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第6片 ジェラシーが痛い

※かなりの暴力、グロテスク表現があります。

※近親間恋愛要素があります。

「あの時の……!」

ヒメルが驚きを隠せないといった調子でそう漏らすと、鬼の少女はにんまりと笑う。

「そう。アタシの名前は梵火里(ぼんぼり)……革命軍の小隊長やってるの」

小隊を任されているということは、すでに部下を持っているということ。

紛れもない優秀さの証だ。

警戒して黙り込んでいる双子を見比べ、梵火里は続ける。

「アンタたちのことは調べてある。姉のヒメルと弟のヘルメス、二卵性双生児。王国騎士団に才能を認められ、特例的に入団……はっきり言って、一番嫌いなタイプだわ」

二人をじっと見据えたまま、彼女は背負っていた武器をドスンと床に下ろした。

柄の先に膨らんだ蕾のような形状の金属塊がついており、そのフォルムはまさにぼんぼりのようだ。

彼女は自らの体重よりも重いであろうそれを軽々と片手で持ち上げ、尖った先端を二人に向ける。

「アンタたち、誰かを殺したことある?」

ヒメルとヘルメスのほうも梵火里から目を逸らさずに、背中に携えていた魂鋏(セパレーター)を引き抜く。

「ないに決まってるじゃん! あるほうがおかしいよ!」

ヒメルは大鎌を手に憤慨する。

「貴方の目的はなんですか? こんな一本道の先に、革命軍が何か用ですか」

ヘルメスはゴムパチンコに鉄球を装填しており、ゴムをギリギリと引き伸ばして鬼の少女へと向けていた。

クス、と梵火里が笑いを漏らす。

「さあ?」

「……教えてくれないと、貴方が一人目になってしまうかも」

「ヘレン!」

ヘルメスが凄むのと、ヒメルが叫んで彼の腕を引くのがほぼ同時だった。

ザリッ……!

梵火里の下駄が目の粗い石の表面を引っ掻いたかと思うと、彼女は勢いをつけて突進し、つい先ほどまでヘルメスの立っていた場所に鉄塊を振り下ろした。

四角い石の表面に放射状のひびが入り、彼女が武器を持ち上げると破片がぱらぱらと零れ落ちる。

「さすが『天才』って感じ……、生意気なこと言うわね。アンタがアタシの犠牲者になる、の間違いじゃなくて?」

梵火里がせせら笑う。

突然つむじ風が沸き起こり、彼女の眼前に銀色の大きな刃が迫った。

ヒメルが鎌の先端を向けて、険しい顔つきで立っている。

「ヘレンは死なないよ。あたしが守るから」

「そうですよ、姉さんも死にません。僕が守るんだから」

梵火里の眉間に皺が寄る。

「……鬱陶しいのよ、そういうのって!」

そう叫んだ彼女は、ピョンッと軽やかに背後に飛び、武器を杖代わりに壁を駆け上がった。

ヘルメスが放った鉄球も、ヒメルの凪ぎ払った鎌の軌跡も、彼女の俊敏さには追いつけない。

梵火里は駆け回りながら攻撃を避け、球を弾き、重そうな武器をバトンのように飛ばし、ハンマーのように振り下ろして反撃してくる。

革命軍の小隊長をしていると、彼女は言った。

対してヒメルとヘルメスは、今日が初めての仕事で、初めての実戦だ。

経験の差は歴然――言葉にはせずとも、二人はその事実を痛いほどに感じていた。

自分たちは子どもだ。

親がいなくて、近所の人たちから援助を受け、二人力を合わせて生きてきた。

二人でならどんな困難も幸せに変えられる、そう思っていた。

しかし近所の人たちやノットのような周囲の大人がいなければ、今の自分たちはここにはいない。

庇護対象の無力な子ども。

どんなに抗っても、成長しても、周囲の評価は変わらない。

――それでも、今の自分たちは戦わなければならない。

大人たちと同じ、一兵士として存在しているのだから。

歯を食い縛る。

目を見開き、叫んだ。


「姉さん!」


声のする方向に目をやったヒメルが目撃したのは、ヘルメスめがけて振り下ろされた鉄塊が、彼の頭部から赤い絵の具を散らす様だった。

――ヘレン?

いつもの調子で呼びかけたつもりが、喉が詰まって声が出ない。

ヘルメスが苦悶の表情のまま、柄を握っている梵火里の手を掴む。

「なっ」

予想だにしない行動に怯んだ彼女に、銀色の風が迫る。

ヘルメスの手から逃げ出そうともがくと、突如手を繋ぎ止める感覚が消え、大きく後ろに倒れ込んだ。

後頭部を石畳の地面に打ち付け、振動がビリビリと二本の角にまで響く不快感に、声もなく悶絶する。

武器を取らなければ。

手探りで武器を探し当てようにも、腕がうまく動いてくれない。

ザクリ。

腹部に鎌の先端をめり込まされ、地面に貼りつけられる。

痛みに歪む視界には、ワンピース姿の死神が無表情で大鎌の柄を握って映りこんでいた。

「やっぱりあんたが一人目だね……」

ドクドクと血管に血が巡る音が間近に聞こえる。

武器が探せない。

視界の端に、不自然に配置された肌色が見えた。

あれは腕だ。

――銀色のバトンを握る、自分の腕だった。


「うぐああぁっ! あっ、ああっ、あああ――!!」


理解した途端、激痛が襲う。

意識が遠のいていく。

心に閉じ込めていた感情が、勝手に口から漏れ出していく。

「何で、どうして、アタシが……」

技術では確実に勝っていた。

いつも何人を相手にしたって負け知らずだった。

それがアタシの価値、たった一つの存在意義。

梵火里はそう思っている。

だから必死に訓練をして、積極的に人を殺した。

人を殺したことがないと、自分と歳の近い死神たちが答えた。

羨ましい。

生まれつきの才能が、まだ生きている愛情が。

あんたが一人目だね、と少女の死神は言った。

コイツらを殺せば、コイツらは何人目になっていたんだっけ。

もう思い出せない。

靄のかかった思考が、嫉妬に埋め尽くされ、視界とともに真っ黒に塗り潰された。




「うあっ」

梵火里の身体から鎌を引き抜いたヒメルが、勢いよく飛ばされ、壁に背中を打ちつけ呻き声を漏らした。

小さな鬼を抱き上げ、千切れた腕と武器を拾ったのは、大柄な男だった。

ギイッ、と金属の軋む音を立てながら彼は振り向く。

鋭い角と尖った耳、鉄板を貼り合わせたような機械仕掛けのボディー。

「ごめんな、死神の嬢ちゃん。うちのが迷惑かけたよ」

見た目に反して穏やかな声で、男は語りかける。

「君らのことが気に食わなかったらしくてね、小隊率いて攻め込むって言うこと聞かなくてさ。子どものワガママだよ」

「……でも、そいつがヘレンを傷つけたんだ」

ヒメルが呟くと、男も目を見開いた。

「お前もコイツを傷つけただろうが! ……お互い様だ、こんな世の中じゃあな」

ガシャン、ガシャンと鎧のような音をさせながら、男は来た道を戻っていく。

ヒメルは逃がすまいと鎌を握りしめるが、ワンピースの裾を誰かが掴んだ。

「もういいよ……姉さん」

「ヘレン!」

ヒメルは男のことも忘れて武器を放り投げ、ヘルメスに駆け寄る。

鉄塊の先についていた鋭い棘のせいで、ヘルメスの左目は見るに耐えない状態になっていた。

血まみれの頬に手を触れると、ヘルメスが困惑したように言う。

「……汚れちゃうよ、姉さん」

「いいの。ヘレンのこと守れなかった、あたしを怒って……」

ヒメルの赤い瞳から、ぼろぼろと涙が溢れる。

ヘルメスがその透明な雫を拭うと、指の通った跡に赤い線が引かれる。

「……愛してるよ、姉さん」

「……あたしも」

重ねた唇からは、濃い鉄の味がした。

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