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06.写真


「お願いします。得子の事を警察に通報しないでやってください」


 椎倉颯太郎の言動(どげざ)が、私には意味不明過ぎた。

 訳アリの表情で私を呼び出した椎倉に連れられて来た場所は、ガランとした空き教室だ。

 一度も言葉を交わした事が無いどころか、廊下などですれ違ったという記憶すら無い相手からの土下座は、正直引くものしか無い。


「とりあえず……理由を話してくれませんか?」


 ジリジリと後ろに下がりたがってる足を床に縫い止めた私を、誰か褒めてくれないだろうか。


「たぶん、得子はアンタをストーカーしてる」

「…………は?」


 顔を上げず、重々しい声が紡いだ内容に私は間抜けな表情になっているだろう。


「入学してから、あんまり得子が構ってくれなくなったんだ。中学の頃は紅茶とケーキのお使い頼まれたり、肩たたきさせられたり、生徒会の書類仕事丸投げが日常茶飯事だったのに」


 すっげぇパシられている!!

 衝撃的だった。明るく人懐っこいアイドル系。それが彼の設定だったはずなのに。その話聞いたら使い勝手の良い犬じゃん!

 てか、どうしてそれで私のストーカーに繋がるの?


「な、なんで椎倉君は小夜曲さんが私のストーカーしてるって言うんですか?」

「あ、普段敬語じゃ無いだろ? 素で良いよ」

「ん? 素で? 分かった――いやそれより何で? 何でストーカー?」

「得子は犬が好きなんだ」


 また唐突におかしな事言い始めたよこの人……。


「特に平凡臭のする使い勝手の良さそうな犬が好きなんだ」

「もう使い勝手の良い犬持ってんのにね」


 ……ん? ちょっと待って。まさか!


「私が犬としてターゲットにされてんの!?」

「ザッツライト。得子は一度狙った獲物は逃がさない。地獄の果てまで追いかけて行くんだ。それで今まで何度通報されかけたか」


 いやぁあああああ!! 違うクラスになったから取り巻きになる可能性はグンと下がったと思ってたのに、怖い! 怖すぎるよ小夜曲さん!


「次に得子が通報されかけたら俺の親が得子との婚約破断にするっつってんだ」

「まあ、そんな危険な嫁欲しくないよね……」

「だからさ、土筆寺さん。アンタから得子の興味が失せるようにどうにかしてほしいんだ。俺、得子と絶対に結婚したいから!」


 顔を上げた椎倉君の瞳に嘘偽りの色は一切無い。

 意外だ。椎倉颯太郎が、ここまで小夜曲得子の事を想っていただなんて。ゲームじゃいの一番――たった一瞬でヒロインに落ちた奴だから、優柔不断なクソ野郎だと思ってた。でもなぁ……


「椎倉君自身は、何もしないの?」


 惚れた女に過ちを犯させないためとはいえ、いきなり他力本願は――


「もうした」


 ――いただけない。と思ったけれど、予想していたのと正反対な良い応えに、思わず目を見開く。


「色々した。得子の部屋で土筆寺さんの盗撮写真数枚見つけた日から」


 盗撮されてたんだ私。

 背筋がゾッとする……というのを通り越して、感覚が麻痺した。


「土筆寺さんの事調べて、平凡のイメージ払拭するためにちょっと捏造した噂流したりした。南方の殺人拳の使い手とか――」

「あれテメェの仕業かぁあッ!!」


 バキィッ!


「ぐぉっふぅ!!」


 有りったけの力で椎倉君……否、椎倉クソ野郎の顎を蹴り上げた。

 宙を舞った椎倉は、空き教室の後ろへ追いやられている机の上に呻き声を上げて大の字で叩きつけられる。椅子が脚を天上の方に向けて、机に上げられていなかった事が残念でならない。


「づ……づくしじざん……いだい」

「あったりまえでしょうが。そのデマのせいで、危うくギャルゲー金剛力士に殺されかけたんだぞこっちはッ――他!! 他にはどんなデマ流した!?」

「えーと……怒んない?」


 やけに可愛い笑顔を向けてくる椎倉の襟元を笑顔で締め上げてみた。


「今、ちゃーんと言えば脳天杭打ち(パイルドライバー)程度で済ませてあげる」

「それ、自分の膝の間に強引に挟んだ相手の頭部を床に真っ直ぐ叩き落とす技でしょ!! 俺死んじゃう!!」

「内容如何によってはビンタに減刑してあげよう」


 だが、さっさと言わなければもっとヤバい事をすると脅せば、椎倉はすぐに白状した。

 ふむふむ何々? 私はショタコンと百合を拗らせていて、ランドセルを背負った男の子のお尻と美人なお姉様の唇を見るとハァハァしちゃうって……。


「よくもそんな悪意に満ちたデマ流せたなギルティッ!!」

「ギャァァアアアアアア!! !!」






 そこで、私の目は覚めた。


「あ、ナイスタイミングですよミカちゃん。ちょうど今起こそうと思っていたところなんです」


 サキがご機嫌な表情で私の顔を覗き込んでいて、思わず「……え、夢?」なんて口から漏らしてしまう。それから、周りをキョロキョロ見渡して目を擦った。此処はどう見ても空き教室では無く、乗り物――バスの中だ。


「夢を見ていたんですか?」

「うん……私が椎倉にプロレス技かける夢なんだけど……」

「それ三日前の出来事じゃないですか」


 なんと、今まで頭の中を過った映像は夢では無く、つい最近の記憶だったらしい。

 寝ぼけている時のふわふわな感覚が次第に抜けて来て、ああそうだったと自覚する。

 あの直後、先生より先に小夜曲さんが駆けつけて瀕死状態の椎倉を回収してくれなかったら、私は停学になってただろう。そう言えばあの時の小夜曲さん「うちの茶坊主が御迷惑をおかけしましたわ」と、けっこう容赦無い事言ってたなぁ。


「ミカちゃん、そろそろ降りましょうよ」

「へ?」

「もう、着いてるんですよ目的地に」


 呆れたように両手を腰に当てたサキの言葉に「何処に?」と喉まで出かかって、ギリギリで止めた。

此処は、遠足へ行くために利用しているバスの中だ。つまり、フェアリー・ミード以外の何処でも無いのである。






 フェアリー・ミードは、山や森にすむ妖精達の村をコンセプトにしている。光の差し込む緑の中に、見た事も無いような宝石の花や雫の付いたレース編みのような蜘蛛の巣。それらが英国の村に有るような可愛らしい家々と一体化し、小さな獣や虫達の声をBGMに幻想的な空間を造っていた。

 時折、小さな雫のような光が木々の根元から天に登っている。この空間を作るための幻覚魔法の一つだと、入り口で貰ったパンフレットに書いてある。


「あ、やっぱり」


 嬉々とした声が聞こえてきて、嫌な予感がした。


「ミカちゃんミカちゃん! やっぱりこの光、触れると干渉出来るみたいですよ。手をかざしてマカロン思い浮かべたら、何粒か光がマカロンに変わりました」

「それやっちゃダメって書いてるでしょうが!」


 いつの間にか隣から姿を消していたサキの顔に、パンフレットの注意書きのページを叩きつけた。

 全く、小学生レベルの馬鹿やらかして~……。


「ふふ、土筆寺さんと千寿ちゃんは姉妹みたいですわね」


 そっと口元を隠した上品な笑顔。それは、サキが一緒に回ろうと前以て約束していた小夜曲さんのものだ。

 関わりたくない人筆頭のはずなのだが、サキに潤んだ目で「一緒、ダメですか?」なんて見つめられたら、私だけ別行動をするという計画はガタガタに崩れた。

 それに、小夜曲さんって根が悪い人って訳じゃ無いんだよ。困った事に、死亡フラグさえ無ければ喜んで仲良くしたい類なのだ。


「あんなボケボケした妹でよければお持ち帰りします?」


 良いよ。熨斗つけてあげちゃうよ。とジェスチャーすれば、また上品に小夜曲さんは微笑んだ。


「我が家は躾が厳しいですから、千寿ちゃんが干からびてしまいますわ」

「え、ホント? じゃあ胸部を重点的に減らしてやって。あれたまに凶器になるの」

「敬語が抜けるほどバストサイズにコンプレックスをお持ちですのね」


 ほぼ無意識にグイグイ詰め寄ると、乾いた笑みを向けられた。

 べ、別に私のが小さいから、大きいのが疎ましい訳じゃ無いし。潰されて死にかけたというノンフィクション、経験談から……


「ぴゃー! 捕まっちゃいましたー!」


 ――喧しいサキの声が聞こえたので後ろを向く。でっかい猫に、もみくちゃに抱きしめられてる子が居た。

 顔や背といった大部分は艶やかな黒い毛だが、手足は靴下と手袋のように、そして胸元はネクタイのような白い毛の長毛種の猫。此処のマスコットキャラクターであるケット・シーだ。いいな、モフモフいいな……。


「よく出来た着ぐるみですわね」

「わ、私も撫でてもらってこようかな」


 可愛いは正義。モフモフは天使。

 誘蛾灯に誘われるかの如くフラ~と足が動く。刹那、


 カプ。ダラリ……。


 サキの頭が甘噛みされて、赤い液体が垂れた気がした。

 ガブガブガブガブガジガジガジ――。


「よし、置いて行こう」

いぅえあいへ(見捨てないで)ふふぁふぁああああひ(下さああい)!!」


 腰から上をすっかり口に含まれ、モグモグされるサキが何を言っていたのかは分からなかった。が、この後、係りの人が来て猫はいたずら好きの妖精が作った幻覚だという事が判明し、消された。まあ幻覚じゃ無く現実だったら、サキ今頃死んでるよね。あの状況、やけにリアルな気がしないでも無かったけど……。






「酷い目に遭いました……あんなにリアルな幻覚魔法もう嫌です」


 花柄の壁紙や細工の施された天井が綺麗なカフェの中で、丸いテーブルに突っ伏すサキ。


「ちょろちょろ一人で変なとこ行こうとするから天罰くだったんだよ」

「むぅ~。そりゃ日頃から悪い行いいっぱいしてますけどー、限度ってものが有ると思うんですよね」


 後半の言葉、そっくりまとめて返したい。あの温厚なリトですらサキの馬鹿行動にはたまに殺意を覚えてる目をしているんだもの。


「あ、そういえばリトの事すっかり忘れてた」

「リト君はお誘いしてたんですけど、バレー部のお友達に拉致られてっちゃいました」

「目付きは悪かったですけど、可愛い雰囲気の方でしたわね。並ぶとお似合いのコンビでしたわ」


 ほんのりと頬を染めて、小夜曲さんがうっとりしている。あの……それはもしかして男の子ですか? 小夜曲さんそっちもイケちゃう系だった?


「あら、土筆寺さんも別に嫌いでは無いのでは?」

「まあ、リトなら許容範囲だけど……って、心読まないでよ!」


 サラッと投げられたからつい応答してしまったが、私は今さっき声には出していなかった。この人やっぱり怖い。椎倉、アンタよくこの怖い人に着いていけてるね。そこは尊敬するよ。


「ってそうだ盗撮写真!」

「ミカちゃん、それはダメですよ」


 椎倉の事で思い出した。小夜曲さんによる私の盗撮の件を此処でどうにかしておかなければならない。じゃなきゃ気持ち悪い。という重いから思わず立ち上がると同時に、サキが紅茶のカップに口を付けつつ青い顔になった。


「私が撮ってるんじゃ無いから! 小夜曲さん」

「はい?」

「椎倉が言ってたんだけど――」


 カクカクシカジカで、私を盗撮してるってどういう事? と尋ねたら、小夜曲さんは満面の笑みを顔に浮かべ、周囲の気温を一気に下げた。どう考えても人間技じゃない芸当に何も言えないが、とにかく『やばい』と判断した。だってヒュウウウウウウって、真冬の音がするんだもの。雪の女王様がご降臨なさった!


「失礼」


 雪の女王様は、流れるような動作で己の耳にスマホを当てる。

 数秒後……。


「ブッ殺す」


 ただそれだけ伝えて、彼女はスマホを肩から斜めがけにしているポーチの中にしまった。

 椎倉……終わったな。


「ご安心ください土筆寺さん。確かに土筆寺さんの映ってる写真を私は何枚か所持しておりますが、全てオカルト研究部として必要な――ただの心霊写真ですわ」

「全くもって安心出来ない! ちょっとその写真見せてくれない!?」


 ストーカーとは別の恐怖が襲って来てるわ! なに私呪われてんの!? まさかこの前の熊に憑かれてる!?


「そんなに騒がずとも大丈夫ですわ。黒い靄が体にかかっていたり、半透明の人が抱き付いていたり、決まった時間に土筆寺さんの顔全体が血で滲む程度ですもの」

「私帰るー! 今すぐ神社行くー!」


 完全なパニック状態だった私はこの時、心霊現象などを苦手としている子がやけに静かな事に気付いていなかった。


他人を撮る時は許可がいるのでは……。

という部分はツッコまない方向になりました。本来は絶対駄目な事です。

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