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07.不穏


 ゲームにおいてこの遠足でどんな展開が有るはずだったのか、それを此処で開示したい。

 私は、小夜曲得子、日向環菜、攻略キャラおよそ三名を含めて水族館に来ていた。午前は主に小夜曲さんや他の友達と和やかに過ごす。平和。まだ皆アイ・ラヴ・ピースの精神だ。が、昼食タイムで一変してしまう。


 事の発端は、小夜曲さんが椎倉颯太郎と共に昼食を取ろうと思った辺りだろう。入学してから何やかんや忙しく学校でろくに話も出来なかったため、小夜曲さんは寂しかったのだ。故に取り巻きの誘いを穏やかに断り、彼女は水族館内の食堂でなるべく二人きりに慣れるような場所に椎倉を誘った。するとだ。二人用に椅子が向かい合う形で配置されたあまり大きくないテーブルに、椎倉と日向が向かい合って談笑していたのである。


 友人A曰く。この時の会話は甘さも酸っぱさも何も無い、むしろ『あまりにもテンプレ過ぎていっそ言葉にしなくてもいい程つまらない内容』だったそうだ。

 だから此処で小夜曲が椎倉に普通に声をかければ、きっと日向さんはすぐに席を立っただろうと、彼女は予測していた。あくまでも予測。つまり、そんな事態は起こらなかったのだ。

 小夜曲さん、いきなり日向さんに言葉の暴力ぶつけちゃったから。


「にこやかにグサグサグサグサ。よくもまあ始めて話す相手にそんだけ言えるなって事言っちゃうのよね~、小夜曲得子。しかも家族の事も悪く言っちゃうの。それはいくらなんでも駄目だわ~って、毎回そのシーン見ると思うね」


 友人Aが、大きくため息を吐いた光景が鮮明に浮かんだ。

 続けられた彼女の話では確か椎倉が「言い過ぎだッ!」て、小夜曲を叱りつけたそうだ。

 うーん……椎倉が怒られる絵面は想像し易いけど、逆は非常にし辛い。椎倉がアホっていう設定は聞いて無かったからなぁ。友人Aの目のフィルターが故障してた説も否定できないけど……うん、無視。今はそういうの無視して話を戻す事にしよう。


 コホン――。叱られた小夜曲さんは傷付いた表情を浮かべてそこから立ち去るらしい。そしてそこで運悪く土筆寺帝が登場してしまうのである。


 バカバカ私! のろのろトイレ行ってんじゃないよ。もう一時間くらい我慢しなさいよ。


 という嘆きはどっかにポイして……。

 小夜曲さんの取り巻きである私は、「よくも私達の小夜曲さん泣かせやがったな。落とし前きっちり付けてもらうぜッ」と意気込んでしまう。日向さんの服のポケットに、購入していない売店のキーホルダーをこっそり忍ばせて万引きの冤罪をふっかけるのだ。

 今気づいたけど、小夜曲さんあんまり悪くないね。彼女より私の方が最低最悪だね。


 それから最後どうやって丸く収まったんだっけ? ……ああそうだ。小夜曲さんがモブを何人か買収して「さっき別の学校の子達が日向さんの服に手を突っ込んでるのを見ました」と、嘘の証言をさせるんだ。運が良いんだか悪いんだか。かなり評判のよろしくない学校の子達も遠足に来ていたから、他の生徒や教師達はすぐ信じてしまった。的神だけ、真犯人の目星付けてたみたいだけど。でもこの件の真相に、なんとなく気付いている生徒がもう一人居た。椎倉だ。小夜曲さんが陰で買収している姿をたまたま目撃してしまったのである。


 そういう訳で二人の間には溝が出来てしまうのだ。元々、食堂で日向さんに一目惚れしてたから、それはもう迅速に。

 時に、どうして今さら――そう、今更こんな事を私が延々と述べているのかと言えば。


 フェアリー・ミードの教会の奥。宝石の薔薇に囲まれた小さな東屋でキスをしている椎倉と日向さんを見つけてしまったからである。事もあろうにサキ抜きの状態で小夜曲さんと一緒に。


 固まっている私達の事など、向こうは当然ながら知らない。私達が立っている位置は二人の真正面じゃ無いし、仮に気付かれても薔薇が咲き乱れてくれているからすぐに隠れられる。椎倉と日向さんは、濃厚なやつを交わし終えて恥ずかしそうに、且つ甘く見つめ合っていた。


 私の気も知らないで。

 私の気も知らないで(重要なので二回繰り返す)。

 横から物凄い邪悪な空気が流れて来てるよ!! どうしてくれんだあそこのピンクオーラ共。怖すぎて顔も体も動かせないじゃないか。


 と思っていたら、私の目の端にちらりと小夜曲さんが何かを真上へ投げる手が映った。続いて、頭の上で傘でも開いたように薄く透明な幕が開く。

 あ、これって音消しの魔術道具だ。小夜曲さんが投げた幕の中心にある指輪っぽいの、テレビで見た事ある。


香山(こうやま)


 小夜曲さんが知らない人の名前を呼ぶと、何の気配も音も無かったはずの背後から「はい」と、いきなり人影が現れる。

 真っ黒な燕尾服を着ている所作の美しい完璧執事が居た。

 ほ、本物だ。本物の執事なんて始めて見た。かっこいい!


「大至急、シンガポールに居るお父様に連絡なさい。ついに一族郎党皆殺しにする時が来ましたと。作戦は全て私に一任してほしいと」

「かしこまりました」

「かしこまっちゃ駄目ェ! 小夜曲さん笑顔でとんでもない発言しないの! まだ話し合いの余地が残ってるでしょ!」


 魔術道具のおかげでいつも通り大きめの音量でつっこんでも安心。全然気づかれない。が、言った後で本当に椎倉達に気付かれていないか不安になったので、チラっと確認してしまった。うん、大丈夫、大丈夫。


「話し合いの余地? ……そうですわねぇ、辞世の句なら聞いてあげてもいいかしら?」

「それは最悪の場合にして」

「今がその瞬間ですわ。それに浮気者を一番に抹殺すべく鋸引きを進めたのは土筆寺さんですわよ」


 なんか捏造入ってるよッ、鋸引きまで言って無い!

 椎倉一人だけなら構わないけれど、一族郎党は流石に止めなければならない。そう思う一心からか、私の脳は『椎倉=アホ』というレッテルの下に埋没していた記憶を掬い上げた。


「そうじゃなくて、もうちょっと椎倉と話し合った方が良いよ! アイツ、真摯な目で前に言ってたよ。絶対に小夜曲さんと結婚したいって」

「それは、アレが勝手に責任を感じているだけですわ」


 せ、責任?

 何の事なのか分からない私に、小夜曲さんは手短に語ってくれた。

 小夜曲さんが椎倉と初めて出会った幼稚園年長組のある日。故意では無かったが、椎倉が魔力を暴走させ、呪い系の物をぶっ放してしまったらしい。その時、一番近くにいた小夜曲さんがかっこうの餌食となった。前は胴体の右半分、後ろは背中全て、そして右肩からその肘にかけてまで……彼女の体は、今も他人には見せられない状態になっているそうだ。


「嫁入り前の体に傷がついたくらいで、何年もグチグチと……呆れますわ」

「いやいやいやいや! かなりヘヴィーな話じゃないですかねぇッ!?」


 パッと見て白雪姫みたいな美少女なのに、服で隠れてる所の半分以上が呪いでとんでもない事になってるなんてっ、そりゃ責任感じるよ。

 その事を口にすれば、「あら、長年見てれば可愛く思えてくるものですわよ」なんて吃驚コメントが返って来た。マジっすか、強ぇな。


「では話もまとまった事ですし」

「え、何がどうまとまったの? 一族郎党皆殺しの件に関しては賛同してないよ?」

「あの浮気者、豚の餌にしてくれますわ」


 無視された……。

 もうこりゃダメだと思い、数メートル先の椎倉に心の中で合掌する。

 けれども、そこで奇妙な事が起こった。日向さんが弾かれたように立ち上がり、猛ダッシュで遠くに行ってしまったのだ。椎倉が片腕をのばして引き留めようとしたけど、それよりも早く。


「お手洗い、といった感じでは無さそうでしたわね」


 そりゃそうだろう。いくらなんでもあの局面でトイレなんて運悪すぎる。現在、お腹壊して籠城してる愛すべき馬鹿(サキ)並に。それに、私はある点をしっかり目に焼き付けていた。彼女は自分の手を、両方とも口元に当てて走っていたのだ。おめでた? チューで? んな馬鹿な。


 ――ガサッ。

 背後の音に振り返る。てっきりサキが長いトイレから返って来たのかと思ったけれど、そこに生き物の気配は無い。

 鳥でも居たのだろうと結論付けた私は、東屋へと向かう小夜曲さんを慌てて追った。


 ***


「まさか日向さんがあそこで逃亡するとは思いませんでした」


 木々の間を一陣の風が吹き抜け、葉や枝の絨毯が出来上がっている土の上に、ドサリと重たいものが落ちた。


「こんなに早い段階で影響が出たのはやはり…………貴方達が動いてくれたおかげでしょうか?」


 そこに立っているのは、光の加減で金にも見える橙色の髪の少女。


「だとすれば、そこだけは感謝しなければなりませんね」


 少女は、足元に寝ている真っ黒な毛むくじゃらをつんつんと指先で突く。

 その毛むくじゃらの大きさは、少女の体の三倍はある。しかし、恐れる必要は皆無だ。毛むくじゃらは、彼女によりたった二秒にも満たない時間で瀕死寸前に追い込まれたばかりだから。

 「さて……」と、少女は話と共に空気を切り替える。


「――随分と楽しそうな事をしてるじゃありませんか」


 少女の声は低かった。唇の形だけは楽しそうに弧を描いているが、ポツポツと溢れ落ちる音は、異様な冷気に侵されていた。


「普段は理由に興味など全く湧かないのですが、今日は別になりました。さあ、今すぐ――泣いたり喚いたりする前に、教えてくださいな? 大事な大事なあの子を凝視して、ヨダレを垂らしていた理由を」


 毛むくじゃらは、己の腹部へとそっと乗せられた足の感触に微かな恐怖を覚えた。だが、獣としてのプライドが、覚えたものをすぐに掻き消してしまう。この少女の喉笛を噛み千切れと。無謀な訴えを元に本能のまま。

 ――手負いの獣が牙を剥く。


「可哀想な子」


 少女は呆れた視線をくれてやるだけだった。二歩下り、言い終えるのとほぼ同時に、空から黒い円柱と化した稲妻が毛むくじゃらの体を貫いた。

 仰々しい音は、至近距離にいた少女の鼓膜だけでなく服や髪、地面も揺らす。しかし、少女の瞳は真っ直ぐに毛むくじゃらの最期を見届けていた。


「何なのです今のゴミは?」


 稲妻が消えた天空からパタパタと何かが降りて来る。

 それは見事な球体の黒い鳥だった。しかし、翼のすぐ下から体の下半分がラーメン丼ぶりにはまっており、鳥と呼ぶには正直抵抗のある珍妙な生き物になっている。


「その器、お気に入りですねぇ」

「そんな事は今どうでもよいでしょう。それより、今のは襲ってきた魔獣を返り討ちにしていたのですか――千寿様?」

「とどめを刺したのはタルちゃんですけどね」


 少女。否、高咲千寿は、つい今しがたまで殺意を表に出していたとは信じがたい慈愛の笑みを浮かべ、小さな羽を忙しなく動かし浮かんでいる鳥を己の腕の中に受け入れる。


「千寿様相手にしては随分と低級の刺客でございましたね?」

「私相手では無かったようですから」

「ほへ? どういう事ですか?」

「それを尋ねている最中にタルちゃんが消し炭にしてしまったんですよー」


 キョトンとした表情の鳥の頭を撫でる彼女は、背後へと視線を動かした。

 その先に有るものは、緑の光に包まれた美しい妖精の村の偽物。


「まあ、確証が得られなかっただけで、心当たりはアリアリですからノープロブレムですけど」


 不穏な風がそっと頬に触れる感触は、高咲千寿もといサキへの宣戦布告だった。


敷くだけ敷いた伏線。

フラグ回収がいつになるのか……いや出来るのかは不明です。

補足ですが、サキはトイレではなく隠れてただけでした。

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