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第十四話

 恋文。

 恋い慕う心を打ち明けた手紙。

 新明解国語辞典、第六版より。

「どんだけ古風?」

「涙未すけうっさいです。確かに古風ですけど、先輩がいいって言うんだからこの場合はこれがベストなのです。古風ですけど」

「む、むりだよう」

「そんな弱気でどうするんですかッ!」

「ひっ」

 一喝です。めーです。

「心のこもった文章が、先輩の心の扉をガンガン叩いてこじ開けるんですよ! そしてその手紙は大切に保管され、二人がケンカしたときに仲を取り持ってくれたり」

「ケンカなんかしないよう!」

「倦怠期に付き合い初めのうぶな心を教えてくれたり!」

「けっ、倦怠期?」

「そして結婚式で読み上げられて、みんなの話のネタになるんですうぅぅっ!」

「けっこんー!?」

 白ちゃんは目を回し始め、頭のてっぺんからゆげを吹き……。ぽてんとタオルケットの上に倒れこんで、動かなくなりました。

「……実際、どうですか? 無理そうです?」

「ううん……どうかな」

 何事もなかったように起き上がって、ふつうに受け答え。白ちゃん意外とノリがいいです。

「書いてみたことなんかないし……。やってみないと、分からないよ」

 書いたことあったら、逆にびっくりですけど。

「まあ、白ちゃんなら大丈夫でしょう。ノートにポエム書き溜めてますし」

「えっなんで知ってるのっ」

「え」……冗談だったのに。

「え」

 時間凍結フリーズ

 わたしは時を巻き戻し、気を取り直して話を先に「白たんのポエム、後で見せて!」

 涙未すけー!

「空気読めですっ」

「あいたっー!」

 白ちゃんに詰め寄るおばかさんの後頭部に、わたしはチョップを叩き込んで黙らせます。

「やってみます? 恋文」

 そして何事もなく、話を進めます。黒歴史ポエムとか触れないのが大人のマナーですし。

「う、うん」

 白ちゃんは、こくこくと頷きました。

「……恥ずかしいけど、でも、私もそれがいいのかなって思う」

 顔は、桜色満開。

 ひみつを暴かれたせいなのか、それとも恋文書くのが恥ずかしいからなのかは分かりませんが――、

「はあ……、せかいがゆれてるよ……」

 そう言って両手を胸に当てて、ほっと息をつく姿は、まさに恋する少女です。俯いてちいさなまつげをふるふる揺らし、くちびるをゆるく結んで考えに沈む白ちゃん。いま、白ちゃんの頭の中は、出会ってから今までの先輩の姿と自分の気持ち、そしてそれらぜんぶを、どうやって固めて文字の形にするのか、で一杯いっぱいに膨れてるんです。

 ちょっと切なそう。

 どうやって伝えていいか、よく分からないに違いないのです……。

 できるならば、代わりに書いてあげたい、けれど。

 こればっかりはできません。

 世界でたった一人、白ちゃんにしか書けない手紙ですから。

「こっ、国語の授業もっと真面目に受けておけばよかったよう」

「ぼくも、まともに受けたことないなあ……」

 いや、国語の授業は関係ないと思いますよ……あんまり。

「ラブレターに必要なのは、国語力じゃないと思う」

 一咲ちゃんの声です。きゅうに背後からぼそっとラブレターとか言われると、びっくりしますね。

「必要なのは、……」

 なぜ、そこで口ごもるのですか。

「なのは?」

「………………愛」

 うわ。

 真顔で……じゃないですね。いきなり顔真っ赤になりましたよ。

「……なんでもない」

 そこで逃げますか。

「さっちゃん、もしかしてあるの? 書いたこと」

「はは、涙未ちゃん。まさかそんな」

 ……寒気を感じて振り向くと、一咲ちゃんが逆に不安になるほど顔真っ赤にしてこっちを睨んでいました。地雷。地雷踏みましたよわたしたち。

 一咲ちゃんは手にした枕でばふばふ、涙未ちゃんとわたしを滅多打ち。わたし関係ないですし……。

「すごい! 誰に書いたの?」

 地雷踏んだ足を上げずにいれば助かるかもしれないのに、涙未ちゃんはお構いなしです。このまえ、一咲ちゃんが壊れたタオルケット防衛戦以来、二人の間にあった妙な遠慮はすっかり消えていました。

「出したの? 結果は!?」

「出してないっ! 書いただけ!」

「やっぱり書いたんだ!」

「……!!」

 一咲ちゃん、ちょっと涙目。

 最終的に先生に止められるまで散々涙未ちゃんをおっかけ回した後、一咲ちゃんは保健室を出て行ってしまいました。かわいそうに……。出際に白ちゃんをちらりと見た視線が、何やら色々と複雑そうでした。

「涙未ちゃん、ちょっといじりすぎですよ。気持ちは分かりますが」

 普段なかなか、こんな機会ないですし。

「誰に書いたのか、気になるよね」

 涙未ちゃんは、叩かれすぎて酷い有様です。髪の乱れは寝起きをゆうに超えるレベルだし、めがねはズレてますし……。

「まあ、……そうですね」

「一咲ちゃんに今度、どういう風に書いたか教えてもらおうかなあ」

 白ちゃん、それは……やめたほうがいいのかどうか。

 わたしにはいまいち、判断つかないです。白ちゃんならば、喜びそうではありますけども。

「わたしだって、相談くらいには乗れますよ」

 白ちゃんには忘れず、自分アピールです。

「ぼくもぼくも」

「う、うん。ありがと……」

 白ちゃんは、ぎゅっと拳を握り締めて、ガッツポーズめいたものを取りました。

「よし、がんばろうっ」


  + + +


 白ちゃんがまた学校に来るようになって、保健室は以前の風景を取り戻したようでした。

 いつもの挨拶だってしちゃいます。

「こんにちは、白ちゃん」

「あ、さくらちゃん。こんにちは」

「調子はどうですか?」

「うん。――いつも通りだよ」

 そう言って、白ちゃんは青白い顔で微笑みます。こほ、とちいさく咳をして、一本いっぽんとても細い髪の毛が、肩の上で揺れました。

「こんにちは。呉内さん」

「先輩も、こんにちはです」

 先輩も前のように、白ちゃんに会いに来てくれています。

 変わったことと言えば、白ちゃんの先輩を見る目でしょうか。

 夢みる乙女ちっくなのは相変わらずですが、今はまるで、獲物を狙う猛禽のようです。明らかに恋文を意識した、するどい眼光。先輩のいいところを、というより白ちゃん自身が好きなところを、もう一度心に刻み直そうとしてるんでしょう。

 目付きは真剣だけれど、怖いとか険しいとかいう雰囲気はぜんぜんないです。

 むしろ、かわいい。

 まるでうさぎとかねことかの小動物が、一生懸命になって狩りをしてるかのような……本人的には真面目なんだろうけど、見てるこっちは和む様子です。

 恋文の進み具合とか、聞きたいんですけど。流石に先輩がいたら、むりですね。

 ちなみに、今日は涙未ちゃんはいません。昼休みに来たと思ったら、わたしの顔を見るなり「今日は大規模アップの日だった!」とか叫んで脱兎の如く出て行きました。意味が分かりません。なんでわたしの顔を見て。そんなだから寝すぎなんですよあのひとは。

 涙未ちゃんが帰った理由はどうでもよくて、今だいじなのは、わたしの話し相手がいないということです。

 一咲ちゃんは、いつものように……というか、恋文の話が出てからこっち仏頂面がブーストされていて話しかけづらいですし、先生は何だか忙しそうです。

 仕方ないので、隣のベッドに意識を集中するわたしです。

 白ちゃんと先輩は、何だか甘いものの話で盛り上がっている様子。うちの高校周辺はなぜだかやたらと甘いお菓子のお店が多く、女子の間では常套の話題となっています。

「やっぱり黒蜜きなこパフェが人気なんですね」

「うん。でも若干、とりあえず黒蜜きなこにしておけばオッケーみたいなところがあるかもしれないね、あそこって」

「あ、確かにそうかもです。本日のオススメが、黒蜜きなこパフェ、プラス黒蜜きなこラテになってたときはちょっと笑っちゃいました」

 これはどうやら、創作菓子「まじゃーる」の話みたいです。あそこは黒蜜きなこが必殺技なんですよね。創作菓子と言うだけあってしょっちゅう新作を出してはいるけれど、割りと前衛的なのが多いところが特徴、らしいです。好き嫌いが別れるタイプですね。さつまいも納豆パフェとか、どうなんでしょう。

「意外とあの納豆の食感が、ぎゅうひのもっちり感と合うんだよ」

「へえ〜……」

 ここに愛好家がいました。

 とゆうか、ぎゅうひなんか入ってたんですかアレは……。アートです。

 前衛アート系メニューはともかく、黒蜜きなこ系はふつうにおいしいのでたくさん食べたいんですが、残念ながらわたしはほとんど味わったことがありません。ゆえに今の白ちゃんと先輩の話には、ちょっと生殺し感があって苦しいです。

 はあ。

 だいたい先輩、男性なのに甘党ですか。しかもお店巡るほどって、一緒に入る相手とか必要なんじゃないですか。それとも一人で食べ歩いてるんでしょうか。謎です。

 あと白ちゃんもあんまり食べに行けないだろうから、おなか減るだけじゃないんでしょうか、この話題は。

 でも白ちゃんは心底楽しそうで……。だから、まあ、いいんでしょうか。

 わたしは何となく、一咲ちゃんにアイコンタクトを送ります。

(いいんですか。このままで)

 一咲ちゃんは初め眉をひそめていましたが、わたしの必死の想いが通じたのか、ゆっくりとこちらに歩み寄って来ました。

 側まで到達すると、一言。

「あとで葉桜も一緒に行こう。まじゃーる」

「え。あ、はい」

 一咲ちゃんは言い終えると、元の位置に戻って行きました。軽くおなかをさすりながら。そういえば一咲ちゃんも、割と甘党でしたね。

 一咲ちゃんはそのまま、窓の外の夕暮れを眺めます。ちょっと目が、遠い感じがしました。


  + + +


「か、書けないよう」

 恋文を書こう!と言ってから四日が経った頃、白ちゃんは弱音といっしょに保健室に現れました。

「だ、だめそうですか……? ところで、それは?」

 白ちゃんは胸に、B5サイズの封筒を抱えていました。

「うん。下書きなんだけど」ドサッ。

 やたら重厚な音を響かせて机上に置かれた封筒からは、ルーズリーフの束がはみ出ています。

 見た感じ……五十枚くらいありそうですけど……。

「それ、全部ですか……?」

「うん。そうだよ」

 書けてるじゃないですか。

 というか、書きすぎです。

「うまく書けなくって……」

「そ、それなら分かりますけど」

 文字通り、想いが溢れちゃってます。すごいなあ。

「ねえ、お願いがあるんだけど」

「何ですか?」

「これ、見て欲しいんだ……」

「えっ」

 恋文を?

 白ちゃんの?

「い、いいんですか?」

 確かに興味はあります。ありすぎるくらいあるんですけど、いいんでしょうか。

「うん。どうしてもうまく書ける気がしないし、それに、みんなならいいかなって」

「そういうことなら、ぼくらに任せて!」

「うおゎ!」涙未ちゃんがきゅうに後ろから声かけるから、思わず女のこらしくない悲鳴を上げてしまったわたしです。

「ついさっきまで、寝てたのに。わたしの(ヽヽヽヽ)ベッドで」

ぼくの(ヽヽヽ)ね」涙未すけめ。いつかベッドの真の所有者を巡って決闘しなければ。

「イベントの香りには敏感なのさ。ぼくは」

「遊びじゃないんですよ?」

「分かってるよ。ちゃんと見るから」にやにやしながら言っても説得力ないです。

 ここは、一咲ちゃんに何とか言ってもらわねば。

「一咲ちゃん、何とか言っ」

 ……言えそうもないですね。彼女の視線はルーズリーフに釘付けです。ガン見です。可愛さ余って憎さ百倍みたいな、いえ、この場合はむしろ逆……?

「しっかり見させてもらうよ。白たんの、愛情をね」

 愛情の部分だけ当然のように強調する涙未ちゃんを、白ちゃんは真っ赤になってぽかぽか叩きます。まったく、遊びじゃないって言ってるのに。

 さて、不真面目な涙未すけは放って置いて、じっくり見させてもらいましょう。


 ――とつぜんこんなお手紙を出して、驚かれるかもしれません。でも、どうしてもお伝えしたいことがあって、書きました。


 書き出しはふつうですね。


 ――思い起こせば、四月十九日のお昼休み。私は気分を悪くしてしまい、廊下に蹲っていると……


 その次には、先輩との出会いのくだりが来ています。日付がきっちり書いてあるところが、印象の強さを物語っていますね。

 そこからは、そのときの先輩の格好良さ、そしてどれだけそれに感動したか、といったことが延々十枚以上に渡って書き綴られていました。


 ――私をおぶって保健室まで運んでくれた先輩の背中はとても広く、暖かく、私はまるでふわふわとした羽毛にくるまれて運ばれているような、夢のような気持ちでした。せかいがまるで、天国のような。


 超ポエミイ。さすがです。しかもこの辺りは、とくに入念に消しゴムで修正した跡があります。その前のふつうに書いてるところはぜんぜんそんなの、なかったのに……。こだわってます……。

 その辺りから段々テンションが上がってきたのか、ポエミイと言うにも生ぬるい、少女趣味のメルヘンセンテンスが連なり始めます。というか、すごい。夕足王子と白ちゃん姫の一大ラブロマンス。そのまんま少女漫画にしてもよさそうです。


 ――ゆりの花畑に囲まれて、私の口もとに先輩の甘い蜜が触れようとしたときの私の気持ちといえば、大ぜいの動物たちが一斉にあばれ出したみたいで、――


 もはや何のことだかさっぱり分かりません。しかもちょっと、えろちっくです……。

 真夜中に書いていて、見直さなかったに違いありません。やっぱりそのままお話にするのはむりかも。

「白、ここはもっと情熱的に」

 一咲ちゃんの口から、彼女がいちばん言いそうもない言葉が出たのに驚いて振り返ると、二人で一枚のルーズリーフを見詰めながらうんうん頷いていました。

 どんな感じかと思って覗いてみれば、


 ――先輩のことを考えると、ときどき死んでしまいそうに胸が熱くなります。


 いや、死ぬしかないですし。これ以上情熱的にするならば。

 ルーズリーフから顔を上げると、二人と目が合いました。

「……まじですか?」主に一咲ちゃんに問いかけますが、

「何が?」どうやら彼女は大まじです。

「……」

 二の句が継げないわたし。

 すると、

「わ、白たん大胆!」

 今度は、向うで最後半部分を読んでいた涙未ちゃんが奇声をあげました。

「ねえみて、ここすごい!」

「何ですかいったい、落ち着いて――」


 ――甘いもの好きな先輩を食べてしまいたいくらいです。


「……」

「ね、すごいでしょ?」

 わたしは軽くこめかみを押さえました。たしかに……すごいです。

 けどもね?

「……白ちゃん」

「は、はい」

「ここ、削除」

「えーっ!」

 むしろそんなにびっくりされることにびっくりです。

 涙未ちゃんからルーズリーフを引ったくって見てみれば、最後のほうはまさにカオスの楽園です。日本語の新境地、文学への挑戦、|迷文以外の存在が許されていません。恋文を遥かに超えて、幻想文()へと飛翔しています。

「これじゃ、ちょっと……。あたかも青空妖精が星の海で水浴びするときに飛び散るきらきら銀貨のように曖昧もことしていて……何というか、せかいがあやふや……」

 ……感染りました。

「……ともかく。さすがに五十枚は多すぎます……先輩も、疲れちゃいますよ」

「そ、そうだよね」

「せめて二枚くらいにまとめましょう。ええと、とりあえず最初はいいとして――」

 ひたすら茶化す涙未ちゃん、不思議な情熱理論で文章量を増やそうとする一咲ちゃんとやりあいながら、わたしはすこしずつ恋文を直していきました。

「……今日はこのへんでしょうか」

 何度か全部直してくださいと言いかけましたが、かろうじて思いとどまり、分量を当初の十分の一くらいに圧縮することに成功しました。疲れた。もうすっかりお外は真っ暗です。

「……短い」だまらっしゃい。

「面白文章が消えちゃった」自分で書きなさい。

「あ、ありがとう、みんな……これで何とかなるかも」

 白ちゃんが今日の成果、数枚の真っ黒なルーズリーフを握り締めて言いました。

 確かに何とかなりそうな感じです。けれど。

 何か、足りないような気がするんですよね……。

「さくらちゃん?」

 恋文に必要なもの。相手を恋い慕う心。

 先輩のことが、好きですという気持ち。

 現在バージョンの恋文には、それは溢れんばかりに書き込まれています。そこはもう、十分すぎるくらいに十分と言えるでしょう。

 でも、それだけで、果たしていいんでしょうか。もっと書くべき何かを、わたしたちは忘れているんじゃないでしょうか。

「どうしたの?」

 わたしは、選別の結果切り捨てられたルーズリーフの束、元恋文候補たちの墓場を暴きました。

 きゅうに真顔で没恋文を漁り始めたわたしを、みんな怪訝な表情で見ています。

 やがてわたしは、そのうちの一枚に書かれた文章に目を留めました。


 ――皆がふつうにできるようなことも、私にはできないことがありますが――


「……これです」

 悟りました。

 今の恋文に、足りなかったもの。

 わたしはみんなに向けて、ニヤリと笑ってやりました。

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