぶしが、彼女の心中を表現しているようでした。じっと、耐える心。後悔と、後ろ向きの決意。

「ごめん、白。本当に、ごめん……でも、本当に、白のこときらいなわけじゃないから」

 白ちゃんは、答えませんでした。

「ごめん……」

 一咲ちゃんが二度目に謝って、すこしだけ黙ったあとで。

 白ちゃんは、ようやく口を開きました。

「……私こそ、ごめん」

「え……」

 顔をあげた一咲ちゃんの目は、すこし、潤んでいました。

「私、やっぱり、先輩のことが好きだから。一咲ちゃんの気持ちは、うれしい、けど……やっぱり、受け止められない、と思う」

「うん」

 一咲ちゃんの目からは、今にも涙が溢れそうです。

「でも、……わがままかも、しれないけど」

 すこしだけ、言いづらそうに。白ちゃんは続けます。

「一咲ちゃんが保健室に来なくなるのは、私、いやだな……、ひとりでここに来るのは、ちょっと不安だよ」

 ぴたりと、涙が止まりました。数度の瞬きに押し出された、ごく小さなしずくが頬を伝って落ちただけ。

「でも、私」

「それとも、一咲ちゃんはもう、私がいるところには来たくない……?」

 白ちゃん、その聞き方は……すごくいいかんじです。

 案の定、一咲ちゃんは慌て始めました。

「ちっ、ちがう。それは違う」

「だったら、いいんじゃない、そんなに気にしなくても。手紙は戻ってきたんだしさ」

 畳み掛ける涙未ちゃんに、うんそうだよ、と白ちゃんが相槌を打ちます。

「結果オーライってことでね。さっちゃんだって、もうこんなことしないでしょ?」

「そう、だけど……でも」

 それでも納得しない、一咲ちゃん。

 段々わたしは、じれったくなってきました。

 誰も、一咲ちゃんに保健室から出て行けなんて言ってません。でも彼女的には何か引っかかる様子。どうすればいいんでしょうね。

「私は、こんなに、悪いことしたのに」

 その言葉で、わたしはピンときました。

 単純な話し。悪いことしたなら……

「償えばいいです」

「つぐない?」

 一咲ちゃんは、本来まじめです。

 だから、正論で攻めればオーケーなのです。

「罰を与えます」

「罰って、もみじ」「さ、さくらちゃん?」

 驚いた二人が、わたしを制止しようとします、が。

「いい」

 一咲ちゃんは、じつに真面目な様子で頷きました。立派な、覚悟の表情です。

「何でもする。それだけのことを、私はしたから」

「……では、いまから言うこと、ちゃんとやってくださいね」

「さくらちゃん、罰なんか」

「いいんですよ、白ちゃん。これは一咲ちゃんが望んでることなんですから。まず、最初に」

「いくつかあるのっ?」白ちゃんの声を無視して、わたしは続けます。

「毎日、白ちゃんをしっかりと保健室まで送り届けること」

「はっ?」

「次に――」「待って、葉桜。それは」「――涙未ちゃんともっと仲良くすること」

「えっ!」というのは一咲ちゃんの叫び声。

 涙未ちゃんは微妙に傷ついた表情で、

「……いや、もう仲良くしてるつもり、だったんだけど。ひどいなさっちゃん」

「ご、ごめん」

「あとは」

「まだあるの……」

「ここにいるときは、もうすこし喋ってください。さみしいので」

 うっ、と詰まる一咲ちゃん。今言った罰三つの中ではいちばんきつそうな反応です。

「……ぜ、善処する。でも、私、無口だから」

「十分です」

 わたしはわざとらしく、頷きました。

「……というくらいなんですけど、白ちゃん涙未ちゃん。他に何かありますか?」

 二人に流し目を送って皮肉げに笑い、煽るわたしです。

「私からも、お願いしたいな。もうちょっと喋ってほしい」

「お願いじゃないですよ。罰です」

「え? じゃあ、えっと。喋りなさい!」命令になりましたし。

「わ、わかった……白がそう言うなら」

「じゃあぼくの罰は、白たんに向けて書いたラブレター公開!」

 わたしは無言で涙未すけの頭にチョップを入れました。

「な、何するの」

「リアル罰は禁止です」

「うぅ、チャンスだと思ったのに……じゃあ、」

「今ので罰権利は終了です」

「うそっ!?」

「まじです。発言権は一回のみです。言ってませんでしたが」

「ひどい」

 そんな心底残念そうな顔しないでほしい。

「……と、いうわけで。以上の罰を受けるなら、わたしたちはあなたを許しましょう。ね?」

 うん、と頷く二人です。

「あ、ありがとう……みんな。ごめん」

 一咲ちゃんはどことなくほっとした様子で、彼女には珍しい表情――つまり、微笑み、を浮かべます。もう保健室に来ないなんておかしなことは、言いませんでした。 

 それが、いちばんです。

「なんか、よく分かんないけど……よかったね」

 収まりかけた空気に混じる、月島さんの、一言。

「……まだいたんですか。すいません、正直忘れかけてました」

「ひどっ! あたし、罪かぶされそうになったのに」だって悪者ですし。「……まあ、手紙のことがあったから、ここに来やすくなったのは確かだけどさ」

「そうですか。一咲ちゃんに感謝しないとですね」

「それもどうなの……?」

「まあ、それはともかく」

 白ちゃんの手紙が返って来て、月島さんと一咲ちゃんが本心を打ち明けはしましたけれど。そもそもの問題は、解決してないのです。

「あなたはどうするんです? 先輩のこと」

「あ、あたしは」

「やっぱり好きだって?」

 わたしと涙未ちゃんは、二人して月島さんに詰め寄ります。諦めないと言うならば白ちゃんの恋敵、イコールわたしたちの敵です。そのへん、はっきりさせねばなりません。

「うぅ、すきだけどさぁ……」

「けど、何ですか。分かりませんし」

「ちょ、ちょっと、落ち着いて」

 問い詰めモードのわたしたちを制止したのは、意外にも、白ちゃんでした。

「そんな風に言ったら、月島さんだって正直な気持ちで話せないよ」

「でも」反論しようとしたわたしを、白ちゃんはすこし強い調子で制しました。

「でもじゃないです」

 なぜか丁寧語で。

「それじゃ、無理やりみたいだよ。月島さんと、同じになっちゃうよ」

 うっ、それは。

「たしかに……」

「……いや、そこで納得されると、あたしとしてもグサッと来るんだけどさ」

「でも、事実だよね」ばっさりと白ちゃん。ちょっと怖いです。……こんなキャラでしたっけ。

「う、まぁ。ごめん」

「私はぜったい、月島さんの邪魔はしないよ。けど、月島さんも、私の邪魔はしないでほしい」

「うん……」

「月島さん。私、この手紙、先輩に渡すよ」

「……むっ」

「月島さんも先輩のこと好きだってよく分かったけど、私だって好きだから」

「あ、あたしだって」

 その言葉を聞くと、白ちゃんは、なぜか妙に満足そうな表情で頷きました。

 そして、真剣な瞳で月島さんを見つめて……

「私、」

 はっきりと、言いました。

「負けないよ」

 月島さんは、はっと目を見開きました。

 宣戦布告。

 わあ白たんなんかカッコイイ、と涙未ちゃん。

 わたしも、同じ気持ちでした。

 白ちゃん、なんだか、強くなりましたね……。

 月島さんとのことは、この分だと、もう心配いらないですね。先輩への恋についてはまだ決着してませんけど。

(あれ?)

 わたしは心に引っかかりを感じました。何か、忘れてるような。

 まさにその瞬間。

 がらりと、保健室の扉が開く音がしました。すこし切羽詰ったような、テンポの速い開閉音。

 唐突に、わたしは思い出しました。

 何事、と振り返るわたしたちの前に現れた、そのひとは――夕足先輩。

 そういえば、保健室に入る前、連絡入れてたんでした。

「い、衣花さん、だいじょうぶ?」

 ずいぶん急いで来たらしい先輩は、一息つくなりそう言いました。

 白ちゃんといえば、そんな様子を怪訝そうに見ています。当然といえば、当然ですが。

「ええと、先輩。何をそんなに急いでるんですか?」

「ついさっき、呉内さんからのメールに気付いて」

 ……遅っ。

 ああなんだ、みたいな空気が流れます。せっかく授業抜け出してまで助けに来てくれたのに、いざ到着してみればとっくに事件は終了後。遅れてきた王子、姫はもう助けを必要としていません――うわあ、先輩ちょっと、かわいそう。

「いや、――」

 なにか慰めの言葉でも、と思ったわたしに、女のこふたりの声がかぶさります。

『先輩っ、来るの、遅いです!』

 白ちゃんと月島さん、完全なハーモニクス。

「ええっ?」

 驚いた先輩の顔はちょっと間が抜けていて、

 だからなのか、白ちゃんと月島さんは、声をそろえて笑い出しました。

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