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24.土産


 五十嵐と得子の話し合いの火から早数日後。

 二人の会話など丸っきり知る由も無い帝は、机に突っ伏して呑気に暇を持て余していた。


「帝ちゃん、次移動だよ~」

「そうだった寝てる場合じゃ無いわ!」


 近くの席の女子、中川(なかがわ)に声をかけられ、帝はガバッと机から顔を上げる。


「馬鹿かよ私! 自習でも無いのに一時間目と二時間目の間にある短い休み時間が暇な訳無いじゃん!!」

「帝ちゃん、落ち着いて落ち着いて。まだ間に合うから」


 中川がおっとりとした声をかけるが、美術の用意一式を机の中や鞄から引っ張り出す帝の勢いは止まない。そもそも必須アイテムである絵の具が此処には無いのだ。これから帝がロッカーに駆けこみに行く事を知らない中川の発言は、誤りである。


 帝は「絵の具―!」と喚きながら教室から出ようとした。

 しかしその時、横を歩いていた誰かの姿が消えた。


「え!?」


 驚いてその場所を見ると、足首を抑えて床に座り込んでる少女の姿。消えたのでは無く、足を捻って声を上げる間も無く蹲み込んだようだ。


「大丈夫?」


 帝は自然と体が動き、彼女に手を差し伸べる。すると、白い髪の影になっていた緑の目が彼女を見上げた。

 この時、帝が思った事は極平凡なものだった。


 ――いつ見ても本当に可愛い子だなぁ日向さん。


 少女に対する称賛に続いたのは、『そういえば、毎日忙しそうな子だから話した事無いな』だった。

 帝は、可愛い女の子に嫉妬して苛めるような阿保では無い。むしろ目の保養になるので温かく見守る方だ。故に、この機会にお友達になりたい! と思ったのだが、


「……白々しい」


 手を見つめた日向の第一声に「ん?」と、帝の思考が一瞬だが停止する。


「アンタが足引っ掛けたくせに」

「えっ! 私の足に引っかかったの!? ごめん!」


 それは悪い事をしたと帝は即座に謝るが、突然日向の大きな目から涙が溢れ出るのを見て、彼女は内心で気勢を上げた。


 ひゃー! そんなに大泣きするほど足痛いの!? どっちでもいいや急いで保健室――


「ひ、ひどいぃ~、わたッ……私っ、全然、調子にのっでなんで無い……グスン、のにぃ~ふぇぇええええ――――!」


 何の事だかさっぱりわからず目を点にする帝に。教室内の視線が集まってくると、更に日向は「つくしじ、さんっ……わたじの事、なんできらぃ、なの?」と、上目遣いに尋ねて来るではないか。

 帝が首を傾げたのは無理も無い。しかし、疑問符ばかり浮かべてトロくさく何も言わないでいれば、帝が何かしたのかと思い教室中からの非難の目で針の筵になるのは言わずもがな。


 こわれイカン! と、頭の中を埋め尽くす疑問符を打ち消した帝は、ようやく口を開いた。


「日向さん、何の事なのかよく分かんないんだけど、とりあえず足を保健室で診てもらって、それから話し合いをしよう」


 穏便に済ませろ、キレるな土筆寺帝。此処で下手な事言ったら謂れ無い罪で村八分にされるぞ。

 そう暗示をかけて、帝はニッコリ微笑む。


「グス……っ、うぅ、でも私、負けないんだから!」


 だが! しかし!


「……は?」


 得然とする帝の目の前で、日向はシャキッと立ち上がった。どうやら足に怪我などは無いらしい。表情やしぐさが、一瞬前まで怪我人のようだったのに。


「屈さないよ! 先輩達に近付くななんて、貴女の命令に従う義理は無いもん!」


 ビシッと自分を指差す日向に、帝は彼女が何か勘違いしているのかしら? とすっ呆けた事を一瞬考えた。が、……まともに考えてそれはあり得ないと気付いてとうとう声を荒げた。


「テメェ妄想も大概にしろや!? 私はそんな事一切言ってないから!!」

「言ったのよ、言ったって事にするのよ!! ああもう何でゲームと違うの? もう訳わかんないッ」


 ヒステリックに叫ぶなり何処かへ走りさる日向の背を見つめる帝は、一瞬にして沸いた怒りを何処に洩らせばいいのか分からず固まっている。


「なんだ、また日向さんの妄想虚言癖か……睨んでごめんね帝ちゃん」

「土筆寺さん、あんまりあの人の言う事間に受けちゃダメよ」

「ちょくちょく頭の中お花畑の住人だから」

「まともに相手したら頭痛薬要るからね~」


 何人かが呆れながら帝に助言をして通り過ぎると、帝はかなり疲れた声で「もっと早くに教えてほしかったよ」と項垂れた。






 キーンコーンカーンコーン……。

 

というチャイムも鳴り終わり、美術室の最奥でアフロヘアーな教師が口を開いた。


「今日はもう皆ほぼ仕上げですよね? できた人から帰って良し。あ、でもこれ一応試験の一環だから真剣にやった方が身のためですよ」


 三週も続いた『植木鉢とスコップのデッサン』という苦痛の授業からようやく解放される! という喜びに、打ちふるえ始めた瞬間に投下された爆弾は、美術がただでさえ苦手なのに適当にやっていた帝を空の彼方へ吹っ飛ばした。


「終わったわ~」


 五十分後。どう付け加えて直せばいいのかわからない出来の作品を提出し、溜息を吐きながら帝は廊下を歩く。

 期末の筆記で頑張れば良いとか思い、手を抜いてた彼女の自業自得だしかしそれでも納得がいかずブツクサ独り言を口走っていた最中、「おや、こんな所で出会うとは……」という幼い声を彼女は聞いた。


 ずっと俯いていた顔を上げて前方を見ると、青白い肌と綺麗に編み込んだ緑の髪、そしてふわふわした黒いワンピースの幼女(ドール)が浮いる。

 女の勘。あるいは野生の勘とでも言おうか、帝は一目見てそれがマズい存在だと認識した。


 ――この学校、危ないタイプの亜人や魔獣除けの結界張ってたんじゃないの!?


 背中を冷や汗が伝った時、コロコロと鈴のような笑い声が響いた。


 「そーんな警戒しねぇでくだせぇな。ドールちゃんは、ただの通りすがりの可愛い悪魔ですからぁ」

「悪魔は警戒するわ!」


 ついつい普通に突っ込んでしまい、帝は後悔する。

 しかも何を思ってか、ドールは帝に接近していた。自分の迂闊さに、帝が思わず頭を掻きむしりたくなったのは仕方のない事だろう。だがその行為は、妙な物が視界に入った事で止められた。帝が見たのは、の腕や足に巻いてある包帯だ。


「怪我してるけど、大丈夫?」


 悪魔は治癒能力が高い。人間が使うような傷薬も包帯も絆創膏も要らないというのが一般常識だ。


「んー、大分マシになりやしたよ。一昨日まで心臓以外、全部弾け飛んでたんで。やっぱ神と喧嘩とかアホの所業ですな。名無しの神いじめてレベル上げしないと」


 おかしな事を宣う幼女に、帝は突っ込みを入れなかった自分を褒める。


「時に旦――いえ、五十嵐さんはお元気ですかねぇ?」

「へ? うん、元気だけど……って、銀杏の知り合いなの?」

「ええ、まあ」


 帝の表情が、彼女自身でも気付かないうちに怪訝なものになる。五十嵐が妙な何かに手を出しているのではないか? という懸念が過ったのだ。


「ご安心くだせぇ。別に禁術系の黒魔術なんぞにゃ手ェだしてませんので。……さて、五十嵐さんが元気って事がとりあえず聞けたので、ドールちゃんはお暇しやしょうかねぇ。あ、そうだ。ちょっとおっせっかい焼いてあげやしょう」


 ピトリと。

 ドールは帝の耳元に唇を寄せた。


「貴女、もう直ぐ死んじゃいますぜ」


 目を見開いた帝は「それはお節介じゃなく呪いだ!」と、ほぼ反射的にドールの胸ぐらを掴んでぶん投げていた。


「くっそ、最悪の呪い貰っちゃったよ! こういうのって誰に頼んだら消してもらえるんだろう? 陰陽師? 宗教違うから無理か……」

「――っと、あはははは! そんな怖~い顔しねぇでくだせぇよ」


 想定内の事だったのか、ドールは余裕だった。そもそも彼女にとって宙に浮く事が呼吸と大差無い。クルンと、子供にしては大人びた下着をチラ見せしただけだった。


「あ゛?」


 一方で、無邪気に笑っているドールに帝の怒りが頂点に達しかけている。


「呪いなんざかけていやせん。ただ決定してる覆らない未来を教えてあげた・だ・け♡」

「余計タチ悪いわ!」

「うふふふふぅ~。まぁ、貴女は気楽に構えててくだせぇな。大変な事は、ぜーんぶ旦那様がしますからね」


 帝が「旦那様って誰だよ!?」と突っ込む前に、ドールは上へ上へ昇り消えてしまう。

 まるで空気に溶けるような消え方は、彼女に今の出来事が全て幻だったかのように錯覚させたが、


 ポテ


「あぃたっ」


 帝の頭に何か落ちた。


「何これ、腕輪?」


 何気なく拾い上げようと思って帝が触れた時、ザーッと砂嵐が頭の中で起こる。

 ――瞼の裏に信じがたい光景(おかしなもの)

 ほんの一瞬の事だったがそう認識した帝は、咄嗟に伸ばした手を引っ込める。


「今の何?」


 恐る恐る手をもう一度伸ばす。


「……ぐあッ、また?」


 しかし、今帝の目に映った像はこれと言って拒絶反応を起こすものでは無かった。五十嵐、榊と自分という、極々普通の景色。

 だが、帝は今見た景色があまり好ましく思えなかった。

 第三者の目線と故に違和感が半端無かったのかもしれない。けれど、その光景が此処では無い別の場所のような――ずっと前に本当に経験した記憶のように思えて、とにかく背筋がゾッとしたのだ。


 もう一度、今度は慎重に触れてみる。


 だが、もう砂嵐の音や映像は見えない。


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