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第4片 王立研究所へようこそ

きなとです。

好きなキャラの話は長ったらしくなります。

少しだけ怪我表現があります。

死神には生物型と髑髏型の二種類があり、これらを見分ける条件は「肉がついているか否か」が最有力とされる。

現在ではDNA検査の技術も進み、約8割の新生児(貧困による自力出産などを除く)が生来の「型」を認識できるようになってきた。

生物型も髑髏型も、どの動物を模した姿をしているかは様々だが、特に多様な容貌を持つのが生物型である。

しかしその多様さゆえ、あるいはより地球上の生物に近い生態を有しているがゆえ、彼らは同種の配偶者を探す必要性があった。

たとえば犬型と人間型の交配は成功率が下がり、また交配に成功しても子どもの遺伝子に傷がつく可能性が極めて高く、母子共々の危険を冒してまで子を宿す決断をする者はあまりに少ない。


――しかしながら、あくまでデータ上少ない事例というだけだ。

少ないということは、〇件ではないということでもある。




「おかしいなぁ、博士の研究室って確かこの辺だったと思うんだけど……」

アッシュヘアーの青年は、首を傾げながらかれこれ数十分も廊下を歩き回っていた。

頭部からぴょこんと飛び出す髪と同色の二つの耳が、辺りの音を拾おうと慌ただしく向きを変えている。

頭部の耳と、それから臀部で項垂れているアッシュの尻尾以外は人間型の成人男性と酷似したその姿。

しかし人間の耳があるはずの箇所には、伏せたプリン型のような形状をした銀色のパーツが被せられており、まるで耳かけヘッドホンを装着しているかのように見える。

銀色のパーツのそれぞれ中央部はアンテナのように鋭く尖っていて、ゴツゴツとした質感はまさにかのフランケン・シュタインを思わせた。

――いや、フランケン・シュタインとは形容したものの、顔立ちはいたって柔和だ。

優しげなヘーゼルの瞳が不安げに揺れ、きょろきょろと目的地を探る。

彼がこの王立研究所にやって来たのは、実に二十年ぶりのことだった。

広い敷地内で初っ端から迷子になるのも無理はない。

青年が途方に暮れていると、ふと廊下の突き当たりに人影を見て、彼は目を凝らす。

もう朝礼が始まっている時間だ、自分以外に敷地内で彷徨っている者などいるだろうか。

よく見れば、それは少女の姿だった。

女性というには幼い、耳当て付きのニット帽を目深に被った少女。

帽子の下からは、肩につかない程度に切り揃えられたモスグリーンの髪が覗いている。

彼女もこちらの存在に気づいたらしく、慌てて駆け寄ってきた。

「あのっ、貴方がプロキオンさんですか?」

プロキオン、それが青年の名だった。

頷くと、少女はたちまち笑顔になって腕に抱えた白い布を差し出した。

「朝礼にいらっしゃらなかったので預かってきました。プロキオンさんにも渡すようにと」

「……わあー、ありがとう」

新年度最初の朝礼を無断欠席してしまったことに内心ショックを受けつつ、プロキオンは折り畳まれた白い布を開いていく。

パリッと糊づけされた布地はまだ固い。

胸部に施された名前の刺繍と、連なる白いボタン。

それは研究員の証の一つとも言える、特注の白衣だった。

プロキオンはため息をついて、白衣の袖に腕を通した。

「助かったよ、えーっと……」

「セリカです」

名乗りつつ、少女も白衣を身に纏う。

Sサイズなのだろうが、それでも一際小柄な彼女には大きかったらしい。

しかしよくあることなのだろう、余った袖を何度か折るその仕草は手慣れていた。

「セリカさん、も新卒でここに?」

「はい、皆さんに比べれば子どものままごとみたいなものですけど」

「……え、ひょっとして飛び級?」

控えめに頷くセリカに、プロキオンは目を丸くする。

飛び級で大学を卒業しインテリ揃いの研究所に入るとは、とんでもない秀才だ。

正直に言って、プロキオンの頭はそれほど優れてはいない。

必死に勉強して何とか研究者の一員となることはできたが、ほとんど意地で勝ち取った勝利にすぎなかった。

ひとまず担当の研究室まで行くため、二人は歩き始める。

飛び級するほどの頭脳の持ち主にとって敷地内の地理を覚えることなどわけないらしく、彼女は地図にも案内板にも目を向けることはなかった。

「すごいなあ、飛び級なんて都市伝説かと思ってたよ」

するとセリカは苦笑する。

「うふふ、よく言われます。でも私、身体が弱くて……暇なときにすることって勉強くらいしかなくて」

「そんな、長所だよ。もっと誇っていいのに」

「あ、ありがとうございます……」

照れているのかただの癖なのか、セリカはニット帽を摘まんで目深に被り直した。




『魂傷学特別研究室』

『火元責任者・ドニール』

二枚のプレートが貼り付けられたドアの前に辿り着いた二人は、顔を見合わせる。

「ここ、かなあ?」

「ここですね……魂傷学の権威・ドニール博士のいらっしゃる研究室です」

人差し指の関節を突き出すように拳を握り、今にもノックしようとするセリカをプロキオンは制した。

「僕が行くよ。白衣とか、いろいろお世話かけちゃったみたいだし」

セリカは目を大きく開き、眉をひそめる。

「だ、大丈夫ですか? ただでさえ朝礼欠席されたじゃないですか、ドニール博士は、その……気難しい方だとか」

「大丈夫。彼があの頃と変わってなければ、優しい人だから」

「……え?」

首を傾げるセリカに笑みを向けてから、プロキオンはドアをノックした。

「ドニール博士。失礼します、本日から配属された者です」

「……あー」

低く(しわが)れた声。

曖昧な返事だったがひとまず了承と捉え、プロキオンはドアを開ける。

室内は荒れ放題だった。

壁際には書類と本がうず高く積み上げられており、床にも裏紙やら藁半紙やらが散乱していた。

セリカを伴い、なるべく紙を踏まないよう、つま先立ちで机の前まで移動する。

学生時代に職員室で見かけたのと同じ灰色の机には、床同様に大量の紙類が積まれていた。

黒いクッションのパイプ椅子に腰かけ、気だるげにこちらを見やったのは白髪混じりの痩せこけた男。

その頭部からは二本の角が突出しており、耳の先も尖っている。

彼こそ、二十年前に論文『呵責における転生後の弊害』を発表し、革命の直接の原因を生み出したとされる研究者・ドニールだ。

ドニールは二人の姿をじろじろと眺めてから、手元の資料に目を落とす。

「……セリカ研究員に、プロキオン研究員」

「はい。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「ウン」

またも曖昧に頷いて、ドニールは少しの間顎髭を触り、考え込む。

そして少し声音を和らげ、問いかけた。

「プロキオン君、ドア壊さなくなったね」

奇妙な言い回しだったが、プロキオンは嬉しそうに頷く。

「はい、ドニール博士のおかげです!」




早速言い渡された仕事は、おおかた予想はついていたけれど、部屋の掃除だった。

意外なことに、ドニールはどこに何の書類があるか全て把握していた。

彼の正確な指示に従って必要な書類を一ヶ所にまとめ、残りは番号を揃えて倉庫に戻す。

番号を揃えたり倉庫にしまったり、雑用とも思える仕事だったが当然といえば当然だろう。

ドニールは戦乱の核にもなった優秀な頭脳だ。

手伝えることなど、せいぜい雑用程度だろう。

「セリカさん、大丈夫?」

「大、丈夫、です、っ」

息も絶え絶えに答えるセリカに苦笑して、プロキオンは来た道を引き返し彼女の荷物を半分奪い取った。

彼女は自らについて身体が弱いと言っていたが、どうやらかなり深刻らしい。

紙束を抱えてぜえぜえと息を荒らげる様子を見かねて、結果プロキオンが書類の八割を運ぶこととなった。

「ありがとう、ございました……後、私やるので」

申し訳なさそうに言う彼女に、プロキオンはまたもや苦笑してしまった。

「気にしなくていいって。それと、さん付けるのも。僕たち同期でしょ?」

セリカが面食らったように一瞬固まって、ぶんぶんと激しく首を横に振る。

「いえ! プロキオンさんは歳上ですから、そういうわけには」

「え~、運ぶの手伝ってあげたのに……」

わざとらしく(むく)れてみれば、セリカが気まずそうに視線を逸らし、小さく頷いた。

「……わかりました、プロキオン」

「うん、そっちの方がいいよ。ありがとう、セリカ」

やはり照れ隠しなのか、帽子をぐいっと引っ張り目元を隠すセリカの様子に思わず笑みがこぼれる。

「さて、あとは書類を片付けて……」

自分を励ますようにそう言いかけたとき、ぴく、と頭上の耳が動いた。

「……どうかしました?」

プロキオンの鼓膜に届いたのは、何者かが紙類の山を引っ掻き回すような異様な音だ。

この倉庫はドニールの膨大な書類のために用意されたもので、他の研究員が立ち入ることは原則許されていない。

「ここで待ってて」

セリカを置いて、薄暗い倉庫の奥へと進んでいく。

巨大生物の口の中に入っていくかのような恐怖と緊張感に、ごくりと唾を呑む。

倉庫の突き当たりにぼんやりと見える、大きな人影。

こちらが近づくにつれて、そのシルエットがくっきりと浮かび上がる。

目の粗い布地でできた灰色の着物、それを留める紺色の帯。

鬼だ。

大柄な一本角の鬼が、ガサガサ、ガサガサと書類の山を漁っている。

ふと、書類を探すその手が止まり、鬼のぎらぎらと光る双眸がこちらを見据えた。

「……何してるの」

恐る恐る問いかけるプロキオンを、鬼は鼻であしらう。

「これから死ぬお前には関係ないよなぁ?」

言うが早いが、鬼の大きな手のひらがプロキオンの頭部を鷲掴み、勢いよく棚に叩きつけた。

「プロキオンっ!」

セリカの悲鳴が上がる。

鬼はうるさそうに顔をしかめ、標的をセリカに改めた。

「いいかいお嬢ちゃん? 騒ぐんだったらその口潰すぞ」

「嫌っ!」

彼女を傷つける意志を以て、鬼の手が伸びていく。

セリカがその場に座り込み、身をすくめたその瞬間、何者かの手が鬼の手を遮った。

「その子のこと、殴っちゃだめだよ」

「……へえ、生きてたのか」

振り向いた鬼が嘲笑う。

プロキオンは、アッシュカラーの側頭部を血潮で赤く染め、怒りを露にして立っていた。

「名前も知らないドロボーさんに言うのも変だけどさ、僕はね、暴力ってフェアでこそ成立すると思うんだ」

「……何だ? 頭ぶつけていかれちまったか?」

揶揄するような言葉など相手にもせず、プロキオンは自らの顔の横、伏せたプリン型のような器具に手をかけた。

「殴る人も、殴った拳に痛みを感じるんだ。でも……」

ガチャン!

留め金を外すと、フシュ、と細く空気の抜けるような音がして器具は皮膚の圧迫を弱める。

「女の子を殴ろうとする人にフェアにならなくたって、いいよね」

――刹那。

「ぐほぁっ!」

腹部にめり込む拳。

鬼の身体が背後に吹っ飛び、書類を撒き散らしながら木製の台に乗り上げ、その脚を折る。

「痛くない。無傷じゃないけど」

コンディションを確かめるように手首を動かし、鬼の飛んでいった方向を見る。

鬼はやはり死神とは比べ物にならない頑丈な身体をしていた。

「こけに……しやがって……!」

よろよろと立ち上がり、鬼はその帯に差し込んであった鞘から短刀を抜いた。

そして怒りに身を任せて突進し、刃を振りかざす。

「死ねえぇ!」

しかしながら、相手の白い肌にはその刃先すらも届くことはなかった。

プロキオンの鉄拳は見事鬼の鳩尾に食い込み、自らの骨もその衝撃に耐えきれずピシッ、と不快な音を立てながら再度その身体を吹き飛ばす。

本棚を巻き込んで後ろに倒れ、棚の中にしまわれていた大量の分厚い書籍に埋もれ、鬼は今度こそ気を失った。

プロキオンは、いらない書類を括るために用意していた紐で鬼を縛ると、座り込んだままの少女を見やる。

「ふぅ……セリカ、怪我はない?」

「だ、大丈夫です。……それより、プロキオンの手が」

「ああ、僕は大丈夫なんだけどね……」

言いながら、銀色の装置に再度留め金をかける。

途端にプロキオンの顔が苦痛に歪んだ。

「いてて……折れたのなんか久しぶりだよ」

彼の一連の行動を見て、セリカの明晰な頭脳は確信した。

殴り合いが、あの装置を外すことでアンフェアになるという言葉の意味。

あれだけの怪我を負っても変わらなかった表情が、装置を再起動した途端に歪んだことの意味。

「先天性無痛無汗症……」

セリカが呟くと、プロキオンは苦笑した。

「あはは、よく知ってるね……そう、僕には痛覚が全くないんだ。ああ、この人引き渡さなきゃ。騎士団に連絡入れてもらえる?」

「あ、はいっ」

セリカは壁に設置してあった固定電話に駆け寄り、騎士団に住所と内容を伝える。

受話器を置くと、プロキオンは装置に手をやって続きを口にする。

「これ、疑似痛覚発生器っていうんだけど、ドニール博士がくれたんだよ。これのおかげで人を傷つけることも、物を壊しちゃうこともなくなった。だから僕、どうしてもここに就職したかったんだ」

プロキオンの両親は異種間恋愛の末、奇跡的に子を宿した。

その姿には人間型の耳はなく、代わりに犬型の耳と尻尾が生えていた。

しかし無理に交わったために遺伝子が傷つき、痛覚が機能しない状態で生を受けてしまった。

それでも彼は、前向きに生きている。

ガランガラン、ガランガラン……。

錫がぶつかり合うような、警鐘の音が近づいてくる。

騎士が到着したらしい。

セリカは騎士を部屋まで案内するため、見張りをプロキオンに任せて倉庫を出ようとした。

「セリカ」

プロキオンの声が優しく名前を呼ぶ。

「はい?」

「これからよろしくね」

セリカは頷いて倉庫を飛び出し、裏口へと駆け出した。

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