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第十七話

 わたしは、ようやくの思いで保健室の前に辿り着きました。

 なんと、保健室に月島さんが来たというのです。

 それが白ちゃんからの電話の内容でした。とにかく早く来て、という声だけ残して電話は切れました。

 白ちゃんの声、ちょっと震えてた気がします。

 それはそうでしょう、相手は月島さん。体弱かったら幸せになれないとか、酷いことを散々言われた相手なんですから。トラウマにだってなろうというものです。

 緊張した面持ちで、わたしは扉を睨みます。この向うに、月島さんがいる。言い合いになるかもしれないし、場合によってはもっと酷いことになるかもです。何を思って保健室にやってきたのか、知りませんが――、

 わたしには、心強い味方がいます。

 それも二人。

「二人とも、準備はいいですか。心の」

「うん」

「いいよ」

 白ちゃんの連絡の後、心配してわたしのところに来てくれた涙未ちゃんと一咲ちゃんです。どっちかだけでも先に行ってくれれば、とも思いましたが、でもわたし一人では心細かったのも事実。今はこの味方の存在に、素直に感謝すべきでしょう。

「……先輩にも、メール入れておきましたから」

 わたしは移動中に、夕足先輩に短く状況を伝えておきました。あんまり頼りきりにはなりたくないのですが、状況が状況です。もしものときは、あのひとが対月島さん最終兵器になってくれるはずです。

 でも、わざわざ待ってる余裕はありません。

「……では、いざ」

 低く呟き、二人も頷き、わたしは保健室の扉を、おおきく開け放ちました。



「……見つけました」

 ひとつを除いて、いつもの保健室。白い床と天井。薬棚。書類の散らかった先生の机。ベッドのカーテンは開け放されていて、そこには白ちゃんが座っています。

 そして部屋の隅には、白いイメージの保健室からは浮いた存在、

「……月島さん」

 微妙な茶髪に褐色肌の、月島沙耶子さんが立っていました。

 じっと見つめると、わたしたちの剣幕に気圧されたのか、月島さんは目を逸らして俯きました。

 まず口火を切ったのは涙未ちゃんです。

「月島サンさ、白たんの手紙、持ってるんでしょ? 返しなよ。っていうか、嫌がらせにも程があると思うよ?」

「……え」

 月島さんは顔をすこし上げて、ちいさな声を出しました。

「白に、何するつもり?」

 次に一咲ちゃんが、聞いたこともないくらい低い声で糾弾します。

「あれだけ酷いことを言っておいて。まだ気が済まないの? これ以上、白に何かしたら、許さないから」

「……う」

 月島さんは、一咲ちゃんの迫力に押されてか、一歩あとずさりました。

「白ちゃんの手紙、返してください」

 続いてわたしは、前に出て、手を差し出しました。

「だいじな手紙なんです。あれが、白ちゃんにとってどれだけ大切なものか……。あれは、あなたの軽々しい気持ちで、他のひとたちの目に触れていいものじゃないんです。

 あなたは知らないでしょうけど、白ちゃんは、ずっと大変な目に会ってて……。最近ようやく、先輩というひとを見つけて幸せになれそうだったんです。なのに、あなたのせいで」

 後ずさる月島さんを追うように、わたしは一歩、また一歩、詰め寄ります。

「白ちゃんの気持ちも分からないくせに! あなたに、白ちゃんの幸せを壊す権利なんか、ないはずです!

 返してください! 白ちゃんの手紙、早く、返してください……!」

 白ちゃんのために。白ちゃんの幸せを願って。

 わたしは、力いっぱい手を伸ばして、月島さんに突きつけました。

 できる限りの意志を込めて、月島さんの両目を見据えます。

 簡単には返してくれないかもしれません。でも、手を伸ばして、キッと見つめれば、すこしだけでもこの気持ちが伝わるかもしれないと思って。

 わたしだって、必死です。緊張してます。じつはちょっと、泣きそうです。

 でも、ここは絶対、退けません。退いたら、白ちゃんが――。

「そうだ、返してよ」

 涙未ちゃんも一咲ちゃんも、わたしに加勢してくれます。そのことに勇気を得て、わたしはまた一歩、月島さんに詰め寄りました。

 わたしたちが一歩進むと、月島さんは一歩後退します。

 何度か、それを繰り返していると。

「う、」

 月島さんの顔が、すこし赤くなりました。

「あ、あ、」

 眉根に深く、皺が寄ります。

「あ、あ、あたしだって」

 くちびるが、わなわなと震え始めました。

 そして――。

「せっ、先輩のことが、すき、なんだよぅ……、うっ。うえええん……、」

「!?」「!!」「んぇっ?」

 ……なっ。

 泣いた!?

「ううう、あ、あたしだって、あたしだってぇ……」

 わたしは、うろたえました。

 だって、これは、反則です。反則ですよね!?

 月島さんは子どものようにその場に座り込んで、本気モードで泣き始めました。心の汗がぼろぼろです。涙の粒とか見えてます。まじです。まじ泣きです。

「え、えっとね、みんな」

 今まで黙っていた白ちゃんが、おずおずと声をかけてきました。

「あの……、もう、手紙、返してもらったよ」

「えっ」

「手紙、落としちゃったみたいで。月島さんが拾ってくれて、ここに届けに来てくれたの」

 ――え。

「だから、えっと。さくらちゃんたち、なんで怒ってるの?」

 ……。

 わたしたち三人は、お互いに顔を見合わせました。

 なんで怒ってるの、って。

「……一咲ちゃん。白ちゃんに事情、説明してなかったんですか」

「え、あ、うん。言ってないって、もう言った」

「……言うなって言ったの、もみじじゃん」

 思わずそんな、意味のないやりとりだってしちゃいます。

 理解不能ですみたいな顔の涙未ちゃん。

 困惑した様子の一咲ちゃん。

 白ちゃんは月島さんを何だか憐れみの目で見ていて、

 月島さんは、子どもみたいにまじ泣きです。

 えっと……。これは、もしかして。

「あー、キミタチ」

 傍観者だった浅川先生が、わたしたちに止めを刺そうと立ち上がりました。

 やめてくださいもう分かりましたから、と言う間もなく。

「勘違い、ってやつね。……悪者だな、今回ばっかは」

 うわー。

 何だかいたたまれなくなったわたしは、

(――うっー!)

 今更のようにお腹痛かったのを思い出して。

 保健室備え付けのトイレに、逃げ込んでしまいました。



 ようやくみんなが落ち着いた後で、わたしたちは色々と話しをしました。

「わたしはてっきり、本当にさらす気なんだとばかり」

 月島さんは泣き腫らした目はそのままに、先生に淹れてもらった珈琲を飲みながらぽつぽつと話します。来なれていない場所だからか、居心地だいぶ悪そうです。わたしたちに囲まれてるからかもしれませんが。

「ああでも言わないと、あいつら収まんないからさ」

 あいつら、というのはトイレで一緒にお化粧直しをしていた彼女たちのことでしょう。

「さらす気なんてなかった。本当だよ」

 赤い目でそんなこと言われると、責める気が起きません。だから泣くのは反則なんですよ。

 ……いや、早とちったわたしが一番悪いのかもしれませんけど。

「みんな……さっきはちょっと怖かったよ」

 白ちゃんの言葉に、心を抉られるわたしたちです。

「うう、すいませんです」「ごめん」

 わたしと涙未ちゃんは、一緒になって月島さんに謝りました。

 一咲ちゃんだけは、仏頂面で無言。まだ警戒してるんでしょうか。

「いや……元はといえば、あたしがへんなこと言ったのが悪かったんだろうし」

 月島さんは、意外なくらい縮こまった様子です。

「その、衣花。色々ひどいこと言って、ごめん……」

 白ちゃんの目が、驚きに軽く見開かれました。

 わたしも驚きました。あれだけ物凄い勢いで白ちゃんのこと、責めてたのに。

「……うん」

 白ちゃんは、複雑な表情で頷きました。

「あの後で、先輩に怒られてさ……。あたしずいぶん酷いこと言っちゃったなって、かなりヘコんだよ。衣花もあたしとおんなじだって、自分で言ったのにね……」

「謝ってくれただけでも、十分だよ」

 いつもの白ちゃんからすれば、だいぶ平板な声でした。怒っているみたいな。

「でも、もうあんなことは言わないで欲しいな。私だけじゃなくて、他の子にも」

 わたしたちが白ちゃんを元気づけようとして、うそではあるけれども体調を崩そうとしたとき。あのときも、白ちゃんは怒りましたね。

 他人への共感が強い白ちゃんだからこそ、余計に許せないのかもしれません。

「うん……分かってる」

 ちいさくなって、泣きそうになってる月島さん。

 ふとわたしは、ねこのシロと遊んだときのことを思い出しました。いま目の前にいる月島さんは、校舎裏でわたしたちを見つけたときと、似た表情をしています。

 哀しげで、すこし気弱そうなかお。

 もしかして、こっちこそが、普段の彼女なのかもしれません。

 体育館でのことは、必死になりすぎてしまったことが生んだ、ちょっとした過ちみたいなもの、だったのかも。

 月島さんも、我を失うくらい、先輩が好きなのですね。

「……前から思ってたんですけど」

 だから、わたしは問います。

「何?」

「正直、月島さんと先輩って、イメージ合わないんですけど……どこが好きなんです?」

「なっ」

 月島さんは仰け反って、顔をぱっと赤らめました。恥ずかしいことをきくやつだな、と小さく呟きます。そりゃ、そうかもしれませんけどね。

「……イメージ合わないってのは、自覚してるよ。けど、これ、実はちょっと作ってるから」

「作ってる?」

 月島さんは、もう色々恥ずかしいとこ見られてるからぶっちゃけるけど、と前置きして続けます。

「付き合いのためにね。ほんとはあたし、もっとおとなしいというか……本とか物語とか、そういうの好きだし……って何言わすの!」

 いきなり逆ギレされました。おとなしいとか嘘です。

「中学のときとか、あたし自慢じゃないけど友達いなくってさ。だから高校になったら茶髪にして、派手にすれば、友達できるかなあって」

 ……、どこかで聞いたような話です。

「じっさい、できたけど。でも何か違う気がしたんだよね……」

 わたしは、白ちゃん、涙未ちゃんを見ました。二人とも同じ気持ちだったのか、すぐに目が合います。すこし哀しそうな雰囲気の目付きでした。

「……で、先輩とは素で話せた、というわけですか」

 もう何となく分かってしまったわたしは、先回り。

「まっ、まあね。話ちゃんと聞いてくれるし、簡単に否定しないし、あと……」

「ノロケ出した」

 涙未ちゃんの一言で黙る月島さん。白ちゃんのオーラもやや、剣呑な方向にシフトです。

 すこし、緊張した空気が流れます。

「え、えっと」

 それをほぐそうとしたのか、涙未ちゃんがわざとらしく陽気な声を出しました。

「ま、まあ、とりあえずよかったよね。手紙も戻ってきたし、月島サンのことも分かったし」

 その言葉に、白ちゃんの雰囲気が和らぎます。

「うん……手紙、持ってきてくれて本当によかったよ。ありがとう」

「い、いいってば。こんなの、全然」

 柄にもなく、……と言ったら失礼ですが……照れた様子の月島さんです。

「白たんが落としただけなんて、気が抜けるオチだよねっ」

 涙未ちゃんがそう言った瞬間、月島さんの顔色が変わりました。

「う、うん……そうね」

 目があっちこっち、泳いでます。

 挙動不審。

「何か、あやしいですね」

「えっ」

「本当に、拾っただけなんですか?」

「ほ、本当だよ」

 目が泳いでます。あっちこっち……一咲ちゃんのほうを見ないようにしてるのは、彼女が怖いからでしょうか。

「白状したほうが身のためですよ? 今なら許してあげますから」

「わっ、分かったよ! 言うよ、本当のこと言うから」

 初めからそうしておけばいいのです。

「手紙、ほんとうは――」

 ――そのとき、五時間目前の予鈴が鳴りました。

 わたしたちのお昼休み……憩いのときの終わりを告げる、騒々しい鐘の音。

 妙に長く感じられる、その音が鳴り終わった後、いちばん初めに喋り出したのは、わたしでもなく、月島さんでもない――

「……手紙、ほんとうは、私が月島さんに渡したの」

 とてもつらそうな顔をした、一咲ちゃんでした。

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