第3片 波乱の入団式
ゴーン、ゴーン、ゴーン……。
始業開始を告げる鐘とともに、ヒメルとヘルメスは部屋を飛び出した。
いつもと違う灰色の服を着た二人の背中には、魂鋏がベルトでしっかりとくくりつけられていた。
ヒメルはくるりと振り向いて、後を走るヘルメスの手をとって笑う。
「ヘレンはあたしが守ってあげる!」
ヘルメスも応えるように笑って、その手をそっと握り返した。
「ヒメル姉さんのことは僕が守るよ!」
はしゃぎながら廊下を駆けていく二人は、僅かな不安を掻き消すべくそんなやりとりをした。
今日は、王国騎士団の入団式である。
鳴り響く喇叭と太鼓の音。
それに合わせ、愛国を謳う軍歌が男たちの喉を震わせる。
冥界の戦場に合わせた灰色の迷彩でホールが溢れ返っており、ヒメルとヘルメスもそれに倣って子どもサイズの迷彩服を身に纏っていた。
これが王国騎士団での正装となる。
二人と同じ年頃の兵士など他にはいない。
好奇の目を向けられつつ、自分たちの立ち位置で行進をやめて、顎を引き、背筋を伸ばす。
靴底が床を擦る音を最後に、轟くようだった足音がぴたりと聞こえなくなった。
全員、真っ直ぐにステージの方を見つめている。
ステージ上に一列に並び、仁王立ちする屈強な男たちの中には、見覚えのある灰色の髪の人物の姿もあった。
「ノッちゃん?」
ヒメルが息だけでそう呟くと、ヘルメスも声を潜めて答える。
「僕らは特別に採用されて、専用の教育もしてもらった。ノットさんはそれができるだけ優秀な人だよ」
開会の言葉を告げた男が一歩下がり、元の列に戻ると同時に、進行役の男が野太い声で言う。
「我らが総帥、ハデス様のご入場である。皆の者、魂鋏を置け」
瞬間、ホール全体にガシャガシャと固いものがぶつかる音がこだまし、装備していた魂鋏が各々の足元に置かれた。
本来王国騎士団に所属している者は、仕事中には魂鋏を一時たりとも手放してはならない。
しかし全ての騎士を統帥する冥王・ハデスの前では、反対に武器を捨てることが義務づけられている。
それは、先の大戦にて死神に勝利をもたらした偉大な王に対する敬意の表れであり、武器がなくともハデス王の力によって守られていることへの信頼の象徴となるパフォーマンスであった。
「いってぇ!」
ふと、ヘルメスの後ろから悲鳴が上がった。
不思議に思って振り向いたヘルメスの顔は、みるみる色をなくしていく。
後ろに立つ男の顔面に刃先が刺さっていた。
見覚えのある武器だ。
ヒメルの持っていたのにそっくりな、大鎌の刃先。
「あっ、ごめんなさ~い……」
非常に緊張感のない、愛しの――否、こんな狭い場所で大きく抜き身の武器を振るった、世間知らずの実姉の声。
「テメェ~~ハデス様の前で俺の顔に傷つけやがったな……」
当然怒りの色を露にする男に、まずいと直感したヘルメスは慌てて頭を下げた。
「すっすみません! 必ず弁償しますので」
「そんなことで許せるわけねーだろうが!」
男が拳を握りしめ、今にも振り下ろそうとする。
ヘルメスは恐怖で身がすくみそうになったが、ヒメルに危害を加えさせないため、ぐっと堪えて男の目を見つめた。
「そこまで」
ふ、と空気が揺れる。
気配は通路のほうから静かに視線を寄越している。
髑髏型の死神だった。
屈強な男二人ぶんはあろうかという体格で、鹿の頭骨を模した頭部に人間の胴体と恐竜の尾骨をまぜこぜにしてくっつけたような、それでいてバランスの取れた不思議な風貌をしており、赤いヴェールを肩から掛け、ずっしりと重厚感のある冠を頭骨に載せている。
彼は三人が動きを止めるのを確認すると、傍を通り過ぎて中央へと歩いていく――皆の注目するステージの上へと。
かくして彼は言葉を発する。
「今年は随分若い団員もいるようだ。私たちの国を末永く守っていけるよう、精進しなさい」
当たり障りのない、十秒にも満たない挨拶だった。
それでもホールは割れんばかりの拍手に包まれ、歓声がそこかしこで上がり始める。
祝福の色が満ち溢れていた。
ただ、騒動の根源であるヒメル、被害者の男、そしてヒメルを庇って巻き込まれたヘルメスの三人、(それから彼らは知るよしもないがステージ上から一部始終を見ていたノットも含まれる)彼らだけが冷や汗を額に滲ませていた。
パン、パンッと乾いた炸裂弾の音を聞いて、青年は窓の外に目を向ける。
雲ひとつない真っ青な空に、白っぽい煙をところどころに打ち上げる様子を見て、彼は一人頷く。
「そっか、騎士団の入団式って今日だったっけ。……それにしても」
パンッ!
またもエネルギーの弾ける音を鼓膜が拾ってしまい、青年はその場で小さく飛び上がった。
「この音、びっくりするなぁ……苦手だよ」
青年は少し癖のあるアッシュヘアーを押さえつける。
正確にはアッシュヘアーに覆われた、三角形の二つの耳を、だ。
この日、騎士団以外にも新年度業務を迎える機関があった。
冥王ハデスの直轄機関の一つ、エネルギー研究の第一人者の集う、この「王立研究所」だ。